17  新たなる訪問者





「部屋から戻ってきたお姉様、ご機嫌でしたが何を言ったのですか?」


 フィリアの家を出た時、ルイスは彼に質問してくるので、アルスは前を見つめたままこう返す。


「ルイスにはまだ早い大人の駆け引きというやつだよ」

「なるほど、大人の駆け引きですか…」


 そう曖昧な言葉を並べた大人の汚いやり口だ。


“俺がクランを大きくして、その資格を手に入れた時、薬指に合う指輪を渡すことにするよ。”などと言ったが、その”大きく”とはどのくらいかも明言していないため、こちらの

 胸ひとつであり、アルスが大きくないと言い張れば、いくらでも期限を伸ばすことができる。


 そして、大きくなった時は、彼女と戦う事になるであろう


(俺は本当にフィリアと戦いたいのか? いや、戦えるのか…?)


 アルスの脳内に、不意にそのような考えがよぎるが、頭を横に振って魔王らしくないその疑問をかき消すと自宅へ足を向ける。


 すると、彼の自宅の前に立派な馬車が停車している。


 馬車は豪華な装飾が施されている訳ではなく、頑丈に作られた馬車でそれを引くのは、馬ではなく馬型の魔物であった。


 馬型の魔物<ヴァルプニル>で、魔族や亜人が乗り物として使用しているが、魔物である以上少なくとも人間が使役するのは難しい。


 だが、それをやってのけた者が現れる。


 それは<ポーラタンスート運送>の創業者一族で、彼らは比較的大人しく運送業に利用できる魔物を飼育して、数十年かけて使役できるまで育てあげた。


 魔物は動物の馬より足が早く、牛より馬力があるため運送業界に革命を起こし、徐々にシェアを拡大していき、今や業界最大大手になっている。


(ポーラタンスート運送が、家に何のようだ? …って、俺の両親やフィリアの両親への魔物討伐の依頼か)


 アルスが家の前に停車している馬車に近づくと、御者が中の人物に声を掛けたようで、中から40代後半の身なりの整った男性が出てくる。


「あいにく、両親は留守にしていまして…」

「君がアルス=クライトン君かな?」


 その質問から、どうやらアルスに用があるようだが、彼の方には覚えがないので、警戒態勢に入る。


「そうですが、俺― 私に何か用ですか?」


 できるだけ冷静に会話を進めるアルスの後ろで、その彼の緊張が伝わったのか、ルイスはフードマントの中で鞘に手をかけて戦闘態勢を取る。


「ああ…、やはりそうでありましたか!」


 男性は感極まった表情で、すぐさまアルスに膝をつく。


 アルスは思いも寄らない男性の突然の行動に、驚くがすぐに彼の行動の意味を知ることになる。


「ご無礼をお許しください、魔王デスヘルダーク様。確認するまで、膝をつく訳にはいかなかったもので」


「どうして、その名を!? いやいや、それより今すぐ立ち上がってください! 周りが見たら、不自然に思いますから」


 アルスの言う通り、彼が魔王を倒した末裔と言えども、初老の男性が若い彼に膝を屈するのは明らかに異様な光景である。


 驚くアルスは、敬語混じりのおかしな口調で、男性に立ち上がるように促すと彼は「そうですな」と答えて立ち上がる。


「とりあえず、ここでは何なので、家の中で話しましょう」


 男性を慌てて、家に招き入れる。


 リビングで出された紅茶を前に、男性は自分の事とここに来た理由を語り始める。


「私は魔王様に仕えていたメフィレの長男メスレです。魔王様には幼い頃、一度だけお会いしたことがあります」


「おお、あのメスレ坊やか! あの小さかった子供が、こんなに大きくなって」


 メフィレは、魔王軍所属の魔獣使いであり、その操る魔獣で人間達を苦しめた者で、男性はその息子らしい。


 アルスは魔獣使いの彼の一族ならば、魔物を操って運送業をすることは、さほど難しくなかったであろうと納得する。


「キャスパーグの使いのイビルキャットが、数日前に我らの元にやってまいりまして、転生した魔王様がこの町にいて、新生魔王軍を作ろうとしていると聞き、父のメフィレが馳せ参じたがっておりましたが、父は歳をとり更にぎっくり腰で動けず、代わりに私が参りました」


(メフィレまで、ぎっくり腰か… これは、元部下はみんなぎっくり腰かもしれないな…)


 アルスがそう思っていると、メスレは話を続ける。


「そこで、魔王様には大変失礼ではありますが、是非父のいるクイカソナの町まで、足を運んでいただき父と会っていただきたいのです。もちろん、旅費と支度金はこちらでご用意させていただきます」


「わかった」

「よろしいのですか?」


 部下の不躾な願いに、二つ返事で即答した元魔王にメスレは驚く。


「こちらも、頼みたいことがあるからな」

「ありがとうございます! 父と母もきっと喜びます!」


 アルスが頼みたい事とは、もちろん資金を提供してもらおうというもので、メスレもそれを察しているが口にするのは無礼なので黙っていた。


 本来なら、ここからクイカソナの町までは、馬車で10日かかるのだが<ヴァルプニル>だと約半分の5日で辿り着くことができる。


「それでは、アルス様。旅の安全をお祈りしています」


 旅の準備をするアルスに、ルイスが旅の安全祈願をしてくるが、彼は当然このように返す。


「ルイス、お前も行くんだよ」


「知らない人に会いに行くために、知らない人と旅するなんて嫌です。お姉様と一緒に過ごします」


 ルイスは人見知りをフル発動させ、拒否してくる。


「オマエ… フィリアと一緒にいて魔族だとバレたら、酷い目に遭わされるぞ!?」

「お姉様はそんな事はしません!!」


「いや、アイツは俺に<魔族は見つけたら即討伐する!>って、怖いオーラ出しながら宣言したからね!」


「フィリアお姉様は、私の全てを受け入れてくれます!」


 二人は子供みたいな言い合いをする。


(この、魔族のくせに一体どれだけフィリアに心酔しているんだ… 一体昨晩二人の間に何が…? まさか、百合か!? 百合百合か!? キマシタワーか!?)


 アルスはそんな妄想を脳内でしているつもりであったが、興奮のあまり<まさか、百合か!?>の辺りから口に出していたので、ルイスは蔑んだ目で元魔王を見ていた。


 美少女にそんな目で見られて、興奮する上級者では無い彼は軽いショックを受けてしまい、耐えきれなくなった元魔王は、彼女に事実ではあるが精神的ショックを与えて、自分をそんな目で見させないようにする。


「でも、フィリアの両親が帰ってくるぞ。知らない人が二人増えるけどいいのか?」

「!!?」


 彼女の顔色は見る見る悪くなり、絶望の表情になる。


「もっ 森で野宿して、お帰りをお待ちします……」

「駄目です。お兄さんは親友の娘に、そんな危険な事を許しませんよ!」


 アルスは、フィリアという一番の危険な人物と一晩を過ごさせておきながら、今更感はあるがルイスの危険な判断に注意をする。


 彼自身は気付いていないが、フィリアの事は心のどこかで、そのような事にはならないと信じていたのから、一晩過ごすことを許したのかもしれない。



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