第二話 明日の約束


 その日の夜。

 午後九時になって、亜栖羽からの電話がかかって来た。

『オジサンっ、ただいまで~す♡』

「おかえり、亜栖羽ちゃん。里帰り、楽しかった?」

『はい~♪ お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、とても元気でした~♪』

 とても嬉しそうな声が、育郎にも嬉しい。

「うんうん…。あ、それで、なんだけど…その…ち、近々、あ、あ、会えない かな…?」

 生まれてこのかた、二十九年ほど彼女がいなかった青年的には、まだデートに誘うのにも緊張をしてしまう。

 果たして、亜栖羽の返答は。

『はい! オジサンの都合は、いつが良いですか~?』

 亜栖羽の都合に合わせて会えるようにと想いつつ、一刻でも早く会いたくて、日にち的にも余裕を持たせていた育郎である。

 亜栖羽も、在宅プログラマー&SF洋書の翻訳を仕事としている育郎の都合を、優先してくれていた。

「ぼ、僕はあの…明日でもいつでも、その…」

『あ、それってもしかして、私が帰って来る今日に、合わせてくれてたんですか~? なんて~、えへへ~♡』

「ま、まぁ…うん。あはは」

『わ、本当ですか♪ 嬉しいです~♡ 私も、早くオジサンと会いたいです~♪ 明日とかでも、大丈夫なんですか~?』

「うん。明日は完全に、仕事が休みだから!」

 ここ数日の頑張った努力が、報われる。

『田舎のお話も沢山したいですし♪ どこか落ち着ける場所が 良いでしょうか~?』

 楽し気だったり考えたり、亜栖羽の声色が躍るようにクルクル変わるのが、耳元で楽しい。

 少女の愛らしい表情も、目の前の如くに思い浮かんだり。

「実は、一昨日にオープンしたばかりのカフェが、隣駅の駅前に出来たんだ。そことか、どうかな?」

 待ち合わせというか、近くに呼びつけるようで少し心苦しいけれど、新しいお店の開拓を一緒に出来るのも楽しいと思った育郎である。

『新しいお店ですか~♪ 楽しみです~♪ お隣の駅って、どちらですか~?』

 育郎のアパートの最寄り駅は終点ではないので、当たり前の質問だ。

「えっと…亜栖羽ちゃんがこっちの駅に来る路線だと、次の駅になるから、僕がホームで待ってようか」

『は~い♪ わかりました~! オジサンが駅で待っててくれるんですね~♪ えへへ~、なんだか 昔の青春映画みたいですね~♡』

「そ、そうかな、あはは」

 と言われて、駅のホームで待ち合わせとか、初めてだと、今さら思った。

 思い浮かぶのは、たしかに青春っぽい待ち合わせの風景だ。

 夏の日差しが照り付ける中、電車から降りてくる美少女。

(うんうん。可愛いなぁ♡)

 駅で待つ、筋肉の巨漢。

(…あんまり青春っぽくないなぁ…)

『それで、時間は何時が良いですか~?』

 これこそ、女性である亜栖羽の時間に合わせるベキだと、青年は思う。

「亜栖羽ちゃんは、何時ごろが 都合が良いかな?」

 今日、故郷から飛行機で帰って来たばかりだし、疲れているのではないだろうか。

『何時でも大丈夫ですよ~♪ さっき帰って来て、ミッキーと桃ちゃんにお土産 渡してきましたし~♪』

「そうなんだ」

 凄く元気だ。

「それじゃあ、お店が開くのが十時だから、十時に駅のホームで待っていようか?」

『は~い♪ 十時ですね~、解りました~♪』

 それから、亜栖羽と話しながら、夜空を見上げる。

 夕方まで降っていた雨が止んで、雨雲も東へと遠ざかり、綺麗な満月が輝いている。

「月、綺麗だね」

『はい♪ オジサンと同じ夜空を見てますね~♡ えへへ~♪』

 明日が楽しみだけど、今こうして話している事も、やっぱり嬉しい。

 二人はもう暫く、話し続けた。


                        ~第二話 終わり~

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