スパイダーのスパイスのスパイ

福田 吹太朗

スパイダーのスパイスのスパイ



◎登場人物


・エフェドリン ・・・「・・・とある民主主義国家」の情報部員。潜入名は「ガラ・マサムラ」

・アルカロイド ・・・エフェドリンの所属する、情報局の長官。

・トーメリック ・・・同じく副長官。

・アルバート・コール ・・・「・・・民主主義国家」の首相補佐官。

・メグ ・・・エフェドリンの同僚の、女性情報部員。

・ケッパー中尉 ・・・空軍特殊部隊のパイロット。

・タイム ・・・アルカロイド長官の秘書。


・パパべリン ・・・とある独裁国家の、大統領。

・ハルマン ・・・独裁国家の大統領官房長官。

・モルヒ ・・・大統領の側近の少佐。

・アンナ・フェタミ ・・・大統領の愛人。

・レナ・アドニス ・・・大統領夫人。


・キャラウェイ ・・・大統領家の執事。

・クミン ・・・同上のメイド。

・ローリー ・・・同上。

・オルガ ・・・同上。

・セージ ・・・同上の使用人。


・ムッシモール ・・・武器商人。

・セロトー ・・・敵対するスパイ組織『ポイズナス・スパイダー』を率いる切れ者。

・ストリキラー ・・・『・・・スパイダー』に所属する、スナイパー。


・シモン ・・・反政府組織の若きリーダー。

・ロベリン ・・・エフェドリンの元同僚。

・『ムスカゾン』 ・・・インターネットを駆使する、謎の組織。





・・・私は「・・・とある民主主義国家」で、情報部員、というものをしている。名前は、エフェドリン・・・というが、これが本名なのかどうかは、ご想像にお任せする。

・・・私の専らの仕事場所と言えば、この国の中ではなく・・・殆んどが外国であり、今日はたまたま、休暇中の為、母国に帰ったところを・・・私の上司、つまりはこの国の、情報局長官、である・・・アルカロイド長官に、わざわざ呼び出されたのだ。

そもそも・・・1年の半分以上、いや、3分の2以上は外国にいる私が、この国にいる事自体が珍しいのだが・・・この母国に滞在中に、しかも長官直々に呼び出される事など・・・おそらく初めてなのではなかろうか・・・?


・・・ともかく、私はその、何も知らない海外からの旅行者から見たら、ただの豪華なホテルに見えるであろう、その、巨大で近代的で・・・しかしながら、どこかしら、昔ながらの風情の様なものも感じさせる様な・・・そんな相矛盾した見た目の、建物の中に入り、エレベーターで上がって行くと・・・無論の事、この一連の動きは全て監視されていて・・・そもそも、エレベーター自体が、ボタンを押しもしないのに、勝手に動き出して・・・しかしながら、長官室が何階の、どこにあるのかは、絶対の機密事項なので・・・ある程度上昇したところで、エレベーターの階の表示が、突然、全くの無印、というか、階の表示自体が消えてしまうのだ・・・。

・・・しかしそれでも、チンッ、という、乾いた鈴の音の様な金属音とともに、エレベーターはある特定の階で止まり、勝手に扉が開くので・・・その階が目的の場所であると、指示されているのも同然なのであった・・・。

そして・・・長官室はというと・・・入り口のすぐ横に、巨大な鉢植えのサボテンが置いてある部屋がそうで・・・もちろん、この事は、ごく限られた人間しか知らない・・・私はその部屋の前まで辿り着くと、軽く2、3回、ノックをしたのであった・・・。

すると・・・その、重そうな木製の扉はいとも簡単に、スルリと開き・・・しかし続きはまだまだあって・・・中には、一人の女性が・・・名前はタイムさんと言った・・・がいて、なぜなのかは前々から謎なのだが・・・昔の、とっくのとうに製造中止にでもなっているであろう、タイプライター、などという代物のキーボードを叩きながら、こちらを見もせずに、

「どうぞ・・・そちらにお掛けになってお待ち下さい・・・」

・・・などと言うのであった・・・。

タイムさんは、見掛けはかなりのお歳の様なのだが・・・背筋はピンと伸びて、分厚いまん丸い眼鏡を掛けて・・・一心不乱に、タイプをしているのであった・・・。

そして・・・その名の通りなのか、13時ジャストになると、

「・・・どうぞ。」

と、言って・・・すると、良くスパイ映画などには有りがちな、巨大な戸棚が、180°回転して・・・しかし、そちらに目を奪われていると、実は反対側の、小さなドアが、いつの間にやら、音も立てずに開いているのであった・・・。


・・・私が中に入って行くと・・・アルカロイド長官は、窓の方向を向いて座っていたのを、クルリと、椅子ごと回転させて・・・真正面に向き直り・・・そうして、これはいつもの事なのであるが、全くの季節外れの話題を、私に問い掛けるのであった・・・。

