第二十三話 夜店を巡って


「へぇ…花火大会の時の浴衣は、三人で買いに行った浴衣だったんだ」

「はい♪ で~、今日 着て来たのが、一緒に住んでいるお祖母ちゃんの浴衣なんですよ~♪」

 と、輝く笑顔で、その場でクルりと一回転の亜栖羽。

「なるほど。どうりで今日の浴衣、柄とか懐かしい感じがしたんだ。それにしても、亜栖羽ちゃんのおばあ様、浴衣 すごく大切にしているんだね」

 今日の浴衣は、凄く綺麗でどこか昔を思わせる柄だと感じていたけれど、一緒に暮らしている亜栖羽の母方の祖母が、若い頃に着ていた浴衣だという。

「お祖母ちゃんもママ–は、母も、若い頃に、この浴衣を着ていたんですよ~♪」

 ママと言いそうになって、慌てて訂正した少女も可愛い。

 もしかしたら、育郎の「おばあ様」という言い方に、合わせてくれたのだろうか。

「おばあ様から亜栖羽ちゃんのママ、そして亜栖羽ちゃんへ受け継がれた、由緒正しい浴衣なんだね」

「えへへ~♪」

 そんな会話を交わしながら、縁日の会場でもある街の中心、小さな森と小高い丘に立てられた神社へと、人の流れに乗って国道沿いを歩く。

「ここだよ」

 緩やかな階段を上がって行くと、鳥居が見えて、並べて吊られた提灯の明かりや楽しむ人たちが見えて、明るい祭囃子が聞こえて、にぎやかな雰囲気が肌でも感じられた。

「わぁ~、ニギヤカ~♪」

 神社の敷地内には多くの露店が並び、親子連れや友達同士、子供たちやカッブルなどが、楽しそうに行き交っている。

 焼きそばやタコ焼き、お好み焼きなどのソースが焼ける美味しそうな煙や、綿飴などの甘い香りが漂う。

「ここの一番奥に、神社があってね。この辺りの 年越しとか初詣とか、地元民は殆ど ここに来るんだ」

「オジサンも、何年もここに来てるんですか~?」

「そうだね。あ…もう故郷の神社よりも、心には 馴染んじゃってるかもしれないなあ」

 と、あらためて想ったり。

「そうなんですか~。私も、御参りして行こうかな~♪」

「それじゃあ、露店を見ながら 神社まで行こうか」

「は~い♪」

 様々なお店で賑わう、夏祭り。

 二人は、綿飴を買ったり水風船のヨーヨー釣りをしたりして、夏休み最後の雰囲気を一緒に楽しむ。

「私、このヨーヨー好きなんですよ~。二日くらいでしぼんじゃうんですけど、田舎でも毎年、縁日の時には従姉妹たちと一緒に 釣ってますよ~♪」

 と、楽しそうな笑顔が、夜の提灯に照らされて輝く。

「亜栖羽ちゃん、ヨーヨー釣り、得意なの?」

「えっへん! だといいんですれど~♪ いっつも、従姉妹たちに釣り負けちゃいます~☆」

 少女は、一つ釣れれば良い方らしい。

 とはいえ、亜栖羽は水風船のヨーヨーが好きだというので。

「それじゃあ、僕が釣ってあげるよ」

「ホントですか~♪ 嬉しいです~♪」

 育郎的には、亜栖羽に良いところを見せられるチャンスであった。

 浅い水槽でプカプカと浮かぶヨーヨーたちは、楽しそうに泳いで見える。

 小銭を取り出して、お店のお兄さんへ手渡した。

「それじゃあ、一回 お願いします」

「は、はいっ! これっ、どうぞっ!」

 と、ティッシュをこよりにした針金の釣り道具を両掌で差し出す、お店のお兄さん。

 浴衣姿な鬼が釣る水風船のヨーヨーは、まるで地獄の窯から吊り上げられる罪人の魂のようにも、見えるのだろう。

 お店のお兄さんは「鬼が吊り上げに失敗したら、その怒りで自分の魂が食べられてしまうのではっ!?」と恐怖しているように、シャキっとしすぎな接客だ。

「それでは…」

 受け取った青年が、水槽を見つめ、輪ゴムが下ではなく横に沈んでいる風船を狙う。

 鬼の形相で、全身の筋肉が盛り上がる。

「ゆっくりと…むんっ!」

 ティッシュが水に着くのを恐れず、慌てず、しかしゆっくりし過ぎず、適度な力で風船を引き上げる。

「…まずは一つ」

 その笑顔は、釣り上げた罪人の魂が美味しそうだと笑う鬼、そのものだ。

 こんな感じで、育郎は四つほどの風船を釣って、それ以上は釣っても無駄になってしまうので、自ら辞退をした。

 釣った四つを全て、天女へと捧げる蒼い鬼。

「はい、亜栖羽ちゃん」

「わぁ~、ありがとうございます~♡」

 処女の嬉しそうな笑顔が、心の底から嬉しい育郎。

 そして誰よりも安心していたのは、鬼に食べられなくて済んだお店の店員さんだった。


                     ~第二十三話 終わり~

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