修羅場タイム 2

 ……。

 気まずい。

 何がって、すべてが。


 ソファには真弓と咲葵が並んで座っている。

 もちろん来てからはずっと無言で。

 俺はといえば、デスクチェアで固まるしかないわけで、自分の部屋なのに居心地が悪い。

 まるで永遠のような十数分の沈黙を破ったのは真弓だった。

「いつからいたの?」

 言葉を向けられたのは咲葵。

「朝から、俊樹の仕事見てただけだけど」

 いつになく棘を感じる会話が始まりそうな空気が流れていく。

「それは本当?」

 次は俺に聞いてきた。

「本当だよ。仕事中は」

「仕事中は、なんだ」

 勘が働いたらしい。こういうときの真弓は怖い。

「抜け駆けしないって決めたの、覚えてないの?」

 またも隣にいる咲葵に言葉を向ける。

「ごめん、我慢できなくって。そういう真弓も今日は抜け駆け?」

 核でも装備していそうなブーメランを突然投げる咲葵。

 これ以上の応酬はやめてほしい。

「夕方だったら終わってるかなって思って。昨日の顔見たら心配だったし」

 すると咲葵は何を思ったのか、急に明るくなった。

「私もだって! 昨日の俊樹心配になってさ」

 共感したのは、話を合わせようとしたのかはわからないが、その返事に真弓から怒気が消えた。

「やっぱり心配だよね、私も朝から来ればよかった〜」

 完全には消えてないかもしれない。同調の仕方からそれは感じた。

「もう予定はないの?」

 それは俺と咲葵の両方に聞いていた。

「俺はない」「私も」

 ほぼ同時に返事をすると、真弓が微笑んだ。

「いまからクリスマス、しよっか?」

 あの笑み、なにを企んでいるのかわからないけど話に乗るしか選択肢はなかった。


 ✕ ✕ ✕


「寒いな」

「本当、雪も降らないし」

 コートを着ていても顔などの素肌に風があたると体温を奪われているような気分。

「今年のクリスマスって風が冷たくて強いって言ってたよね」

 真弓と話したように雪は降らず、代わりに風が強く吹いていた。ただ、前が見えないとか、歩きづらいことはなく、例年通りの冬といった感じだった。

 外にいるのは久里浜にあるイオンに向かうためで、ケーキやチキンを買って俺の家で小さなパーティーをしたいと真弓が言いだした。

 無事にクリスマスが終わればいいんだけど……。


 十七時、三崎駅に着いて電車に乗り込むとそれなりに人はいたが、思ったより少なかった。

「もうみんな家にいるんじゃない? 暗くなってきたらいまより冷えるし」

 海が近いこともあって、慣れているとはいっても確かに寒い。

「もしかしたらケーキとか安くなってるかも」

 咲葵の声に真弓は耳を貸さず、俺に話しかけてきた。

 車内では真弓、俺、咲葵の順に並んで座っていて、話しづらいのは確かかもしれない。ただ、咲葵の声はちゃんと耳に届いていたと思う。

「売り切りたいだろうし、コンビニでも安売りしてるかもな」

「ふふ、そうかも。でも、ありすぎても食べ切れないし」

「ちょっと真弓、無視しないで」

 ん? と、小首を傾げる真弓。絶対聞こえてるでしょ。

 すると、ごめんと上半身を下げて咲葵の方を覗くように見た。

「もうしないから。咲葵はどんなケーキがいいの?」

「ミルフィーユ! 真弓は?」

「タルトかな、マスカット乗ってたら嬉しいかも」

「マスカットいいよね! 私も好き〜」

 やっぱり仲は良いと思う。そう思っていると、真弓が咲葵に見えないように左手で服をクイクイと数回引っ張ってきた。

 何かなと思って振り向くと見つめてきた。ただそれだけで心が奪われそうになる。

「どうしたの?」

 肩で二回体を突いてきた咲葵の方に目をやると訝しんだ表情を浮かべていた。

「俊樹もマスカット好きか聞いてただけ」

 後ろから真弓がそう言ってくれた。

「じゃあケーキはマスカットの乗ってるやつにしよう」

「残ってたらね」

 不穏な空気をまとったまま、電車は久里浜に近づいていった。


 久里浜に来たのは俊介も含めた四人でイルミネーションを見に行った日以来だった。

 着いてすぐにイオンの食品売り場を回っているとお目当てのケーキがあった。

「これ、ミルフィーユとマスカットのタルトが半分ずつ入ってるけど、これにするか?」

 隣で見ていた真弓と咲葵もうなずいた。

 それをかごに入れると、少し先を歩いていた咲葵がシャンメリーを見つけた。

「これ半額だって」

 そこに行くと確かに半額と書いてあった。

「まだ半額には早い気がするけど」

 真弓が小首を傾げていた。ケーキは値引きされてないのに。

「ま、いっか」

 安く上がることはいいことだし。

「とりあえず二本」

 ピースサインを向けてくる咲葵が無邪気に笑う。それに対して真弓も微笑んだりして、なかったかもしれないクリスマスを楽しみにしていたのかが伝わってきた。

 その分、もし原稿をしていなかったらこのどちらかを傷つけていたと思うとズキッと胸が痛んだ。

 傷を負うだけの恋愛ってなんなのだろう。


 会計は全額俺持ちだった。

 エルフレジの前で真弓が財布を忘れたと確信犯的な笑みを見て、仕方なく全額出した。

 食品売り場以外にもコージーコーナーとかがあっても見向きもしなかったときに気づけばよかったが、仲良くしてくれるなら安い出費と考えることにした。

 あとはケンタッキーでチキンも買って家に戻ろう。

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