「・・・やあ、エフェドリンくん。・・・桜は、もう見に行ったかね・・・?」

「もう6月ですよ・・・? ・・・長官。」

「ま・・・季節の移ろいは、素早いからねぇ・・・敵もまた然り、だよ。」

・・・と、言いつつ立ち上がり、正面のソファに2、3歩移動してまた腰を下ろすと・・・無論の事、私は立ったままなのだが・・・葉巻を優雅に燻らせて、どうやら、今回の任務、について切り出したのであった・・・。

「・・・・・・という国を知っているかね?」

「・・・ええ。もう一人の大統領がかれこれ、30年余りは君臨しているという・・・独裁国家ですよね?」

長官は、ゆっくりと煙を吐き出しながら、

「・・・ま、そんなとこだが・・・その件に関しては・・・つまりは、誰が何年やろうが、私の知ったこっちゃあない。・・・だが。」

私は正直、この瞬間に、何かとても嫌な予感がしたのであった・・・。

「・・・しかし、しかしだ。・・・さる筋のお方が・・・お望みで無いもんでね。」

「何を・・・でしょうか?」

私はあくまでもとぼけてみせた。

「要するに・・・だよ。・・・その大統領、がこれ以上、その地位にとどまる事をだよ。」

私はここで、ピンと来たのだが・・・

「・・・と、言いますと・・・?」

「・・・キミはまず、現地に飛んで、庭師、として彼の屋敷に入り込んで欲しい。」

「ハイ・・・」

「・・・残りの事は・・・現地の工作員から、追って指示が有る事だろう。」

「・・・分かりました。」

私が一礼をして、部屋から出かかると、

「パスポートは・・・タイムさんから受け取ってくれ。」

「はい、分かりました。」

私は今度は完全に、部屋から出るところだったのだが・・・何かまだ続きがあるらしく、

「・・・十分気を付けたまえよ? ・・・妙な虫どもが、ゾロゾロ徘徊しているらしいからねぇ・・・」

私は長官室の扉を閉めつつ、

「はい・・・十分・・・気を付けます・・・」


タイム女史は、もうタイプは打ち終わったのか、澄ました顔で座っていて・・・私

に向かって、一通の、封筒を手渡したのであった・・・。

私が、

「・・・今開けても・・・?」

と、訊くと、彼女は黙って頷き・・・私はその封筒を開けて、中の物を・・・その中には、パスポートと、一枚のクレジットカード、片道の航空券、後はお決まりの・・・謎めいた一つのシルバーに光る、鍵が・・・。

私は封筒は、タイムさんの机のすぐ脇にあった、屑カゴの中へと入れると・・・そのままただ黙って、その部屋を後にしたのであった・・・。



・・・私はその「独裁国家」の空港に降り立つと・・・早速タクシーを拾い・・・しかしいきなり大統領の自宅の庭師として採用されるなど、到底不可能な事であったろう。

そこで・・・これはきっと何かウラが有るのではなかろうか・・・? ・・・と、長官から頂いた、シルバーのキーを眺め・・・するとそこには、ギザギザの縁に沿う様に、非常に細かい文字で、何やら数字だか文字の様なものが刻まれていたのであった・・・。

私がそれを、スマホのカメラで拡大すると・・・何と、MAPのアプリと連動して・・・とある場所を指し示したのであった・・・。

そこは・・・首都の中心部からはだいぶ離れた場所にある、川に架かった橋のたもとの様で・・・私は渋るタクシーの運転手に、チップをおそらく、通常の10倍程は支払い・・・そうしてようやく、そこに辿り着く事が出来たのだった・・・。

そして・・・そのグレーの、セメントを無理矢理塗り固めて造られた様な、橋の土台付近まで行くと・・・何と驚いた事に、そのシルバーのキーに何気なく刻印されてあった、ライオンの様な顔と同じ様な落書きが、描かれていて・・・その辺りを探ると・・・コンクリの塊が真四角に切り取られた様に取り外す事が出来て・・・中は空洞になっているのであった・・・。

そして中には・・・いかにも庭師、あるいは貧しい労働者、といった服装が一式と、またしても一通の封筒があって・・・「テルペン氏からの紹介状」・・・などと、書かれていたので、とりあえずはこれで、大統領の屋敷に入り込めるのだな、と・・・早速向かったのだった・・・。



 ・・・大統領の屋敷は、もはや住居というよりは、一個の要塞の様であった・・・。

そしていかにも貧しい格好に扮した私は、とりあえずは、その城門の様な入り口の、呼び鈴らしきボタンを、押してみたのであった・・・。

すると・・・中からはいかにも物々しい雰囲気で、機関銃を肩からぶら下げた、警護兵らしき男が二人、出て来て・・・私をいきなりつまみ出そうとするので、先程手に入れたばかりの、「テルペン氏からの紹介状」などという、私にしてみればイマイチ、ワケの分からない封筒を見せると・・・しかしながら、その兵士たちにもワケが分からないらしく・・・上官の様な人物を呼んで来たのであった・・・。

