第4話 今の俺が異種族コミュニケーションをすること

 俺、九条介くじょう たすくは、歩いていた。

 まっすぐ、草原や森林の中を歩き続けていた。

 ただ、ひたすらに歩く。

 俺が最初の村を出てから、どのくらいの時が経ったのだろうか? もう、日にちの感覚すら分からなくなってきていた。

 今の俺には疲労感や、眠気……いわゆる睡眠欲というものがなかった。それと同様に食欲もわかない。

 歩いていて、いつの間にか日が傾き、夜になる。

 序盤の頃は冒険中のキャンプ感を味わいたくて火を焚き、野宿をしていた。

 が、睡魔や食欲がないので、ただただぼーっと火を見つめていることしかなかった。そして、夜が明けるを繰り返す。

 なら、ずっと歩こう。そう思って、俺は昼夜を問わず、歩き続けることを決めた。

 もちろん、その間にモンスターと何度も戦った。

 だが、俺はただただ無意味に戦闘を繰り返しているわけではない。

 ひとまず、意思疎通ができるモンスターを探していた。意思疎通が可能であれば、俺の状態を聞いてみたかった。

 最初は勇者や冒険者をとっ捕まえて訊こうかと思っていた。が、その肝心な勇者や冒険者と遭遇することができない。むしろ、モンスターとの遭遇率のほうが高い。ちゃんと、城の前や宿屋の前で待ち構えてもみた。が、まったく出会えなかった。

 勇者や冒険者はいないのではないか?

 そんな疑念が心に浮かんだが、村や町での情報収集の結果、やはり勇者や冒険者はいるという。ということは、よほど運が悪いのか?

 そんなわけで、いつ出会えるかわからない勇者と出会うより、意思疎通ができるモンスターと遭遇する方が早いだろうと思って、俺は旅を続けている。

 しかし、やはりというか、人生は甘くない。なかなか、そんなモンスターと出会うこともできなかった。

 大抵、俺と戦闘するのは、色違いのスライムやコウモリみたいな感じなヤツ、形の変わった鳥、ゴーストのようなモンスターだった。

 ひとまずは声をかけてみるが、聞こえてるのか、それともこちらの言語を理解しているのか分からないまま戦闘が始まる。

 そして、俺の一撃で簡単に消滅してしまうのだ。そのあと、ゴールドは出てこず、経験値すらもあるのかもあやしい。

 なにせ、かなりの戦闘を繰り返しているから、いい加減レベルアップとかしていいはずだ。

 ……ただ単に音楽がないだけかもしれないが……。

 多種雑多のモンスターとの戦闘、それから朝と夜が交互にやってくる中、俺はただひたすらに歩いていた。

 

 気がつけば、それなりの所までやって来ていた。思えば、遠くまで来たものだ。

 さっきまで戦っていた人間並みに大きなサソリをぶちのめした後に、ふとそんなことを思った。かなり遠方まで来たが、会話のできるモンスターと遭遇は、まだない。

 この世界は橋を渡り、新しい土地に行くたびにモンスターの種類が増え、強くなってゆく。もう少し、橋を渡って、先へと進んでみるかと思った時だ。

 魔法使いが現れた!

 黒いローブにフードを被り、顔は見えないが目の部分が白く輝いている。手には先端に赤い宝珠のような石をつけた杖を持ち、両腕を大きく広げている。俺の知っているモンスターの『魔法使い』そのままの魔法使いだった。

 やっと、言葉が通じそうな相手が出てきた!

 俺が話しかけようとした瞬間。出現した魔法使いが先に行動を起こした。

 魔法使いは何やら聞いたことのない言葉をつぶやくと、手に持っている杖の先端に火が集まってくる。

 火の呪文か?

 集まった火は塊となって、俺の方に飛んでくる。

 あれ? そういえば、俺ってこの世界に来てから初めて魔法を受けるのか?

 そんなことを思っている間に、火の玉は目の前まで迫っていた。

 熱さや衝撃、ダメージを想像して、身構えた。が、火の魔法は俺の身体に当たると消えた。

 何も感じないまま、火の玉は霧散した。

 ダメージが低かったのか、それとも魔法が効かなかったのか?

