第二十五話 お召し上がりくださいませ
出来立てのオムライスに、二人の食欲が刺激をされる。
「い「戴きます」~す♪」
と言いつつ、決意を胸に秘める育郎は、オムライスをジっと見つめていた。
そんな青年の隣で、少女がオムライスを一口。
「んん~…すっっごくっ、美味ひいでふ~♪」
「良かった…でへへ」
ぽっぺたが落ちそうな笑顔とはこの事だと実感をして、ついだらしなくニタニタしてしまう育郎である。
(よし! 思った通り、これは美味しい…っ!)
カモメ屋さんのオムライスなのだから、育郎としても当たり前だけれど、亜栖羽に食べて貰う事で、やはり正解だったと確信を得た。
(こ、コレなら…っ!)
長年の夢でもあった、あの行為。
(あ、亜栖羽ちゃん…嫌がったり、しないかな…っ!?)
もし拒絶をされたら、きっとすごくショックだろう事は、自ら確信している。
その場合の、なるべく空気を修復する為の笑顔も、シミュレーションはしてきた。
(だっ、大丈夫…っ! 勇気を出せっ、育郎っ!)
と自らを鼓舞して、青年は思い切って、夢への第一歩を踏み出す。
ベンチに腰を掛けたまま、少女の方へと身体を向けて、必死に言葉を押し出す。
「あっあのっ、ああ、亜栖羽ちゃん…っ!」
「は~い?」
素直に振り向いてくれた亜栖羽の、無垢な笑顔が眩しい。
(うっ…べ、別にっ、やましい事をしようとしているワケじゃあっ、ないんだっ!)
亜栖羽の笑顔を曇らせてしまうかもしれない自らの願望に、心が怖気る。
(でっ、でもっ、行けっ!)
眩しくて真っ直ぐな眼差しを、正面から受け止めつつ、育郎は亜栖羽へと、希望を打ち明けた。
「あっあのっ–あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ–あっ、あ~ん…して…くださぃ…ますか…?」
最初の勢いが見事なまでに萎んでゆき、最後は蚊の鳴くような小さな声で、巨体まで縮こまる筋肉の青年。
強面大男の素朴な願望を、小柄な少女は、はたして。
「はい♪ こうですか あ~ん」
何の疑いも見せず、亜栖羽は望まれるままに、瞼を閉じて小さな口を開けてくれた。
(お…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)
少女の純真な表情は、育郎の行為を、全く疑ってなどいない。
愛らしい美顔を正面で、青年へと向けて、艶々の唇を笑顔で開けていた。
(なっ、なんてっ…神々しいんだ…っ!)
何か悪い事をしたワケではないのに、自ら土下座をしてしまいそうな程の、天使を確信させる清純性と愛らしさ。
今すぐにでも、亜栖羽の全てを自分だけのものとしてしまいたくなる。
「–ハっ!」
思わずデジカメで撮影しそうになっていた自分に気づいて、育郎は自分のオムライスを一口、スプーンで掬う。
(て…手が、震える…っ!)
十分に注意をしないと、スプーンの震えだけで、お皿のオムライスが飛び散ってしまいそうだ。
「そ、それじゃあっ…あっあああああんん…っ!」
力が入り過ぎている事にも気づかず、青年はなんとかオムライスを一口ぶん掬って、少女の口へと傾けた。
「あむ、んむんむ…えへへ、美味しいです~♪」
亜栖羽は頬を染めながら、この上なく嬉しそうな笑顔を輝かせる。
「おぉ…よ、良かった…っ!」
青年の夢が一つ、叶えられた。
行為を断られなかった事も嬉しかったけれど、亜栖羽の笑顔が何よりも嬉しい。
もうこれだけで、育郎の夏祭りは大成功である。
「それじゃあ、僕も…」
と、自分のオムライスを食べようとしたら。
「は~い♪ オジサン、あ~ん♪」
と、亜栖羽が自分のオムライスを一口掬って、差し出してくれた。
どうやら亜栖羽は、育郎の言葉を少女への要求と思ったらしい。
「えっ–いっ、いいのっ–あ、ああぁぁああんっ!」
緊張しながらも締まりのない笑顔で蕩けた器用な強面大男が、少女の手首ごと食べてしまえそうな大きい口を開けて、待っている。
「はい、どうぞ♡」
口の中の大きな舌の真ん中に、ソっと乗せられた、一口分のオムライス。
卵の甘さとチキンライスの酸味が舌の上で蕩けあい、ポロりと崩れ、味も香りも食感も、このうえなく絶妙に全身を駆け抜ける感覚がする。
「あむ…ぉお、美味しいいいいいいっ!」
人生で最も美味しいオムライスに感激する鬼の咆哮に、子供たちがビクっとなった。
~第二十五話 終わり~
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