第10話 神子と神子
「これで全員終わったな」
ひと息つきながら、大剣を担ぐレクス。
「ファルド、さっきのは……」
オリヴィアは驚いた様子でファルドへと近づく。
「……いや、わからないんだ。オリヴィアを守ろうと必死で、無我夢中に手を伸ばしたら……」
「あんな魔法、見たことも聞いたこともないわ。もしかして貴方は――」
彼女の言葉を遮るように、レクスが声を上げる。
「ほらほらお前ら。ひとまず盗賊を遺跡の外に連れ出すぞ。話はそれからだ」
「……そうね。まずは奥の牢屋の盗賊たちから運び出しましょう」
「あの、レクス――」
「ほら、オレたちも行くぞ相棒」
「うん、わかった」
(さっきの光、あの時と同じだった。ミノタウルスと戦った時と同じ感覚……レクスは何か知ってるのか?)
縛り上げた盗賊たちを次々と遺跡の外へ連れ出していく。
中には意識のある者もいたが、抵抗する気もないのかただ黙ってファルドたちに従っていた。
「じゃあ、後はこいつだけか」
盗賊たちを縛り、残すは気を失ったまま伏した盗賊の頭のみ。
レクスと戦っていた盗賊の頭には、神子の力と思しき跡が残っていた。
「……傷口がまだ燃えてる。やっぱり神子の力って凄いのね」
「ま、これでも加減はしたつもりだぜ。丸焦げにしちまうと誰だかわからなくなっちまうからな」
レクスが手をかざすと、盗賊の傷口を燃やす火が消える。
そのまま彼は盗賊を縄で縛り上げた。
「よし、こいつを外に出してくるから、奥の牢屋に閉じ込められてた街の奴らを連れてきてくれ」
「ええ、わかったわ」
「相棒、お前はこっちだ」
「え、でも捕まってた人たちの誘導を手伝ったほうがいいんじゃないの?」
「考えてみろ、あいつは王都の騎士団員様だぜ。民衆の扱いに慣れてる奴に任せとけばいいんだよ、そういうのは」
レクスの言葉に、オリヴィアも呆れ気味に頷く。
「私は大丈夫。赤腕の言う通り、ファルドは盗賊たちを外へ運んで」
「ま、要するにオレたちが行っても邪魔になるだけってことだ」
オリヴィアは背を向け、牢屋に続く通路へ向かっていった。
その姿が見えなくなると同時に、ファルドは口を開く。
「あのさ、レクス」
「どした」
「さっきの……あの光。レクスは何か知ってるの?」
先程の戦闘で、ファルドが出した光。
その事を話そうとしたオリヴィアとの会話は、レクスによって遮られた。
彼は何かを知っている。ファルドはそう感じていた。
「……」
レクスは黙ったまま、盗賊を持ち上げる。
「ま、そうだな。多分、お前は神に愛されたってことだ」
「神に愛された……? それってどういう――」
そこまで口にして、ピンときた。
神に愛されし者。
何度も何度も繰り返し読んだ伝記に必ず記されていた者たち。
「神子だぜ、お前」
「僕が――神子?」
「ラミール村でも使ったろ、その力」
レクスの言う力というのは、恐らくミノタウルスを穿った一撃の事だろう。
言われてみれば、似ているような気がする。
あの時も無我夢中ではあったが、ファルドの左腕が淡く光を帯びていた。
「もしかして、最初から気付いてたの? 僕が力を持ってるって」
「まあな」
「まあなって、どうして言ってくれなかったんだよ!」
「別に、確証がねえから言わなかっただけだろ」
確証がないからと言われれば何も言えないが、せめて一言はあっても良かったかもしれない。
そんな不満を飲み込み、ファルドは口を閉じた。
「わかってると思うが、その力、人前では出すなよ」
「わかってる。神子だってバレたら厄介なんだろ?」
「……ま、そういうことだ」
少しの間があったことに違和感を感じる。
「でも、そっか。そうなんだ……僕が、神子か……」
憧れていた英雄たちと同じように、加護の力を扱えることが何より嬉しかった。