 ただ、俺と魔法使いの間に微妙な空気が流れた。

 「あれ?」というお互いの困惑具合が、変な時間を作った。

 が、魔法使いはめげなかった。

 再び、呪文を唱えると、杖の先に火の玉を創り出す。

 魔法使いは「今度こそ!」という感じで、俺の方に放った。

 結果は……変わらなかった。俺にはダメージどころか魔法の効果が出てるような様子は微塵もなかった。

 ……だが、魔法使いは頑張った。

 MPマジックポイントがなくなったのか、今度は手にしていた杖で殴りかかってきた。

 痛くなかった。杖が当たった感触はあるが、それで傷づいたとかHPヒットポイントが減ったとかの感覚がまったくない。

 相手はかなり全力で叩きつけてきている感じだが、残念ながら効いてなかった。

 俺はいつものように魔法使いに向かってパンチを繰り出した。

 ドン‼

 魔法使いはものすごい勢いで地面で何回かバウンドして倒れた。

 そして、いつものように跡形もなく消滅する。

 ……はっ! やってしまった……。

 モンスターとのコミュニケーションを図るつもりだったのに……倒してしまった……。

 やっぱりというかなんというか、魔法使いが消えた場所には何も落ちていなかった。

 魔法使いが叩きつけられた地面が小さくえぐられているくらいだ。それ以外の変化はまったく起きていない。

 ……もう少し、力加減とか出来ないもんなんだろうか?

 自分の拳を見る。自分自身はやっているつもりなんだが、まったくコントロールが出来ていない。

 というか、その加減がまったくわからん。

 こちらは普通にパンチやキックを出しているだけなのだが、モンスターを簡単に消滅させてしまう。

 かといえば、この拳で木や岩を砕くことはできない。ただ、痛い目に遭うだけだった。

 ま、モンスターの攻撃は痛くないので無視してもいいのだが、スルーしようとしたらしたで、やたら絡んでくる。

 逃げようとしても、いつまでも追いかけてくる。結局、倒した方が早い。

 だが、今の俺は倒すことよりコミュニケーションを優先しなければならない。

 また、魔法使いとかみたいなモンスター出てこないかな~。俺はそう思いながら歩き出した。

 すると、狙ったかのように、また、新しい魔法使いがあらわれた。

「あ、すみません……戦う意思はないので……」

 と相手の方から折れてきた。心なしか広げた両手が降参を訴えているように見えた。

 これは好都合だ。俺も話し合いたいことを伝えると、魔法使いも同意してくれた。

 お互い森林部分にある木の下で向かい合うように座った。魔法使いが正座だったので、こちらも正座になる。

 傍から見ると、人間とモンスターが正座して話し合っている図は、かなりシュールだ。

 それは置いといて、魔法使いには今まで疑問に思ってたことを訊いてみた。

 どうやら、モンスターは何種類かに分類されている。

 スライムや動物型のモンスターや元々その土地に存在していたモンスターは野良モンスターと呼ばれているらしい。それ以外で魔界で生まれたり、魔力の強いヤツや魔王などに属している者は魔王軍モンスターと分かれているようだ。

 暴れまわる野良モンスターを魔王軍モンスターがある程度の自由の下で管理している、そんな生態様式らしい。

 ちなみに魔王軍のモンスターには給料があるらしく、モンスターを倒すと金品が手に入るのは、それが理由らしい。なんだか今までお給料を奪っててごめんなさい。

 野良のモンスターは光物が好きなので、たまにちょっかいを出した人間や村で手に入れたお金やアイテムをそのまま持っているという形らしい。だが、今の俺にはそのゴールドすら手に入れることが出来ない。

 そこらへんを聞いてみても、「わからない」というのが魔法使いの答え。一応、魔法使いの手持ちの財布の中身を見せてもらった。確かに俺が持っているポーチと同じような金貨が入っている。

