第7話 遺跡侵入


 月が沈み、暗闇が徐々に明るさを取り戻している頃。

 木々や茂みの陰から、遠くの様子を眺める3人。


「あれが例の遺跡だな」


 3人の視線の先には、古びた柱や崩れた建造物が所々に散りばめられた広場。

 その中央にはポツンと佇む扉のない建造物があった。


「大きさはモルドモルの町長さんの家くらいだけど、盗賊団が潜んでいるにしては小さいよね」


「ありゃあただの入口だろ。おそらく地下に遺跡が広がってんのさ」


「そうね、遺跡の中では珍しい事でもないわ。寧ろ、大半の遺跡がそうよ」


 伝記に描かれる遺跡は、ここまで詳しい事は記されていない。

 書物で知るのと、実物で知るのでは全く違うのだとファルドは感心していた。


「そうなんだ。レクスはともかく、オリヴィアもこういうのに詳しいんだね」


「ええ、騎士団員として知識を集めるのは当然のことだもの。それに、知識を持っていて損は無いから」


「へえ、すごいなぁ。良ければ今度、僕にも色々教えてくれないかな?」


「機会があれば考えておくわ。それよりも、今は目の前の事に集中した方がいいわよ、ファルド」


「そうだね、ごめん」


 オリヴィアは周囲を警戒しながら、少しづつ遺跡へと近づいていく。

 先程彼女に言われたように、ファルドは意識を盗賊団に向ける。


 今から始まるのは遊びでも旅行でもない。

 町を襲った盗賊団の討伐であると、もう一度意識を改めた。


 そんな中、先程の2人のやり取りを見ていた男が。


「なあ、お前ら夕べに何かあったのか?」


「え! なんだよ急に」


 レクスから唐突に降られた話題に、ファルドの声が上ずる。 


「何だよも何も、明らかにあかしいだろ。見張り交代の時に謝ってくるし、いつの間にかお前は敬語使ってねえし、おまけに呼び捨てだしな」


「……別に何もないよ。ただ、少し信用されたんだと思う。多分」

 

 夕べの事を思い出しながら、レクスへと伝える。

 

 多少信用してもらえたのだろうが、結局悲しそうな目をする理由は聞けなかった。

 あの時見た笑顔をそれっきりで、今の今までそれらしい表情は見ていない。


(悪い人じゃないのは確かなんだけど、やっぱりよくわからない人だな……)


 少しは仲良くなれたのかもしれないと夕べまでは思っていたが、相変わらず彼女の言葉には冷たさを感じる。

 もしかしたら不器用なだけなのかも、などと考えるファルドの隣でにやけるレクス。


「ま、何でもいいがお前も手ぇ出すの早いなぁ」


「手を出す……って、いや、だから僕はそういうつもりじゃ!」


「わかったわかった! 頑張れよ、少年!」


「2人とも、じゃれてないで集中して! それで、見たところ入口に人影は見当たらないわ。警戒しながら近付きましょう」


 オリヴィアの喝に、レクスは二つ返事で歩いていく。

 ファルドもため息を吐きながら、2人の後を追って森を抜けた。


 崩れた建造物に身を潜めながら、遺跡の入口へと近づいていく。

 

(崩れていたりするけど、跡を見る限り結構大きな遺跡だったのかな。広場も随分と大きいし)


 草に覆われ、今は見る影もない。

 だが、レクスたちが話していた入口と思われる建造物の周囲には、あちこちに跡が残っている。

 柱だったり、塀だったり。それらの物を含めれば随分と広い遺跡だったのだろう。


「それにしても、明け方とはいえ見張りがいないのはどうしてなんだろう?」


 ふと、素朴な疑問を口に出す。


「さてな。ただの馬鹿か敵を誘い出すための罠かそれとも――」


「余程、腕に自信があるかどうかね」


 遺跡の入口へと近づき、レクスとオリヴィアが顔を覗かせて中の様子を探る。 

 それに続き、ファルド自身も顔を覗かせる。


「罠らしいものは見当たらないわね」


 3人の視界の先には、下り階段。

 音は聴こえてこないが、壁沿いの松明が灯っている。

 

