第八話 出歯亀な岩たち


「あれが、宇宙港だよね」

 岩山を超えた平地に建造された宇宙港はなかなかに古く、一応という感じで塀に囲まれてはいる感じという、規模としてはかなり小さい港であった。

 惑星サベージとステーションを往復する為だけの、いわゆるサファリの裏方さんが使用する施設のようで、小高い管制塔や職員さんたちの住居を兼ねている小規模な基地と、ポッドの格納と整備と発射台を兼ねているドッグと、屋根の無い着陸ポートだけである。

「あのドッグに、予備のポッドが格納してあると、係官さんたちは仰っておりましたわ」

 全景が見えるとはいえ、岩山を含めてまだ一キロくらいの距離がある。

 ちなみに、基地を超えたその先は広大な草原の丘で、遠くに山の稜線が見えて、岩山からの眺めは最高であった。

「それじゃあ、行こうか」

 一息ついて、二人は下山ルートを探す。

「どこも 岩ばかりだね」

「本当に。道らしい道も ありませんですし」

 岩肌は、ほぼ全面が、歩行困難なくらいの急斜面になっているので、二人はこの岩肌を這って降りる事にした。

 一メートル程の岩が集まって固まって岩肌になっているような、起伏のある斜面。

「ボクが先に降りるから、ユキは後を付いておいで」

「わかりましたわ。マコトも、お気を付けて」

「んー」

 訓練でのボルダリングに比べれば、オーバーハングでない分、降りるとはいえ、ずっと楽である。

「足場、意外と沢山 あるね」

「自然のボルダリング場ですわね♪」

 マコトに比べてなんでも楽しめるユキは、こういう状況でも、何かの楽しみを見つけたりする。

 今も、お互いに裸で岩肌を這い降りているという、かなり恥ずかしい状況なのに。

(ユキといると、なにか 落ち込まないんだよね)

