第5話 今の俺が魔王と戦うこと

 長い地底回廊を抜けると、そこは明かりに包まれていた。

 かなり広い部屋だった。地底の深い部分にあるはずだが、天井がドーム状の大きな広間のようだ。

 広間の中心部分に金色の刺繡で縁取られたレッドカーペットが敷かれており、それは段差のある王座まで続いていた。

 そのカーペットに沿って、背の高い豪華な燭台がズラリと並んでいる。

 そして、その玉座にいる男。なんかどっかで見た感がハンパない。うん、気のせいだ。俺は自分で自分の心を納得させた。

 目の前まで歩いて近寄ると、その男自ら先に挨拶をしてくれた。

「ふはははは! よくぞ、この魔王の前までやって来たな、勇……者じゃないよね、お前?」

 俺、九条介くじょう たすくはコクリと頷いた。

 俺の外見はどう見ても勇者の装備ではなかった。一応、今まで来ていた一般市民の服からは変えて、『みかわしの服』に変更していた。外見は覆面のない忍者みたいな恰好をしている。

「待て……ここに来るのに橋を造らないと来られないよな?」

 どうやって来た? という感じで魔王に訊かれたので答えた。

「海を泳いできた」

 そう言うと、魔王は「え? ウソだろ?」という顔をした。

 知っている。魔王の城がある孤島の周囲は魔境の血海と呼ばれ、人や船を近づかせない魔の海域となっている。そこを渡るには『希望の橋』を創り出すアイテムが必要なのだ。

 俺にはそれを手に入れることができなかった。

 なぜなら、俺が勇者ではなかったから。

 俺も魔王の城に来る前、色々探した。原料の場所と作ってもらうための必須アイテム『勇者の印』の在処ありかは知っている。探してみた……が、見つからなかった。地べたを這いつくばり、なんなら一帯を穴だらけにするくらい地面を掘り返しいてみた。けれど、そのアイテムを見ることは叶わなかった。

 それにそれらを集めて創造される『希望の欠片』をくれる大賢者からは「お前、勇者じゃないから」と門前払いを食らう日々。

 だから、この島まで泳いできたのである。

「結界とか迷宮も抜けてきたのか?」

 再びコクリと頷いた。

 魔王の表情から驚きと困惑が心中を渦巻いているのが、嫌というほどわかる。

 本来、魔王の城は結界が張られ、見た者に幻覚を見せる。それを打ち破る唯一の方法が『勇者の印』である。

 だが、俺は魔王の迷宮に繋がる隠し階段が偽の玉座らへんにあるのを知っていた。

 周囲の魔王軍のモンスターが「え? ホントに開けるの?」、「止めた方がよくないか?」と遠巻きに囁いているのを気にせず、俺はダンジョンへと突入した。

 余談だけれど、俺には毒の沼やバリアーなどダメージを受ける床も効果がない。「歩きにくいとこだな」くらいの感覚で普通に進めてしまう。これは無効化しているのか、ダメージが低いのか? 今の俺には分からない。

 全ダンジョンの正規ルートは分かっている。余計な寄り道などせずに、階段を昇ったり降りたり、途中で出現するモンスターを退けながら、ここまで来た。

 そういえば、この道中でモンスターへの対応がうまくいくようになってきていた。力加減というものなのだろうか、冒険当初に比べれば、消滅させることはなくなった。まぁ、それまでにかなりのモンスターには実験体になってもらったが……。

「……さては。お前……噂の破壊者だな!」

 魔王は鋭く伸びている爪先を俺の顔に向けながら問うてきた。

 『破壊者』。

 最近、モンスターの間で、よく聞くワード。おそらく、俺のことだろうということは分かっていた。戦ったモンスターをことごとく消滅させてきた過去があるからだろう。

 個人的に呼んでくれるなら『破壊神』とかの方がいいんだけど、それを名乗るヤツがいるのでしょうがない。ただ、『破壊者』と呼ばれると、悪役側のような感じがするが、そこは気にしないでおこう。

「なるほど……部下たち相手では敵にはならず、この魔王に挑むか……舐められたものだな!」

 魔王は勝手にバトルに向かって、テンションが上がっているようだが、俺の方は戦う気などまったくない。

 魔王と話をする。俺が、この世界でどういった存在なのかを訊きたい。

 それが俺の目的だ。

 だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、魔王は戦闘モードに入っている。

 目の前にいる魔王。

 外見は初老の男に近い。

 黒を基調とした王様が着ているローブを纏い、今までの魔導士よりも豪勢な杖を持っている。

 スキンヘッドにキリっとした眉と鋭い眼光を宿したやや吊り上がった目。瞳は人間と違い、瞳孔部分は細い。不敵な笑みを浮かべる口には牙のような犬歯がのぞく。

 その魔王が杖を持っていない手をゆっくりと俺の方に向ける。

「ゆくぞ、破壊者!」

 魔王の叫びを合図に戦闘が始まった。

 俺に向けられたてのひらから、凄まじい電撃が放たれた。

 普通の魔法使い系のモンスターなら呪文を唱えないと発動しない魔法を無詠唱で使ってきた。それだけで、魔王の実力が分かる。

 俺の身体を稲妻を走る。今までの魔法使いとは比べものにならないほどの大きさの雷だ。

 …………やはり、効かなかった。

 魔王も「あれ?」という顔をしたが、さすがは魔王。すぐに新たな行動に移る。

 今度は何やら呪文を唱えだした。呪文が進むにつれて、掌の上に黒い球体が浮かび上がってくる。その球体は徐々に大きくなってゆく。これは俺の知らない魔法だった。こんな感じの魔法なんかあったっけ? もしかすると、これは対人間用というよりも魔族や他の異種族に使うものじゃないんだろうか?