(松明に火が……。ということは、この先に盗賊団がいる)


 急に心臓の鼓動が早くなる。

 初めての遺跡。初めての対人戦。その実感が沸いて、緊張に変わった。


「よっしゃ、行こうぜ。とっとと盗賊討伐して、王様に会わねえとな」


 レクスはそう言うと、臆する事無く階段を下っていく。

 そんな彼が発した言葉が気になったのか、オリヴィアが。


「陛下に? 貴方たち、どういう目的で討伐依頼を引き受けたの?」


「なんだよ、終わってから聞くんじゃなかったのか?」


「それは、そうだけれど……」


 底の見えない直線階段を3人は下っていく。

 ぱちぱちと舞う火の粉が妙に響く中、レクスが口を開いた。


「呪術師って、聞いたことあるか?」


「呪術師……。いいえ、無いわ」


 彼女の答えに、「そうか」とどこか残念そうな声で返事をするレクス。


「オレはそいつを探してるんだ、ずっとな。ここに来たのも、そいつの話を王様から聞く為なんだよ」


「陛下がその呪術師を知っているという事?」


「どのくらい最近かは知らねえが、王様と謁見したって話だ。だから直接話を聞きたくてな。そしたら謁見を取り次ぐから盗賊を討伐してくれってオスカーに言われて、ここに来たって訳よ」


「岩鴉の盟主とも知り合いだなんて、貴方は本当に何者なの?」


 オリヴィアの問いに、レクスは小さく笑った。


「何者でもねえよ。オレはただのレクス。それ以外の何者でもねえんだ」


 前を往くレクスの表情は見えない。

 彼の言葉に違和感を覚えながらも、ファルドは階段を下り進む。


「お前ら、止まれ」


 レクスの言葉に、ファルドとオリヴィアがぴたりと足を止める。

 足を止め、辺りが静寂に包まれると何かが微かに聴こえてきた。


(これは、話し声か?)


 この3人ではない、別の誰かの声。

 何を話しているかはわからないが、確かに聴こえる。

 

「もう少し近づくぞ」


 足音を立てないように、ゆっくりと下りていく。

 声に近づくにつれ、階段の終わりも見えてくる。底まであと数段というところで、声がはっきりと耳に届いた。


「――俺たち、いつまでここに立て籠ってればいいんだろうな?」


「さあ? お頭がああ言ってんだから仕方ないんじゃないすか」


 聴こえてきたのは2人分の声。


「最後に町を襲ってから半月が経つんだぜ? いい加減ここに留まってんのは危ねえんじゃねえか」


「確かに。お頭が言ってた騎士団って奴らもいつ来るか分かりませんしね」


 彼らの正体は、会話の正体からすぐ察することができる。

 間違いなく、盗賊団だ。


(本当にいた……! あれが盗賊……!)


 抑えていた鼓動が早まっていく。

 漏れ出そうなほど大きく脈打つ音を隠すように、胸に手を当てる。


「ねえ、大丈夫?」


 耳元で囁かれた言葉に、ファルドは大きく頷く。


(落ち着け。大丈夫だ、きっと大丈夫。ミノタウルスの時だって上手くやってみせたんだ。集中しろ)


 心の中で何度も自分にそう言い聞かせる。

 これからこういった場面と遭遇する機会は多くあるのだから、慣れるのなら今しかないのだ。


 そんなファルドに対し、レクスが小さな声で一言。


「見てろ」


 そう言い残し、レクスは声のする方へ顔を覗かせる。

 確認し終えたのか、こちらへ顔を戻すと小さく頷き、指を2本立てた。


(指を2本……2人ってことか?)


