第9話 覚醒の兆し
両者が向かい合い、己の得物を持ち構える。
レクスは盗賊の頭相手に、大剣の切っ先を合わせる。
オリヴィアとファルドは、取り巻きの盗賊2人とそれぞれ向き合う。
「女と弱そうなガキの相手は任せるぞ。俺はこの生意気なガキをやる」
「頭、男は別に良いが女のほうも殺っちまっていいのか? 一応騎士団なんだろ?」
「は? 関係ねえよ。騎士団だろうが構わず殺せ。まあ売っちまうのも手だが、どうもあの女は気に食わねえ」
「ならいい。殺っちまって構わねえならそれはそれで楽しみ甲斐がある」
「良い声で鳴いてくれよ、女騎士さんよぉ」
下劣な笑い声が響く。
それに対しオリヴィアは、まるで気にも留めていないかのようにファルドへ声をかける。
「実戦経験は無いのよね?」
「え、ああ、うん。ちゃんとしたのは一度もないよ」
「そう。それなら私が2人をまとめて相手にする。だから、合わせられそうな隙があれば攻撃を合わせて」
向けられた言葉は頼もしさを感じるものだった。
だが、ファルドにとってこの戦いは意味あるもの。
自分を変えるための戦いでもある。
守られてばかりでは変われない。
変わるためには、1歩を踏み出す勇気を。
「気にかけてくれてありがとう。でも、大丈夫。僕も一緒に戦うよ。憧れた英雄になるには、ここで1歩を踏み出さなきゃ」
オリヴィアのほうへ顔を向け、言い切る。
彼女は横目でファルドへ視線を移し、すぐさま前を向いた。
「……わかった。でも無理はしなくていいから、危ないと感じたら私の後ろへ隠れて」
表情をはっきりと捉えることはできなかったが、そう言葉にした彼女は笑っていたように見えた。
「じゃ、周りの盗賊の相手は任せたぜ! 相棒、騎士女!」
「貴方って人は本当に人の名前を……!」
「頭は任せたよ、レクス!」
ファルドの言葉に腕を上げて返事をすると、すぐさま盗賊の頭へと駆け出していく。
右から回り込むように距離を詰めるレクスに対し、オリヴィアは左方向へと走り出した。
「ファルド!」
名を呼ばれ、すぐさまオリヴィアと同じ方向へ走り出す。
(互いの戦場の邪魔にならないように間隔を空けたってことか)
見ると、盗賊の頭はレクスのほうへ。
取り巻きの盗賊2人はファルドたちのほうへと動いているようだった。
(お互い邪魔をされないように位置取りをして、1対1の形にしてるんだ)
「ドンズ!」
「おうよ!」
名を呼ばれた背の高い盗賊が前に詰めてくる。
剣を構え直したオリヴィアも、そのまま盗賊のもとへ。
「へへっ」
にやりと、ドンズが不敵に笑う。
違和感を感じたファルドが、奥の盗賊へ目を向けた。
そこには、弓を引き絞った盗賊の姿。
(オリヴィアは気付いて――死角になってるのか!?)
