第二十話 夕暮れの河原


 恋人たちに席を取って貰えた嬉しさで、青年の強面は、熱したフライパンのバターみたいに蕩けたままだ。

 陽も傾いた河川敷には、親子連れや恋人同士、グループや老夫婦、更に外国人旅行者など、様々な年代や地域の人々が集まりつつある。

 番号の書かれている斜面のシート席は、眺めの良い最前列だった。

「GOさん、写真っス!」

 女子たちと一緒に、写真を撮るらしい。

「は、はいっ!」

 亜栖羽たち三人が集まって、育郎は背後で屈んで、ミッキー嬢のスマフォでパチり。

「うわGOさんヤバいっス!」

 写メを見せられたら、愛らしい浴衣少女たちの背後で、浴衣の筋肉鬼がだらしなくニタニタしているような、怪奇な写真。

「逞しい鬼の生贄にされる村娘たち…はふぅ♡」

 生贄少女たちはみな笑顔だけれど、桃嬢の妄想は捗るようだ。

 と、言われた育郎も。

(…ヤバいという部分では、否定できない…)

 自分でもそう思ってしまったのだから、仕方がない。

「オジサン、やっぱりその浴衣 素敵です~♪」

「そ、そう…でへへ」

 と、フォローではなく恋人の正直な感想に、やはりデレデレしてしまう青年だった。

 シート席の家族には、ピクニック感覚でお弁当を広げている人たちも多い。

 斜面の上、背後のサイクリングコースは一時閉鎖されていて、少数だけどドリンクなどの屋台も出ていた。

「何か買ってくるけど、何が良い?」

 シート席を購入して貰ったし、ここは大人の男として、ドリンクくらいは提供させて貰おうと、リクエストを訊ねた。

「あ、それじゃあ私も お手伝いします~♪」

 そう言って、亜栖羽はシート席をミッキー嬢たちに任せ、育郎と一緒に屋台へ。

 斜面の階段ですれ違う人たちも、恋人同士は仲睦まじく、幸せそうだ。

(ぼ、僕たちも…ああいう感じに、見えるかな…?)

 ニコニコ天使な美少女と、緊張して鬼の形相な大男では、違う見方をされても仕方がないだろう。

 案の定と言うか、夏休みでもありイベント会場でパトロールをしている補導員の人たちに、二人は声を掛けられたり。

「失礼ですが、少しお話を…」

 年齢的にも外見的にも、亜栖羽が危険な状況にあると疑われても、無理はない。

「ぼ、僕は…」

 こういう場だと、いつも緊張してしまう青年に比して。

「私のオジサンで~す♪」

 と、明るく応える少女だ。

 亜栖羽の「オジサン」発言を「叔父さん」と聞こえたらしい巡回補導員の男性二人は、少女の笑顔に安心したらしい。

「失礼しました。花火大会、楽しんでください」

「ご、ご苦労様です」

 と、一礼を交わして、補導員たちは去っていった。

 これまで何度も、二人が歩いているとお巡りさんとかにも質問をされているから、気持ち的には育郎だってもう慣れた。

「私のオジサン…♡」

 怪しまれた事よりも、亜栖羽の返答の方が、強い喜びとして頭に残る青年である。

「それじゃあ、ドリンク 買っていこうか♪」

「は~い♪」

 屋台の数はさほど多くはなく、メインは花火なので、主催者側の方で制限しているという話だった。

 ドリンク屋さんは、大きなケースに氷水で缶ジュースやペットボトルなどを冷やして、売っている。

「亜栖羽ちゃん、どれがいい?」

「え~と♪」

 四人分のドリンクを購入すると、育郎が支払う。

「いいんですか~?」

「もちろん。それじゃあ 席に戻ろうか」

「は~い。ごちそうさまです~♪」

 シート席へ戻るまでに、二人はもう二度ほど、別の補導員さんたちに質問をされた。


                    ~第二十話 終わり~

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