第8話 志は灯に変わり


「炎よ、燃やせ!」


 レクスの言葉と同時に、どこからともなく現れた炎が盗賊たちを襲う。

 

「な、なんだこいつらっ! あ、熱ぃいいッ!」


 1人、また1人と炎に焼かれた盗賊たちが倒れていく。


 これで7人。

 捕まえた盗賊の話が正しければ、残っているのは6人のはずだ。


「あと6人ってところか?」


「ええ、この男の話が正しければだけれど」


 睨むように視線を盗賊へと向けるオリヴィア。

 まるで竜にでも睨まれたように怯える盗賊は、首を何度も横に振り疑いを否定していた。


「おお、恐っ」


「何か?」


 余計なことを呟いたレクスも同じように睨まれるが、そっぽを向いて知らん顔を通していた。


「オリヴィア、信用できないのはわかるけど……」


「……最悪の事態を考えるべきよ。これが罠だとしたら、どうなるのか」


「それは、確かにそうだね……ごめん」


 盗賊の話が正しい確証なんて無い。

 ただ、悪意が感じられなかったという理由で、2人は信じて動いてくれている。


 もしもの事を考え行動してくれているオリヴィアに、ファルドは申し訳なさを感じた。

 

 だが、しばらくして返ってきた答えは意外なもので。


「……一時的なものとはいえ、今は一緒に行動する者同士でしょう。だから、別に貴方を信用していないわけじゃないわ」


「オリヴィア……ありがとう」


「ほらほら2人さん。話済んだらさっさと行くぞ」


 再び遺跡の中を進んでいく3人。


「にしても、この遺跡はあんま複雑じゃねえな」


 レクスの言葉に、オリヴィアが頷く。


「複雑じゃないから、見つかったら厄介ね」


「確かに分かれ道とか見なかったけど、他の遺跡はそうでもないの?」


「そりゃもう複雑のなんのって、なあ?」


「どうして同意を求めるのよ……。貴方、もしかして説明下手だからって私に振ったの?」


 へらへらと笑いながら、オリヴィアと目を合わせようとしないレクス。

 

(あの顔は図星なんだな……)


 そう思ったファルドと同意見だったのか、オリヴィアはため息を吐く。


「分かれ道は勿論、階段を登ったり降りたり、道が4つや5つに分かれてるなんてこともあるらしいわ。遺跡の規模が大きければ大きいほど、より複雑さは増すそうよ」


「ということは、今いる遺跡って他と比べると小さいってことだよね」


「ま、そういうことだ!」


「いや、レクスが得意気に言うとこじゃないでしょ……」


 思わず指摘してしまうファルド。

 そんな様子にまたもやオリヴィアがため息を吐く。

 

