19 再開
ポーラタンスート運送本社―
クイカソナの町の郊外に、総面積約 1,700ha(東京ドーム 358 個分)の広大な土地を有しており、その中にある牧場で輸送に使役する魔物以外にも牛などの牧畜を放牧している。
クイカソナの町の到着したアルス達は、町の郊外にあるポーラタンスート運送本社に連れて行かれ、メスレに出迎えられるとそこから2台の馬車に乗って、敷地の奥にある現会長の屋敷に向かう。
「馬鹿みたいに広いな…」
「そうですね…」
アルスとルイスは、その広大な敷地に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
シャルーとハティは、15分変わらない牧場風景に飽きたのか、床で身を丸めて眠っている。
「アルス様に、聞きたい事があります…」
「答えられることなら」
「私達がこのまま新生魔王軍の活動を続ければ、勇者の末裔であるフィリアお姉様とぶつかることになります。その時、アルス様はお姉様と戦えますか?」
「……」
アルスはルイスの質問に、即答することができなかった。
昔なら「泣かせる」と即答できたのだが、今はそれすらできない。
魔王失格ではあるが、アルスはいつからかこの問題を避けてきていた。
彼は、ルイスに同じ質問を返そうと思ったが、このような事を尋ねてくるということは、彼女には無理ということなのであろう。
(しかし、たった一日で本当に二人の間に何があったんだ…)
彼はそう考えながらも、おそらくキマシタワーだなと結論を出しつつ、取り敢えずこう答えておくことにした。
「とりあえず、その時考えよう…」
「そう… ですね…」
アルスには、無計画且つ無責任ではあるがそう答えることしかできず、ルイスも願わくはそのような未来が来ないことを祈りつつそう返事をするしか無かった。
そうこうしている内に、馬車から見える風景はいつの間にか森の中になっており、しばらくすると大きな屋敷が見えてくる。
馬車はその屋敷の入口に停車すると、2人はそれぞれシャルーとハティを起こして、メスレに伴われて屋敷の中に入る。
屋敷の中は、思ったほど豪華な内装にはなっておらず、むしろ庶民的とすら感じる。
廊下を進んだ奥の扉の前に立つと、メスレは扉をノックする。
「父さん、魔王様をお連れしました」
「おお! 入って頂きなさい!」
部屋の中から声が返ってきたので、メスレ扉を開けて二人に入室を促してきたので、アルスを先頭に入室するとソファーに老夫婦が座っていた。
老夫婦は、部屋に入ってきたアルスが近づくと立ち上がり、妻に肩を借りて腰を庇いながら近づいてくる。
「腰を痛めているのだろう? 無理はするな」
アルスは二人の様子を見て、少し駆け足気味で自分から老夫婦に近づく。
彼が近くまで駆け寄ると、夫の方は涙を流しながらその場に膝つき、元魔王に臣下の礼を取る。
「その魔力、正しく魔王デスヘルダーク様のモノ! お懐かしゅうございます!! よくぞ、無事転生なされました! 魔王様にお仕えしていた魔獣使いメフィレでございます! このメフィレ、一日千秋の思いでこの日をお待ちしておりました! 痛た…」
「メフィレ、無理をするな。立ち上がって、ベッドで横になって楽にしろ」
アルスはメフィレに肩を貸すと、そのままベッドに連れて行く。
「申し訳ありません。このような場所まで、ご足労願ったばかりか、肩までお借りしてしまって… うぅぅ」
「気にするな」
ベッドに横になると、メフィレは泣きながら謝罪した後に、これまでの自分の話を始める。
「魔王様、このような格好での無礼、どうかお許しを」
200年前、アルスこと魔王デスヘルダークが勇者に敗れ去った後、彼は家族の待つ故郷に帰りこれからの事を考えた。
メフィレはアルス以外に仕える気が無かったため、5人の子供と妻を養うべく事業を起こすことにする。