 それは、任務に於いても大きな救いであった。

 青空から照り付ける太陽が、二人の裸体を眩しく照らす。

 急勾配を下るマコトとユキは、手足を広げた四つん這いで、注意しつつ一歩一歩と岩肌を降りて行く姿勢だ。

 全身運動と意識の集中で、スベスベの肌に、シットリと霧状の汗が浮く。

 下向きの巨乳は、質量を増してより大きく実っていて、岩を掴んで身体を支える両腕に合わせてタプっタプっと柔らかく揺れる。

 岩面の照り返しで、胸の先端が桃色に艶めいていた。

 細い背中やくびれたウエストは、四つん這いで脚から降りて行く動きに従い、左右にクネクネとくねられている。

 訓練で引き締まったボディーラインが陽光に晒されて艶めかしくうごめく様子は、しなやかな女豹を想像させた。

 剥き出しの大きなヒップも太陽の光を受けて、丸くて白くて柔らかい尻肌に、色めくグラデーションを描いている。

 足を延ばすと女腰も後ろに引かれて、お尻の谷間や隠されるべき秘処までもが、暖かい陽射しを受けていた。

 細くてしなやかな上腕や、ムッチリと張りつめながら薄い皮下脂肪を乗せたパツパツの腿が、全身を支える筋肉の動きで、肌のシルエットを官能的に柔変形させる。

 中性的な王子様のようなマコトの美顔や、無垢なお姫様のようなユキの媚顔にも、僅かな汗が浮いていた。

「ヌードてせの岩肌降下など、訓練でも未経験ですわ」

「まったくね。同僚とか先輩とかには、絶対に見られたくない姿だよ」

 柔らかな裸肌を、幾筋かの汗が流れる。

「ふぅ…ユキ、大丈夫?」

「ええ…もう半分は 越えましたわ」

 いつの間にか、ユキはマコトの後ろではなく、隣に並んで下山していた。

 二人で少しの間だけ一息ついて、再び下山。

 と、岩の上方から、小さな石がコロんと転がって落ちる。

「!」

 まさかツノゴリラ。

 と警戒をしたら、違っていた。

「…ユキ、あれは…」

「はい…? まぁ…」

 見上げると、通り過ぎた岩肌に、大きな単眼がギョロりと開いている。

 ナゾの巨岩は、それぞれの岩塊いっぱいの大きさで、みな単眼。

 丸い目玉が、岩肌の上部から、裸の二人を見下ろしていた。

「…覗き?」

「そのようですわ」

 何か攻撃的な行動をしてくるかと身構えたけれど、特に動きは無し。

 生物的な意味での移動など、しないのか出来ないのか不明だけど、眼だけが二人を凝視している。

「なんだろう…無害 みたいだけれど」

「そのようですわ。このまま 降りてしまいましょう」

「そうだね」

 このまま攻撃されないという保証もない未知の生物なので、マコトとユキは、注意をしながら急ぎめで下山を再開。

 と、岩肌の眼が、上から順に次々と目覚めて、二人へと向けられてきた。

 まるで、岩肌に張り付いた小動物を気にするかのような、眼球の動き。

「な、何…?」

 警戒していると、岩の開眼は上から下へ、更に左右へも続いてゆき、アっという間に岩肌のほぼ全てで、眼が開かれていた。

「…なにやら、危険な香りが いたしますけれど…」

「まさか だけれど…岩山全体が、巨大な生物?」

 とか考えたものの、無数の眼球が二人を凝視しているだけで、それ以上の活動は無しである。

「…? とにかく、降りちゃおう…あ」

 マコトが気づいた。

「ユキ、なんていうか…岩肌、暖かくなってきていない?」

「…言われてみれば ですわ」

 この大陸の季節的にも、太陽の熱では、岩肌は温かくなってなどいなかった。

 しかし二人が手足の支えにしている場所は、触れられる程度の高い熱を、確かに感じさせている。

 よく確かめると、お腹というか、身体の前面を向けている岩肌も、そこそこの熱を感じさせていた。

「どういう事?」

 この生物が何をしているのか、全く想像できないマコト。

 比してユキは、推測が出来たようだ。

「この岩肌さんたちったら、マコトのヌードに、興奮しておりますわ」

「は…?」

 どういう意味かと、美顔が「?」で魅惑的に曇る。

「マコト、目の前の眼球さんを、ようくご覧になって」

 言われて、見ると、マコトの上半身と同じくらいの眼球と、目が合う。

 よく見ると、視線はマコトの美しい顔と、大きなバストと、開脚された下腹部へと、特に集中往復されていた。

 その眼は興奮に血走っていて、単眼の岩そのものが、熱を上げている。

 しかも周囲の単眼たちも、上から下から左右からと、二人の下山ヌードに熱い視線を向け続けていた。

「…これは何?」

「私にも わかりかねますが、マコトのヌードに興味津々な事は、きっと間違いのない事実ですわ♪」

「ユキの裸にも、興味津々みたいだけど」

 パートナーの裸も、周囲の岩たちの熱視線に晒されている。

「うふふ、素直な性格なのですわ、きっと♪」

「それは…そうだね」

 二人の汗浮く裸を注視する岩生命体は、美しい裸体を一瞬でも見逃すまいと、一生懸命に視線を向けて。瞬きも惜しいと視線を逸らさない。

(なんだか…)

 呆れたわけではないけれど。あまりにも一生懸命に注視するので、見られても仕方がないかな、とか思ってしまう自分が、よく解らないマコトだ。

 ユキはナゼか、この覗き魔集団ともいえる岩生命体に対して、むしろ可愛いとすら感じている様子だ。

「まあ、見られたところで 減る物でもないけれど」

 と言えたのは、覗きの相手が人間ではなく、しかも無口で必死な生命体だからだろう。

「降りようか」

「ええ♪」

 二人は今更のように、隠す事を考えず、裸の四つん這いみたいな姿勢で岩肌を降りてゆく。

 特別に羞恥とかは無いけれど、無数の眼球生物に見られ続ける事そのものは、意識てしまうと、やはり恥ずかしい。

 とはいえ隠す事も無理だし、岩生物を相手に本気で恥ずかしがるのも、なんだか悔しい気もした。

 数十分を掛けて、二人は覗きの出歯亀な岩肌から普通の大地へと、降り立った。

「よし…ユキ」

「ええ」

 裸の二人が岩から離れても、眼球たちはマコトとユキの裸から、視線を外さない。

「そんなに見て、何が楽しいのかな」

「あの子たちにとって、それだけ マコトのヌードが魅力的なのですわ♪」

 ついには「あの子たち」呼ばわりをするユキだ。

「ユキ、気に入ったの?」

「可愛いではありませんか♪」

 そんな会話を交わしながら、宇宙港へと向かった二人の裸の後ろ姿が見えなくなるまで、眼球たちは興奮の視線を向け続けている。

 背後からの熱い視線を感じながら、基地へと向かう二人に、実はかなりの危機が迫っていた。


                      ~第八話 終わり~

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