2:嵐の先の少女

「やっぱり変だな。絶対変だ」


 鬱蒼とした森は手付かずであり、人の手どころ獣の足すら入っていないように感じる。


「虫がいないのは正直助かるが」


 蚊やらヒルやらがいると感染病を警戒しないといけない。医者もクソもないこの島で、原因不明の病気に罹れば一発でアウトだろう。


 俺は適当に拾った〝良い感じの棒〟で、ツタやら草やらを払いながら拾った石で来た道に目印を付けていく。


「まあ、この広さの島ならすぐに沿岸部に出れるけども……」


 島の中央部は少し高くなっているが、山というほどではない。遭難するという心配はないが、念の為だ。


 俺はその中央部にある木々の隙間から見える、ドーム状の屋根らしき物を目指して歩いていく。建物のような雰囲気があるので、何か見付かるかもしれない。


「やっぱり……ここは元々森じゃないな」


 俺は地面から露出している、不思議な素材で出来た板を見て確信する。


 試しにその周囲の土を棒で掘ってみると、あっさりとその板と繋がっているであろう部分に、ぶつかった。


 おそらくこの金属ともプラスチックとも思えない謎の板が土台となり、そこに薄く土が盛られ、その上に森が出来ているのだろう。見れば木々もマングローブのように、硬い板状の根が地面の上に露出している。


 おそらく土の中に根を張るタイプの木はここでは育たなかった結果かもしれない。


「どういう島なんだこれ」


 謎が深まるが、今はとりあえず頭の片隅に置いておく。謎を知れば、水と火と寝床が確保できるかもしれないが、それで足と手を止める暇はない。


 そうして、俺はそのドームのような遺跡に辿り付いた。


「……近付いても分からんな」


 それは、ちょっとした一軒家ぐらいの大きさの遺跡だった。見えていたドーム状の部分はそれより一回り大きな土台の上にあり、なんとなくだが、天文台を思わせるようなフォルムだ。しかし土台に入口的な所は見当たらない。


「登るか」


 木登りは特に得意なわけではないが、幸い、低い部分から枝が生えている木が多く、俺でもすんなり上へと登れた。そうやって木を伝って土台の上へと飛び移る。


 土台の上のドーム部分には薄らとコケが覆っていた。だがその上には木が生えていないせいで、ぽっかりと森に穴が空き、そのおかげで沿岸からこのドームが見えたのだろう。


「なんだろうなあ……これ」


 ドームの中央には、それを半分に割るように線が入っており、そこの部分が開きそうで、ますます天文台っぽい雰囲気だ。


「一回りしても入口はないしなあ」


 周囲には他に人工物はない。雨風は凌げないので寝床には適さないし、水も道具もない。


「うーん、ハズレか」


 ちょっとだけ、なんかあるだろうと期待していただけに、落胆してしまう。


 だから俺は、それに気付くのに少し時間が掛かってしまった。なんせまだ頭上には太陽と雲があると思っているからだ。


 その為、突然辺りが少しだけ暗くなった程度では、〝太陽に雲がかかったかな?〟ぐらいの認識しかない。だが、考えてみれば、この島の上に雲はなかった。


「ん? じゃあなんで暗くな……るん……はあああああ!?」


 俺は空を見上げて、思わずあんぐりと口を開けてしまった。なぜなら、太陽を遮るをそれは決して雲ではなかったからだ。


 細い、蛇のようなシルエット。

 まるで海でも泳いでいるかのように長い胴体をくねらせ飛行するそれは――


「りゅ、龍!?」


 かなり高い位置にいるはずなのに、遠近感が狂うほどの巨体。長い胴体に手足、そして翼もなく空を飛ぶ姿。そして長い髭の生えた細長い顔はまさに、アニメやらゲームで出てくるいわゆる和系、あるいは中華系のドラゴン――龍だ。


「なななななななんで!?」


 その龍はこちらを見つめており、間違いなく俺を認識している。


 ぞわり、と全身の鳥肌が立つ。ヤバい。とにかくヤバい。


 身体の全細胞が警鐘を鳴らしている。


「――キュオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 龍が吼えた。それは空気を震わせ、森を揺らす。


「あああああ……ヤバいヤバいヤバい!」


 逃げないとまずい。絶対にまずい。でもどこに!?