「あまり遺跡に潜る機会ってないでしょうから、覚えておいて損は無いかもしれないわね」


「うん、そうするよ」


 呆れ顔で答える彼女に向けて相槌をし、話を終える。

 それと同時に、レクスに担がれていた盗賊が何か話したそうにもごもごと唸り始めた。


 レクスたちもそれに気づいたようで、周囲を警戒しながら盗賊の布を外した。


「こ、この先に捕虜を閉じ込めておく牢屋への入口があるっすよ!」


「ほお、ちゃんと報告してくれんのか」


「だ、だってあんたら、報告しなかったら殺すでしょ!? まだ死にたくねえから報告はするっすよ!」


「オレは殺さねえ。だがこいつが殺すがな!」


「いい加減にしてもらえる?」


 指さした先のオリヴィアが薄ら笑いのままレクスを睨んでいた。

 すっと指を下したレクスは、そそくさと先へ向かう。


 しばらく一本道を進み、大広間のような開けた場所へと出る。

 まばらに松明が置かれているおかげで、奥の方まで見渡せるほど明るい。


 そんな広間の奥に見えるのは、先程盗賊が話をしていた牢屋の入り口らしき鉄格子。


 3人はそのまま奥の鉄格子へと足を運び、その隙間からレクスが中の様子を覗く。


「だめだな、こっからじゃあ何も見えねえ」


「ここはただの入口で、この先の通路をまっすぐ行った突き当りにいくつかの牢屋があるっすよ!」


「そう。ここを守る盗賊は何人?」


「3人っす!」


「3人か。なら騎士女、オレに付き合え」


 そう言って、レクスはオリヴィアへと視線を送る。


「誰が騎士女よ。私にはちゃんとオリヴィアっていう名前が……」


 気に食わなそうにブツブツと小言を言いながらも、オリヴィアは腰に携えた剣に手をかけた。


「へいへい。相棒、お前はここで盗賊を見張ってろ」


 言い終えるよりも前に、レクスは担いでいた盗賊をその場へと降ろす。


「わかった。誰か来たらすぐに呼ぶよ」


 その言葉にレクスは手を挙げて返事をすると、オリヴィアと共に鉄格子の先の暗闇へと消えていった。


(大丈夫、大丈夫だ。誰か来たってすぐに助けを呼べば大丈夫)


 残されたファルドの心情は不安でしかなかった。

 敵地の中で、1人きり。

 傍らには縛っているとはいえ敵である盗賊が1人。


 不安材料としては十分なほどだ。


 壁に寄りかかり、横目でちらりと盗賊を流し見る。

 縛られたままおとなしく腰かけている様子を見るに、やはり何かをしようとする気はないらしい。


(やっぱり何もする気はなさそうだよな)


 視線を戻し、虚空を見つめる。


(さっきのあれ、なんだったんだろう。この人の話を聞いている時、不思議と悪意を感じなかったのはどうして……)


 捕まえた当初、盗賊の話を恐らく誰も信じてはいなかっただろう。

 ファルドを除いては。


 彼は、最初から盗賊の話が本当であると。

 嘘を吐いてはいないと感じていた。


(それにレクスもレクスだ。僕のこんなふざけた話をすぐに信じるなんて……)


 悪意を感じない。

 本人もよくわかっていないただそれだけの理由で、ファルドの言葉を信じていたようだった。


 警戒心が無いのか、楽観的なのか。

 何にせよ、レクスは他の人とは考えがずれているのだろう。


(それとも、レクスも感じていた、とか)


 その可能性を考え始めれば、何時まで経っても終わらない。

 考察したところで何も変わらない。

 そう思ったファルドに、声がかかる。


「兄ちゃん、ちょっといいっすか」

「え、ああ、どうぞ」


 縛られたままの盗賊からの問いかけに、驚きながらも返事をする。

 一体何の話なのだろうかと、そう身構えるファルドの耳に入ったのは思いがけない言葉で。


「さっきは信じてくれて助かったすよ。まさか盗賊の俺の言うことを信じてくれるなんて思わなかったっす」


 感謝。

 まさか、捕まえた盗賊からそんな言葉が聞けるとは思わなかったため、戸惑ってしまう。


「それは何というか、あんたから悪意を感じなかったから……っておかしなこと言ってるのはわかってるけど」


 考えが纏まらないまま、言葉を返す。

 彼自身、よくわかっていないのだ。


 何故、自分がそう思ったのか。明確な答えもない。


「さっきも聞いてたっすけど、よくまあそんな理由で受け入れてもらえたっすね。逆の立場なら信じないっすよ」


「いや、うん。普通はそうだと思うよ。僕もあんなにあっさり信じてもらえるだなんて思わなかったから」


「なんにせよ! 兄ちゃんのおかげで助かったのには代わりねえっす! ありがてえっす!」


「どういたしまして。でも、しっかり王都の人に引き渡すと思うから覚悟はしておいてね」


「もちろんす! 最近の団連中は酷かったんで、こうなって当然っす!」


 盗賊団の1人とはいえ、思うところはあったらしい。

 男の口ぶりからするに、昔はこんなことをするような盗賊たちではなかったのだろう。


「みんな、捕まってやり直すべきなんすよ!」


「――そいつは俺の事も含まれるって事だよなぁ、ええ?」


 広間に響いた大声。

 その声に返ってきたのは感情が込められていないような男の低い声だった。


「っ!」


 声がした方へ咄嗟に体を向ける。

 先程、ファルドたちが進んできた通路の入口に、それは居た。


 他の盗賊たちのようなみすぼらしい服装ではなく、戦利品とでも呼べるような良質な外套を身に纏った黒髪の男。

 

(まずい、話し込んでて全然警戒出来てなかった!)


