5 再訪
鬱蒼と繁る森のなか、小雨そぼ降る山道を、車に乗って二、三時間。土地が開けると見覚えのある秘境が現れた。五年前と相変わらずである。
大きな庇の下、少し濡れた身体を手持ちのハンカチで拭っていると、一人の女中が駆け寄ってきた。
「お拭きします」
私よりほんの少しだけ背の低い彼女は屈んで、何だか懐かしむように私の身体を拭く。
自分でやります、と云おうと思ったが、それは違うな、と口を噤ませた。
少しして彼女は満足気に「良し!」と叫んで立ち上がった。
「中へ案内しますね」
落ち着いた雰囲気のその女中は、いつか見た大人みたいな子ども女中と比べられぬほど、洗練された美しさを纏っていた。
玄関の石畳。懐かしの沓脱石に足を載せ、靴紐を解く。脱いだ靴はその美しい女中が棚へ運んだ。
名前の確認もせず、懐かしの廊下を渡り、以前に泊まった二十畳部屋の前に着いた。
「お開けしますね」
彼女は手際よく、素早く開けた。内装は変わらずで、嬉しいことだ。
女中は窓を開ける。ゆっくり丁寧に、後ろ姿は師宣の美人画のような。妖艶な佇まいに唾を飲み、偶に見える薄化粧を施した端整な横顔は、芸術的な美を具現していた。
「ちょっと風呂に行ってくる」
私がそう云って立ち上がると、
「分かりました。待ってます」
可笑しくて笑いそうになったが、我慢して部屋を出た。
来てすぐに入る露天風呂は面白いほど興じられる。あぁ、それに五年も待ったんだ。その分も興じたいものだ。
しかし、美しく成長したものだ。顔も身体付きも声色も、全てが大人になっていた。それに一段と器量良しになり、顔を向かい合わせるのがちょっと恥ずかしいくらいだ。と、空を見上げた。小雨が顔に降り注ぎ、刺激してくる。
そう云えば、ここの霊神は私の願いを叶えてくれるのだろうか?心配なので社の方を向き仁王立ちになって合掌し、改めて願った。
三十分で上がり、着替えも素早く済ませた。
そういや、待ってますと云ってたな。私の身体はいつかの縁側へ向かっていた。
「あら、箭本さん」
彼女が澄ました顔で呼び掛けた。
「仕事は?」と聞くと、
「さぁ?」と首を傾げる。
「まぁいい。隣良いか?」
「えぇ、勿論」と床板を叩く。
そこにゆっくり近付いて座った。彼女の甘美な薫りが鼻の奥を燻る。
「相変わらずだな、ここは」
「何とか」
「頑張ってたか?」
「当たり前よ。もう一番の働き者よ」
「一番の働き者が油売っててどうする」
「今は別よ。女将に云ってるわ」
彼女は段々と昔の様子を見せはじめた。
「箭本さんは、もう三十ですよね?あまり変わってませんわ」
彼女は口を隠して笑った。懐かしい光景だ。
「君は二十になって、益々美しくなったな。何だか緊張するよ」
「何を冗談。思ってます?」
私は彼女の手を握り、軽く頷いた。
「まぁ」と彼女が頬を赤らめたところで、
「じゃあ、膝枕を」と、云った。
彼女は気を取り直し、新調した茶衣着の前掛けの皺を伸ばし、体勢を整えた。
私はそれを確認し、頭を載せる。少し肉が付いて柔らかくなった太股を握りながら、「大きくなったなぁ」と笑いあったのはここの神の仕業か、私たちの相愛の仕業か。何れにせよ私と彼女は共に笑いあったことには変わらない。
秘宿 江坂 望秋 @higefusao_230
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