彼は魔獣使いの能力を利用して、魔獣を使った運送業を思いつくが、魔界ではそれは当たり前なので、儲けるために人間界で事業を行う事を決断するがそれは賭けに近かった。
何故なら、人間界で魔獣魔物を使役するのは、魔族だとバレる可能性があり、バレれば討伐されるからである。
彼らは家族で人間に化けると、できるだけ人のいない田舎のクイカソナの町(当時は村)に土地を購入して、事業を開始することになる。
そこで、事業の資本金になったのが、アルスが退職金代わりに部下に分け与えた宝物で、彼らはそれを元手に運送業を行い徐々に利益を上げて行き、人間に化ける姿を変えつつ100年掛けて大企業へと成長させた。
当然、村人は魔物や魔獣を使役する彼らを訝しがるが、特に実害を出さず真摯な態度の一家に、村人は次第に彼らを受け入れるようになる。
自分達を詮索せずに、受け入れてくれた村人への感謝の気持ちから、大企業になってもこの辺境の田舎から移転せずに雇用を生み出して、村を町にまで発展させた。
<お客様と従業員と近隣住民(と魔王様)に感謝を!>が、ポーラタンスート運送の掲げる理念である。
「我ら一族が繁栄できたのも、魔王様のお心使いのお陰です。感謝の言葉しかありません」
「いや、成功したのは、オマエと家族の頑張りだよ」
「魔王様… うぅぅ」
元魔王の言葉を聞いたメフィレとその妻、そしてメスレは感涙の涙を流す。
彼らが、ここまでアルスを魔王デスヘルダークの事を敬愛し感謝している理由は、従来の魔王は部下に戦って死ねと命令するため、魔王配下は戦死する者が多く稼ぎ頭を失った残された家族は路頭に迷う者も多かった。
だが、アルスは部下に無駄死を強いず、更に退職金まで渡して家族の元に返した。
まあ、そのおかげでアルス自身は、転生する羽目になったのだが…
彼らからすれば、アルスのお陰で家族が路頭に迷わず成功を収めることができたので、ここまで感謝しているのであった。
(元の部下に、こんなに感謝されている…。父さん達の言う通り、アルス様は立派な魔王様だったんだ…。今は全然そうは見えないけど)
その様子を一歩引いた所で、見守っているルイスは今までの頼りない(まあ、実際少し頼りない)アルスの印象を少し見直すことにする。
外が暗くなってきたので、今日はこの屋敷で泊まるように進められた2人は、メスレに今夜宿泊する客間に案内される。
その道すがら、アルスは少しドヤ顔でルイスにこのような事を言ってしまう。
「どうだ、ルイス。我が慕われている偉大な魔王だということを理解したかな? 理解したなら、今度から我のことを蔑んだ目で見ないように! 我の繊細なハートが傷つくから!」
このような事を言うところが、ルイスに敬愛されない所なのに言ってしまう所が、アルスの悪いところである。
現にルイスは、無言のままジト目で彼を見ている。
「魔王様、この部屋でございます」
二人が通された部屋は豪華な来客用の宿泊部屋であるが、誤解を解いていなかったので、メスレはまたもや余計な気を回した部屋を用意しており、寝室には柔らかそうなキングベッドが一つ設置されている。
しかも、枕元には精力剤を数本用意するという気の利いた配慮ぶりであるが、今回は完全な裏目である。
現にルイスは主君である元魔王を蔑んだ― いや、ゴミを見るような見下した目で、彼のことを見ているため、さっきの発言通りアルスの繊細な心は、早速バキバキに折られている。
「君達は、お二人の邪魔をしないように、こっちの部屋だ」
「にゃ~」
「わん」
そんな二人を尻目に、気の利く男メスレはシャルーとハティを、少し離れた別の部屋に連れて行こうとしている。
「なるほど、これはとんだ早合点でした。申し訳ございません、魔王様。すぐにお部屋を用意させます」
アルスは急いでメスレに、二人の関係を説明してアルスとシャルー、ルイスとハティの部屋割に変更させた。
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