 なんて俺が混乱している間に――頭上から何かが振ってくる。


「うわあああああああ!?」


 それは、


 否、滝だと錯覚するほどの――豪雨だ。更に身体が吹き飛ばされそうになるほどの暴風。


 雲一つない快晴から一転、大嵐へと変化した世界に、無力な俺は何も出来ずその場にへたれ込むしかなかった。


 嵐の中を悠然と泳ぐ龍は、金色に光る瞳で依然として俺を見つめていて、その顎を大きく開けた。


 口腔で渦巻くのは青白い稲妻だ。どう見ても、こちらへと放とうとしているようにしか見えない。


「終わりだ……」


 こういうときはまずはゴブリンとかスライムとかそういうのがお約束だろうが。


 なんでいきなりラスボスみたいな奴が襲ってくるんだよ! クソゲーじゃねえか!


「ふざけんなよ!! スキルでどうやってあんなのと戦うんだ! っ!?」


 俺がそう叫んだ瞬間に、土台から、振動と共に軋んだような駆動音が鳴り響いた。


「今度は何!?」


 俺の言葉と同時にドームが、まるで錆び付いていたのを無理矢理動かしているかのように小刻みに震えながら開いていく。


「ひ、開いた!」


 そして、ドームから突き出てきたのは――だった。ドームが開いたおかげで中が見えるが、砲身の周囲には隙間があり、下へと続く暗い闇を覗かせている。


「まさかこのドームは――砲台か!?」


 俺の言葉に対する答えを、砲身は回頭して、頭上の龍に照準を合わせながら示した。


「キュオオオ!!」


 龍が吼えると共に蒼い稲妻を放つが、砲身から轟音と共に撃たれた赤い極太ビームがそれを迎撃。


 眩しい光と爆発。何より、稲妻とビームが衝突したことで生じて衝撃波が、雨と風を吹き飛ばし――その場から一瞬、雨と風が消えた。


 だけども当然、その衝撃波は俺をも巻き込んでいた。


「ぎゃあああああああ!!」


 俺はドーム内部へと吹き飛ばされ、砲身と壁の隙間へと落ちていく。


 暗闇の中を落下、数秒と経たずに斜面のような場所に着地――その勢いのまま俺は転がり落ちた。


「助けてくれえええええ!!」


 上下も分からず、身体を止めることすら出来ない。


「くそおおお起動! 起動! 起動! 起動!!」


 神頼み、スキル頼みだ! 俺は混乱してめちゃくちゃ叫んでいた。


 だがそのたびにどこかが光り、俺の身体は右に左に行き、そして――


「ぎゃあああああ……って痛っ!」


 俺は何かにぶつかると、ようやく止まれたのだった。


「いつつつ……ってここは?」


 そこは――不思議な空間だった。暗い、円形の部屋で中央に光る何かがある。振り返ると、俺が落ちてきたらしき穴があったが、すぐに塞がった。どこか有機的なその壁の動きは気味が悪い。


「あれは……なんだろう」


 俺はまるで電灯に誘われる蛾のように、その中央の光る何かに吸い寄せられた。


「……っ!! これは」


 それは台座だった。そしてその上にはSF映画とかで良くみる、コールドスリープ用のカプセルみたいな物が縦に設置されている。


 だから、そのカプセルの本来は上部とも言うべき部分がこちらへと向けられており、緑色の半透明なガラスのような素材の向こうには――


「人間……いや、違う」


 ようやく人に会えたと思ったのもつかの間、俺は気付いてしまう。その少女の顔や胴体、太ももや二の腕といった部分は皮膚だが……それ以外の部分が――


「機械だ……この子、人間じゃない」


 見ればカプセルからコードが伸びて少女の身体に接続されている。


 機械部分が僅かに発光しているし、胸が微かに動いているのを見るに、死んではいなさそうだが……。


「おいおい……なんだよこれ。砲台の下になんでこんな子が?」


 そもそもあの砲台はなんだ。あの龍はなんだ。


 疑問が次から次へと浮かぶが、答えを知る者はいない。


「いや、いるとすれば……この子か」


 間違いなく、この島の住人だろう。そして機械っぽい見た目で眠っている。


「壊れた時計は動いた。何十年……いや下手したら何百年動いてなさそうだった砲台も機能した。なら――」


 それが、本当に正しい判断かどうかは分からない。半分ぐらいはヤケだったかもしれない。


 それでも俺はそのカプセルに手を当てて、確かに自分の意思の下、こう叫んだのだった。


「――起動!!」


 俺の言葉と共に機械音が響き、カプセルが開いた。


 コードに繋がったままその少女がパチリとその目を開いた。その人工的で透明な瞳に――赤い光が宿る。


「……ふああ……もう目覚めの時ですか……?」


 こうして俺は、これから長ーい付き合いとなる、その少女――シスカを起動させたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る