16  朝食



「ところで、今日は何をするの?」


 朝食を食べ終り呑気にコーヒーを飲んでいるアルスに、同じくコーヒーを飲むフィリアが今日の予定を聞いてくる。


「そうだな。冒険者組合で、依頼を受けようと思っているが、それが何だ?」


「昨日も思ったんだけど、せっかくルイスちゃんが遊びに来ているのに、依頼を受けて魔物討伐ってそれはどうなの?」


 フィリアの言いたい事は、遊びに来たルイスと歓談したり、町を案内したり、とにかく討伐などという殺伐とした事をするべきではないという、何とも乙女らしい意見であった。


「おかしい事か? 俺達は冒険者なんだぞ? <一緒に遊ぶ>より、<一緒に討伐>しているほうが正しい姿だと思うが?」


 アルスが依頼を受ける理由は、お金を貯めてスローライ― もとい新魔王軍の拠点造りの資金にするためであるが、冒険者としてはもっともな意見でもある。


「ルイスちゃんもそう思うでしょう?」

「お姉様、これには事情があるんです。私達の拠点を作るためのお金を稼いでいるんです」


「えっ?」


 彼女の隣に座るルイスが、話を振られたため素直にその理由を答えると、フィリアは昨日と同じで笑顔で正面に座るアルスに圧を当ててくる。


(ルイスーーーー!!)


 ルイスの不用意な発言に、最近心の中で絶叫ばかりしているなと思うアルスであった。


「アルス~、拠点のお話… 詳しく聞きたいな~」


 穏やかな表情と声で尋ねてくるフィリアであったが、机の下では彼の足を軽くではあるが蹴って圧力を更に掛けてくる。


「俺とルイス、あと数名仲間を集めて、クラン(新魔王軍)を作るつもりだ」

「じゃあ、私もそのクランに入るわ」


「だめだ」

「どうして!?」


 断られると思っていなかった彼女は、机の下で足を蹴りまくってくる。


「勇者の末裔であるフィリアが入ると勇者クランになってしまい、俺の存在が希薄になってしまう。俺は俺のクラン<魔法使い(魔王)アルスと愉快な仲間達>を作りたいんだ!  ―です」


 もちろん、彼女が一緒だと新生魔王軍(予定)が、立ち上げられないからであり、彼女の予想以上の怒り方に、最後語尾が丁寧になってしまう。


 しかし、フィリアは納得いかない感じで、アルスを睨みつけてくるが、何か思いついたのか口を開く。


「わかったわ…。じゃあ、私も自分のクランを作って……  アルスのクランから仕事を奪って、<魔法使いアルスと愉快な仲間達>を潰してやるんだからー!」


「おいーー! さらっと酷いことを言うな!!」


 最初は穏やかな口調であったが、後半口調も荒くなり言い終わると、フィリアはリビングから自室に走り去ってしまう。


 その主人達を横目に床で餌の魚と肉を満足そうに、尻尾を振りながらそれぞれ頬張るシャルーとハティ。そして、オロオロするルイス。


 リビングに残された二人は、食卓に座りながら話し合うが、気まずい空気が流れている。


「アルス様、お姉さまが可哀想です…」

「ルイス、オマエ… 俺達の目的忘れているな?」


「すみません… でも… 」

「……」


 アルスに叱責されたルイスは、落ち込んだ表情でいる。


 彼女は王都の<冒険者養成学校>を卒業した時に、大手冒険者クランや国からの仕官の誘いをすべて断って、実家に帰ってきていた。


 それは、アルスとパーティーを組むためであり、彼も薄々感づいていたが彼女の聖なる魔力で、覇気を奪われていた彼はスローライフを目指していたために、勇者を目指していた彼女とパーティーを組むことは無かったし、覇気が戻れば<魔王に戻る>ために、やはり彼女とは組めない。


 だが、このままフィリアと別れるのは、非常に不味いというのは直感で解る。


(どうしたものか… )


 アルスは天井を見上げて、大きくため息をつく。


(この手は使いたくなかったが… 仕方がない!)


 意を決して椅子から立ち上がると、アルスはしょぼんと座るルイスの肩に手を当て、


「問題を解決してくるから、心配するな」


 声を掛ると自分の部屋に戻り、机の引き出しの奥に隠しておいた魔道具を取り出して、ポケットに突っ込むとフィリアの扉の前までやってくる。


「元魔王のプライドとして、これを使いたくはなかったが…」


 アルスはポケットに手を入れて、魔道具を握ると深呼吸してから、ドアをノックする。


 扉が少し開くとそこからフィリアが顔を見せるが、その目には涙が溜まっている。


「何の用…?」

「フィリア、オマエにこれを渡そうと思ってな。左手を出してくれ」


「左手? 左手!!?」

(左手を出してくれということは、そういう事?!)


 急展開に驚くフィリアであったが、夢見ていたシチュエーションの一つであるため、二つ返事で顔を赤くしながら左手をアルスに向けると、彼は彼女の左手の中指に指輪をはめる。


「アルス? 着けるのは中指じゃなくて、薬指だよ? もしかして、からかっているの?」


 彼女が先程まで纏っていた幸せオーラは、不機嫌オーラに変わる。


「今の俺には、オマエの薬指に着ける資格はないからな。俺がクランを大きくして、その資格を手に入れた時、薬指に合う指輪を渡すことにするよ。その指輪は俺の一方的な意思表示だから、別に捨ててくれて構わない」


「あまり長くは待たないからね」


 明確な意思も条件も伝えずに、匂わすことしか言っていないが、フィリアは納得したみたいで、指輪を愛おしい目で見ながらそう呟く。


「私もパーティーを組んでみるよ」

「頑張れよ」

「うん」


 指輪から目線を、アルスの目に映すとフィリアは、アルス意外と冒険者活動をすることを決意する。


「あと、その指輪魔力を込めると光るようになっていて、照明代わりになるから、活用してくれ」


「そうなんだ、えいっ!」

「眩しい!!」


 フィリアは早速指輪に魔力を込めると、アルスに向けて光を放つ。

 こうして、二人は一度別の道を進む事になる。


 ちなみにこの指輪は、アルスにフィリアの居場所を教える能力がある事は、秘密である。

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