例え未だ不完全で、ろくに扱えない力だとしても。
だが、その時にふと思い出したのが預言者の言葉。
(いつか破滅をもたらす悪魔……もしかしてこの力の事を……)
この力が破滅をもたらすのかどうかわからない。
今はとにかく、目の前の事に集中するべく考えることをやめた。
その後、ファルドたちは何度か往復して盗賊たちを遺跡の外へと連れ出した。
そして、ようやく最後の1人を連れ出し、残すはオリヴィアを待つだけとなった。
「よし、これで全員外に連れ出したな」
「あとはオリヴィアが囚われてた人たちを連れてくるだけだね」
「あ~、ちと疲れたから休憩でも――」
入口の階段へ腰を下ろそうとしたレクスが、ぴたりと止まる。
遠くを見つめる彼は、すぐさま姿勢を戻して口を開いた。
「出てこい、いるんだろ」
「レクス? 一体何を――」
レクスの視線の先、木々の間から数多くの影が姿を現していく。
鎧を纏い、馬に跨った騎士の一団が遺跡を取り囲むように布陣する。
その後、ひと際大きな剣を背負った男が先頭へと現れた。
「か、囲まれてる……!?」
「……その恰好を見るに、王都の騎士団ご一行様じゃねえの?」
「き、騎士団? なんでこのタイミングで……」
レクスの問いに答えるものはいない。
「おいおい、シカトはねえんじゃねえのか? アルベンハイル騎士団の団長様よ」
「……」
「き、騎士団の団長……!?」
レクスの言葉に、大剣を背負った壮年の男が馬から降りた。
そして。
「……まじかよ」
壮年の男が剣を構えた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕たちはただ賊の盗伐に来ただけなんです!」
「そこに転がっている賊どもの仲間ではないと、言い切れる証拠はあるまい」
言葉の後、ファルドが感じたのは死の恐怖。
背筋が凍るような感覚。
そんな彼をレクスが押し飛ばした。
「離れてろ!」
次の瞬間、強烈な衝撃が辺りに伝わる。
男はいつの間にかレクスの眼前にまで近づいており、瞬きのうちに鍔迫り合っていた。
「……」
「いきなり随分なご挨拶じゃねえか!」
何も語らない壮年の男。
レクスは体重を乗せ、男を弾き飛ばす。
「炎よ――」
加護の力を呼び出す言葉をレクスが告げる。
「纏え!」
左腕が赤き炎で包まれると同時に、勢いよく飛び出した。
それに合わせ、壮年の男も消える様に飛び出していく。
2人の武器が再びぶつかり合い、衝撃が広がる。
びりびりとファルドの肌に伝わる感触。
二度、三度と彼らがぶつかり合う度に衝撃は大きく、強く広がっていく。
(す、凄い。言葉が出ない。強者同士のぶつかり合いはこんなにも違うのか)
食い入る様に2人の戦いを見るファルド。
戦いについてまるで素人の彼でさえ、目の前で繰り広げられる戦いの質の違いを感じられる。
(レクスのほうが、押している感じがする。男のほうは、さっきから防戦一方に見えるけど)
双方が距離を取り、静寂が流れる。
「何が目的か知らねえが、そんなんでオレが倒せねえことくらいわかってんだろ。なあ、『戦神』ルドルフ!」
戦神と呼ばれた男は、目の色を変えずに息を吐く。
「戦の神よ――」
(まさか、あの男も神子……!?)
そこで、場の空気が一変した。
「降りろ」
時が止まったような感覚。
意識があるのに、体が動かせない。そんなファルドが次に感じたものは死だった。
上半身と下半身が、分かれる様に斬られていたのだ。
「あれ」
次の瞬間、ファルドの意識が戻る。
慌てて体を確認するが、斬られたはずの胴体は無傷のまま繋がっていた。
(今、斬られたはずじゃ……)
レクスたちへと視線を戻すが、2人は先程の位置から一切動いていない。
(どうして、まさか、錯覚……?)