 行動の意味をファルドが理解したと同時に、レクスが素早く通路へ飛び出した。

 

「えっ」


「ちょっと……!」


 思わず声を上げながら、レクスが飛び出していった通路へと顔を出す。


「――炎よ」


「……あ? あ、ああ! てっ、敵――」


「焦がせ!」


 レクスの姿を見た盗賊が声を上げる前に、炎によって包まれた。

 

「纏え」


「な、なんだお前――」


 いつの間にか、レクスの持つ大剣に纏わる炎。

 その剣はもう1人の盗賊へと吸い込まれるように伸びていき、素早い動きで斬りつけた。


 断末魔さえ聴こえないまま、2人の盗賊が地へ伏した。

 

 レクスが大剣を背に戻すと、辺りの炎が跡形もなく消え去る。

 盗賊を包んでいた炎さえも、音を立てずに鎮火された。


 その一連の光景を目の当たりにしたファルドの口は開いたまま。

 呆然と、立ち尽くす。


(凄い。これが、神子の力……)


 改めて見る神子の力に、思わず見惚れてしまっていた。


「これが加護の力を利用した戦い方ってやつだ。ま、もっと綺麗に扱う奴もいるし、あくまで一例だけどな!」


「急に飛び出していかないで……。もう少し作戦ってものがあるでしょう……」


「いやぁ、悪い悪い! 2人くらいなら余裕だと思ってよ!」


「そういう問題じゃなくて……はあ、まあ良いわ。それで、2人とも死んではいないでしょうね?」


「加減したから多分死んじゃいねえと思うぜ。多分な!」


 悪戯っぽく笑うレクスにため息をついたオリヴィアは、地面に突っ伏している盗賊に近づいて手首を掴む。

 その状態のまま、数秒程じっとしていた彼女は安心するように口を開く。


「……良かった、まだ息があるわ。そっちはどう?」


 もう片方の盗賊に近づき、レクスが同じように手首を掴む。


「こっちもまだ生きてるぜ」


「なら、どちらかから情報を聞き出せるわね」


 オリヴィアは道具袋の中から太めのロープを2本取り出すと、1本をファルドに差し出した。

 

「はい、ファルド。このロープで片方の盗賊を縛ってくれる? 縛り方が分からなければ、私かそこの突撃男に聞いて」


「誰が突撃男だ、おい」


「うん、わかったよ」


「ええ、よろしく」


「流すな! ――ったく、オレが見てやるから縛ってみろ」


 レクスの側に倒れている盗賊の身体を起こし、ロープを身体に巻きつける。

 身体に3周ほど巻きつけたところで、レクスが呟いた。


「おい、相棒」


「うん、何?」


「さっきの力の使い方、忘れんなよ。あれが基本だ」


「基本って、何が?」


「神子の力――つまり加護は自然に発動するもんじゃねえ。必ず発動前の呼び出しが必要なんだ。覚えとけよ」


 その表情は真剣そのもので、茶化しているわけではないとわかる。


(発動前の呼び出し……? さっき言ってた『炎よ』とか、そういうのか?)


 先程の一瞬の戦闘。レクスが何かを言葉にしてから、炎が現れていた。

 その言葉がきっかけとなって神子の力を発揮しているという事なのだろう。


「『炎よ』だとか『纏え』とかって言ってたやつのこと?」


「おう、それだ。加護によってきっかけになる言葉は違うんだぜ」


「でも、どうして急にそんなことを僕に? 僕にとっては関係のないことだと思うんだけど」


 ファルドの問いかけに、レクスは小さく笑った。


「お前にとって必要な事だからだよ。それにこれから先、神子と戦うなんて日が来るかもしれねえんだ。神子についての情報は持ってても損はねえだろ」


「神子と戦う? そんなことあるのか?」


「あくまで来るかもって話だっての。未来なんてわかんねえんだから用意しといて損はねえだろって、な!」


「それは、確かに……」


 何故だか言いくるめられたように感じたファルドだったが、レクスは話は終わりだと言わんばかりにロープを奪い取る。

 

「こっからはオレが縛ってやるよ」


 慣れた手つきでロープを結び、あっという間に盗賊を縛り上げてしまう。

 

 先程の話はレクスが言葉足らずなだけなのか、何か深い意味があって言ったものなのか。

 彼の真意は分からないままだ。


「――2人とも、盗賊が目を覚ましたわ」


「お、こっからは拷問の時間だな! ……いいか、相棒。さっきの忘れんなよ」


 そう言って、レクスはそそくさとオリヴィアのもとへ向かっていく。

 

