確かめたいこと 2

 数秒か数分かわからないが、俺と真弓の間に長く感じる時間が流れていく。

 最初に口を開いたのは真弓だった。


「咲葵から聞いたよ、俊樹からキスされたことがあるって」

「それは……」

 動揺して言葉に詰まってしまう。どこまで知っているんだろう。

「私じゃ、ダメ?」

 また近づいて寄りかかってきた真弓は、俺の顔を見上げていた。

 目が合う。

「ダメとかじゃ……」

「なら視線そらさないでよ」

 不満げに唇を尖らせているのが見ていなくてもわかる。

「……ごめん」

 視線を戻し謝ると、真弓は小さく息を吐いた。

「いいよ、許すわけじゃないけど。

 でも、最後には私を選んでくれるって思ってるから」

 寂しい笑顔を向けた真弓は、タイミングよく鳴ったチャイムに表情をすぐに変えた。

「今日のことは咲葵たちには内緒にしててね」

 そう言って鞄を取りに離れていく真弓。隣に戻ってきたときには何もなかったような顔を浮かべていた。

 じゃあ出るかと言って扉に手をかけるとその手を止めるように真弓が手を重ねてきた。

 何も言わずに目を閉じた真弓はさっきと同じようにくちびるを重ねてくる。

 さっき鞄を取りに行ったときに仕込んでいたのか、同じ味をしたチョコを口内に移してきた。

「……口止め料」

 それだけを言うと、いたずらな笑みを浮かべた。

「あとでね」

 固まったままの俺を置いて、真弓は部室から出ていった。

 最近の真弓は明らかにおかしい。というか、積極的すぎる。

 疑問に首を傾げながら俺も部室を出ることにした。


 ✕ ✕ ✕ 


 昼休み。

 学食を食べ終え教室に戻ろうと廊下を歩いていると咲葵が「ちょっといい?」と後ろから声をかけてきた。

 振り向くと何か言いたげな顔をしている。

 教室で少し寝ようとしていただけで特に急な用もない。

「別にいいけど」

 そう答えると、

「そ」

 と短い返事とともに手首を掴んできた。

「ど、どうした?」

 驚いて聞くと、耳元に口を寄せてきた。

「屋上」

 またも短い返事。そのままドキドキする間もなく

屋上へと誘拐された。


「真弓と何かあった?」

 屋上に着くなり逆壁ドン状態で問い詰められる。幸い、他に生徒がいなくてよかった。

 ただでさえ二人のせいで先生たちに目をつけられているのに、この場に誰かがいたらまた面倒なことが起こってしまう。

「何かって?」

「朝から幸せそうな顔してた」

 多分、というか朝のことだろう。女の勘というのか、咲葵もそういうことには鋭い。口止めされている以上話すわけにはいかないわけで。

「なにもないよ」

「嘘」

 即答だった。自信に溢れた表情を見るに確信することがあるのかもしれない。

「そう思う理由は?」

 訳を聞いただけなのに、顔を近づけてくる咲葵。

「授業中もずっと唇触りながら女の顔してたから。朝からいちゃついてたでしょ?」

 怖いな、女って。

 同じクラスにいれば気づかれて当然かも知れないけど、真弓のことをずっと見ていたわけで。

「してないけど」

「嘘」

 またも即答。

「もしかして真弓からの視線に気づいてないとでも思ってんの?」

 もしかしなくても真弓は俺をじろじろと見ていたらしい。

「凝視してるときの顔思い出すだけでイライラしてきた」

 凝視していたらしい。それはバレるわ。

 頭の中で浮かぶ真弓に呆れていると「聞いてるの!?」と両手壁ドン状態で圧をかけられていた。

「き、きいて……」

 るよ、とは言葉が続かなかった。

 あまりにも優しく、触れるだけのキスだった。

 さっきまで怒っていたのが嘘だと思うぐらい震えていたくちびるが離れていく。

「これで許してあげる」

 そう言って逆壁ドンからも解放された。俺の隣に並んでいる咲葵はこれだけで満足してくれたのかはわからないが、機嫌は直っていつもどおりの表情に戻っている。

 朝あったことはもうバレている。聞くなら今しかないと思い、俺は思い切って真弓から聞いたことを咲葵に聞くことにした。

「あの事、真弓に話したのか?」

「やっぱり朝になにかあったんだ」

「それは許してくれたんだろ」

 何も言わず、俺の右肩に頭を乗せてきた。

「それで、話したのか?」

「……うん」

「家のこと、話したくないって言ってなかったか?」

 俺だけが知っている、咲葵の家の事情。


 ✕ ✕ ✕


 高校ニ年の春、始業式の終わった体育館で教室に戻ろうと体育館シューズから上履きに履き替えていると急に後ろから相談があるから午後付き合ってと咲葵に呼び止められた。

 このときは内容はわからなかったが、思い詰めた表情が気になって、特に用事もない俺はいつもの調子で誘いに乗った。それだけで安心したような嬉しそうな表情を浮かべていたのをいまでも覚えている。

