第3話 今の俺が戦っているモンスターのこと

 翌朝、目が覚めた。

 起き上がったベッドの上は、やはり昨日と同じ木製のベッドだった。

 俺はこの現実を受け入れることにした。今、ここにあるのが現実なのであると。

 そう思った時、ガッカリと一緒にどこかホッとした気持ちがあった。

 こうなる前の『現代社会リアル』に戻らなきゃと思う反面、どこか『この世界』で生活してみたいといった気持ちもある。

 単なる好奇心ではあるけれど。

 しかし、ここで命を落としたら、本当に死ぬかもしれない。

 そんな状況だってある、というか、大体そういうものかも知れない。

 だが、ひとまず、一回は冒険に出てみたかった。

 というより、一度はモンスターとは戦いたい。

 そんな感じで、俺は昨日購入した棍棒とアイテムを入れる背負い袋を担ぎ、外に出た。

 そういえば、起きてからまったく空腹を感じなかった。が、買った食料が無駄になると思い、干し肉と赤い果物を食べた。

 干し肉は普通に肉の味がした。赤い果物は酸っぱさと甘みが混同した……リンゴのような感じだった。

 ひとまず、井戸から汲んだ水で顔を洗い、口を濯ぎ、それから村を出た。

 ちなみに革の鎧は家に置いてきた。さすがに自分で壊してしまった防具を着るのはどうかなと思う。

 村から出ると、城に続く道があった。

 ので、ちょっと城に寄ってみた。

 が、城内には入れなかった。

 それはそうだ。勇者の血を引く者でもなければ、ある程度名が知られた冒険者というわけでもない。

 城の入り口にいる門番らしい兵士に追い返され、俺はそのままその場を後にした。

 さて、これからどうするか?

 まず、モンスターと戦うことは決定事項として、当面の目的地だ。

 いきなり、魔王の城に行くのは無謀だろう。

 かといって、フラフラと歩いていれば、すぐにモンスターと遭遇するとも限らない。

 どこか目指す場所が必要だ。

 とりあえず、ここから北西にある村を目指すことに決めた。そこまでの道中でモンスターの一匹や二匹に出会うことはあるだろう。

 ここで俺ははっと気がついた。

 『音楽』がない。

 これは、ちょっとテンションが下がる。

 村の中では人の声や往来の音、荷馬車など市場の喧騒などがあって気にはしてなかった。

 が、この目の前に広がる大草原と遠くに見える緑色の森林を見ていると、そのことがことさら強調されているように感じた。

 空には白い雲と一緒に鳥の鳴き声と、なんだか見たことない形容の生き物が飛んでいる。

 森からは獣の鳴き声と一緒に、聞いたことがないような金切り声に近い音がする。モンスターの鳴き声なのだろうか?

 今、まさに俺は『音楽』の重要性を噛みしめていた。

 しかたなく、俺は頭の中で思い出される『冒険の音楽』を鼻歌で歌いながら、歩き始めた。

 

 しばらくして、待望の時がやって来た。

 近くの草むらがガサガサと音を立てると、そこから何か飛び出してきた。

 それは青い色をした柔泥状かゼリーのような塊だった。

 おそらく目だと思われる場所に二つの黒い塊があった。そして、おそらく口だろうと思われる窪みが、その下にあった。

 ……スライムなんだろうか?

 ここでも、『音楽』は重要だった。これでは戦闘に入ったのかすら分からない。

 俺は意思疎通ができるかどうか分からないが、ひとまず訊いてみた。

「……お前、スライムか?」

 だが、返答はなく、目の前の青い軟体生物はプルプルと揺れているだけ。

 ……しばらく、ただお互いを見つめ合う(?)という時間だけが流れていく。

 …………………………………………………………………………………………。

 う~ん、どうしたもんか? このまま、攻撃してもいいものなのだろうか?

 そう考えている間も、目の前の生物はこちらの行動を待ってるように動かない。

 ひとまず、こいつはこの世界の『スライム』と認識して、攻撃態勢に入ることにした。

 それにしても、こんな意思疎通すら怪しいモンスターの思っていることが分かるってことは、やっぱ、勇者や冒険者は凄い! そんなことを思った。

 俺は脳内で『戦闘の音楽』を流しながら、手にした棍棒を振り上げ、スライムの目掛けて叩きつけた!

 ポヨン。

 そんな擬音がピッタリ出てきそうな感じで、俺の棍棒はスライムに当たって弾かれた。

 ……あれ? これってダメージ入ってます?

 ゲームと違って何の表示もエフェクトもないし、スライム自体にも変化はない。

 やはり、現実はこんなもんなんだろうか。ちょっと、ガッカリした気分になった。

 が、今度はスライムの攻撃が来る。

 今までプルプルと震えていた身体が収縮され、結構なスピードで俺の方に跳ねてきた!

 ポヨン。

 普通の服である俺の身体にスライムが体当たりをかましてきた。

 が、ダメージは……あるんだろか?

 俺の体感からすると、胸の辺りにスポンジで出来たボールを思いっきり投げつけられた……そんな感じだ。

 見た目からゴムっぽい感触を想像したが、思ったほどの衝撃もないし、痛くもない。

 スライムといえば、初心者冒険者ご用達のモンスターで有名だ。ダメージもこんなもんなのか?

