14  勇者(♀)と魔族少女と魔狼(子狼)





「アルス~!」


 家の前で、ハティを子犬サイズにしたアルスは、自分の名前を呼ばれたのでそちらを見ると、その声の持ち主はフィリアであった。


 彼女は自宅の庭から彼に声を掛けた後、近くまで駆け寄ってくる。

 その手には木剣が握られており、どうやら剣の訓練をしていたようだ。


「冒険者組合に任務を受けに行ったんでしょう? 言ってくれれば、私も一緒に行ったのに」


 彼女は、自分も一緒に依頼を受けに行きたかった事を告げると、アルスの側にフードを被った少女がいることに気づく。


 フードを深く被っているが、見えている部分だけでもその少女が、銀髪の美少女だということが窺え、フィリアは危機感を覚える。


「アルス… その、誰かしら?」


 フィリアは、笑顔であるが明らかに威圧的なオーラを全身から発しながら、アルスにフードを被った美少女のことを尋問― もとい尋ねてくる。


 自分の事を尋ねられたルイスは、驚いてビクッと体を震わせると、立ち所にアルスの後ろに隠れてしまう。


「彼女はルイス… ルイス… ウルフソードだ。ナリトの町の<冒険者養成学校>の同期だよ。覚えていないのか?」


 魔族には姓名が無いため、アルスは咄嗟に狼(ウルフ)と剣(ソード)を合せた単純な名字を作り出してしまう。


 まあ、自分が魔王になる時にデス(死)ヘル(地獄)ダーク(闇)という名前に、改名するようなネーミングセンスであるため仕方がない。


「ナリトの? そんな、同期に居たかしら?」


 当然、この嘘の設定は同じ養成学校に通っていたフィリアには通用せず、彼女は記憶を辿ってみるが、同期にこのような美少女が居たという記憶はない。


「居たよ! 同期を忘れるとは、なんて酷いやつだ!」

「居なかったわよ!」


 強引に押し切ろうとする彼に、フィリアは反論する。


(だって、こんな可愛い子がいたら、記憶に残っているもの)


 フィリアのこの心の声は、百合発言ではなくアルスが好きになるような可愛い子が、同期に居ないかチェックしていた事によるモノであり、こんな可愛い子が入ればマークしていたはずである。


 顔をよく見るためフィリアが、ルイスの顔を覗き込むと彼女が泣きそうな表情をしていることに気づく。


(凄く悲しそうな表情をしている? 私が気づかなかっただけで、本当に同期で居たのかしら!?)


 それは忘れられた衝撃による悲しみの表情ではなく、見ず知らずのフィリアに顔を覗き込まれた事による驚きと怯えからであった。


「う~ わん! わん!」


 ルイスの足元に控えていたハティが、ご主人様を守るようにフィリアに吠え始める。


「何!? この可愛い子は!!」

「わん! わん! わん!」


 可愛いモノに目がないフィリアが、頭を撫でようとするとハティは威嚇するように吠え続ける。


「怖がらなくて、いいんだよ~」

「くぅ~ん」


 子狼とはいえハティの本能が、この眼の前の圧倒的な魔力を内包する人間に逆らうなと訴えかけてきて、逆らわずに大人しく頭を撫でられることを選択させる。


(ハティが大人しく撫でられている… 流石は勇者の末裔と言ったところね… )


 その自分の相棒が、尻尾と耳を垂らして従順な態度を示している姿を見たルイスは、フィリアの持つ力に警戒を強める。アルスの背後から…


「この子、名前は何ていうの?」

「ハティだよ」


 幼馴染の質問に、アルスが素直に答える。


 彼女をご機嫌状態にしておかねば、冷静に戻ったフィリアが感知能力でルイスを魔族だと気づく可能性もあり、そうなれば親友の娘を守るため戦わなければならない。


 そうなれば、おそらく二人揃って敗北するので、ここは慎重にことを進めるしかない。


「ハティちゃん! チョット待っていてね!」


 ハティのモフモフを堪能したフィリアは、家に駆けていくと30秒ほどで手にボールを持って返ってくる。


「さあ、ハティちゃん! このボールを取っておいで!」


 フィリアは手に持ったボールを、ハティの目の前で右左に動かして、興味を引きかせると遠くに放り投げる。


(誇り高き魔狼であるハティが、そんな犬の遊びをすると思っているのか!)


 ルイスがアルスの影に隠れながら、心の中でフィリアにそう言い放つ。


「わん! わん!(ボール! ボール!)」

(ハティーーーー!?)


 だが、ハティは尻尾を嬉しそうに振りながら、御主人様の気持ちを尻目に一目散にボールに駆け寄って行き、そんな姿を見てルイスは本日二回目の絶叫をしてしまう。


「わん! わん!(もっと! もっと!)」


 数回ボール投げをしたハティはすっかりフィリアに懐いて、尻尾を振りながら彼女の足元に纏わりつく。


「にゃ~ にゃ~(フィリアしゃま~ ぼくもあそんで~)」

(シャルーーーー!?)


 楽しそうに遊ぶフィリアとハティを見て、シャルーも混ざりに行ってしまう。


(流石だな、フィリア。子供とはいえ、魔狼とイビルキャットを短時間で手懐けるとは… )


 勇者と聖女の血を引くためか、あっという間に2匹を手懐けてしまったフィリアを見て、アルスは改めてその恐ろしさを実感してしまう。


(あと、シャルー… 勇者相手に様付けはいかんぞ…)


 しかも、シャルーに至っては、フィリアを様付けで呼ぶほど懐いており、アルスと同格になってしまっている。


 そして、アルスはとんでもない状況に気づく!


(アレ…? 新生魔王軍、半壊していないか…)


 構成員のうち2匹が勇者に堕ちたことになり、新生魔王軍は結成半日で戦力が半減した事になる。


 ボールを投げてハティの相手をしながら、玩具のネズミでシャルーと遊ぶ勇者の子孫(♀)を見ながら、ヘタレ元魔王と人見知り魔族少女はその事実に愕然とする。




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