最悪の可能性が頭を過る瞬間、思わず声が出ていた。
「――弓だ、オリヴィア!」
「――!」
ファルドが名を呼んだと同時に矢が放たれる。
放たれたそれはドンズの肩上を通り越し、オリヴィアの頬を掠めた。
「ちっ」
死角からの攻撃に体勢を崩したのか、ふらりと揺れるオリヴィア。
「へへっ、まずは腕の1本もらおうか!」
一気に距離を詰められ、ドンズの剣が彼女の右腕目掛けて振り下ろされる。
しかし、それは空を切る。
代わりに傷がつけられていたのはドンズの右脚だった。
「この女ッ!」
「――ッ!」
2撃目を繰り出そうとした2人が鍔迫り合う。
「やれガンズ!」
既に弓を引き絞っていた盗賊ガンズは、その呼びかけに待ってましたと言わんばかりに口角を上げ。
「綺麗なその脚貰うぜ!」
にやりと笑う盗賊たち。
瞬間、オリヴィアは彼の名を呼んだ。
「――お願い、ファルド!」
ガンズがふと、オリヴィアから目を離し、自らの周りへ視線を移す。
目が合った。
先程までオリヴィアの背後に居たはずの男と。
すぐ、目の前の距離で。
「は?」
まるでなっていない構え方だった。
誰がどう見ても素人の構え。
だが。
「――はあああああッ!」
不器用ながらもその石剣は、ガンズの弓を叩き折った。
「嘘だろっ……」
「たたみ掛けて!」
言われるがまま、無我夢中でもう一撃を浴びせに行く。
「当たれええぇッ!」
「待っ……」
勢いよく振りかぶった大振りの横薙ぎ。
戦いなれた猛者であれば避けることなど容易いような攻撃。
しかし、けして猛者とは呼べない盗賊相手。
しかも、不意を突かれて動けない相手であれば。
「ぅぐ――」
衝撃で吹き飛ばされたガンズは、3歩ほどよろめいた後にその場に倒れこむ。
「――よぉぉしっ!!」
勝者の雄たけびが響く。
数日前のミノタウロスの時とは違う。
初めて。ファルドが勝者になった瞬間だった。
しかし、まだ戦いは終わっていない。
(あとはオリヴィアと戦ってる盗賊を叩く!)
すかさずオリヴィアのもとへと向かおうとする。
そんな彼の脚が止まった。
(ああ、そうか)
ファルドの視界に映ったのは、鍔迫り合う2人の姿――ではなく。
ドンズの剣を打ち上げ、流れるような3連撃を繰り出していたオリヴィアの姿がそこにあった。
打ち上げられた剣が地に落ちる時には、既にドンズは地に伏した後だった。
(あれが騎士団の……オリヴィアの実力か)
たった3撃。されど、3撃。
僅かな間の剣捌きに、ファルドは魅入ってしまっていた。
レクスのように豪快な剣捌きではない。
それでも、完成されたような技術に圧倒された。
(レクスのような豪快な剣捌きと、オリヴィアのような綺麗で正確な剣捌き……どっちも扱えたら、それは凄く――)
「ファルド、お疲れ様。さっきは助かったわ、ありがとう」
「いや、こっちこそ。オリヴィアが引き付けてくれなかったら、こんなに上手くいかなかったよ」
「……とはいえ、あの剣術は直したほうがいいわね。あまりにも素人が過ぎるもの。独学を貫くにしても、ある程度は剣を習ったほうがいいわ」
(その通りだから何も言い返せないな……)
「――だけど、貴方の気合いの込められた一撃、あれは良かったと思う。それに、動き出しもね」
「あ、ありがとう、オリヴィア!」
自らの働きを認められ、ファルドの表情が緩む。
それを見たオリヴィアも、僅かに表情を緩ませていた。
「さて、あとは……」
感傷に浸るのも束の間、オリヴィアが遠くを見つめる。
その視線の先にいるのは、レクスと盗賊の頭。
(喜んでいる場合じゃない。まだ戦いは終わってないんだ)
ファルドが剣を構えながら1歩前に出る。
しかし、反対にオリヴィアは剣を鞘に収め、先程倒した2人の盗賊のもとへ歩き出す。
「もう勝負は決まったようなものね。あとは彼に任せて、私たちは盗賊を縛りましょう」
そう言われ、もう1度レクスのほうへ視線を移す。
よく見ると、レクスは炎を纏わずに口角を上げている。
対して、盗賊の頭のほうは消耗が激しいのか、肩を大きく動かして呼吸していた。
(加護の力を使ってない? 盗賊の頭は疲れきってるように見えるけど、レクスはまだ本気を出してないのか?)