強い恐怖により、斬られたと錯覚したのだ。
一歩でも動いたらああなる。そんな死へのイメージを鮮明に思ってしまうほどに。
「そうこなくちゃな」
そう言ってレクスは笑った。
(なんで、笑えるんだ?)
理解できなかった。
こんな恐ろしい相手に笑っていられるのか。
だが、すぐに理解した。
(ああ、そうか。違う、違いすぎるんだ)
加護を受けた2人は、再び動き出す。
炎を纏った連撃を、男は動きが見えているかのように避け続ける。
見えているだけじゃなく、その数手先の動きすら理解しているような動きで距離を詰める。
眼前へと迫った男も反撃の一撃をレクスへ向けられた。
だが、そんな一撃を炎が受け止める。
(これが、神子と神子の戦い。異次元すぎる。今の僕じゃ、どうやっても追いつけない)
そこからは、ファルドの目ではまるで追うことができなかった。
感じられたのは、互いが鍔迫り合った際に生じる衝撃のみ。
(英雄と呼ばれた過去の神子たちは、こんな戦いを繰り広げていたのか)
今の自分と、目の前の神子たちを比べてしまう。そして、打ちひしがれる。その差に、現実に。
(僕なんかじゃ、英雄には……)
彼の中で何かが失われるのをよそに、その戦いは終幕を迎える。
「お待ちください!!」
声を発した主は、数人の町人を連れて遺跡の中から現れた。
「……なんだ騎士女か」
「……」
「双方そこまでにしてください」
ため息を吐いたオリヴィアは、レクスたちのもとへ歩み寄る。
そして、次の言葉は予想もしないもので。
「この者たちは私と共に賊を討伐したのです、父様」
「……は?」
「え、父様……? つまり、オリヴィアの……」
「……」
父と呼ばれた男は何も言わない。
ただ黙って、近づくオリヴィアへと視線を合わせていた。
「父様、どうか剣をお納め下さい。どうか」
「この場で父と呼ぶことを許した覚えはない、騎士オリヴィア」
「……申し訳ありません、騎士団長殿」
数秒の沈黙の後、オリヴィアの父は武器を納めて騎士の一団へと戻っていく。
「すぐに王都へ帰還する。単独行動による顛末書と処分はそれからだ」
「……まだモルドモルに馬を残しております。どうか、町人を町まで送り届けるついでに連れ戻す許可を」
「……4名つける。町人を届けた後に合流しろ」
「ありがとうございます、騎士団長殿」
深々と頭を下げるオリヴィアを背に、騎士団長は振り返らない。
「盗賊どもは我々が預かる。そこに転がっている者たちを連れてこい」
指示を受けた複数の団員たちが、盗賊たちを次々と連れていく。
傍に立つファルドたちはまるで空気のようで、居なかったものとして事が進んでいる。
最後の1人を連れ、騎士団は颯爽とその場から去っていった。
4人を残して姿を消した彼らを見送った彼女は、ファルドたちのもとへと歩み寄る。
「2人とも、今回は助かったわ。ありがとう」
「おうよ、お前も結構やると思ったが、まさか騎士団長の娘だったとは驚いたぜ」
レクスの言葉に、オリヴィアの顔色が変わった気がした。
「騎士団長ルドルフ――またの名を『戦神』ルドルフ! 娘がいるとは噂で聞いちゃいたが、それが騎士女のことだとは」
「……別にいいでしょう、そんなこと」
「あの、大丈夫?」
「……何が?」
「いや、顔色悪いみたいだけど……」
「別に、何もないわ。それじゃあ、さよなら。また会う機会があれば、その時はよろしく」
そう言い残し、足早に去っていく。
先程の目は、あの時と同じ。
何もかも諦めたような、そんな目をしていた。
「オリヴィア……」
「なーんか、締まらねえなあ」
オリヴィアたちは町人を連れ、その場から姿を消す。
残されたファルドたちは、去っていく彼らの背をしばらくの間眺め続けていた。
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