 え? それより魔王が呪文を唱えている間に攻撃すればいいんじゃないかって?

 そりゃ、なんだろう。野暮っていうか、お約束というか。ここで攻撃するのは、なんか悪い気がする。最後まで見てあげよう。

 呪文が唱え終えた時には、黒い球体は人間の大人サイズまで膨れ上がっていた。魔王はその球体を頭上に掲げている。

「くらえぃ!」

 その魔法を俺の方に解き放った。黒い球はすごいスピードで飛んでくる。

 俺の知らない魔法なので、もしかするともしかするかも知れない。俺はとっさに防御態勢をとる。

 ギュゥゥゥオン!

 俺に当たった黒球は周囲の空間を吸い込み、圧縮しながら魔法の効果を発動し始める。

 本来ならこのまま相手ごと収縮して消滅するか爆発する。どちらかが起きたのだろう。

 だが、俺にはその効果は、まったく出なかった。

 黒い球は俺の周囲で縮まっていき、そのまま消える。

 その様子に魔法が効かないことを悟った魔王の判断は早かった。

 今度は手にしていた杖を武器に襲い掛かってきた。近くで見たら、何か不思議な色を放つ金属製極太槍のように見えた。ただ、先端が刃ではなく、巨大な魔法石が埋め込まれている。

 魔王の一撃が、俺の頭上を襲った。

 俺が頭の上で両腕を交差させて、その一撃を受けてめた。広間にガァンという轟音が響き、さらに俺の足元がドゴンと沈んだ。魔王の一撃に地面の方が耐えきれないようだった。

 周囲の見た目に反して、俺の方には何のダメージもない。魔王の攻撃を受け止めている両腕はなんともない。ただ、地面を踏みしめる両脚はどんどん崩れ沈み込んでゆく。

 魔王が杖を振りかぶり、二撃目を打ちこもうとした瞬間である。

 俺の右フックがキレイに魔王に入った。

 一瞬にして魔王の身体が飛ぶ。背後にあった王座を粉々にして、広間の壁まで吹っ飛んだ。

 凄い音を立てて、魔王の身体は壁に埋もれた。壊れた壁の瓦礫が落ちる音のみ虚しく響いている。

 が、すぐさま瓦礫を吹き飛ばし、魔王が立ち上がった。

「ふふふ……さすがは破壊者よ。だが、このワシを吹き飛ばしたぐらいでいい気になるな! 貴様には出さざるおえないようだな……真の力を!」

 魔王は全身の力を込めるように、ぐっと身体を縮めた。

「まさか、勇者以外の人間相手に見せることにはなるとはな……うおぉぉぉっ!」

 魔王の咆哮と共に、その身体に変化を見せ始める。

 これって、二回戦目の形態変化ってやつか? ゲームではさらっとグラフィックが変化していたけれど、生で変化状態が見られるのは嬉しい。

 ググググググググ……と筋肉の動く音が響く。それとともに魔王に変化が起きる。

 まずは身体がバンと一回り大きくなった。筋肉が肥大化してゆく感じだ。身に着けていたローブが弾け飛ぶ。皮膚の色も赤黒い感じに変わってきている。

 そして、頭部には2本の角が伸びている。

 背中には大きな翼が生え始めた。悪魔やドラゴンに生えているような翼だ。

 変化は続いている。が、ここでも音楽の偉大さを噛みしめている。

 本来ならここでイベント用の音楽が流れているはずだが、そんなものはない。

 だだっ広いホールの中で、メキメキと身体が変化している音とおっさんのうめき声を聞いているのは辛い。

「待たせたな……ここからが本番だ……」

 しばらくして、変身を終えた魔王が二ヤリと笑った。

 形容は前の魔王と大きく違っていた。

 身体の大きさは倍以上になっている。少なくとも、俺の一回りは軽く超えているだろう。肉体全体が膨張した感じだ。皮膚の色も赤銅色に変色している。

 目も赤く爛々とした輝きを放ち吊り上がった目が禍々しい印象を与える。口からは鋭く伸びた牙のような犬歯がのぞいている。

 爪もドラゴンなどのようにあらゆる物を切り裂きそうなほどだ。

 俺には感じることはできないが、魔力なども増大にしているのだろう。なんとなくだが威圧感が強くなっている気はする。

 まずは魔王が先に動いた。

 腕を前に突き出すと、そこから魔法ではない魔力の塊がビームのように飛び出してきた。その魔力弾は狙いを外すことなく、俺の方に飛んできた。俺は避けることなく、あえて防御姿勢をとって受け止める。

 ドン!

