第十九話 髪と紙


「ところでオジサン、ヘアスタイル 変えたんですか~?」

「え、ぁ…うん」

 今日の育郎は、浴衣というだけでなく、ちょっと髪型も変えていた。

 この夏、人生で初めて購入した、ヘアセット用のジェル。

 ここ数日、洗面台の前で鏡を見ながら、男性用のファッションサイトを参考に、色々と髪型を弄ってみた。

 その結果、今日はとりあえず「おかしくない感じ」な、柔らかい七三分けに整えられたのである。

 もちろん、自分の顔を年齢分だけよく知っている青年だから、自分の見た目がファッションモデル並みに格好良くなれるなんて夢は、見ていない。

 それでも、亜栖羽が少しでも恥ずかしくないよう、育郎なりに努力をしていた。

「ど、どぉかな…?」

 女子に見られる緊張感に耐えられなくて、青年はつい、謝罪するように頭を垂れて、頭髪をアピール。

 その姿は、女子三人に従わされる筋肉猛獣のようだ。

 はたして、評価は。

「GOさんには、あんまり似合ってないっス」

「ふっ様の野性味を隠す事で、あえて剥き出しにした時とのギャップで亜栖羽さんを悩乱させる高度なファッション・プレイ…はふぅ♡」

「え…えっ?」

 ダメ出しとナゾの妄想に、青年は戸惑う。

 そして本命の亜栖羽は。

「素敵です~♪ オジサンのそういう心遣い、すっっごく嬉しいです♡ でも いつものオジサンの髪型も、素敵ですよ~♡」

「? ? は、はぃ…」

 どういう意味だろうか。

 ①素敵だと褒めてくれた。

(でへへ…嬉しい…♡)

 強面が夏の飴細工みたいに蕩ける青年だ。

 ②心遣いが嬉しい。

(み、見た目はともかく、気持ちだけは拒絶しない…とかの意味 なのかな…?)

 そう思うと、気を使わせてしまっているのだろうか。

 ③いつものオジサンも素敵。

(この髪型は、ヤッパリ似合ってない…という事なのかな…?)

 亜栖羽の恥にならないようにと、少しはオシャレにしたつもりだけど。

(ぼ、僕はまたっ、亜栖羽ちゃんに迷惑をかけているのか…っ!?)

 そう思うと、迂闊な自分が残念でならない。

 女子三人たちの評価は、裏表とか全くない、素直な感想だ。

 けれど、恋愛経験が一のうえ初めて恋人とお付き合いをしている青年には、まだ理解が出来ていないのである。

(ぼ、僕はなんてっ、愚かしいんだあああっ!)

 と、強面で筋肉も盛り上がる巨体青年を、よく知っている少女たち三人は微笑ましく見つめ、周りの若者たちは慄いた。

 思い悩む育郎の大きな掌が、小柄な少女の小さな掌で、引かれる。

「オジサン、行きましょう~♪」

 触れる掌は柔らかくて儚げで、青年の意識から自己への怒りをサァ…と霧散させてしまう程に、庇護欲を刺激していた。

「は、はいっ!」

 掌を引かれて、強面の眼が「♡」の形でドキドキしている巨漢青年だ。


 花火会場である河川敷に到着をすると、陽が傾き始めた河原は。多くの人出で賑わっていた。

 河川敷は、サッカーが出来る程のグラウンドが四面以上も続いており、草の斜面には大きなシートが並べられて敷かれている。

「はい、オジサンこれ~♪」

 亜栖羽が手渡してくれたのは、手作り感が満載な、紙の番号札。

「この番号のシート席で、花火が見られるんですよ~♪」

「アタシたちと並びっス!」

「亜栖羽ちゃんと二人きりの方が、ふっ様もきっと…はふぅ♡」

「え、あぁ 座席のチケットなんだ」

 河原のシートには、仕切りの細いテープが貼ってあり、仕切られたスペースの端っこには番号が記されている。

 一席百円ほどの鑑賞席だけど、人気があって、少女たちは販売日である昨日の朝から並んだらしい。

 青年の為に、朝早くから並んでチケットを購入してくれた、恋人たち。

「あ、ありがとう…御座いますぅ…うっううっ…」

 少女たちの優しさに、思わず涙の育郎であった。


                   ~第十九話 終わり~

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