第二十二話 亜栖羽のスタイル
夏休み最後の週末。
昼過ぎまでに今日中の仕事を終えた育郎は、着る物で悩んでいた。
「亜栖羽ちゃんとの夏祭りなのに、何を着て行けばいいんだ…っ!」
浴衣は、先日の花火大会で着て行ったので、また同じ浴衣で会うのは失礼な気がする。
「亜栖羽ちゃん、いつも違う服で会いに来てくれるんだし…あああっ、こんな事ならっ、浴衣の縫い方とか身に着けておくベキだったあっ!」
花火大会で着て行った浴衣は、お祖母ちゃんが縫ってくれた、世界でただ一枚の大切な浴衣だ。
せめて違う柄をと、既製品を探しにデパートなどを見に行ったけれど、外国人向けな大柄なサイズでも育郎には小さかった。
ネットでも探したけれど、結果は同じ。
「あの浴衣は、本当にお祖母ちゃんの想いが込められているんだなぁ…」
つくづく、家族のありがたみを知った青年であった。
ついでに。
「ネットで、安くて品性の乏しい浴衣ならあったけど…あんなの、亜栖羽ちゃんの前で着れないよ!」
というくらい下品な浴衣とは、マッチョな筋肉裸の柄という、ドコに需要があるのか不明な一品である。
「こ、この前と同じ浴衣になっちゃうけど…いつもの私服よりは、またマシなのかなぁ…」
と、少しでも亜栖羽をガッカリさせないように、青年は先日の花火大会の後にクリーニングに出して綺麗にしておいた浴衣へと、再び袖を通した。
陽が沈む頃、育郎は亜栖羽を迎えに、待ち合わせの最寄り駅で待機していた。
「あと三十分…亜栖羽ちゃん、どんな格好で来るかなぁ…」
改札で佇みながら、色々と妄想をする。
いつものパンクっ娘な亜栖羽。
(…うん、元気で可愛い…♡)
夏のドライブでのワンピース姿。
(…うん、儚げで可愛い…♡)
先日の浴衣姿。
(…うん、涼し気で可愛い…♡)
どんな衣装も、亜栖羽が着ると世界一愛らしいと破顔する青年だ。
少女の様々な姿を想像して、ニヤニヤとだらしない強面笑顔の筋肉巨漢は、縁日を楽しむ為に電車でやって来た少年たちやカップルたちを、ビクっと反応させていた。
それから五分ほどが過ぎて、電車から降りる客たちの中から、聞き間違える事のない愛声が聞こえる。
「オジサ~ン♪」
一瞬で振り向くと、亜栖羽が浴衣姿で、小走りに駆けて来た。
「亜栖羽ちゃん。電車、混んでなかった?」
改札を抜けて来た少女が、笑顔を返してくれる。
「はい♪ オジサン、今日も私の方が 遅くなっちゃいましたね」
「いやいや、僕も いま着いたばかりだから」
と言いつつ、少女の全身を、頭の天辺から脚の爪先まで、無自覚に何度も見てしまう。
「おおぉ…っ!」
「えへへ~♪ オジサン、今日の浴衣 どうですか~?」
今日の亜栖羽は、先日とは違う浴衣で決めていた。
上から、若草色から淡い水色へと変化している色合い。
川辺のカワセミなどが描かれていて、夏の小川をイメージしているようだ。
どことなくだけど、懐かしさを感じる浴衣。
しかし育郎が最も注目をしたのは、亜栖羽の髪型である。
いつものポニテやサイドポニーではなく、頭の上で纏めたお団子ヘアーで、シンプルな簪がキラりと輝く。
涼し気な団扇も手にしていて、全身が少しノスタルジックな着こなしで、なんとも愛らしくて綺麗で、庇護欲も強く刺激をされていた。
「あ、亜栖羽ちゃん…なんて、可愛い…♡」
「えへへ~♪ ありがとうございま~す♡」
青年の素直な感想に、少女は恥ずかしそうな笑顔を魅せる。
「オジサンも、浴衣 着て来てくれたんですね~♪」
「う、うん…花火大会の時と同じで なんだけど…」
小柄な少女に対して、ちょっとシュンとする筋肉巨漢の姿は、まるで天女に屈服をする鬼のようだ。
小学生の男子たちは「あのおねーさん、そんなに強いのか!?」などと、特に驚きと興奮で眺めていたり。
「オジサン、その浴衣とってもお似合いですし~。オジサンのサイズとかって、あんまり無さそうですもんね~♪ 私、オジサンが浴衣で着てくれただけで、嬉しいですよ~♪」
と、事情も理解してくれていた。
「あ、亜栖羽ちゃん…♡」
「それじゃあオジサン、夏祭り 行きましょう♪」
「うん!」
~第二十二話 終わり~
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