26  元魔王様、勇者(♀)のことで悩む





 沈黙するアルスに、姉のレイラは少し困ったような顔をして話を続ける。


「フィリアちゃん、今一人で活動しているみたい。たまに実家にも顔を出すみたいだけど、あまり元気が無いみたいよ」


「そう… なんだ…」


「アナタ達、昔から一緒にいたじゃない? だから、やっぱり寂しいんじゃないかしら?」

「そうだね……」


「ねえ、アルス。フィリアちゃんが、一人で活動しているのは、アンタのPTに誘われた時に、すぐに参加するためだと思うの。別に無理強いするつもりはないわよ。でも、このまま冒険者として、一人で活動するのは危険だと思うの。だから、余計なお世話かもしれないけど、PTに誘ってあげて欲しいと思っているの」


 確かに姉レイラの言う通り、例えあのフィリアでもソロ活動は危険だろう……


 ん? 危険か? だって、今のアイツ魔王時代の我より強いよ? アイツを倒すのは魔王クラスであっても、多分厳しいよ? そもそも倒せるなら、我がこんな状況に陥っていないわけだし…… いや、一人だから危ないのは間違いないのか?


 だが、フィリアを誘うのは、こちらもリスクが高い。


 なにせ、俺達が魔族だとバレれば即倒される可能性があるし、今の新魔王軍は幼子の集まりなので、幼いあの子達ではいつボロを出してもおかしくない。


(でも、一人は確かに心配だな… )


 どうしたものかと悩んでいると、レイラが言葉を続けた。


「まあ、私も見かけたら誘ってみるから、アンタも考えてあげておいてね」

「わかった、考えておくよ… 」


 そう答えるとレイラは、安心したように微笑む。


「ありがとう、それじゃあまたね」


 そう言って、彼女は去って行った


 アルスはフィリアの事を考えながら、組合の外に出るとルイスがハティにお手をさせているが、当のハティは嬉しそうに尻尾を振っているだけであった。


 すると、ムルが「わん!」と鳴いて、ルイスの掌に右前足を置いて手本を見せると「わん!」と鳴いてハティに真似るように促す。すると、ハティはルイスの掌に右前足を置いて、遂にお手を完遂させる。


「やったー!偉いわよ、ハティ! 少し複雑な気分だけど…!」


 ルイスは複雑な表情で喜びの声を上げると、ハティの頭を撫でて褒める。

 それはそうだ。自分の指示ではなくムルのお陰なのだから


「わん、わん、わん」

「うん、ありがとうムルちゃん」


 ムルが鳴くと、ルイスはムルの頭も優しく撫でた。

 その様子を見ていたメルルは、外に出てきたアルスに気付くと駆け寄ってきて尋ねてくる。


「お疲れさまです、アルス様。どのような依頼を受けたんですか?」


 メルルに尋ねられたアルスは、そこでフィリアの事を考えていて、依頼を受けていない事に気づく。


「えっと…… あれ!? ああ、忘れていたよ…… 」

「もう、しっかりしてくださいね。アルス様」


 メルルがアルスを注意してくるが、その表情は天使のような笑顔であった。


「ほんと… しっかりしてくださいね、アルス様」


 が、それとは対称的に、フードから見えるルイスの「またですか……」と言う視線が痛かった。


(ルイスちゃん、「またですか……」って、何だ!? 依頼を受け忘れたのは、今回が始めてだぞ!? 他に色々やらかしているだけで…… 我… 魔王に戻れるのだろうか…)


 心の中で反論するアルスだったが、実際に依頼を忘れた事は事実であるし、色々やらかしている事を回想して、更に落ち込むのだった。


「すまない、ちょっと考えごとをしていたんだ…… 」

「そうなんですか? 何か悩み事でもあるんですか?」


 アルスはフィリアの事を話していいものか考えるが、仲間には伝えておくべきだろうと思い話す事に決めた。


「実はフィリアの事を考えていたんだ。今、一人で活動しているらしんだけど… まあ、アイツの実力なら問題ないと思うんだが… 」


「確かに、フィリアお姉様なら、大丈夫だとは思いますが… 」


 そう言ったルイスではあったが、心配そうな表情を浮かべている。


 アルス達がそこまで言ったところで、メルルが“若輩の身で申し訳ないですが”といった感じで年上二人に話しかけてくる。


「あの…… 私はフィリアさんという方を存じないので、どれほどお強いのかわかりませんが、お二人が心配している時点でもう答えは出ているのでは無いでしょうか? すみません、子供が生意気なことを言ってしまって…… 」


 アルスはメルルの意見を聞いて、目から鱗が落ちた気分になった。

 何故ならば依頼を受けるのも忘れるぐらいにフィリアの事で悩んでいたその事が、既に答えだったのだ。


 それをこんな幼い子に諭されるだなんて、とアルスは恥ずかしくなってしまう。


 言い終えたメルルは、自分が出しゃばり過ぎたと思って反省をしているのかシュンとしており、アルスはその彼女の頭を撫でて感謝の気持ちを伝える。


「ありがとう、メルル……。君の言うとおりだな」

「いえ、そんな…… 私なんかの言葉でお役に立てたのであれば嬉しいです」


 メルルに感謝を告げると彼女は頬を赤く染めながら、天使のような笑顔で嬉しそうに笑う。魔族だけど……


(しかし、メルルはこんな幼いのに、お利口さんでしっかりしているな。駄目なルイスとは偉い違いだな)


 そう思ったアルスは、ルイスの方を見て苦笑いをする。すると彼女は、アルスの視線に気付いて、睨みつけてきた。


「アルス様、何ですか? その駄目な子を見るような目は……」

「ごめんな、ルイスちゃん。つい、本音が漏れてしまっただけなんだ……」


 謝るアルスであったが本音が漏れているため、それを聞いたルイスは当然顔を赤くして怒り出す。


「なっ!? 私のどこが駄目なんですか! ?」


「えっと…… コミュ障のところとか、我を言葉のナイフで刺してくるところとか、蔑んだ目で見てきて、我のハートに傷つけるところとか、ハティが言うことを聞かないところとかな」


 ルイスに尋ねられたアルスが、素直に答えると彼女は反論してくる。


「コミュ障はともかく、後は全部アルス様が悪いんじゃありませんか! それにハティは私の言うことを聞いて、さっきお手をしました!」


「へぇ~ そうなんだ。じゃあ、今からもう一度やってみてくれるかい?」


 アルスはルイスを煽ると、彼女はムキになって言い返してくる。


「やってやりますよ、見ていてくださいよ! ハティ、お手!」


 ルイスはヘティの前にしゃがみ込むと、「ハティ、私に恥を掻かせないでよ」と思いを込めて、見つめながら尻尾を振る子狼にお手を命じる。


 そして、大方の予想通りハティは前足を出さない。


「ハティ…… お願いだから…… 」


 ルイスは少し涙目になりながらも、必死にお願いする。

 すると、子狼の横でお行儀よく座っていたムルが、鼻先でハティを突いて自分の方を向かせると、今度は鼻先でルイスの掌を指してお手を促すとハティは短い前足をルイスの掌に乗せて、お手を成功させる。


(飼い主と同じで、気の利くお利口さんだな…)


 アルスはムルの賢さに感心していると


「ほらね!? お手したじゃないですか!」


 勝ち誇ったようにドヤ顔でルイスが言ってくる。


「ルイス…。今の一連の流れを見られていて、よくそのドヤ顔が出来たな!?」

「はうぅ……」


 アルスに指摘されたルイスは恥ずかしくなったのか、俯いて黙り込んでしまう。


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