10 襲撃、魔族の少女!
前回までのあらすじ
遂にフィリアに名前すら忘れ去られた元魔王であった。
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「そうそう、そのデスヘルダークになら、2年前に次期魔王を倒した私の力で、勝てると思うんだよね」
(おのれ、小娘! またしても、我を馬鹿にして! ここは、現実を思い知らせなければならんな!)
「おいおい、フィリアさんよ。その戦いで、泣いていたのはどこの誰かな? 自称次期魔王相手に泣いているような者が、正真正銘の魔王に勝てるわけがないだろう? 調子に乗るんじゃない!」
「もう、それは言わないでよ! 私にとっては、黒歴史なんだから~!」
あの出来事は勇者を目指す彼女にとっては黒歴史でありため、顔を赤くしながら右横に座るアルスの右肩をポクポク叩いてくる。
だが、そのような可愛い反応を見せたのは20秒ぐらいで、叩くのを止めるとフィリアの瞳からハイライトが消えて、低い声でこっちを見つめながら怖いことを言ってくる。
「だからね、アルス… あの戦いの後に私は誓ったの… 私とアルスを傷つけて、私に醜態を晒させた魔族を許さないって! 見つけ次第倒すって!!」
(その討伐対象には、我も入る事になるんですけど!? 怖いんですけど!? 魔王に返り咲くの止めたいんですけど!)
フィリアは、元魔王もびっくりの殺意のこもった瞳とオーラを纏っており、そんな彼女を至近距離で見た彼は元魔王という事を忘れて恐怖すると、魔王に返り咲く野望を放棄する事を考えてしまう。
「だから、アルス! もう痛い思いわさせないから、安心してね」
先程までの恐ろしい雰囲気が嘘のように、元の美少女に戻り満面の笑顔でそう言ってくるが、アルスは内心では未だ怯えているため顔が強張っており、その表情に気付いた彼女は彼がどうしてそんな顔をしているのか不思議そうな表情でいる。
「ごめんね、嫌な事を思い出せちゃったね…」
だが、次の瞬間その理由がデスグレモンドとの戦いで、負傷した事を思い出して精神的な苦痛を味わってしまったのだと考えた彼女はこのような事を申し訳無さそうに言ってくる。
(いや、原因はさっきの超怖いお前なんですけど!)
だが、もちろんアルスが精神的な苦痛を味わっているのは、先程のフィリアなので見当違いも甚だしい。
「大丈夫、私が側にいるから」
フィリアはそう言って、隣に座るアルスをハグして、彼を安心させようとしてくる。
(その本人に抱きしめられても、安心できないんだけど!)
当初はそう思っていたアルスであったが、彼女の暖かく優しい聖なる魔力に、次第に心が穏やかになってくる。
(ああ… なんだろう。心が穏やかになっていく… さっきまでの恐怖が嘘のようだ… それにしても、フィリアからいい匂いがするな… それに、暖かくて柔らかい… これが、母性というヤツであろうか… )
アルスは気付いていないが、彼に内包されている元魔王の魂は、フィリアの聖なる魔力に抱かれて、少しずつ浄化されつつあった。
(なんか… もう… 魔王に戻らなくてもいいかも… )
元魔王は、すっかり覇気を失ってしまう。
王都の冒険者養成学校に戻ったアルスは、残り半年を魔王に戻る算段もせず、普通の学生として過ごす。
「ほれほれほれ~」
「まおうしゃまー もっと! もっと!」
シャルーとおもちゃで遊んでいると心が癒やされるのも、覇気が戻らない原因であった。
そして、養成学校を無事卒業して、故郷に戻ってくる。
「よーし、どこかの田舎町に家でも買って、スローライフでもして過ごすか。今流行の薬屋でもいいな。だが、そのためには先立つものが必要だな。よし、冒険者組合に依頼でも受けに行くか」
魔王としての覇気が未だ回復していないアルスは、シャルーを肩から掛けている鞄に入れると、町にある冒険者組合に向かうため屋敷を出ると町に続く道を歩きはじめる。
町に続く道の左側は森になっていて、奥地には魔物が生息しており、町にある冒険者組合の依頼の多くはその魔物の間引きが多い。
暫く歩いていると、目の前に森の中からフードマントを被った者が現れ、行く手を遮ってくる。
「これが本当に魔王様なの…? 覇気も何も感じないんだけど… 」
頭からフードマントを被ったその者は、アルスを一瞥するといきなりそのような事を言ってくる。
(何だ、コイツは? いきなり失礼な!)
アルスは無礼な事を言ってくるフードマントに、内心イラッとしていると向こうはお構いなしに話を続ける。
「まあ、試せばいいわね。幸い周りには人間はいないみたいだし… 」
そう言うと、フードマントを脱ぎ捨てるとその下からは、アルスと同い年か年下の少女が姿を現す。
その姿は銀色の長い髪に赤い瞳、耳も尖っており、頭からも短い黒い角が二本生えていて、その体は鍛えられて無駄がない。
「ほう、小娘… 貴様魔族か」
(しかも、あの仕上がった身体、できるな…)
アルスは、鞄からシャルーを出すと離れているように指示を出し、邪魔になるため鞄を地面に下ろす。
(しかし、どこかで見たことがあるような小娘だな… どこか懐かしい感じもする… 一体誰だ?)
魔族の少女を観察していると、アルスはその姿にデジャヴュを感じてしまう。
そして、むこうがやる気なため、自然に後ろに隠した左手に魔力を溜め始め、戦闘準備を始める。
彼女が背中の大剣を鞘から引き抜き脇構えに構えると、その手に持った剣を見て彼女の正体が誰であるのか、何故懐かしく感じたのか理解する。
「その剣は<魔剣ティルファング>!? ということは、オマエはアルイゼスの親族か?」
「その通り、私は魔剣士アルイゼスの娘ルイス! 魔王様、力を試させてもらうわ!」
「アルイゼスの娘ということは!」
アルスは森の方を見ると、茂みの暗闇に金色に光る魔狼の目が、こちらの様子を窺っている事に気づく。
「いくよっ、ハティ!」
「ワン!」
魔剣の切っ先を地面に付けるとそのまま引き摺りながら、ルイスはアルスに突進してくる。
普通の剣なら、このような運用をすれば刃毀れしてしまうが、<魔剣ティルファング>にそのような心配は必要ない。
(正面と側面の同時攻撃! やはり、アイツの戦技を受け継いでいるのか!)
アルスは側面のハティを視界に捉えるために、後ろに跳躍すると茂みから飛び出して来たハティを確認しつつ、慌てて右手にも魔力を溜め始め両面攻撃に備える。
だが、目の端に捉えた魔狼ハティは、まるでヌイグルミかと見間違うくらいの可愛い子犬みたいな狼であった― いや、子狼であったため思わず二度見してしまう。
とはいえ、魔狼であるハティは子狼とはいえ、普通の犬の成犬ぐらいの大きさはあり、その牙は鉄を噛み砕き、爪は鉄を切り裂くかもしれない…
「わん!」
「また可愛いかよ!」
「はあぁぁ!!」
アルスが思わず突っ込んでしまうとその隙をルイスは逃さず、引き摺るように持っていた魔剣ティルファングを、前に進む力とそのしなやかな全身のバネを使って振り上げるとそのまま振り下ろす。
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