確かめたいこと 3

 咲葵のお願いを引き受けた次の日から、学校では一緒にいる時間が増えた。

 一週間ほど日も経った頃、真弓といる部室での朝の時間にも咲葵が来たときは流石に気まずかったが、事情を話すことで納得してもらった。俊介だけに言えなかったのは、陸上部でテニス部との交流があることを知っていて迷惑をかけたくないという咲葵の気遣いだった。


「その先輩、厄介そう」

 真弓の言葉のとおり、厄介だった。

 咲葵の言うように、鹿島先輩は好意を向けていた。ただ、俺がいることで歪みだしたというか、下駄箱に脅迫状が入れられるほどには嫉妬しているみたいだった。先生たちへの証拠としてその脅迫状は取ってある。

「いま部活はどうしてるの?」

「休部中、顧問には話してあるから」

「なのに解決できそうにないんだね」

 少し不満げな真弓。

「このことが終わったら俊樹のことは返すから」

「ん〜、納得できないけど」

 どうにか許しを請えたらしい。というか、俺の前で何の話をしだすんだと思う、誰のでもないのに。

「いっそのこと辞められないの?」

「それなんだけどね……」

 苦笑いを浮かべる咲葵。

「中学から続けてたから辞めたくはないというかさ、お母さんとの約束でもあるんだよね」

「でも、もし何かがあったら取り返しつかないし」

「そ〜れ〜で〜も、辞めたくはないんだよね」

 と、咲葵は難くなに提案を拒んでいた。

「咲葵がそれならいいんだけど……」

 不安そうな表情の真弓に、咲葵が微笑み返す。

 それで和らぐことはなさそうだったが、うん、とうなずき返した。

「ねぇ俊樹、ちゃんと守ってあげるんだよ」

「わかってる」

 切のいいところでチャイムが鳴る。

 同時に教室に向かう準備をして出ると、誰かが見ている気配がした。どうやら朝にまで手が及んでいるらしい。早くなんとかしないと。

 それから二週間後、教室に俺のいないタイミングを狙って鹿島先輩が咲葵に接触しようとした。

 真弓からのLINEでそれを知った俺はすぐに教室に戻ると、人だかりができていた。中心では咲葵と鹿島先輩が言い合っている。

 野次馬の中をかき分けて咲葵の隣まで行くと、鹿島先輩が睨んできた。

「こいつが咲葵の彼氏か?」

「そうだけど、先輩には関係ないですよね?」

 火に油を注ぎそうな口調で追い払おうとする咲葵の態度に、周りにいる同級生の声も相まって文字通り怒っている鹿島先輩。

 これ以上言い争わせるわけにはいかないと思った俺は咲葵を制止するように一歩前に出た。

「彼女の前でカッコつけてる気か?」

「まぁそうですね、ストーカーから守るのも彼氏の役目だと思うので」

 乗せられて不敵な笑みを浮かべながらカッコつけてしまった。

 すると、一部の女子からストーカー? という声が上がった。そしてその声が女子の間で飛び火していく。

「ストーカーじゃない!!」

 敵意むき出しの目でもって俺は顔を殴られた。

 ただ倒れることはなく、殴られた箇所を右手で触れながら睨み返した。

 こういう場は出版社内で慣れている。

「鹿島先輩、あんたが書いた脅迫状も取ってあるんだけど、それでも否定できますか?」

 それだけで狼狽える鹿島先輩。ストーキングするくせに精神は弱いらしい。だから弱いということもあるかもしれないが。

「これ以上醜態曝されたくなかったら消えろよっ!!」

 俺が意地の悪い編集者に怒鳴ったときと同じぐらいの怒気を込めて怒鳴ると、鹿島先輩は何も言わず教室を出ていった。


「ありがと、俊樹」

 その場でへたり込みそうな咲葵を支えるように手を差し出した。

 俺に寄りかかった咲葵はいまにも泣きそうで、そのまま保健室へと向かった。


 保健室までついてきてくれた真弓と俊介がベッドに座りながら泣いていた咲葵に寄り添ってくれていた。

「おい俊樹、どうして俺に言ってくれなかったんだ?」

 ちょっと、というかすごく怒ってる俊介。

 何も言わずにいると、咲葵が打ち明けてくれた。鹿島先輩のことや、俺との偽恋人関係のこと、俊介を巻き込まないようにしていたこと。

 聞いた俊介はそんなこと気にしなくていいと怒ってはいたが、さっきよりも怒ってはいなかった。

「だから俊樹を責めないでよ」

「わかったから、でもコソッと話してくれてもよかっただろ」

 俊介は俺に視線を向ける。

「言えないだろ、お願いされてたんだから」

 真弓が俺の隣まで来て殴られた頬を見ていた。

「痛そうだけど、大丈夫?」

 場に合わないぐらい淡々と傷を観察しているのはどうしてだろう。それに嬉しそうな表情が見え隠れしてる。

「大丈夫、これぐらいなら……」

 それを許してはくれなかった。

「ダメ、座って、ほらそこ」

 そう言って椅子を指差す。手には消毒液と絆創膏。

 仕方なく促されるままに椅子に座ると、真弓が目の前にやってきた。それから前かがみになって手当てが始まった。

「っ!」

「ほら痛いでしょ、もう少しで終わるからじっとしてて」

 垂れてくる消毒液をスカートのポケットから取り出したハンカチで拭い、絆創膏を貼ってくれた。

「はい終わり。もういいよ」

 まじまじと俺の顔を見ながらニコッと微笑む。もちろんそれは咲葵や俊介には見えていなくて、二人が顔を見合わせて同じように首を傾げていた。

「それよりどうするの?」

 咲葵の隣に戻った真弓が咲葵に聞いていた。

「部活には戻れない……かな」

 寂しそうな顔だった。それほどまでに続けたい理由があったことはこの瞬間にも感じていた。が、深く聞ける状態ではない。

「もしよかったら、俺の仕事の手伝いとかしてみるか?」

 部活に戻れそうにないことは相談の時点で薄々気づいていて、そうなったときのためのプランとしてこのことは考えていた。

「退部理由にも使えるし、どう?」

 その提案に咲葵の目が一瞬揺らいだ気がした。

「……一晩だけ考えてもいい?」

「いいよ、返事をくれたら編集さんにも伝えるから」

「ありがと」

 声は小さかったが、そう聞こえた気がした。

「でさ、ごめんなんだけど」

 咲葵が申し訳なさそう顔をする。

「早退したいからついてきてもらってもいい?」

「今日はそのほうがいいよ」

 真弓も俺にお願いしてきた。それは俊介もだった。

「わかった。じゃあ麻倉先生に伝えてくる」

 椅子から立ち上がると、俊介が首を横に振りながら俺を制止した。

「いい、俺から麻倉ちゃんに伝えとくから」

 そう言って立ち上がると鞄持ってきてやると保健室から出ていった。


「大変だね」

 三人だけになった静かな室内を真弓が口を開いた。

「うん」

「本当に大変、これからどうなるんだろう」

「うん、どうなっちゃうかな」

 それから会話は俊介が戻ってくるまで途切れた。

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