4:ドラゴン再び


「えーっと、シスカさん?」

「ううう……なぜラヴィナがこんな緑臭い島に……エクスマキナの栄光はいずこへ……」


 島の沿岸で膝を抱えて座っているシスカは、さっきからずっと島の向こうに広がる空を見つめながらブツブツと何かを呟いていた。


 なんだか親近感が湧くが、いつまでも凹まれていては困る。


「どちゃくそ落ち込んでるのは分かったからさ、とりあえず今後について話し合わないか?」

「……そうですね」


 俺の言葉に、頷くとシスカが立ち上がった。その顔は無表情だが目が完全に死んでいる。


「とりあえずさ、ここがそのラヴィナだとしても、当面の寝る場所とか食料とかを確保しないといけないと思うんだ。なんせ周りには見事に何もな――」


 いや待て。

 シスカはなんか謎パワーでさっき飛べたよな?


 あれ? もう下に降りられるんじゃね? 孤島サバイバル終わりじゃん。


 まあ……下があるかどうかも知らんが。


「なあシスカ、念の為に聞くがこの島の下ってどうなってるんだ? 海? 大地?」

「ラヴィナの現在位置は不明なので何とも言えませんが、この惑星の大地と海の比率で言えば、海の上の方が確率は高いかと」

「あー。でも大地はあるんだな」


 よし、大地があるなら第一関門突破だ。降りたけど、海しかない世界だったら最悪だしな。


「ええ。千年前は、ですが」

「千年?」

「ラヴィナの風化と侵食具合から逆算すればおそらく私が眠りはじめてから、千年前後の時が流れたと推測できます」

「千年か……長すぎてピンと来ないが、その程度では大陸は消えないだろ?」

「ラヴィナが本気を出せば大陸ごと塵に出来ますが?」

「こわっ! なにその対軍兵器どころの騒ぎじゃないやつ!」


 え? 何、この島、そんなヤバいの? そういえばあの砲台も、ロボットアニメでしか見た事ないような極太ビームをブッパしてたな……。


「ふふーん。ラヴィナと私が本気を出せば下界なぞ、一年も掛からず無に帰しますよ」


 相変わらず無表情だが、やっぱり心なしかドヤ顔で胸を張るシスカ。それを見るに、メカ娘のお約束である心が分からないとか、感情がないとかそういうのはなさそうだ。むしろ、感情表現が豊かな方な気がする。


「こらこらそんな簡単に無に帰すな。人だって住んでいるんだろ?」

「そりゃあもちろん。

「へ?」

「千年前に浄化を選択したはずなので、人類は滅び、代わりに創造された者達が治世を行っているはずです」

「待った待った」


 この少女、時々とんでもない事を言い出すから心臓に悪い。


「浄化? 創造? なんそれ」

「……うーん。その知識が欠落しているのですよね。なぜ我々が浄化を選んだのか……何を創造したのか……」

「そこが一番重要だよ!」

「無理矢理起こしたせいですが?」

「すみませんでした」


 俺は素直に地面に頭を擦り付けた。


「冗談です。むしろ感謝しています。この現状を見るに、あのまま永遠に眠っていた可能性がありますから」

「そうなの?」


 顔を上げた俺を、慈悲の眼差しで見つめるシスカさんには、後光が差しているように見えた。

 

