第5話 遺跡町モルドモル
王都アルベンハイルを出立してから丸1日。
ファルドたちを乗せた馬車は、遺跡町モルドモルのすぐそばまで辿り着いていた。
「さ、そろそろモルドモルが見えてくるよ」
御者の男の言葉に、ファルドたちは荷台から身を乗り出す。
「あれが遺跡町モルドモル……」
「話通り、見た目は普通の町と変わんねえが……遺跡で囲われてんな」
町を中心に、円形に並ぶ遺跡の数々。
どこまでが町で、どこからが遺跡なのか人目では判別できないようだった。
(この遺跡のどこかに、例の盗賊団が潜んでるのか)
荷台の縁を握る力が強まる。
初めての実践になるかもしれない不安と共に、馬車は着々と目的地へと向かっていく。
観光地として有名だからか、人が通りやすいように舗装された道を快適に進みながら、ファルドたちはモルドモルの門をくぐった。
「それじゃあ、私はこの町を観光でもしてこようかな。早く終わることに越したことはないけど、気長に待つことにするよ」
荷台から降りたファルドたちに、御者の男が笑みを浮かべながら告げた。
「何から何まで悪いな。王都まで送ってもらってすぐ運んでもらっちまって」
「なに、気にすることはないよ。どのみちここには来るつもりだったからね」
ファルドたちをここまで運んできたのは、王都までの道のりを共に過ごしたあの御者。
岩鴉の側を偶然通っていたところをファルドが見つけ、今回の話を快く承諾してくれたのだ。
「本当にありがとうございます」
「いやいや、少年の夢の助けが出来て光栄だよ。頑張ってね」
そう言って手綱を引く御者の男に、ファルドは大きく返事をした。
「――にしても、観光地で有名だって聞いてたのに、人通りが少ねえな」
辺りを見渡しながら、レクスは不思議そうにつぶやく。
「そうかな。ラミール村に比べたら充分多いと思うんだけど」
「そりゃ、お前基準だとな……」
「やっぱり盗賊たちと関係あるのかな」
「だろうな。大方、盗賊を恐れて家に閉じこもってんのか、攫われたか」
盗賊といっても、様々いる。
物を盗む者、人を攫う者。あるいはその両方。
(伝記にも、人を攫う盗賊の事は載っていた。そういう人たちの多くは、人を殺すことを何とも思わないような連中ばかりだったな……)
村を出て早々、とてつもない事態に巻き込まれたのかもしれない。
そう思うファルドの背に、冷や汗が流れる。
「とにかく、町長の家に行ってみるとするか。町長に話聞きゃわかるだろ」
大剣を担ぎなおしたレクスは街の中へと進んでいく。
ファルドも平静を装いつつ、彼の背を追う。
そんな時、ファルドの視界の端に映った馬小屋。
そこに繋がれた一頭の馬にどこか既視感を覚える。
(あれ? あの馬どこかで……)
「何してんだ? 置いてくぞ」
「ごめん、今行く!」
駆け足でレクスへ追いつくと、街を見渡しながら2人は歩みを進める。
進むにつれ、ファルドは街の様子に異常を感じ始めた。
壊された家屋や、穴の開いた外壁。窓に木の板を貼り付けて何かから守ろうとしている家も見られる。
さらには、2人に向けられる街往く人々の視線。
その視線は疑いを持っているようなものに見えた。
「なるほど。こりゃあ生温い盗賊って訳じゃあなさそうだな」
「レクス、もしかして僕たちってやばい話に首を突っ込んでる?」
「バカ言え! オレの手にかかりゃあ何でもねえよ。ただ、まあ――気ィ抜くなよ」
町の大通りを道なりに進んでいた2人は、1軒の家屋にぶつかる。
他の家と比べ大きく、立派な塀に囲まれたこれが町長の家だと瞬時に理解できた。
「ここだな? よーし、行くぞ」
敷地の入り口に置かれた呼び鈴を無視し、遠慮なしに敷地内へ足を進めるレクス。
彼に常識というものはないらしいが、ファルド自身も世間の常識を知らない。どうしたものかと考える間にも、レクスは既に玄関扉に辿り着いていた。
(鳴らすだけ鳴らそう……)