そして・・・その上官は、私の事を、頭のてっぺんから、つま先、かかとまでジロジロと舐め回す様に見ると、アゴでクィッと合図をして・・・ようやく中へと、入る事が出来たのだった・・・。


・・・そして、何と先程の城門の様な入り口からは25分程も歩かされ・・・やっと着いた先には、青々とした芝生が一面に敷かれた、巨大な庭があって・・・しかしすぐに庭に入れた、という訳ではなく・・・一人の、とても高級そうなスーツを着た、いかにも切れ者、といった感じの・・・だいぶ後で分かった事なのだが、官房長官のハルマンその人なのであった・・・その男は、その「テルペン氏からの紹介状」という封筒を開けて、中を読んでいたのだが・・・すぐに目で合図をすると、私はまた別の、二人の兵士に・・・もちろん機関銃をぶら下げていた・・・両脇から挟まれて・・・庭の奥、まで連れて行かされて・・・私は正直、これは作戦失敗だったのではないか・・・? と、かなり後悔し・・・しかしながら、二人の兵士を片付ける事ぐらいならば、訳も無かったのだが・・・もう少し様子を見てみようと・・・すると、庭の一番奥にひっそりと、まるでゴミ捨て場か何かの様に建っていた、小屋の前で、ようやく解放されたのであった・・・。


 ・・・すると、しばらく頭を掻きながらただ呆然と立ち尽くしている私の耳に、ケタケタという様な、笑い声が聴こえてきて・・・。



 ・・・そのまるで、掘立て小屋、の様な建物の中からは・・・一人の、背中が大きく弓なりに湾曲した、つまりは、くる病、という事なのだろうが・・・そして身なりというか、着ている物も、顔やら手やら、何もかもが薄汚れていて・・・その様な男が、ニタニタと薄笑いを浮かべながら・・・杖をつきながら・・・ゆっくりと、出て来たのである。

しかしながら、意外にもその男は、人懐こく、というか、やんわりとした態度で私に話しかけ、

「・・・ケケケ・・・アッシは・・・セージ、と言います。・・・まあ、よろしゅう。」

そこで私も、自己紹介しなくては、と思い、

「エフェ・・・ゴホッ・・・ええと、マサムラ、と言います。こちらの・・・庭師として・・・」

そこでまた、その、セージ氏はケタケタと笑ってから、

「・・・庭師・・・はアッシで十分間に合っているんだが・・・まあいいさ。・・・ふぅん・・・今のこの、タイミングでねぇ・・・」

と、突然私に興味を抱き始めたのか、先程の門の所の上官の様に、私の事を上から下まで一通り見て、しかしすぐにソッポを向くと・・・

「まあ・・・今はやる事無いから・・・お座んなさい・・・」

と言って、自分は近くのゴツゴツとした岩の上に、腰を下ろすのであった・・・。

しかし私は・・・座る適当な場所が他に見当たらなかったのと・・・今はまだそういう気分でもなかったので・・・とりあえず、近くに生えていた、大木の幹に、寄り掛かっていたのであった。

・・・すると、その、セージ氏は、また薄ら笑いを浮かべて・・・良く見ると、前歯が一本欠けていた・・・

「・・・外国人かね? ここはね・・・」

と、言いながら、グルリと首を回して、辺り一面を見回してから、

「・・・まあ、金持ちや有力者にとっては天国、貧乏人にとっては地獄、みたいなトコでさぁ・・・」

「はぁ・・・なるほど・・・」

・・・私が事前に入手した情報によると・・・この『・・・とある独裁国家』は、大統領がもうすでに、30年に渡り、国家元首の地位にあり、軍部が力を持ち、おそらく一部の政府高官やら、金持ちやコネのある者が優遇され・・・国民は貧困に喘いでいる・・・そんな、いわゆる後進国には有りがちの国家だったのである。

しかし私はその、権力の中枢、それも真っ只中にいて・・・しかし自分の任務は何も出来ずに、こうしてただ、木に寄りかかっているのであった・・・。

セージ氏はというと・・・急に無口になったと思ったら・・・パイプを咥えながら、コックリ、コックリと・・・船を漕いでいるのであった・・・。


・・・すると、庭の方、おそらくは屋敷の方から、一人若い女性が近付いて来て・・・メイドの様な、服を着ていた・・・すると途端にセージ氏は目を覚まし、

「・・・オヤ? これは、クミンちゃん。・・・珍しい事もあるもんだ。」

と、先程とは遥かに違う、笑顔がはち切れんばかり、というより、実際の顔からはみ出してしまうのではないか?・・・というぐらいの表情になり、するとその、クミン、という女性は立ち止まったかと思うと、セージ氏にではなく、私に、ニコリと微笑みながら、