 俺はもう一度、棍棒で攻撃してみた。

 が、再び、ポヨンとした手応えと共に棍棒は弾かれてしまう。

 そして、スライムの体当たり。

 また、ポヨンとした感じで俺の腹部に当たり、そのままスライムは元の位置に戻る。

 ……さっきから当たりどころが悪いのだろうか? そう思って、棍棒で三度目を叩いてみた。

 ポヨン。

 ダメージが入っているのかいないのか分からない手応え。うん、なんらかしらのテキストや通知は欲しい。

 そして、スライムの反撃。

 ……これを八回ほど繰り返し、俺は思った。

 おかしい。どう考えてもおかしい。

 ゲームだったら、スライムぐらいなら棍棒で三回か四回くらい殴れば倒せたはずだ。

 この異世界では、スライムは高レベル級のモンスターなのか?

 しかも厄介なことに、自分自身にも目に見えるダメージがないことだ。

 今にも死にそうだ! ヤバい! と思えれば逃げるのだが、そんなことはまったくない。

 むしろ、疲れすら感じていないほど普通だ。……それは相手も同様だけれど。

 千日戦争になりそうな状況だな……と思い始めた状況を、簡単なことで打開できた。

 これって、素手で殴ったら、どうなるんだろう?

 手にした棍棒を放し、じっと自分の手を見る。

 ものは試しだ、やってみよう。

 俺は右手の拳で、スライムを叩き潰してみた。

 グシャッ‼‼

 今までの苦戦がなんだった? というくらい、見事に潰れた。

 スライムのいた場所には、ゼリーのような小さな塊が散らばり、青っぽい汁が地面に広がっている。

 倒したのか? 

 ほんと、音楽って大事。これでは戦闘が終わったのかも分からない。が、しばらくすると、スライムの死体は跡形もなく消えた。手品か何かのように一瞬にして消え去ってしまった。

 ひとまず、スライムを倒したことで、いいのかな? いいよね? 一応、納得することにした。

 それから、まじまじとスライムを潰した右手を見た。

 何の変哲もない、自分の手だ。なんか紋章とか刻印とかないかと色々触ったり、見たりしたけれど、正真正銘、今まで通りの普通の自分の手だ。

 一応、棍棒よりも俺の素手の方が強い。だが、油断はできない。俺は背中の袋に棍棒をしまった。別に捨てるのがもったいないとかじゃない。素手が通用しないモンスターが現れた場合の保険。決して、せっかく買ったものを捨てるのがイヤだというケチな性分じゃない、うん。

 それから、あれ? 違和感に気がついた。

 こういう場合、モンスターを倒したら、お金と経験値がもらえるもんではないのだろうか?

 まぁ、現実でもそんなメッセージが流れるわけではないので、目に見える範囲で判断するしかないんだろうけど。

 経験値はともかく、お金だ、ゴールドだ!

 スライムが死体があったと思われる場所を、くまなく調べた。それこそ、地に這いつくばり、なんならそこら辺の地面すらも掘ってみた。

 一銭もなかった。

 ゴールドや、それ相応な貨幣も金品すらもない。

 ゲームでのあのメッセージはなんだったんだろうか? もしかすると、自己申告制とか懸賞制度?

 ……なら、最初からそういう風に言ってほしいけど、俺のイメージだとその場で手に入れてる感じだ。

 今度は別のモンスターを倒してみれば、何かしら手に入るかもしれない。

 なんなら、どういう仕様になっているのか、勇者か冒険者をとっ捕まえて、聞き出すということも選択肢に入ってくる。

 ま、それは置いといて、俺はあることを試したくて、アイテムの入った背負い袋から道具を取り出す。

 魔物の羽~!

 某ネコ型ロボットのような感じで俺は心の中で呼びながら、それを高々と掲げた。

 この魔物の羽を使えば、またたく間に自分の行ったことのある場所にワープすることができる。いわゆる移動用アイテムだ。

 俺はその羽を天高く放り投げた。

 ………………………………………………………………………………………………。

 何も起こらなかった。

 魔物の羽は、ただ、ヒラヒラと宙を舞い、地面に落ちるとそのまま消滅した。

 あれ? このアイテムは洞窟以外だったら、速攻で効果が出るはずだ! なんで、何も起きない!

 ……そうか、投げちゃダメなのか! 

 俺は取り出した羽を天高く突き上げるように掲げてみた!

 ………………………………………………………………………………………………。

 やはり、何も起きなかった。羽は無情にも俺の手から消えた。

 それから、俺はポーズを変えたり、大声で「戻れ!」とか「帰る!」、「村に戻りたい!」など、思いつく言葉をひたすら叫んだり、念じてみたりしながら羽を使用し続けた。

 魔物の羽が残り一つになった時点で、俺は諦めた。

 色々、試しているうちに時間だけは経過していて、いつの間にか陽は傾き、黄昏時から夜になろうとしていた。

 暗くなってゆく周りの景色に合わせて、森の中から不気味な唸り声と、今まで聞いてきて聞いたことのない生物の咆哮や悲鳴のような鳴き声がし始めた。

 そういえば、夜になるとモンスターの出現率とモンスター自体の能力も強くなるんだっけかな?

 俺はこれからどううするか考えながら、新たな疑問にぶち当たった。

 気がついてみたら、空腹感も疲労感、さらに眠気すら覚えていない。

 俺の身体はどうなってしまったのだろう?

 どんどん、暗くなってゆく誰もいない草原で、俺はただただ立ち尽くしているだけだった……。

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