そう思ったファルドが呼び鈴に手をかけた瞬間、聴こえてきたのは扉を二度叩く音。
そして、返事もないままにレクスは。
「失礼するぜ」
「ちょっ、レクス! 勝手に入ったらまずいよ!」
家の中へと入っていくレクスを追い、ファルドも中へと足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす……」
申し訳なさそうに言葉にしたファルドの前で、レクスが急に立ち止まった。
「レク――ッ」
顔をのぞかせた先に見えたのは、フードを被った1人の剣士。
その手には長剣が握られ、レクスの首元へと切っ先が向けられていた。
「……おいおい。いきなり人様に切先を向けるなんて物騒な街じゃねえの?」
「貴方たちこそ、勝手に入ってくるなんて非常識な人たちなのね?」
凛とした綺麗な声が家の中に響く。
そんな声にも確かに殺気は感じられ、このままではまずいとファルドが咄嗟に口を開いた。
「勝手に入ってしまったことは謝ります! だけど、すぐに剣を向けるのもどうかと思いますが!」
「……この町の状況を見なかったの? いつ盗賊団に襲われるかわからないのに、勝手に入ってきた怪しい連中を警戒しないはずないでしょう。だというのに、よくもそんな事が言えるのね」
「あ……そ、それは」
剣士の言葉に、ファルドは言葉を詰まらせる。
(確かに、この人の言う通りだ。普通の人なら勝手に家の中に入っていったりはしない。今の町の状況でそれをするのは盗賊団だと思われても仕方がない……)
だというのにも関わらず、先程の言葉を剣士に投げてしまった。
状況を考えて言葉を選べなかった自分に恥ずかしさと悲しさを感じたファルドは、深々と頭を下げた。
「――えっ」
「すみませんでした。さっきの言葉は僕が悪かったです。考えも無しに言ってしまったことと、勝手に入ってしまったこと……謝罪させてください」
「相棒……」
頭を下げながら謝罪の言葉を述べるファルド。
その姿を見たレクスはばつが悪そうに後ろ頭を掻きながら。
「……オレも、勝手に入って悪かったな」
そんな2人の姿に思いもよらなかったのか、剣士は暫く口を開いたまま固まった。
「――もういいのでは? その方々は盗賊団ではないようだからね」
沈黙を破り、家の奥から現れたのは小太りな男。
「……町長さん」
剣士にそう呼ばれた男は、咳ばらいをして。
「私がこのモルドモルの町長、トムだ。貴方がたは同盟の依頼で来てくれたのではないかな?」
「ああ、オレたちは同盟『岩鴉』の依頼で盗賊団を討伐しに来た。ここに来たのは、町長――あんたに詳しい話を聞きたくてな」
「お騒がせしてすみませんでした」
「いいや、いいんだよ。同盟の方々に来てもらえて嬉しい限りだ。それに、彼女もこの町の安全を守る為にしてくれたことだから、私には責める事なんて出来やしないよ」
「彼女?」
構えていた剣を下ろし、剣士はフードを外した。
ふわりとなびく金色の長髪と、隠れていた顔が露わになる。
それは、あまりに綺麗で。
そして、いつしか見た既視感の正体に気が付いた。
「君は、あの時の……」
「? 私の事を知っているの?」
「いや、知っているというか見たことがあるというか……」
「……貴方もしかして、昨日王都の門ですれ違った人?」
どうやら、彼女も気が付いたらしい。
すれ違っただけの一瞬。目が合ったかどうかも定かではなかったあの一瞬で、よくも揃って憶えていたものだ。
そう思いながらも、ファルドは彼女の顔をまじまじと見つめる。
(この人の目……綺麗な翡翠色をしている)
「おや、二人とも知り合いだったのかね?」
「ええ、知り合いと呼んで良いかはわかりませんが」
問いに対する答えと共に、翡翠色の瞳が町長へと向く。
その瞳を見つめながら、あの時感じた違和感を覚える。
(だけど、どうしてこんなにも悲しそうなんだろう)
ファルドにも、その違和感が何なのか上手く言葉には出来ない。