「あの・・・あちらで・・・キャラウェイさんがお呼びです・・・」

そこで私は、その若くて小柄な女性の後について、おそらくはお屋敷の方へと・・・向かうのであった・・・。

私の背後からは、セージ氏の声が・・・しかしそれは、私に対してではなく、

「・・・クミンちゃん・・・! 良かったら、またいつでも遊びにおいでよ・・・!」

という愉快そうな声が響いていたのであった・・・。



 ・・・私の目の前には、いかにも映画か英国あたりの文献にでも出てきそうな・・・執事、がいて・・・先程の「テルペン氏からの紹介状」は取り上げられてしまったので・・・彼は、真剣な眼差しで、私のパスポートを見ているところなのであった・・・。

そして、それを私に返しつつ、

「・・・ガラ・マサムラさん・・・ですか? ・・・名前は聞いてましたよ? しかしながら・・・我々が人材として欲しかったのは、庭師ではなくて、このお屋敷の中を、手伝ってくれる人物、だったのですが・・・それでも構わないでしょうか・・・?」

「・・・エ? あ、ああ、はいはい。・・・もちろんです。」

「ではその様な汚い服はすぐにでも着替えて・・・オルガ!・・・オルガはいるかね?」

すると一人の・・・その女性もメイドの様なのであったが・・・先程のクミンとは対照的に、愛想は無く、というより、美人ではあるものの、無表情で、目付きが鋭く、殺気の様なものすら感じられた・・・。

「・・・オルガ、この、ええと・・・」

「・・・マサムラさんですか?」

なぜかオルガの方が私の名前を覚えていて、

「・・・そうだ。彼を・・・控え室の方に・・・。着替えが終わったら、すぐにこちらに連れて来る様に。」

「分かりました・・・。」

私は今度は、その、オルガという、まるで氷の様な印象のメイドの後について行き・・・そうして彼女は、一つの小さな部屋の前で立ち止まり、木のドアを開けると、

「・・・どうぞ。私は・・・中には入れませんので。」

それはつまり、男性専用の部屋、という事なのだろう? 

私は部屋の中に入り・・・中にきれいに折りたたんであった、先程とは打って変わって、清潔そうな、アイロンがけまでしてある、背広の様な、作業着の様な・・・ともかくも、それに着替えると、部屋を出て、再びオルガについて、執事のキャラウェイの元へと、戻ったのであった・・・。


・・・するとそこには、一人のいかにも高価そうな真っ赤なドレスをまとった、若くて美人の女性がいて、執事に何やら指示をしているところなのであった・・・。

そして・・・キャラウェイや、周りに立ち尽くすメイドたちのその様子からしても、その女性が、かなりの権力を持った、人間である事が一目瞭然なのであった・・・。

その女性が去った後・・・キャラウェイは、私に、

「・・・とりあえずは、そうですね・・・掃除でもしてもらおうかね? ・・・何、無論の事、毎日掃除は欠かさずしてはいるのですが・・・何せ、男手が足りないものでね・・・出来れば、天井の付近とか、床の隅っこの、しつこい汚れを・・・何しろ、力を入れないと、落ちないもので・・・」

・・・すると、もうすでに、先程のオルガが、モップと、雑巾とバケツを・・・ご丁寧にも用意してくれていたのであった・・・。

・・・腕利きの、情報部員が、家の掃除とは・・・しかし私は怪しまれるのは得策では無いと考え、袖をまくり、そうして・・・。



 ・・・私が汗を垂らしつつ、床を隅々まで磨いていると・・・何と、表では、広い芝生の庭に、一機のヘリコプターが・・・ブルブルブル・・・と轟音を上げて、直接、降りて来たのであった・・・。

そして、屋敷のどこから出て来たのか、いつの間にやら、三人の人物、先程のハルマン、そして赤いドレスの女性、それともう一人・・・軍服を着た、将校の様な人物が出迎えて・・・そして、ヘリの中からは・・・数人の警護官とともに、この国に君臨する、独裁者の、パパベリン大統領と・・・驚いた事に、それに続いて、国際的な武器商人として有名な、ムッシモールと、何と我が国の首相補佐官である、アルバート・コール、そして最後には・・・私の直属の上司にもあたる、トーメリック情報局副長官とが・・・降りて来て・・・中庭でめいめいが握手を交わし・・・全員が親しげに談笑しながら、おそらくは・・・お屋敷のメインルームへと・・・そしてヘリはまた、轟音とともに、空中へと上昇し・・・どこへともなく去って行ったのであった・・・。