 ホームルームが終わってすぐ、席で帰り支度をしている俺の方へと小走りで寄ってきた咲葵。

 何事かと気になったクラスのほぼ全員の視線が痛いぐらい集まっていて、配られたプリントやらを鞄に詰め込んで教室を出た。


「絶対勘違いされた」

 ついてきてほしいと言われるままついて行った帰り道、隣で後ろを気にしながら歩いている咲葵に明日どうするんだよという意味を含ませて話しかけた。

「別にいいんじゃない、勘違いさせておけば」

 俺と違い、全く気にしていない様子の咲葵はそれよりも、と話を変えた。

「真弓と付き合ってんの?」

「はぁ!?」

 脈絡もなく、大きな声を出してしまった。

「俊樹って真弓のこと好きなのかなって」

「好きとかそういうのじゃないって」

 ふ〜んと、どこか遠くを見ながら返事をする。

「聞いておきながら興味ないのかよ」

「ううん、確かめておきたくってさ」

 ドキリとした。

 咄嗟の恥ずかしさに真弓のことは恋愛対象とは見ていないと嘘を吐いてしまった矢先に、確信はないけど咲葵の気持ちに触れてしまった気がしたから。

「確認って……」

「もう着いた」

 声を遮った咲葵は二階建ての単身向けマンションの前で立ち止まった。

 外見は青を基調としたレトロな洋館に模していて綺麗だった。もしかしたら新築なのかもしれない。

 すると、そのマンションに咲葵は平然と入っていこうとする。

「ちょっと待て、ここは?」

「私の家、誰にも聞かれたくないから」

 振り向いた咲葵はまた前を向いて歩き出す。駅前のファミレスとかで話すと思っていた俺は仕方なくついて行った。


 階段を登った二階には四部屋並んでおり、右から二番目、ニ○三号室に咲葵は住んでいた。

 ドアを開けた咲葵が入ってと促す。

 お邪魔しますと玄関に入ると、廊下があってその途中にキッチンが、奥には一人暮らしには十分なワンルームが広がっていた。

 靴を脱いで廊下を抜けると、想像に反してシンプルな感じだった。

 何というか、女の子っぽさがないというか。

「どこでもいいから座ってて、ソファも椅子もないからベッドに座ってもらってもいいけど」

 そう言われて壁に沿って置いてあるベッドに目をやってから、咲葵の方を見る。からかってる様子もないところを見ると、本当に座ってもいいらしい。嫌じゃないんだろうか? まぁ、家に入れている時点で色々言いたいことはあるが。

 俺がベッド前にある赤い丸テーブルに向かって腰を下ろす。

 その様子を見ていた咲葵と目が合った。

「な、なんだよ」

「意気地なし」

 もう帰るぞ? と心で怒りながらも気になることがあった。

「あのさ、咲葵って一人暮らし長いのか?」

 少し間があった。言いづらいことでもあるのだろうか?

「ごめん、余計なこと聞いたかもしれない」

 謝ると、いいよ、と寂しそうな表情を浮かべた。

「俊樹にはいずれ話すから」

 それだけを言うと、廊下の方に歩いていった。

 一人残った俺はすることもなく部屋を見渡す。あまりじろじろと見るのは気が引けるが……。

 ベッドの横には机、その隣にクローゼットらしき扉が、丸テーブルを挟んだ向かいには本棚とタンスが置いてあった。テレビは置いてなかった。


「面白くないでしょ」


 アイスティーの入ったグラスを両手に持った咲葵が戻ってきた。じろじろ見ていたのがバレていたみたいで、ニヤリと口角を上げていた。

 今日の咲葵、怖すぎる。

「それで、相談って?」

 思いっきり無視をして本題に移った。

「そうだよね、その話だよね」

 咲葵から聞いてほしいとお願いしてきたのに、その事を忘れていたみたいだった。

「俊樹が家にいるの可笑しくて忘れてた」

 やっぱり帰ろうかな。と、思っていたら、表情から元気がなくなっていくのが見えた。

 丸テーブルにグラスを置いて向かいに座った咲葵がゆっくりと話を切り出した。

「私がテニス部にいるのは知ってるよね?」

「あぁ」

 いまさら聞かれるまでもなく知っている。

 咲葵と話をするようになってすぐにテニスをしていることを聞いていたから。

「じゃあ三年の鹿島って先輩はわかる?」

「いや、聞いたこともない」

「そっか。かっこいいとかで有名なんだけど」

「いや〜わからん」

「四コマ漫画ばっか描いてるからでしょ」

「仕事だしな」

 まあいいやと、咲葵が呆れていたが知らないものは知らない。というより友達は別だがそれ以外の人に興味がない。

「その鹿島って先輩から付き合ってほしいって迫られ続けててさ……」

 疲れ切ったように小首を傾げる咲葵の表情から、それが本当なんだと伝わってきた。

「最近はストーカーっていうか、校内でも視線感じたりして嫌なんだよね。

 だからさ……」

 そこで言葉を切ると大きく深呼吸をひとつ。


「付き合ってくれない?」


 お願い! と、口元で手を合わせて懇願してきた。それもウインクしながら。

「む、無理」

 顔を横に振りながらそう言うとテーブルに手を付き上半身を乗り出してきた。

「フリでもいいから!」

 その圧に負けた俺は、意思とは別に引き受けることになった。

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