ただ、そう感じただけ。そう思えてしまっただけだった。
(悲しそうにも見えるし、寂しそうにも見える。彼女は一体……)
違和感に吸い込まれるように、彼女へと視線を向け続ける。
熱い視線は当然彼女にも伝わっていたようで。
「……何か?」
「……え?」
「さっきからずっと私の顔を見ていたようだけど、何か?」
どこか不機嫌そうな表情をする彼女の言葉に、ファルドはようやく見つめ続けていたことに気づく。
「え、あっ、ごめん! 何でもないです!」
恥ずかしさのあまり、ファルドは顔を逸らす。
そんな彼を横目に、レクスは呆れ顔を見せながら。
「とにかく、盗賊についての詳しい話が聞きてえんだが」
「おお、玄関ですまなかったね。さ、上がってくれたまえ。中で詳細を話そう」
町長がそう言うと、金髪の女性と共に家の奥へと歩いていく。
その後ろ姿を追いながらレクスが。
「……さっきは悪かったな」
「え……あ、いや。いいよ。僕も呼び鈴を鳴らすべきだったし、言葉を選べなかったから」
二人は同時にクスリと笑う。
張り詰めていた空気が和むと、レクスは「そういや」と口を開き。
「堂々と見すぎだろ。ああいう女が好みってか?」
「べ、別にそんなつもりで見てたんじゃないよ!」
「隠すな隠すな。ああいうお堅そうな女ほど、甘えた時の破壊力が良いんだよな!」
「だから違うって!! ただ……」
「ただ?」
一呼吸おいて、先程感じた違和感を口に出す。
「悲しそうな目をしていた気がして……。上手く言葉にできないけど、光を感じなかったというか」
「……へえ、光ねえ」
ファルドの言葉に、レクスは茶化すのをやめて口を閉じる。
「お二方、どうぞこちらへ」
部屋の入り口で立ち止まった町長に手招きされ、2人は揃って中に入る。
広々とした居間の中央。長テーブルを挟むように配置された長椅子にファルドたちは腰掛けた。
「では、盗賊団について詳細を話すとしよう。と、その前に。まずは彼女の紹介を」
町長の目線の先。ファルドたちとは離れた場所に佇む一人の女性。
「彼女はオリヴィア。王都アルベンハイルから派遣された騎士団員だ」
(騎士団、って確かオスカーさんの話でも聞いたような)
オリヴィアと呼ばれた女性はファルドたちの方を向くと、胸に手を当てて一礼する。
「私はオリヴィア・ヒルデヴラント。アルベンハイル騎士団所属の騎士よ」
一連のしっかりとした動きから、先程の一礼は騎士流の挨拶なのだと理解する。
それが彼女なりの礼儀だと感じたファルドは、その礼儀を返すべく立ち上がり身体を向けた。
「僕はファルド。こっちは旅仲間のレクス。ただの旅人だけど、よろしくお願いします」
頭を下げ、ファルドなりの礼儀を見せる。
隣から聴こえてくる「よろしくなー」という何ともやる気のなさそうな挨拶を聞き終え、頭を上げた。
(レクス……。もう少ししっかり挨拶した方がいいと思うけど……)
そう思うファルドと、オリヴィアの視線が交わる。
「……」
彼女は何も言わぬまま、ただファルドをじっと見つめる。
その瞳は悲しそうで寂しそうな――そしてどこか戸惑いの色が見えた。
「――では、紹介も終えたところで本題に入らせてもらおう」
町長の言葉に、オリヴィアはスッと視線を外す。
ファルドも視線を戻し、長椅子へと座り直した。
「盗賊が現れたのは、およそひと月前――熱日の月のことだ。奴らは突如現れ、街を壊し、物を奪い、人を攫っていった」
この町の被害がやはり盗賊によるものだったと、町長の発言で改めて理解する。
1年は4か月――新明の月。暖風の月。熱日の月。寒冷の月。ひと月を90日で廻る。
今は寒冷の月の中旬。熱日の月から盗賊の被害を受けていたとなると、この惨劇が90日程度も繰り返されていたという事だろう。
「熱日の月って事ぁ90日前か」
「ああ。ここ半月は姿を見せていないが、酷い時は毎日のように襲撃を受けたものだよ」
「盗賊が来てすぐ助けは呼ばなかったんですか?」