 ・・・それにしても、自分の部下がこうして、汗水垂らして床磨きをしているというのに・・・副長官と首相補佐官は・・・そもそもなぜ、アルカロイド長官は、そういった情報を、事前に寄越さなかったのか・・・? 我が国が・・・経済制裁の対象国である、独裁国家と、裏で繋がっているのは、まずいと思ったのか・・・。しかも、間を取り持っていたのが悪名高い‘死の商人’である、ムッシモールとなれば尚更の事だ・・・。

・・・などと思考を巡らせながら・・・私が一心不乱に、仕事、をこなしていると、執事のキャラウェイがやって来て、

「・・・マサモラくん・・・掃除はもう終わりだ。これから・・・大統領主催の、晩餐会が、あるもんでね・・・早くその、汚いバケツと雑巾は、どこかへ・・・」

・・・と、それだけ言って、執事は物凄いスピードで何処へと去って行ってしまったのだった・・・。

・・・私は正直、やれやれ、と思ったりもしたのだが・・・すると、先程の、クミン、というメイドがバケツと雑巾を持ってくれて、

「ごめんなさい・・・初日から、こんな仕事・・・」

「ああいや・・・私はちっとも・・・ところで・・・」

彼女には彼女の仕事があるだろうに・・・親切に掃除用具のある部屋へと、案内してくれたのだ・・・。

「・・・あの、先程の、赤いドレスの女性は・・・?」

すると、彼女は途端に、聴こえるかどうかというくらいの、小さな声となって・・・

「・・・あれは、大統領の愛人の、アンナさんですわ・・・」

「・・・大統領のご婦人は・・・?」

すると彼女は、ますます小声になって・・・

「今はその・・・床に臥せっておりまして・・・あ、私が話した事は、ナイショですからね・・・?」

と、クミンというそのメイドは、やはり自分の仕事があるのか、私を掃除用具やら何やらをしまう、部屋の前まで案内すると・・・足早に去って行ってしまったのであった・・・。

・・・なるほど。それであの赤いドレスの女性は、あれほど威張っていたというか、権力者の如く振る舞っていたのか・・・まだ年齢はおそらく、下手をしたら20代か、30そこそこと言ったところだろう・・・しかもかなりの美人であった・・・大統領が、もうすでに、70は優に超えているというのに・・・。

・・・しかしながら・・・段々と・・・この家、ひいては、この国家の上層部の構造までもが・・・分かりかけて・・・ほんのちょっとずつではあるのだが・・・。



・・・どうやらその日の晩餐会は、万事つつがなく執り行われた様で・・・しかしながら私は、夜は特にやる事は無かったので・・・自分用にあてがわれた部屋で・・・まあ、考えようによっては、個室があるだけ、まだマシであったというか・・・すると、私がベッドの上に仰向けに寝転がり・・・特にただ何となく、ボゥッ〜としていると・・・窓の外で、コツン、という、金属の当たる様な音が一瞬だけして・・・私がその窓を開けると・・・窓ガラスの縁の木の部分に、一本のダーツの様な、小さな矢が突き刺さっていて・・・私は咄嗟に、その窓から、屋根の上に出て・・・そうしてその屋敷の一番外側の、煉瓦で出来た塀の辺りが一瞬、光った様なので・・・そこまで行くと・・・塀の向こうから、一つの丸められた紙が投げ込まれ・・・すると、すぐにオートバイの、ブロロロロロゥ・・・という音が、徐々に遠ざかって行ったのだった・・・。

・・・私が自分の部屋へと戻り、その丸められた紙を開くと、そこには・・・

『・・・チカイウチ ニ アナタ ト セッショク シタイ・・・メグ』

・・・という様な短い文章が書かれていて・・・これはおそらく長官の言っていた、現地の工作員、なのであろうと・・・しかし一体どうやって、外に出るかが・・・何せ、一旦中に入ったは良いが・・・今度は出るに出られなくなってしまったのであった・・・。

ここはそう、まるで要塞、あるいは牢獄、と言った感じの建物だったのだ・・・。


そして・・・私はもう一つどうしても、気になる事があったので・・・皆が寝静まったであろう、深夜になると、部屋を抜け出して・・・しかしもちろんの事、そこいら中に、警護の兵士たちがいて・・・私はその目を掻い潜りつつ・・・ゲストの宿泊する、別館へと・・・