 色々と話していると、モンスターと言っても魔王軍にいる魔族は魔力の強い人間に近いという。ただ、外見が変化できたり、特殊能力を持っていたりと色々な種類が存在する。外見も人間に近い者が多い。

 おそらく、目の前の魔法使いもフードをとると、案外どこにでもいるような顔をしているのかも知れない。

 もちろん、一回素顔を見せてくれと頼んでみた。が、「恥ずかしいから」という理由で断られた。こちらもどうしても見たいというわけでもない。ので、その話はここまで。

 なぜ、自分がモンスターからの攻撃や魔法が効かないのか? 一撃でモンスターを消滅させることができるのか? 訊いてみた。

 返ってきた答えは、「わからない」だった。ただ、そのことで最近、一部の魔王軍の中では噂になっているらしい。

 最後に一番気になっていることを訊くために、あるアイテムを取り出した。

 魔物の羽だ。

 あれから持ち物を補充して、何度か試してみた。が、結果は変わらない。まったくもって、どうすれば効果が発動するのかが分からない。

 そのことを話したら、魔法使いは「え? ウソでしょ?」みたいな感じで俺の話を聞いてくれた。

 魔物の羽は魔力が強くない戦士系の人間どころか普通の村人ですら使える移動アイテムだという。

 使い方は簡単。魔物の羽を持って行きたい場所を頭で思い浮かべて、そこからある言葉を言えば飛べるらしい。

「説明書に書いてあったはずですよ」

 ……アイテムに説明書があったのか? それともアイテムのフレーバーテキストみたいなものがそれだったのか? 基本、説明書を読まない派の俺には盲点だった。

 一応、敵ではあるが魔法使いからアイテムの使い方を聞いた。

「~~~~~と言えばいいんですよ」

 ……ん?

 俺が聞き逃したのか、それとも理解できなかったのか? 魔法使いの前半部分の言葉が分からなかった。

 火の魔法と同じだ。呪文の部分がまったく聞き取れなかった。

 呪文もアイテムの言葉もそうだったが、俺からすると訳のわからない外国語を早口でまくしたてられているように聞こえる。

 リピートしてもらったが、やはり理解することは叶わなかった。ので、紙に書いてもらうことにした。

 ……………………読めなかった。

 文面としては『このアイテムの使用する言葉は~~~~~です』と書かれている。『~~~~~』以外は読めた。

 問題は『~~~~~』の部分。古代文字のようなものを無造作に書き流された、そんな感じの文字だった。

 ふと思った聞いてみた。

 これは戦士系みたいに魔法が使えないから読めないのではないのか?

 それを言ったら、「は?」という感じで魔法使いは答えた。

「戦士だって魔力を持ってますよ。というか、この世界に生きている者、みな魔力を持ってます」

 そんなの常識でしょ、といった感じで言われた。

 この世界のマジックアイテムは使う者の魔力に反応して発動する。戦士系の人間は魔法を使えないだけで、魔力はある。ただ、魔法職の人間よりも魔力を出せる量や保有量が少ないらしい。

 そう考えると、確かに戦士系だってアイテムとして『炎の杖』とか使ったら、ちゃんと効果が出るもんな。

 ということは、おかしいのは俺の方なのか?

 そこらへんのところも聞いたが、残念ながら分からないらしい。魔王軍でもっと上級のモンスターに聞けば分かるかもしれない、と魔法使いは言い残して去って行った。

 魔法使いが去ったあと、俺はため息をついた。

 色々と話は聞けたが、まだまだ俺の疑問解消には至っていない。

 どうやら、魔法使いの言葉のように上級モンスターと接触すれば、もっと情報をもらえるかもしれない。

 だったら、いっそ魔王に会ってみよう。

 魔王の城近辺のモンスターに、この強さが通用するかどうかも確かめてみたい。そこらへんと対等に戦えるなら、魔王とのバトルも何とかなるんじゃないか? そして、魔王に色々と訊いてみよう。

 そう思った俺は魔王を目指すことにした。

 いざ、魔王の城へ!

 俺ははるか遠くに霞んで見える魔王の居城に向かって歩きだした……。

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