 と衝撃が身体を襲った。俺の身体は少し後ろに下がる。そして、爆発。爆風と魔力の輝きが周りを埋め尽くし、地面を粉々にする。魔王は魔力のビームをたて続けに放つ。

 俺の目の前が煙で見えなくなる。ただ、衝撃があるだけで、ダメージはない。俺の周囲の地面がどんどん削られていく。

 魔王には悪いが、俺にはまったくダメージはなかった。ひたすら衝撃に耐えるのみだった。

 しばらくして、魔王の攻撃が止んだ。

 そして、なんともない俺の姿を見て、驚愕していた。

「ならば……!」

 今度はパカッと口を開いた。そこから吐き出される漆黒の炎。

 これは魔王専用の特殊技『魔界の死炎しえん』だ。

 ゲームでは大ダメージを複数回与えるもので、低確率で即死効果がある。まぁ、即死効果があっても、ダメージだけでだいたい瀕死状態なのだが……。

 黒い炎は俺の身体を被うように流れ込んでくる。ドラゴンなどのブレスとはまた違う。なんだかねっとりと身体にまとわりつくような感じの炎だ。鬱陶しい攻撃だ。俺は炎を振り払うように両腕を動かした。炎は靄のように俺の周りを漂い、そして、消えた。

 魔王は口を開いたまま、動かなかった。まぁ、無理もないだろう。魔王専用スキルの中では最上位に位置するもので、使用頻度も少ないし、俺もゲームで見たのは、一回か二回ぐらいしかない。これは、なかなか貴重な体験をしたんじゃないだろうか。

 特殊技まで放ってもピンピンしている俺に、魔王は肉弾戦を挑むことにしたようだ。強化された脚のバネを使って、床を蹴った。グンと魔王の巨体が目前に迫る。

 鋭い爪が振り下ろされる。

 魔王の攻撃を左腕で防いだ。ガンと鈍いを音をたてたが、ダメージはない。

 ガラ空きのボディに、俺は右ストレートをぶち込んだ。

 また、魔王が吹っ飛んだ。

 今度は身体が大きくなった分だけ、接触箇所が多かったんだろう。魔王は何度か床にぶつかり、弾かれるようにして、さっきの大穴の空いた壁に激突した。

 さらに奥深くまで突っ込んだのか、魔王の姿は見えない。大量の砂煙と瓦礫が、穴の開いた壁を覆っていた。

 さきほどのように飛び出してくるのか? 俺は少し身構えながら、待った。

 さほど間もなく、砂煙の向こうに魔王の影が見えた。立ち上がり、こちらに向かっている感じだ。

 バンっと魔王が大地を蹴った! 巨大な魔王が大きく宙に飛翔する。俺はとっさに構えた。

「堪忍してください!」

 見事なジャンピング土下座だった。それは、もう完璧なジャンピング土下座としか言いようがなかった。俺が生きてきた中で見たことのないほどのジャンピング土下座。

 俺の眼前で、巨大な体躯が縮こまって、頭を下げている。その姿勢からまったく微動だにしない。ピクリとも動かない。

 ……どうしよう。

 俺は少し困っていた。この魔王の言葉を信用していいものか?

 この人、「わしの部下になったら、世界の半分をくれてやろう」とか言って、簡単に絶望の世界へ送り込んじゃう人だからな~。そう簡単に信じていい相手じゃない。もしかすると、この状態から俺の知らない攻撃とかをしてくる可能性がある。

 もう一撃ぐらい……と、拳を振り上げた瞬間。

「ほんと、勘弁してやってください!」

 大広間に轟く声と共に、無数のモンスター達の土下座包囲網が出来ていた。広間の入り口から先の通路まで、全てのモンスターが土下座をしている。

 俺と魔王を中心に綺麗な円を描いて、隙間がないほどのモンスターの土下座。見渡す限りの広がる土下座。

 ある意味、怖かった。

 このままの状態だと、いずれ魔王が寝下座までしかねない空気だ。

 俺は振り上げた腕を下ろすと、しばらくしてから魔王とモンスター達は少しずつ顔を上げはじめた。その顔には安堵と畏怖が入り混じった表情を浮かべている。どうやら間違っても、ゲーム内の魔王のようなことはしないようだ。ちょっと、心外だった。実はゲームの魔王も本当はいいヤツだったのか?

 一応、俺が『勇者』ではないということで、この戦いはなかったことになった。まだ、魔王は人間に敗北したことにはなっていない。そういう感じで、今まで通りの流れになるようだ。

 ただ、魔王本人やモンスター達の中には、俺という得体の知れない人間に負けた事実は刻み込まれた。

 魔王との戦闘が終わったあと、魔王からお茶でも飲みながら話をしないかと誘われた。

 それで、俺は本来の目的を思い出した。そうだ、俺は魔王と戦いに来たわけじゃなく、話をしに来たのだ。


 ようやく、俺は魔王と話し合う機会を得た。

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勇者様をお迎えすることになりました! 如月アクエ @d1kisaragi

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