「違え。呼ばなかったんじゃねえ、呼べなかったんだろ?」
レクスの言葉に、町長はゆっくりと頷いた。
「勿論、すぐに助けを呼ぼうと王都に人を向かわせた。だが、道中盗賊共に見つかりその者たちは……」
悔しそうに目を伏せる姿で、王都に向かった人たちがどうなったのかを察する事は容易だった。
「す、すみません……」
町長は首を横に振る。
「そして、半月前。盗賊たちが遺跡に閉じこもるようになってから、ようやく王都へと助けを呼ぶことができたというわけだ」
「助け呼んでからそんなに経ってんのに、まだ退治できてねえのは同盟から人が来なかったからか?」
「ああ、同盟からの助けは貴方がたが始めてだ。行商人からの手紙でしばらく人を出せないと言われてね」
「騎士団も人手を割くことが出来なかった。だから、私も騎士団として初めての援軍よ」
ファルドたちに依頼をしたオスカーからも、騎士団は多忙で対応できていないとの話はあった。
彼女が言っていることは嘘ではないということだろう。
「そりゃま、同盟も騎士団もご多忙なこったな」
「……何か言いたいことでもあるわけ?」
「別に何もねえよ」
恐らくレクスは何も考えず条件反射で言葉にしたのだろう。だが、それが彼女にとっては嫌味に聞こえたようだった。
オリヴィアの鋭い眼光がレクスへと向けられる。
彼女の表情から察するに、助けが遅れたのは本意ではなかったのだと、ファルドにはそう見えた。
「とにかく、貴方がた3人で盗賊を退治してくれればこの町は救われる! 改めてお願いしたい。どうかこの町を救ってくれ!」
(この惨状を見て、今更怖気づいただなんて事は言えない。平気でこんな事をするような人たちを許せるわけがない)
この町に来た当初、恐れがなかったと言えば嘘になる。
だが、もう見てしまった。聞いてしまった。
それを見捨てるなんてことは、彼の憧れる英雄たちは絶対にしないだろう。
「――僕たちはその為にここに来たんです。今更帰るなんてことは言えません。そうだろ、レクス」
「ま、退治しねえとオレたちの目的だって果たせねえんだ。やらねえわけねえだろ」
遺跡街モルドモルに来た目的は、盗賊を退治して呪術師の情報を得る事。
だが、ファルドにとってそんなものは二の次だった。
今は、ただこの町を救いたい。
それだけがファルドの身体を動かす原動力となっていた。
「おお、ありがとう! 盗賊たちの根城となっている遺跡は、我が家の裏にある丘を超えていくと見えてくる。どうかよろしく頼んだよ!」
町長の話を一通り聞き終え、見送られながら家を後にする。
敷地外に出たファルドは、オリヴィアに向けて改めて挨拶しようと口を開いた。
「えっと、オリヴィアさん。これから一緒に戦うってことだから、改めてよろしくお願いします」
振り向いたオリヴィアは、片手を挙げ。
「ええ、よろしく。ただ、一つだけ先に言っておくけど、貴方たちと馴れ合うつもりは一切ないから」
それはいきなりの拒絶だった。
思わぬ言葉にファルドの身体と思考が固まってしまう。
「え……えーと」
それに対してレクスは冷静に。
「つまり、連携なんざガン無視で単独行動を取るって解釈でいいのか?」
「ああ、勘違いしないで。単独行動をするつもりはないから、連携が取れるところは取っていきましょう。私が言いたいのは、必要以上に馴れ合うつもりはないって事。戦いに馴れ合いなんて必要ないでしょう?」
「なるほどねぇ」
「必要な物を買い揃えたら、早速遺跡へ向かいましょう。今は少しでも時間が惜しいわ」
そう言い残し、オリヴィアはその場を立ち去っていく。
「……お堅い女だと思っちゃいたが想像以上だな、こりゃ」
「オリヴィアさん……」
先を往くオリヴィアの背を眺めるファルドの頭からは、悲し気な彼女の瞳が離れないでいた。
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