(いったい、何が言いたかったんだろう)


 そう思いながら、ファルドも2人のもとへと駆け寄った。


「さて――潔く情報を吐いてくれれば、これ以上手荒な真似はしないわ。だけど……」


「声出して仲間を呼ぼうとしてみろ。今度こそ死ぬぜ」


 盗賊と同じ目線で問い詰めるオリヴィアと、大剣を引き抜いて圧を掛けるレクス。

 そんな2人に、盗賊は引きつった表情で何度も無言で頷いた。


「まずは、貴方たちがモルドモルを襲った盗賊団なのよね? 何人の集団なの?」


「そ、そうっす。人数は15人」


「捕らえた住民はどうしたの? モルドモルを襲った目的は何?」


「住民は、何人かに分けてどっかに運んでるっす。どこに運んでるのかは知らないし、襲った目的も知らねえっす」


 そう言葉にする盗賊の喉元に、レクスの大剣が向けられた。


「知らねえ知らねえで通ると思ったら大間違いだぜ」


「ほ、ほんとに知らねえんすよ! 俺たちはただ頭に付き従ってるだけなんすよ!」


 知らないふりをして時間稼ぎをするつもりか、死んでも仲間を売らないつもりか。

 考えられる理由はあるが、ファルドは盗賊の言っていることが嘘には聴こえなかった。


「時間稼ぎのつもりなら――」


「あのさ、その人本当に何も知らないんじゃないかな?」


 ファルドの言葉に、オリヴィアが小首を傾げる。


「……どうしてそう思うの?」


「上手くは言えないんだけど、その人から悪意を感じないんだ」


「感じない、ってそんな理由で……」


 疑いの目を向けるオリヴィア。しかし、そんな彼女とは反対に、レクスは大剣を下ろして。


「そうかよ。なら、きっとそうなんだろうぜ」


「……どういうこと?」


「さあな。ま、いいじゃねえの。こいつを信じようぜ」


「……ありがとう。レクス」


 オリヴィアは不服そうに腕を組み、勝手にしてと言わんばかりに一歩下がる。

 代わりにファルドが足を前に進め、盗賊へと近づく。


「知ってることだけでも話してください」


「ああ、ありがてえっす……! 兄ちゃん、あんた良い男になるっすよ!」


 盗賊はほっと一息吐き、知っている情報を話し始めた。


「今まで俺たちは遺跡の中を荒らしても、村や町なんて襲わなかったんすよ。でも最近になって、お頭は人が変わったように町を襲い始めて……人を攫ったりましてや殺しなんてやるような人じゃなかったんす!」


「それに何か心当たりはないの?」


「……一つだけ、最近おかしな連中とつるんでるのを見たっす。そいつらとつるみ始めてから、人が変わっちまったような……」


「おかしな連中? どんな奴らだ」


 盗賊は首を横に振る。

 

「知らねえか。じゃあ、そいつらはこの遺跡に一緒にいるのか?」


「いや、いねえはずっすよ。遺跡の中では見たこともねえし、あいつらと接点あるのはお頭だけなんで」


「という事は、この遺跡にいるのはあと13人って事になるわね」


「ああ、それと。この一階層下にまだ連れていかれてない捕虜が残ってるはずっす。これが知ってる情報の全てっすよ」


 盗賊の情報に、3人は顔を見合う。

 捕虜が残っているのならば、助けに行かない道理はない。


(まだ残っている人はいるんだ。その人たちは何としてでも助け出さないと)


「話してくれてありがとう。終わるまでここでおとなしくしてもらうわね」


 そう言って、オリヴィアは盗賊の口に何かを詰め、その上で口を縛った。

 もごもごと何かを話している盗賊を置いて、彼女は口を開く。


「まずは捕まっている住民を助けに行きましょう。それでいい?」


「ま、捕虜の安全確保が最優先だろうな。ただ、守りながら戦うのはきついぜ。安全確保したら残りを叩きに行くぞ」


「僕もそれでいいと思うけど、臨機応変に対応した方がよさそうだね」


「そうね。ファルドの言う通りに行きましょう」


 3人は一階層下を目指し、足を進め始めた。

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