・・・そうして侵入したのは・・・トーメリック副長官の部屋なのであった・・・。

彼は・・・私の事を暗殺者か何かと勘違いしたらしく・・・慌てて大声で叫び声を上げようとしたのだが・・・私が、

「・・・副長官・・・! 私です・・・! エフェドリンです・・!」

副長官は、私の聴き慣れた声を聴くと、えらく驚いたらしく、

「・・・キミ! こんな所で・・・何をしているんだね・・・!?」

「私がここで住み込みで働いていると思います・・・? ・・・任務ですよ。」

「何だって!?」

「・・・副長官こそ・・・長官からは何も聴いてはいないのですか・・・? ・・・確か・・・この国とは・・・断交して・・・経済制裁をしているはずじゃ・・・」

すると副長官は、ようやくベッドから起き出して、その縁に座ったまま、

「・・・まあ・・・詳しい事は外交上の機密事項になってしまうので・・・いくらキミといえど、言えないのだが・・・」

「・・・大体の想像はつきます。」

「まあ・・・要するに、キレイな言い方をすると・・・両国の国交を回復する為の、極秘交渉を・・・」

「まあ・・・そういうキレイ事にしておきましょう。ところで・・・」

副長官は、やや気まずそうに、

「・・・キミも気を付けたまえ。私は・・・一応ガードされてはいるが・・・それに、」

「それに?」

「・・・長官から聴かなかったかね・・・? 例の、組織が・・・」

「ああ・・・あの・・・蜘蛛の巣の様な・・・」

「そう。その・・・蜘蛛の巣に・・・引っかからない様に・・・気を付けたまえ。」

しかし私は、その事ではなく、何となくではあるのだが・・・なぜだか胸騒ぎ、の様なものを感じ取っていたので・・・

「・・・副長官こそ、どうかお気を付け下さい。・・・何かこう・・・この屋敷には・・・妙な空気というか・・・何かが起こりそうで・・・」

「それは・・・キミの考え過ぎというか・・・職業病だよ。」

するとそこで初めて、副長官、を警護している筈の、おそらくシークレットサービスか、民間のエージェントを雇ったのか・・・ともかく、今頃出て来たのだが、

「・・・大丈夫。彼は私の部下だ。」

と、トーメリックがいうと・・・すごすごと隣の部屋へと・・・下がってしまったのであった・・・。

私は去り際に、

「・・・その・・・ガード、とやらも・・・大して役には立ちそうにありませんね・・・」

副長官は、やれやれ、というふうに首を振ると・・・また暖かいベッドへと・・・潜り込んだのであった・・・。

私はというと・・・堂々と・・・表のドアから出て・・・自分の部屋へと戻ったのであった・・・。



 ・・・翌日、私は格好の表へと出る手段を得た。

トーメリック副長官が一足先に、出国する事となり、行きはヘリで華々しくやっては来たが、帰りは普通に、空港までリムジンに乗って帰るというので・・・私は副長官に頼み込んで、リムジンの後部のトランクに、忍び込ませてもらう事になったのであった・・・。

無論の事、これは立派な任務であるし、副長官も断わる事は出来ず、また、客人のトランクで、しかも出て行く車の中など、調べる事もなかったのだった・・・。ただし問題は、出たはいいが、今度はまた、どうやって入るのか、なのだったが・・・。

トーメリック副長官は、ある程度の距離までリムジンを走らせると、一旦停車させて、私を下ろして、また空港まで、走り去って行ったのであった・・・。

その去り際、副長官は私に、

「・・・エフェドリンくん、まあ、せいぜい頑張りたまえよ。まあ・・・キミの場合、頑張り過ぎるのが・・・たまにキズ、なのだがね。」

私は礼を述べるのだった。

「・・・ありがとうございます。」

「あ、それと・・・帰りは・・・もし何かあったならば・・・空軍特殊部隊の、ケッパー中尉を頼るといい。頼りになる男だ。・・・ではまた。長官にはちゃんと報告しておくよ。」

「・・・まだ何もしていませんがね。」

私は複雑な表情で、軽く握手をして・・・副長官を乗せた車列は、去って行ったのであった・・・。

「さて・・・」

などと、私は辺りを見渡し・・・しかしながら、昨日の、仲間の工作員は一体どこに・・・? ・・・などと、心配する必要などなく、しばらくすると、遠くから、昨日聴いたバイクの音が段々と近付いて来て・・・。

その人物は、私に、黙って後ろに乗るようにと・・・そして私を乗せたバイクはやがて・・・農場の様な所へと・・・着いて・・・そうしてバイクから下り立ったのは・・・驚いた事に、まだ若い女性なのであった・・・。

