3:ようこそ楽園へ

「あー、おはよう?」


 俺がそう声を出すと、少女はゆっくりと首を傾げた。薄青色の長い髪に怖いぐらいに整った顔立ち。中学生ぐらいに見えるが実年齢は不明だ。


「――記憶領域にエラー。貴方は誰ですか?」

「俺は四ノ宮シノミヤ凜人リンド。えっと……君は?」

「――シスカ」


 少女はシスカと名乗った。やはりというか当たり前だが、日本人ではなさそうだ。


「そうか。身体は大丈夫そうか? なんでこんなところで眠っていたんだ」


 聞きたいことは山ほどあるが、無理矢理起こしたようなものなので、彼女の体調が少し心配だった。


「……分かりません」


 シスカは力無く首を横に振った。


「分からない?」

「記憶領域にエラーが発生しています。名前やある程度の知識はありますが、なぜ眠っていたのか、なぜこのタイミングで起きたのかは分かりません。おそらく、緊急覚醒による不具合が一因かと」


 シスカは終始無表情のまま、淡々と語った。


「緊急覚醒?」

「まだ目覚めの時ではないのに、強制的に起こされたせい――と言い換えても良いです」

「あー」


 それって俺のせいじゃん。やはり推測通り、【起動】のスキルは、まずその対象を動かすことが先にあり、その為に必要な部分は最低限直るのだろうが、他はそのままなのだろう。


 だからシスカは俺のせいで不具合が生じたのかもしれない


「すまん! 俺が無理矢理起こしたせいかも」

「……肯定しますが、それだけではなさそうです。どれほどの時間が経過したかは不明ですが、これほどの長い眠りは、流石の私も初めてです。なのでこの事態はある程度想定内」


 そう言って、シスカは右腕に嵌めていた謎の腕輪をタッチした。


「うおっ!」


 バシュッ! という空気の噴射される音と共に、シスカの身体に繋がっていたコードが次々外れていく。


「あ、」


 最後のコードが外れた瞬間に、シスカは身体を支えられずに前のめり――つまり俺の方へと倒れてきた。


「危ない!」


 俺は思わず倒れてくるシスカを抱き止める。ひんやりとした機械部分と、すべすべでほのかな体温を感じる人肌、そしてふんわりと香る甘い匂い。


 怖いぐらいに細く、柔らかい彼女は――やはり紛れもなく女の子だった。


「大丈夫?」

「大丈夫ですリンド。久しぶりすぎて立ち方を忘れていましたが、すぐに補正を――補正完了。駆動に問題無いありません」


 シスカはスッと身体を放すと、そのまま自力で立った。やはり、こうして並んで立つと背や身体付きは中学生程度にしか見えない。だが胸だけは大きいことに気付き、俺は慌てて目を逸らす。


 今さらだが、彼女は機械部分以外は薄い透けた布しか纏っておらず、アレコレが丸見えだ。


「し、シスカさん? その……服とかそういうのはないのかな? ちょっと健全な男子には目に毒というか」

「……この空間に毒物ですか? スキャン開始――終了。空気は清浄です。更に光の類いも視覚毒を生じるような色彩と点滅パターンは検出されませんでした」


 そうじゃねえよ! やばい、こいつ天然系ポンコツメカ娘属性だ!


「そういう意味じゃなくて……女の子ならほら、あんまり露出するのは」


 思ってもいないことを言っています! 露出はあればあるほど良いに決まっている! が流石に中学生らしき子にそれを求めるのはただのロリコンか変態かクソ野郎のどれかだ。俺はそのどれでもないので、紳士的に、何かを着るように促しているだけだ。


「なるほど……生身の部分が露出していて防御能力に不備があると。そうリンドは指摘しているわけですね」

「ぼ、防御力?」

「――エーテルドライブ起動。防御兵装展開」


 シスカの髪が、風もないのにふわりと浮き上がり、赤い光が彼女の身体を包み込んだ。それはやがて鎧のようなパーツになっていき、彼女の身体へと纏わり付いていく。


「おお……すげえ」

「展開完了。物理防御、魔力防御、共に500%向上。これで文句はないはずです」


 そこには、空色の髪が映える、黒と白を基調としたメカメカしいボディアーマーを装着したシスカが立っていた。無表情だが、心なしかドヤ顔しているように見える。


「……うん、さっきよりは健全になったけども」


 とはいえ谷間は見えているし、生足はそのままだし、肩と二の腕は剥き出しだが。まあ、オシャレの範囲ということにしておこう。


「まだ不服そうですね」

「いや、そんなことないぞ」


 シスカは誰が見てもどう見ても美少女だし、メカ娘は嫌いじゃない。つまり、最高に可愛いのだが……不思議とそういう性欲的なものは感じなかった。目の保養にはなるけども!


「では欠けている知識を埋める為にも、現状把握を行いたいのですが」

「賛成だ。とりあえず聞きたいんだけど、ここはどこだ?」

「――分かりません」

「そうか」


 俺は周囲を見渡した。ベッドルームにしちゃあ殺風景だし、やはりコールドスリープの類いのように感じた。


「私が眠っていた理由については記憶が欠落しています」

「だよねえ……」

「ですが記憶が正しければ、私の最後の居場所は、我が一族――半神半機のエクスマキナ族が造り上げた〝拠点侵攻殲滅型移動空中要塞ラヴィナ〟の中のはずです。我らの最高傑作にして不落の王城ですね」

「待った待ったストップ。いきなり難しいワード連発するな」


 凄く嫌なワードを聞いたぞ。侵攻とか殲滅とか。それに、「はんしんはんき」ってなんだ? 阪神? 関西人なの? 


「……? 〝この場所は我が一族――半神半機のエクスマキナ族が造り上げた〝拠点侵攻殲滅型移動空中要塞ラヴィナ〟のはずです。我らの最高傑作にして不落の王城ですね〟、と言いましたが」

「いやそれが分からんのよ! ここは浮遊島じゃないの!?」

「浮遊……島?」


 うーん。やっぱり認識に齟齬がある。


「とりあえずさ、上に出てみないか? 行けば分かると思うが、ここは阪神近畿空中なんたらではなく、島だってことが分かる」


 いや、あの砲台といい、謎素材の土台といい、この島がただの島じゃないってことは分かってる。だが、流石に空中要塞ですと言われても、俺はピンとこない。


「半神半機です。そしてこの要塞の正式名称は拠点侵攻殲滅型移――」

「分かったわかった! だから一回外に出ような! な!」

「……了解。外界を確認することの重要性は認めます。手を」


 シスカが手を差し出したので、俺は思わずその手を取ると――


「では」

「へ? あ、ちょ待っ」


 俺の手を握った途端に、シスカが背中からなんやらジェットパックみたいなパーツを展開すると、そこから赤い光を噴射。


「あぎゃああああああああああ!!」


 身体が潰れるんじゃねえかという勢いで上昇し、天井にぶつかると思った瞬間に、そこの部分が開いた。上には、丸く切り取られた光が見える。ぐんぐん上昇する俺達はやがてその光に包まれた。


 俺は気絶しそうになりながら、ようやくシスカが動きを止めたことに安堵する。気付けばそこは、あの砲台の上だった。


 幸い、天気は元に戻っておりあの龍はいない。だが開いたままの、あのドームの中身は無惨だった。


「砲身が……溶けてる」


 砲身はまだ熱を発しているのかその周囲に陽炎がゆらめいているが、中央から先端にかけてはドロドロに溶けていた。もはや辛うじて形を保っているだけに過ぎなかった。


 激戦の痕なのだろう。


「対竜砲がこれほどまでにやられるなんて……何が。それにこの植物は? ラヴィナに一体何が起きたのでしょう」


 俺よりも、もっと唖然としていたのはシスカだった。無表情な彼女だが、その顔は悲しんでいるように見える。


 だから俺はおどけるように両手を広げ、無理矢理笑顔を作って、こう彼女に言い放ったのだった。


「ようこそ楽園へ……なんてな」


 こうして俺とシスカのサバイバル生活がはじまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る