「ほらほらどうした! 威張ってた割には盗賊の頭なんてこの程度かよ!」
「くそッ、なんだお前は! 一体何なんだ!」
盗賊の頭が声を荒げる。
「向こうも終わったようだし、こっちもそろそろ終わらせようぜ」
レクスはものともしない顔で盗賊の頭を睨み返す。
直後、彼の周りを火の粉が舞い始める。
「な、なんだお前。まさか、まさかお前ッ――神子か!!」
「炎よ」
火の粉が弾け、炎を帯び始める。
「纏え」
燃え盛る炎が大剣を包み、レクスはそれを盗賊の頭へと向けた。
「くそッ!」
瞬間、盗賊の頭は手に持つ何かを地面へと叩きつける。
その直後、何かが破裂する音と共に黒い煙が広間中を包んだ。
「やべっ、しまった!」
レクスの声が聞こえた時には、辺りが煙で包まれ何も見えなくなっていた。
(煙幕!? まずい、どこに誰がいるのかわからない!)
「レクス! オリヴィア! 無事!?」
「ええ、大丈夫!」
オリヴィアからの返事が聞こえるとともに、レクスが大声を上げる。
「声出すな、馬鹿! 敵に位置知らせてどうすんだ!!」
「あ」
気付いた時には、もう遅かった。
煙が晴れ始め、視界が徐々に開けてきたときには、それはもう起こっていた。
オリヴィアの背後に佇む1つの影。
「――オリヴィア!」
「――え」
振り返る彼女と、振りかざされる剣。
咄嗟に剣を抜こうと手を伸ばした彼女だが、ふらりと体がよろめいた。
そのまま、ぺたんと尻もちをつく。
「これ、は……毒ッ……!?」
「恨むんなら矢を避けきれなかった自分を恨むんだなァ!」
先程戦った時に受けた頬の傷。
傷を付けた矢に毒が仕込まれていたのだろう。
「間に合わねえッ……!」
レクスの声が聞こえる。
(ああ、駄目だ。間に合わない)
オリヴィアのもとへと駆け出していた脚から力が抜ける。
悟ってしまった。これから起こる惨劇を。
「間に合うわけないだろ!」
口角を上げた盗賊の頭。
それを見るオリヴィアの表情は――。
「――っ」
怯えていた。
正確に言えばファルドの目にはそう映っただけ。
だが、彼の灯を燃やすには十分だった。
力の抜けた脚を無理やり前へ進ませる。
届かないとわかっていても。己の手を伸ばす。
ただひたすらに、希望を抱いた。
必ず届くと。
「お前だけでも死ねッ!」
無慈悲にも、剣はオリヴィアへと振り下ろされる。
到底、間に合う距離ではなかった。
(絶対に、守る!)
瞬間、伸ばした左腕が淡く輝いた。
その輝きは、オリヴィアを守るように大きな壁を形成した。
それはまるで、光の盾のような。
「え――」
彼女へ向けて振り下ろされた剣は、その盾に阻まれて止まる。
「光の、盾……?」
目の前で起きた光景に、オリヴィアは呟くことしか出来なかった。
「な、なんだこれは! くそ、動かねえ! 誰だ、こんなことした奴はァ!!」
「魔法……いえ、これはまさか――」
オリヴィアの言葉に、ハッとした表情でファルドを睨む盗賊の頭。
そんな彼も、手を伸ばしたまま自らが起こした現象を理解できずにいた。
だが、その腕は微かに光を帯びていた。
「お前、お前かァ!」
「――やるじゃねえか、相棒」
怒りを露わにした盗賊の頭。
しかし、その背後には炎を纏った男の姿があった。
「しまっ――」
「遅えッ!」
一撃。
炎に包まれた盗賊の頭は、地面へと強く叩きつけられ動かなくなった。
「これで全員、終わったな」
その言葉に、張りつめていた緊張が一気に解かれ、ファルドの体から力が抜けていく。
力なく座り込んだ彼の腕からは、何事もなかったように光が消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます