箪笥で死亡遊戯
川谷パルテノン
ブルース・リー
ブルース・リーのシルエットがプリントされたTシャツを実家の箪笥の中に発見した。
「おかん、これ捨てとって」
「ああ、あたしが部屋着にしとるさかい」
「いや、捨てとってて」
「なんでえ? もったいないやない」
「ええから捨てろ!」
「絶対に捨てへん! そこまで言うなら奪いとってみぃ!」
汗だくになった。もう冬という。私もおかんもびっしょびしょ。結果はおかんWINの始末。ダメなんだ。あのTシャツだけは。
まだ高校生だった私は中学生だった私が京都の変な雑貨屋で買ったブルース・リーのシルエットがプリントされたTシャツ、以後ドラゴンTとする、を着て街に出た。当時の私はそれがイケてると思い込んでいて、塾で仲良しだったハルちゃんと秋彦の三人で大学のキャンパス見学に行くってことで「なめられたらアカン!」とドラゴンTを装備したのであった。出会い頭の秋彦の「え」加えてハルちゃんの露骨な目線そらし。そしてそれが意味するところを知らない私だけが意気揚々と電車に乗り込むこととなる。ジークンドーのジの字も知らない私だったけれどこのドラゴンTは着るだけで強さというものを与えてくれると信じていた。そしてオシャレだと信じてやまなかった。電車内では何故だかどうして秋彦とハルちゃんの二人で会話はあれど私の入る余地がなく、無理やり参加しても反応がない。乗り換えのために一旦下車する頃には私は大変不機嫌でありました。え、何、そういうイタズラ? は、マジ。コイツら、え。今ならお前に言ってやれる。着替えて出直せ。私のオシャレは二人のダサいだったわけである。だがまだ気づかない。私たちはいよいよ目的のキャンパスin大阪に降り立つ。
「でっかい駅ですなあ」
空気を変えようとした明るい発声はすぐさま溶けた。なぜなら胸にはブルース・リー。それが燃えていたから。二人は微妙に早足で私と絶妙に距離を取る。待て待て待てと私は些か苛立ちを発散する。待つのはお前なんやで。そこで急にハルちゃんが立ち止まって振り返った。なんでか唇を硬く結んで肩が震えてる。可愛い。
「ナツミ!」
「なんですの」
「ユニクロ行こ!」
「は」
秋彦の追随。
「せ、せやなユニクロ行こ!」
「おまえら、キャンパスはもう目と鼻のさ」
「ユニクロ!」
どういうわけだかそういうわけなのでユニクロに来た三人である。私は別に用がないので適当に歩き回るわけだが知らない視線が四方八方に感じられる。え、めっちょスーパースター。ドラゴンに集約される視線に流石やでと誇らしげな私だ。私はついつい「ホァタァ!」と言った。するとハルちゃんが飛んできてヘッドロックかまして私を更衣室へと引き摺り込んだ。
「痛い痛い痛い痛い苦しい何すんの!」
「コッチのセリフや! あんたどんなつもりでそんなクソダサいTシャツ着てきとんねん! 今日なんの日よ! 田舎もんやて舐められに来たんか!」
目の前が真っ白になった。待って。私は舐められないようにコレなんですが。
「おいハルコ! お前ダチ公やからて言うてええことと悪いことあるぞ!」
「ほなええことちゃうか! お前、生まれながらのクソださやねん! 昨日の晩から気が気じゃなかったけどやらかしてくれたノォハゲ丸!」
「禿げてへんやろがいカス! どこがダサいんじゃ? おん? それこそなんじゃいお前のそのブリブリのフリルわい? 誰に色目つことんじゃあのボンクラか?」
「秋くんはそんなこと言わへんから!」
「あぁ き く ん!? えーナニナニお前らさえ、ワシの知らんとこでぶち込んどんのけ! あーまいったな、え、クソやん!」
「大概にせえよ肥溜め女。そんなんとちゃうけどお前よりはワンチャンあるかもなブスが黙っとれや!」
「誰にぬかしとんじゃダボハゼが! あんなカス男欲しけりゃくれたるわ毒フグ!」
最終的にユニクロの更衣室のカーテンを引きちぎってしまい追い出された私たちはその場で解散となり以来口を聞かなくなった。行くはずだったキャンパスには三人が三人とも進学することもなかった。後悔している。あんな形で離れ離れになるまではそれなりに仲良くしてきたのだ。私がドラゴンTさえ着なければ、どこかで何が悪いんだと自分を慰めたりもしたけれど、でもそうしていればこんなことにはなっていなかったかもしれないとずっと後悔してきた。
「久しぶり」
「お前」
「秋彦は」
「家で子供みてくれてる。よろしくって。ちゅうかそれ」
「何」
「何て、ブルース・リーやん。あんときの」
「かっこええやろ。おかんが着ていけて」
「おかんて、あたしらもういくつよ。……てかごめんな」
「やめよやめよ。それより早よ鍋食べに行こう寒いわ」
「冬にTシャツ一枚はイカれてるから」
「ほなユニクロ行くか」
「もうええて」
「やっと気づいたな」
「は、今もダサいわ」
「だまれブス」
「おまえがな」
箪笥で死亡遊戯 川谷パルテノン @pefnk
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