第九話 実は育郎も久しぶりのアーケード


 この世で最も尊い亜栖羽との会話に心を奪われている育郎でも、コレまでの人生経験からか、周囲の雰囲気には敏感である。

「ほへへ…あれ?」

「? どうかしました~?」

 青年の様子に少女も気付く。

 お店の外には、いつの間にやら入店待ちの女性たちが。

「随分と並んでるな…あ」

 時計を見ると。

「もうお昼前なんだ…。亜栖羽ちゃん、別のお店に行こうか」

「は~い♪」

 ちょっと急いで、育郎がレシートを持って会計へ。

「長くなりました」

「いいえ。またのご来店を」

 女性店員さんは、笑ってそう答えてくれた。

「オジサン、ごちそうさまでした~♪」

「いやいや」

 亜栖羽としては自分の分を支払う気があるけれど、育郎は受け取らないと解っているうえ、育郎的にはお礼を言われる事が嬉しいと、亜栖羽も解っている。

 良い意味で、お互いに少し慣れて来た感じなのだ。

 お店から、駅と反対側の車道を渡ると、アーケードの商店街がある。

「あ、そうだ。あのアーケードを抜けると、亜栖羽ちゃんと宿題を片付けた 図書館へ行けるんだ」

「わ、そうなんですか~?」

 夏休みの前に相談をしたり、夏休みの始めで集中的に宿題を終わらせたりした、想い出の図書館だ。

 育郎も時々、調べものなどで利用していたけれど、今は亜栖羽との想い出の方が、大切で鮮明な場所でもある。

「アーケードを歩きながら、行ってみる?」

「は~い♪」

 二人は仲良く、アーケード商店街へと向かった。


 日陰であるアーケードは日向よりも涼しく、ミストも散布されていて穏やかな風も感じられて、涼しい。

「ミストとか設置したんだ…。このアーケード 通るのって、実は一年以上ぶり くらいなんだよね」

「そうなんですか~。あ、そういえば夏休みの宿題の時も、オジサンちの最寄り駅から、歩いて向かいましたもんね~♪」

 育郎が住むマンションと、マンションの最寄り駅と、図書館を、地図上で三角形に結ぶと、このアーケードは外れてしまう。

 この商店街は、駅前よりも人通りがあって、お昼を楽しむ主婦たちと子供たちで、特に賑わっている感じだ。

 各種のお総菜屋さんから、修理も引き受けている家具屋さんや、喫茶店やケーキ屋さん、八百屋さんから百円ショップまで、様々なお店が軒を並べる、戦後の闇市より続く歴史あるアーケードでもあった。

「隣駅だし、地元の商店街もあるしで、特に意味もなくだけど あんまり来ない商店街だったりするね」

「ああ、そういう感じ ありますよね~♪」

 亜栖羽も、学校の最寄り駅の商店街は活用するけど、隣駅のお店はほとんど知らないらしい。

「オジサンちの近くの商店街もですけど~、こういう感じ、なんだか落ち着きますよね~♪」

「下町だけどね」

 と、ナゼか照れ笑いをしてしまう育郎も、住み慣れた今のマンションや商店街が、第二の故郷という感じだ。

 亜栖羽も、育郎の好みと似ているのかもしれない。

(そうだといいな…♡」

「? なにがですか~?」

「ハっ–ぁあいや、好みの問題と言いますか…」

「?」

 願望が口に出てしまって、筋肉巨体をモジモジさせる育郎だった。

 商店街を中ほどまで進むと、初見な量販店が新築されているのに気づく。

「あれ? ここ、ちょっと前まで レンタルDVD屋さんだったような…?」

「お店が新しくなってるんですか~?」

「そんな感じだねぇ…」

 敷地も広くなっている感じだし、五階建ての店舗そのものが、新しい。

 駅前などに鉄道会社が建てる、商用ビルを思わせる佇まいだ。

(どんなお店なのかな…?)

 とか、ちょっと気になってしまった。

「入ってみましょうか~」

 青年の気持ちを察した亜栖羽が、楽しそうに誘った。


                   ~第九話 終わり~

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