「あなたがエフェドリンさん・・・? 私が、メグです。」

と、言って、その農場の一画にある、小屋の中へと入って行ったのであった・・・。


「・・・あの屋敷の人物は、大体把握しましたか?」

彼女は、どうやら、もう半年も前から、この国に潜入しているらしい、との事なのだった・・・。

「まあ・・・大体はね。ただ一人だけ・・・あの、軍服を着た、若い将校の様な人物は?」

「・・・あれはモルヒ少佐です。・・・大統領が頼りにする、まあ、懐刀とでも言うか・・・でも実際は・・・あの、アンナ、っていう女性には会いました?」

「ああ・・・何でも、大統領の愛人だそうだね。」

「そして・・・少佐の愛人でもあります。」

私はその言葉を聞いて、正直、驚いたのだった。

「・・・え? それはつまり・・・」

彼女は内偵を続けていたのか、かなりの情報を得ている様なのであった。

「つまりは・・・いずれは、あのモルヒ少佐が、大統領を暗殺して、クーデターで、政権を乗っ取るつもりの様です。」

「なるほどねぇ・・・」

「あとついでに・・・あの、ハルマンとかいう、官房長官も、仲間ですよ。」

「つまり・・・大統領は、孤立無援、てワケか。」

彼女は先程から割と平然としているのであった・・・。

「まあ・・・長年、散々いい思いをしてきたのですから・・・自業自得ですね。」

私は次の言葉がなかなか出て来なかったのだが、彼女は構わず続け、

「問題は・・・やるかやらないか、ではなくて・・・それがいつ、という事です。」

私は妙に納得した様に、

「・・・それで私が潜入させられた訳か。」

「・・・ええ。私も・・・メイドとして潜入を試みたのですが・・・失敗でした。」

「・・・なるほど。でも、それだけ調べ上げれば、十分だよ。」

しかし彼女は・・・その私の言葉を聞いても、ちっとも嬉しくはないらしく、真剣な眼差しで・・・

「あと・・・中に、例の・・・」

「・・・エ?」

「・・・十二分に、気を付けて下さい。私にも・・・それが誰かなのまでは・・・」

マッタク、長官も副長官も、汚れ仕事は全部私に押し付けるじゃないか・・・毎回・・・。・・・などと、私が勝手に心の中で憤っていると、

「さあ、もう戻らないと。あんまり長い事消えていると・・・怪しまれますよ?」

と、彼女が言うので・・・私は少し焦り・・・しかし彼女はあくまでも冷静に、

「・・・次回からは、私が会いに行きますわ。その方が・・・」

「大丈夫なのかね?」

「ええ・・・さあ、さあ早く・・・!」

と、またバイクに乗って・・・屋敷の前まで戻り、彼女はまたUターンして、ブロロロ・・・と、去って行ったのであった・・・。

そして・・・私はと言うと・・・意外にも簡単に、裏口から・・・もちろん、機関銃を持った警護兵はいたのだが・・・名前を述べて、お札を10枚程渡すと・・・あっさりと中に入れてくれたのであった・・・。



 ・・・私がモップと雑巾とバケツとを持って戻ると・・・案の定、執事のキャラウェイが少し怒り気味にやって来て、

「・・・君ィ、一体どこへ行ってたんだね? 私はてっきり、トンズラしたものと・・・」

しかし私は、あくまでも白々しくトボけながら、

「それが・・・掃除用具を取りに行きましたところ・・・内側からカギがかかってしまい・・・何とか今やっとこうして・・・」

するとその執事は、意外にも殆んど警戒心というものは無いのか、

「・・・そうなのかね・・・? まあ・・・今日は向こうの部屋の床を磨いてくれたまえ。・・・しっかり、しつこい汚れを・・・頼んだよ?」

・・・と、別の‘汚れ仕事’を私に依頼するのであった・・・。

私は・・・また今日も床を磨きつつ・・・このお屋敷の、人間関係、について少し考察をしてみたのであった・・・。

つまりは・・・高齢の、長年権力の座に居座る大統領と・・・その座を狙う若い雄ライオン・・・そして、両方に取り入る女豹と・・・ハイエナの様に抜け目の無い官房長官・・・これでは何も起きない方が不思議なくらいなのである・・・。

そして・・・武器商人のムッシモールと、我が祖国、の首相補佐官であるアルバート・コールとが・・・慌ただしく帰国しようとしているのを見て・・・これはいよいよ何か起こるのだな・・・? と、私は悟り・・・結局彼らは、その日の夕方には、引き上げて行った・・・いつでも、どの様にでも対応出来る様にと・・・しかしながら、アルカロイド長官は、クーデターを防げ、だとか、あるいはむしろ大統領を排除しろ、などとの具体的な指示が全く無かったものだから・・・正直、私は一体どう行動すれば良いのかが分からず・・・しかし・・・副長官や補佐官のあの、権力を奪う側の三人との親密なサマを見ると・・・これはヘタに余計な事はしない方がいいのでは?・・・との私なりの結論に至り・・・するとその瞬間、突然キャラウェイの声が飛んで来て、

「・・・オイ、君、いつまで床を磨いているつもりかね・・・? 今日は大事な晩餐会が・・・君もちょっと、手伝ってくれたまえ・・・!」

結局・・・毎日晩餐なのではないか・・・それにしても・・・この執事は、私の上司よりも人使いが荒いのではなかろうか・・・? ・・・などと考えつつ、晩餐会用の、タキシードに着替えるのであった・・・。


