第十五話 育郎の謝罪


 お帰りなさいデートからの週末、育郎は悩乱の真っただ中にいた。

「いったいぃっ…どぉすればいいんだあああああああぁぁぁ…っ!」

 夏休みも後半に突入して、残りは十日ほど。

 青年の仕事である在宅プログラマーには、夏休みなど無いに等しいから、少女が夏休みとはいえ、デートはどうしても週末になってしまう。

 なので、夏休みデートが出来るのは、あと二回くらい。

 それなのに。

「夏休み前に約束していた、日帰りキャンプっ! どうしてこんなにっ、いつもどこも予約がいっぱいなんだあああっ!」

 育郎とて、日帰りキャンプの予約を怠っていたわけではない。

 夏休み前にサイトをチェックしたら、その時点で、日帰りできる近場のキャンプ場はみんな、予約で埋まっていたのである。

 お彼岸の頃は多少の空きがあったけれど、亜栖羽の一家も里帰りだったり。

「遠くだと日帰りは無理だし…あ、空き! って、八月三十一日だっ!」

 翌日から新学期を控えた、夏休み最終日の日帰りキャンプでは、きっと亜栖羽が心の底から楽しむ事なんて出来ないだろう。

「ど、どこか空きは…っ! キャンセルとか…っ!」

 こんな感じで、夏休みの間ずっと、仕事の合間にキャンプサイトをチェックしていた育郎だけど、進展はなかった。

「どうしよう…。な、夏休みのお終いになって、無理でしたって謝るより…今のうちにキャンプは諦めて謝った方が、いいかな…」

 亜栖羽はガッカリするだろうか。

 自分からキャンプを提案しておいて、亜栖羽も楽しみにしていて、叶えられなかった男、福生育郎、二十九歳。

 と、亜栖羽が落胆してしまうかもしれない。

「いっ、いやだあああっ! 亜栖羽ちゃんに呆れられるなんてっ! 亜栖羽ちゃんをガッカリさせてしまうなんてっ、絶対に嫌だああっ!」

 知り合いにメールしたり、どこか穴場情報でもないかと探し回ったけれど、ついに日帰り出来るキャンプ場は、押さえられなかった。

 そして翌日。

 育郎は、亜栖羽がプラモデルを完成させたとメールを貰って、会う事になった。

「うぅ…胃が痛い…」

 亜栖羽と会うのはこの上ない楽しみだけど、キャンプに関する残念な報告をしなければならないし、亜栖羽がガッカリする顔を思い浮かべると、自分の不甲斐なさばかりに責め立てられてしまう。

 今日は、今週の予定の再確認でのデートでもある。

「ま、まずは、亜栖羽ちゃんに、土下座をして…」

 ネットで検索して、近場にインドカフェーなるお店を見つけたので、最寄りな駅前で待ち合わせをしている二人だ。

 愛しい恋人を待ちながら、育郎は一人、謝罪の練習。

「えっと…あ、亜栖羽ちゃん、御免なさい…っ! 約束していた日帰りキャンプっ、予約が取れませんでした…っ!」

 と、一人ブツブツ謝罪の予行演習をしていたら。

「そうなんですか~。残念です~」

「うわあっ!」

 すぐ後ろで、絶対に訊き間違えない可愛い声が聞こえて、青年はビクっとなった。

 大柄筋肉の強面男が驚く姿に、周囲の若者たちが、キングコングが暴れ出したのかと、驚かされたり。

 青年は、高鳴る心臓を静めながら、視線を合わせづらくても、少女と向き合う。

「あ、あの…ほおぅ…」

 今日の亜栖羽は、サイドポニーに明るいパーカー、ショートパンツに濃い色のワイルドブーツと、アクティブなファッションに極めていた。

 ポニテに小さな象が揺れる簪を挿しているのは、インドカフェーに合わせたアクセサリーなのだろう。

(か、可愛い…♡」

「えへへ~♪」

 思わず漏れる青年の本音に、少女は恥ずかしそうに嬉しそうに、照れたり。

「あ、それでオジサン~。キャンプ、ダメになっちゃったんですか~?」

「ハっ–っ!」

 あらためて問われて、現実へ帰還した育郎。

「は、はい…。じつは、その…」

 これまでの経緯を、少女は黙って聞いてくれた。

「いま キャンプブームみたいですし~。予約が取れなくても、しかたないですよね~」

 と、笑顔で許してくれている。

「あ、亜栖羽ちゃん…」

「それに~、えへへ♡ オジサンが私の為に予約を頑張ってくれた事、すっごく嬉しいです~♪」

 亜栖羽の微笑みは、輝いていた。


                   ~第十五話 終わり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る