8:ドラゴン肉の串焼きとスジ肉のスープ~良く分からない野草と共に~


「うーん、胡椒が欲しくなるなあ……大航海時代の商人達の気持ちが良く分かるぜ……」


 俺は適度に脂の乗った部位を、シスカに加工して造ってもらった竜爪のナイフで切り、ドラゴンの骨を削って造った串に刺していく。それを竜結晶で起こした焚き火に掛けると、ジュッという肉汁が焼ける音が鳴り、食欲をそそる。


「……じゅるり」


 シスカは無言でその作業を見つめているが、よだれが垂れそうになっている。まあ、指摘するのも野暮ってもんだ。


「肉を焼く匂いって、なんでこうも食欲を掻き立てるんだろうな」


 俺は丁寧に肉の裏表に火を入れながら呟いた。シスカは、毒や寄生虫の類いは検出されなかったので生でも可食できると言っていたが、流石の俺も未知の生物の肉を生で食えるほど豪胆ではない。


「これが調理なんですね。原始的ですが、確かに魅力的です」


 暗くなりつつあるの森の中、焚き火で串焼きの肉を焼いている状況は確かに原始的だ。


 でもなぜだろう。そんな状況ではないのに、なぜか妙にワクワクする。ドラゴンの骨で造った鍋に、近くにあった池から水を入れ焚き火にかけているせいか、その沸騰する音も妙に心地良い。


 その鍋には、硬そうなスジ肉と食べられそうな野草(無毒なのが確認済みでハーブっぽいやつ)を放り込んである。骨の鍋から出汁が出ることを期待しているが、塩もないので味は不明だ。


「原始的なのは仕方ないさ。調味料も器具もないからな。せめて塩ぐらいあればなあ」

「十分美味しそうですよリンド。リンドは料理も出来るのですね」


 シスカが褒めてくれるが、こんなもんちょっとアウトドアかじってる奴なら誰でも出来る。


「私一人なら、生のままかぶりついていたでしょう」


 何となく、生の骨付きに食らい付いている姿が想像できて、俺は思わずこう呟いてしまう


「……メカ蛮族やんけ」

「何か言いました?」

「何も! さ、出来上がったぞ」


 俺は、これまた竜の頭蓋骨を割って造った器にスジ肉スープを盛り、シスカに手渡した。


「良い香りです。ただの水がなぜ……?」

「骨からは出汁が出るからね。肉と野菜……まあこれはただの野草だが、それらからも味は出るからね。塩胡椒あればもっと美味しくできるが――うん、味は薄いが悪くない」


 作った俺がまずは毒味……もとい味見すべきだろうと一口啜ってみた。思ったよりも出汁が出ているのか、それっぽい味にはなっている。現代っ子の俺からすると薄味すぎるが、まあ贅沢は言えまい。


 俺はスプーンみたいに加工した骨を使って、肉を掬ってみる。シスカがそれを見て、真似しはじめた。


「そうか、スプーンも使ったことないのか」

「むっ、使ったことはありませんが、知識はあります」

「そうか。なら、それ上下が逆だぞ。凹んでる方で掬うんだ」

「っ! こ、これはリンドを試しただけです! もちろん分かっていますよ! 形状学からして、こちらで掬うのが合理的ですから!」


 慌てて骨スプーンをひっくり返すシスカを見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。いや、形状学ってなんだよ。


「では改めて……」


 シスカがスプーンでスジ肉とスープを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼しているうちに、その顔が紅潮していく。


「っ!! 美味しい!! なんですかこれ!」


 目を見開いたシスカが俺へと詰め寄る。その顔は必死でちょっと怖いけど、間近で見るとやっぱり可愛いな。


「あはは……気に入ってくれたなら良かった」

「栄養棒の五千二百倍美味しいです!」

「……どういう計算か知らんが、美味しいならまあいいか」

「はい! このお肉? がとろけてたまりません! こんな食感の食べものがあるなんて」

「じゃあ、次は串焼きだ。シェフ四ノ宮が素材の味を活かした作った逸品だぞ」


 つまりただ焼いただけなのだが、まあこれ以上は何もしようがないからな。


 シスカが、焼けた肉を頬張った。


「っ!! なん……もぐ……ですか……もぐ……これは……もぐ……!!」

「飲み込んでから喋ろうな」


 俺は苦笑しながら、目をキラキラさせながら串焼きを食べるシスカを見つめる。言わなくても分かる、きっと美味しいのだろうさ。


 なんだか、初めてのバーベキューで幼い娘に肉を振る舞うパパの気分だ。想像でしかないけどね。


 俺も負けじと串焼きにかぶりつく。


「……っ! あれ? これ美味いぞ……すげえなドラゴン」


 牛肉というよりは鶏肉に近いような雰囲気だが、食べ応えや満足感は和牛の霜降りステーキレベルだ。これちゃんと調味料で味付けしたら、牛よりも美味いかもしれん……。


「こんなに竜族が美味しいとは……ますます狩る意義が出ましたね」

「お、おう」


 串を両手に持っているシスカには、腹ぺこキャラ属性が付与された気がするが、気付かなかったことにしよう。


「ドラゴンが食糧として非常に優秀ということが分かったな。更に骨はあれこれに使えるし」


 ナイフ、串、器、鍋……骨はマジで万能である。皮は余分な肉を剥がして、いくつかの肉と共に風に晒してある。肉は保存食になればいいが、この環境下でどうなるかはやってみないとちょっと分からん。まあ文字通り腐るほど肉はあるので、失敗したところで困らない。


「さて、食いながらで良いからこれからについて考えようか。ラヴィナを起動するって話だが、具体的にどうすれば良いんだ? この島全てがラヴィナなら、とっくにもう触れてままスキルを使っているし、起動していてもおかしくないが」

「ラヴィナの中枢に行かないとダメかもしれませんね。外側はあくまで外殻ですから」

「なるほどな。中枢となると、この島の中へと潜っていかないといけないわけだ」

「はい。ここがラヴィナ上層だとすると、中枢まではそれなりの距離になりますが、その程度の案内ならば私が出来ます」

「そりゃあ朗報だ。だがいずれにせよ、ちょっと準備が足りないな」


 俺はシスカが無言で差し出す器にスープのお代わりを入れながら、考える。


 ラヴィナ内部の調査は必須だが、前準備はしといた方が良いだろう。万が一内部で迷子になって、水と食糧が尽きた結果ミイラに、なんて結末は嫌すぎる。


「ですが、ラヴィナ内部にいけば、中枢にアクセスしてデータの収集もできますし、攻撃兵装や機動兵器を発見できれば戦力は大幅に上がります」

「うようよとドラゴンがいるとなると、武器の確保は大事だな」


 そうして俺達は雑談をしつつ、食事と片付けを終え、少しだけ距離を置いた場所で寝転んだ。ちらりと横目でシスカを見ると、彼女は格納庫の割れた天井の隙間から見える、綺麗な星空をジッと見つめていた。


「不思議ですね。夜空なんて見上げたことなんかなかったのに……こんなに美しかったんですね」

「そうだな。星座の話でも出来れば良いんだが、さっぱりわからん」

「星座?」

「俺の世界では、星と星を結んで、蟹とか天秤とかを作ったのさ。そういう神話があるんだ」

「興味深いですね……じゃあ、あの星とあの星を繋げて、串焼き座にしましょう」

「あはは、そりゃあ良いな。じゃあ、あっちはスープ座だ」


 なんて俺達は囁きながら、しばらくして眠りについたのだった。

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