 いや、あれは後光じゃなくて――


「ん? どうしたんですか? そんな怪物でも見たような顔をして」

「し、シスカ後ろ!!」


 俺の言葉と共に、シスカが振り向きつつ、右手を前へと差し出した。


「っ!!」


 シスカさんの手から謎のバリアが展開され、俺が後光と錯覚した――を弾き返した。


「ギャルアアアアアアア!!」


 咆吼と共に空からこちらへと強襲してくるのは、黒いドラゴンだった。今度はファンタジーなんかで良くみる、翼の生えたでっかいトカゲみたいな奴だ。


「またドラゴン! もうやだこの島!」


 俺が叫ぶと同時に、ドラゴンが今度は翼に生えた翼爪からピンク色のレーザー光線みたいな奴を何条も放ってくる。


「リンド、動かないでください!――対光学兵器領域展開」


 シスカとその足下で腰をぬかす俺を、バリアが包み込む。そこへ、まるで意思を持っているかのように誘導されたレーザーが殺到した。


「ひいいいいいい」

「……なぜ竜がこんなところに」

「前の奴は雷だし、今度はレーザーかよ! 竜しかいないのかこの島は!」

「前? 前も竜が現れたのですか?」


 レーザーと光球を撃ちまくるドラゴンだが、シスカのバリアの前では何の意味も為していない。


「シェンロ〇ンみたいな奴だよ! ってわからんか! 蛇みたいなので嵐を呼んで雷吐いてくるやつ!」

「嵐を呼ぶ……まさか〝雷嵐の主テュエッラ〟ですか!?」

「名前なんて知らんがな! とにかくそのやべー奴が襲ってきたから、砲台を起動させて、そんでシスカのいたところに落ちたんだよ!」

「その話、あとで詳しく聞かせてください――迎撃します」


 見れば、レーザーが効かないと分かったドラゴンが、直接殴ってやろうとばかりにこちらへと向かってきている。シスカがバリアを解除し、右手を構えた。


 右手に嵌まっていたあの腕輪がヌルリとまるで液体金属のように変化すると、剣の柄のような形状になっていく。しかしその剣には刃がなく、ひどく頼りなさそうに見えた。


「――焦刃展開……ってあれ? あれ!?」


 カチカチとその柄のレバーみたいなのを何度も握るシスカだったが、何も起こらない。


「焦刃剣が壊れてる!? なんで!?」


 焦るシスカ。どうもそれが武器らしいが、壊れているらしい。だが、ドラゴンはもう数秒もしないうちにこちらへとやってくる。


「っ!! シスカ!」


 俺は考えるのを放棄して、その柄を、シスカの小さな手の上から握った。バックハグをしているような格好になってしまったが許してほしい。


 とにかくそれが機械っぽい何かで、しかも壊れているなら――俺が起動させればいいだけだ。


「――起動!」


 俺の言葉と共に淡い光が柄を包み、シスカがトリガーを引いた。


 その瞬間に、柄の先端から赤い光刃が伸びる。それは何とも不吉そうな色で、俺は思わず身震いしてしまう。だけど俺はこれを知っている。


 これはSFでど定番なアレだ! ライトなセーバーでビームなサーベルなやつだ!!


 でも赤色のビーム剣ってたいがい敵が使う色だよね。……いやそんなことはないはず。多分。


「感謝しますリンド、助かりました」


 俺が手を放すと同時にシスカは身体を沈め、地面を蹴った。


「すごっ」


 地面が爆発したかと錯覚するような勢いで飛び出したシスカは、突撃してきたドラゴンの噛み付きをひらりと躱しながら、赤い光刃を一閃。


 その一撃がドラゴンの左目を切り裂いた。


「ギュラアアアアア!!」


 ドラゴンが悲鳴を上げながら翼を打ち、一気に上昇。更に攻撃を叩き込もうとしたシスカを恐れての行動だろう。


「流石に、空中戦は分が悪いですね」

 

 シスカが空の上で、再びレーザーを放ち始めたドラゴンを見て呟いた。


「シスカ! 他に武器はないのか!? あのビームみたいなのとか!」


 俺は慌ててシスカのバリアの範囲内に飛び込んでレーザーを回避する。あっぶねえ、今掠ったぞ!


「今の私には、この焦刃剣以外の武装はありません。あのように空中に逃げられると難しいですね」

「だったらシスカ、ここは一旦森に逃げよう。このままじゃジリ貧だ」

「残念ながらその通りです。我が城を脅かす輩は滅殺したいところですが……今は左目だけで勘弁してさしあげましょう――撤退します」


 シスカが俺の腕を掴むと、その背中に再びあのジェットパックが展開される。


「あ、それはちょっ――ぎゃああああ」


 なんかこの島に来てからずっと叫びっぱなしな気がするな……と薄れる意識の中で、俺は意味も無くそう思ったのだった。

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