第十四話 参考書
プラモデルの不具合などが無い事を確認して、オシャベリを楽しんで、席を立つ。
「あ、オジサン。ちょっと図書館の本、見ていってもいいですか~?」
「うん。上のフロアだね」
階段で上がりながら、育郎は訊ねてみる。
「何か、探してる本とか あるの?」
「実はちょっと、童話の参考にしようと 思いまして~♪」
との言葉で、育郎には解った。
(ああ、この前のドライブで言ってた、童話創作だ)
夏休みの前半で、青年は少女を連れ立って、レンタカーで郊外へとドライブデートをした。
と言っても、育郎が年に何度か会う地方の友達へ会いに行くのがメインとなってしまったけれど、そのデートで、亜栖羽は童話を書く事を決意していた。
もちろん、人生の目標とかの壮大な決意ではなく、洋書の翻訳をしている育郎に触発されて、少女も童話を書いてみたいと思ったのだ。
(夏休みの自由課題みたいな感じだし…進行具合は気になるけど、こっちから聞くのも プレッシャーをかけるみたいで…)
だから、亜栖羽から話が出るまで聞かないようにしていたりもする、気遣いな青年である。
しかし今日、亜栖羽の口から童話の話題が出たのだ。
(僕が力になれるなら…っ!)
と、ちょっと訊ねてみる決心をした。
図書貸し出しのフロアへ上がって、自動扉をくぐる。
フロア内は、右側の入り口付近に受付けのカウンターがあり、左側には幼児たちを遊ばせる空間。
フロアの大半を占める中央空間は、収納棚や、調べものなどをするテーブル席が設置されていた。
テーブル席は、育郎が亜栖羽の宿題を手伝った、想いで深い場所でもある。
夏休みも中程を過ぎた今日、宿題に追われる子供たちが、思っていた以上に多い印象だ。
「え~と…童話のコーナーは~」
小声で呟きながら、沢山並んだ棚のコーナー分けを調べる亜栖羽。
「亜栖羽ちゃん、童話はコッチみたいだよ」
大柄な筋肉男の囁くような小声で、少女は童話の棚へと辿り着いた。
「わぁ…沢山ありますね~♪」
一つの棚に纏められている童話コーナーは、下段ほど小さな子供向けで、最上段には原初に近い大人向けと言える並びである。
「ん~…色んな種類が あるんですね~。私、童話って子供向けの ばかりだと思ってました~」
「そうだね。童話って、元々は民間伝承を纏めた物だったり、それを多くの作家がアレンジしたりとか、同じタイトルでも様々な物語があるからね」
世界的に有名な「赤ずきんちゃん」も、お婆さんが食べられたままのお話があったり、主人公が狼の前で脱衣をする背徳的な描写のある物語が存在していたり。
「シンデレラとかでも、継母とかお姉さんが 痛々しい罰を受ける物語とかも、あったりするからね」
「そうなんですか~」
青年が当たり前に紹介する話に、少女は感動を覚えて、頬を染めている。
「オジサンって…本当に色々とご存じですよね~♡ 格好良いです~♪」
「そ、そんな事も…なぃけど…」
愛しい天使に褒められると、恥ずかしくて強面が真っ赤になって、ゴリゴリの筋肉が嬉しくて悶える巨漢の青年である。
大男がモジモジしている姿に、童話を読みに来た児童たちが、ビクっと驚いた。
「さ、参考になりそうな本とか、ある…?」
そつのない聞き方を意図しながら、万が一にも亜栖羽を傷つけないように、尋ねる。
「書き始めて解ったんですけれど~、物語を作るって、すっっごく 難しいんですね~」
「ま、まあ…いわゆる『産みの苦しみ』っていう感じだよね」
どうやら、童話創作を始めているようだ。
「物語の全体は出来てるんですけど~、どう書いていいのか、迷っちゃいます~☆」
書きなぐりではなく、ちゃんと物語として考えているようだ。
(亜栖羽ちゃん、しっかりしてるなぁ…)
文学天使を全力で支えようと、青年は気持ちが引き締まり、強面も引き締まる。
「オジサンが翻訳した本を参考に、ちゃんと形にしようと思ってるんですけど~、難しいです~☆」
洋書SFシリーズの事だ。
「あ、あれは ニッチで難解だから…」
役立たずでごめんなさい。
と、心の中で土下座をする育郎だった。
~第十四話 終わり~
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