 隣の盗賊との話に気を取られ、声を掛けられるまで気が付かなかった。

 やはり盗賊の罠だったのかとも思うファルドだったが、隣の盗賊の顔を見るにどうやら違うようで。


「お、お頭……!」


 怯えたような表情で男のことを呼んだ。


「随分と仲良さそうに話し込んでんじゃねえか、ケビン。そいつはなんだ、お前のお友達か?」


「お、お頭。この人は……」


「侵入者だろ、俺たちを捕まえに来た。侵入者はどうするんだ、ケビン。殺して入口に吊るし上げるって決まりだったよなぁ」


 静かに、だが殺気に満ちたような声が響く。

 ケビンと呼ばれた盗賊は、震えたまま何も発さなくなった。


「それがどうして、お前が縛られて、こんなガキが自由に動いてやがる。おかしいだろ、なぁ」


 男が後ろに控えていた仲間に合図を送る。

 合図を送られた仲間の盗賊は、手に持ち構えた弓に、ゆっくりと矢を準備する。


 そして、弓から放たれた鋭い矢は、まっすぐにケビンと呼ばれた盗賊の喉元へと突き刺さった。

 呻き声を上げながら数秒。一呼吸ほどの時間で、先程まで元気に話していた男が動かなくなった。


「今までご苦労ケビン。本当に使えない奴だったよ」


 吐き捨てるように言った台詞に、感情は込められていないようだった。


「な、仲間なんだろ……! どうして、こんな……!」


「仲間? 何言ってんだお前。生きるか死ぬかのこの世界、そんなの邪魔なだけだろ。これだからガキは……」


(これが盗賊……魔物なんかよりよっぽど残酷じゃないか)


「次はお前だ。やれ」


 先程と同じ男が、弓に手をかける。


 ファルドの心拍数が一気に上昇する。

 頭も真っ白になり、何も考えることができない。


 次の瞬間、矢が放たれた。


 ――その時、ファルドの視界を大きな剣が塞ぐ。

 矢を弾く音が鳴ると、ゆっくりと視界が開いていった。


「だいぶ危なかったんじゃねえの?」


「レクス!」


 そこに居たのは、赤腕と呼ばれる男の姿。

 

「悪ぃな、ちょっと時間かかっちまった」


 レクスは口角を上げ笑うと、瞬時に表情を戻す。


「ファルド、無事?」


 遅れて現れたオリヴィアは、ファルドのもとへと駆け寄り声をかける。


「うん、僕は大丈夫。だけど……」


「……そう」


「酷ぇことしやがる」


 ケビンと呼ばれた盗賊の姿を見て、レクス達は事態を悟ったようだった。


「……お前らで全員か? 舐められたもんだな、この俺相手にガキ3人とはなぁ。いや、そもそも騎士団でもないのか? くそ、偽情報掴ませやがって」


「いいえ、騎士団ならここに1人いるわ」


「は? おいおい、なんの冗談だそりゃあ。騎士団のガキ、しかも女ごときが1人で? 舐め腐ってやがるのか、おい」


 男の言葉に、一瞬だがオリヴィアの雰囲気が変わった気がした。

 本当に一瞬でわからなかったが、それは殺気のような。


「はあ、くそが――殺せ」


 盗賊たちの雄たけびが、遺跡内に響く。


「俺は盗賊の頭をやる。残り2人は頼むわ!」


「――ええ。あわせて、ファルド!」


 もう一度、覚悟を決める時が来た。

 ここがきっとファルドにとって必要な、自らを変える為の1歩目だ。


「……よし、やろう!」


 英雄になるための第1歩。

 覚悟を決めた彼の心に、小さな灯が宿った。



 

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