第十六話 鬼も微笑む
「でもアレですね~。キャンプの件~、かえって良かったかもですよね~♪」
「?」
インド系喫茶「チャイ最強(マックス)」は、それほど広くない店内だけど、内装はオリエンタル。
いわゆるウエイトレスさんも、インドを連想させる民族衣装で、メイクと相まってとても可愛らしい。
メニューも様々なチャイとインドのお菓子で、色々とコダワリを感じると同時に、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
チャイ受けは、カリと名のサクサク食感も美味しい一口サイズのパイ菓子で、インド好きな人いがいではあまり知られていないという話だ。
少女が言う「キャンプが行けなくてある意味良かったかも」とは。
「今週ですね~。うちの方で 花火大会があるんですよ~♪」
「へぇ…夏休みの終盤に花火大会とか、ちょっと珍しい感じだね」
「そうなんですよ~♪ いつも 八月の頭とかお盆の頃には、打ち上げてたんですけどね~」
花火業界にも、色々と都合があるのかもしれない。
育郎たちには知る由もないが。
「ミッキーたちと行く予定なんですけど~、オジサンも、お時間あります~?」
「え、いいの?」
女子高生同士の花火大会に、二十九歳の筋肉男が同伴をして、許されるのだろうか。
「モチロンですよ~♪ オジサンをお誘いする事、二人も知ってますし~♪」
夏休みの前半に、亜栖羽たち三人を乗せて車で海に行ったけれど、女子的に育郎は不合格ではなかった。
という事のようだ。
(亜栖羽ちゃんの浴衣姿…)
想像すると、亜栖羽の浴衣が可愛くて、顔が緩んでだらしなくなった唇の端から涎が出そうな育郎だ。
「あ、亜栖羽ちゃんが良いなら…僕も、花火大会…行きたいです…!」
と、緩んだ強面を引き締めて、しかし緊張も隠せず、ボソボソとお願いをする巨漢である。
「それじゃあ、二人にも伝えておきますね~♪」
「よろしくお願いいたします」
日時や集合場所などを、亜栖羽から教えて貰って、育郎はフと思い出す。
「そういえば、今週の末…うちの近所の八幡様も 夏祭りだったっけ」
「わぁ~、いわゆる縁日ですよね~♪」
亜栖羽の大きな瞳が、ワクワクで輝いている。
「うん。カモメ屋さんの前の通りを、もう少し先まで行くと、小さな森と八幡様の神社があってね。そこで毎年、夏休みのお終いくらいに 二日間の夏祭りがあるんだ」
「夏祭り~…風情があって、良いですよね~♪」
和風大好きな少女は、夏祭りの風景を思い描いて、ウットリしている。
「あ、亜栖羽ちゃん…いっいっ、ぃ一緒に、その…い、行きま、せんか…?」
蚊の鳴くような声で、青年的にはデートのお誘い。
「はい~♪ 行きたいです~♡」
誘われた少女も、頬を染めて受け入れてくれた。
「よ、良かった…あ、それじゃあ 日程だけど」
亜栖羽が誘ってくれた花火大会よりも二日ほど後で、ぶつからない。
「良かったです~♪ 花火も夏祭りも 楽しめますね~♡」
「でへへ…夏ならではの感じだよね」
デートの予定が二つも決まって、強面青年は筋肉の巨体が土砂崩れを起こすのではと思えるほどに、デレデレモジモジしている。
インドの神様、象のお顔のガネーシャも苦笑いをしそうだ。
とか、巨漢の客に興味を抱いて覗いたインド出身の店長さんは、思った。
同時に、バイトの日本人女性たちは「鬼退治した桃太郎って、女の子だったっけ?」とか勘違いをしたり。
「あ、でもアレだね。や、約束だけは、させてね」
「? はい」
真面目な表情は力んで強面で、バイトの店員さんたちも、反省したはずの鬼が桃少女に逆らっているのかと、ちょっとヒヤヒヤ。
「夏の日帰りキャンプっ、来年はちゃんとっ、予約っしますからっ、絶対にっ、いっ、行きましょう…っ!」
「は~い♡ 楽しみにしてます~♪」
眩しい少女の返答に、青年はまた、嬉しくて破顔をする。
来年の話をすると鬼が笑うと言うけれど、仲間と間違えそうな強面の青年が愛しい女性を必死に護ろうとしている姿には、きっと微笑んでいる事だろう。
「あ、でもアレですよね~。秋とか冬とかのキャンプも、良いらしいですよ~♪」
育郎も聞いているけれど、キャンプは季節を問わなくなって久しいという。
紅葉の中の亜栖羽を想う。
(うん…紅葉の天使だ…♡」
雪降る夜のキャンプファイヤーの亜栖羽を想う。
「うん…白雪の姫天使だ…♡」
また妄想が無意識で声になって、亜栖羽の頬を紅く染めていた。
~第十六話 終わり~
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