第一話 お迎えの心得


 昨日の夜に亜栖羽からメールが来て、今日の午後便で帰って来るという。

「うぅ…できれば お出迎えに行きたいけれど…」

 ご両親からすれば、見ず知らずな筋肉巨漢が迎えに来たら、何事かと思うだろう。

 それに、きっと同級生でも男子が娘を迎えに来たら父親は面白くないだろうに、ましてや二十九歳の青年である。

 叶うなら亜栖羽の田舎にまで迎えに行きたい育郎的には、しかし亜栖羽が困る事は、したくない。

 なので、戻って来た亜栖羽からのメールを貰い次第、翌日には、会う約束を取り付けたかった。

 そんな青年はお昼ごはんとして、いつもの定食屋であるカモメ屋さんへと向かう。

「こんにちは~」

「あ、育郎さん いらっしゃい」

 幼い息子を負ぶった若女将さんが、いつもの明るい声で迎えてくれた。

「育郎くん、いらっしゃい」

 若旦那たちも、迎えてくれる。

 お昼過ぎの店内は、まだ数組のお客さんが遅い昼食を摂っているものの、いつも育郎が座る席は空いていた。

 席に着くと、若女将が注文を取りに来てくれる。

「いつもので良い?」

「あ、今日は スタミナ生姜焼き定食を、大盛りで」

 いつもの鯖味噌定食ではなく、奮発をして、ボリュームのある焼肉の大盛り系。

 育郎の注文に、若旦那が食いつく。

「あれ、っていうか育郎くん、明日 何かあるの?」

「えっ!」

 育郎自身は気づいていないけれど、明日は勝負、という時には、ステミナ生姜焼き定食大盛りを注文している、正直青年である。

「っていうか、それ食べる時って、決まって次の日に 何かある時でしょ?」

 大学卒業の前日。

 落とされまくった各就職活動。

 せめて初体験だけでもと意気込んだ、風俗未遂。

 そして、亜栖羽とのデートの、それぞれの前日。

 育郎の反応に、調理場のオヤジさんたちも、割って入る。

「なんだ育郎? なんか人様に言えねぇような事、すんじゃねぇだろうな」

 オヤジさんジョークである。

「あら~、育ちゃんはそんな事 ないわよねぇ~。それで、何かあるの?」

「ばぶばぶ」

 女将さんも、若女将の背中の三代目も、興味があるっぽい。

「えっと…実は…」

 家族のようなカモメ屋さんへ、育郎は素直に告げた。

「亜栖羽ちゃんが里帰りしてて、今夜には帰って来るので…その…あ、あ、明日とか、あ会う約束とか、取り付けようかなぁって…えへへへ」

 まだOKどころか連絡すらしていないのに、亜栖羽の笑顔を思い浮かべてデレデレする筋肉の大男だ。

「なんだ、このところ嬢ちゃん見ないから、お前ぇ、逃げられっちまったのかと思ってたぜ」

「オ、オヤジさんやめてよ! 縁起でもない!」

 そんな事はない。

 と、胸を張って言えるほどの自信はない、強面の青年である。

 捨てられないと信じる自信はあるけれど、ともかく亜栖羽を悲しませる事だけは、絶対にしない。

 それが、育郎の弱気と信念であった。

「あら~、素敵じゃない♪ 生姜焼き、特盛りにしてあげるからね」

「へへ、しかたねぇなぁ」

 と、オヤジさん夫婦も応援をくれる。

 天気予報だと明日は晴れだし、とはいえ亜栖羽も旅先から帰ったばかりだし、とにかくデートの約束だけでも取り付けたいと、強く願望する育郎であった。


                      ~第一話 終わり~

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