 ・・・その日の晩餐会というのは・・・大統領夫妻の50年目の結婚記念日・・・つまりは金婚式という事なのであった・・・。

そして・・・驚いた事に、床に臥っていた筈の・・・レナ夫人が・・・両脇を支えられる様に・・・食事の席へと出て来て・・・クミンによると、何年も仕える彼女でさえも、直接お目にかかるのは二回目だそうである・・・。

そして・・・大統領によるおよそ・・・30分程だろうか・・・長々とスピーチがあった後・・・ようやく冷めかけた食事が始まり・・・両サイドに控えたメイドたちに交じって、この私も・・・配膳やら、片付けに、駆り出され・・・何ゆえ、この、腕利きのスパイエージェントが、この様な、マッタク、私は一体何の為にこんな所へと・・・しかし宴もたけなわ・・・といったところで・・・遂に、それ、は起こったのだった・・・。

ただ、私にとっては意外というか・・・計算違いだったのは・・・それが、大統領ではなく・・・夫人、だった事なのである・・・。

大統領夫人の、レナ・アドニスは・・・突然苦しみだして・・・喉を引っ掻く様にもがきながら・・・しかし医師が駆け付けた時には・・・事切れた後なのであった・・・。

何でも・・・シェフのミスで、エビアレルギーの夫人の料理の中に、蟹と間違えて、エビを出してしまった事が・・・直接の死因だという事なのだったのだが・・・私は、陰謀の臭いをプンプン嗅いでいたのであった・・・。

もっとも、取り返しのつかないミスをしてしまったシェフは、その日のうちに、冷酷非情なモルヒ少佐によって、銃殺されたとの事だったのだが・・・。


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 ・・・私が、メイドたちの控室、の様な所へと入ると・・・その頃にはもう、お屋敷の中の、いろいろな場所へと、入る事が出来たのだった・・・。・・・最も、要人、たちの空間は全くの別なのであったが・・・。

クミンと、彼女の親友であるという・・・同い歳くらいの、ローリーが、何やらヒソヒソと・・・しかし二人とも、目の周りは赤くなっていて・・・どうやら夫人の死に対して・・・涙を流していた様なのであった・・・。・・・一方、少し離れた所には・・・オルガがいたのだが・・・彼女は例の如く、顔色一つ変えずに、無表情で立っていた・・・。

クミンは、涙が流れ出てきそうになるのを、必死に堪えながら、

「・・・レナ様は・・・かわいそう・・・」

すると、ローリーも、一筋の涙がツゥーと・・・頬を伝い、

「・・・ウン。・・・あれはきっと・・・でも、もうよしましょう?」

するとオルガが、まるでその二人の、会話に水を差す、と言うより、火に油を注ぐかの様に、冷酷な顔で、

「・・・殺されたのかもね。」

クミンが、憤って、

「・・・何ですって!?」

と、今にもオルガに掴みかかろうとするのを、ローリーが止めて、

「・・・やめときましょうよ。・・・分からない人には、分からないのだわ。」

と、必死になだめたので・・・その場は何事も起こらず・・・

すると、トントンとノックをしてから、執事のキャラウェイが入って来て・・・

「・・・君たち、休憩中のところを申し訳ないが・・・そろそろ仕事に戻りたまえ・・・」

そうして三人のメイドは、その部屋を出て行ったのだが・・・私もそれに続こうとすると、キャラウェイが、

「・・・マサミラさん、あなたには今日は、ちょっと違う仕事を・・・」


・・・それから20分程後の事・・・私はまた汚い、作業着の様なものに着替えさせられて・・・外で立って待っていた・・・。・・・もう夏も近いというのに・・・なぜだか気のせいか少し肌寒く・・・すると突然、例の、セージの呼び声が・・・

「おーい・・・こっちだ、こっち。」

私はキャラウェイから、今日は庭の木を刈る手伝いを・・・する様にと・・・マッタク、人使いが荒いとは・・・

「・・・おい、ちょっと、そのハサミを取ってくれ・・・!」

・・・しかしそれは、どこの誰も、同じの様で・・・

私が大きな剪定用の、ハサミをセージに手渡すと・・・彼は、木の上でケラケラと笑いながら、

「・・・お前さんも、やっと・・・」

そこでまた、堪えきれなくなったのか、彼は体を震わせて、ゲラゲラと・・・

「・・・庭師になれて、結構じゃぁないか・・・」

私が、肩をすくめて見せると、彼は木の上からスルスルと下りて来て・・・

「・・・何でも・・・昨日の夜は・・・オッと・・・!」

・・・とそこで、たえず辺りを巡回している、機関銃を構えた、警護兵が一人、通り過ぎたのであった・・・。

「・・・いいかね? ・・・いい事を教えてやろう。・・・何で夫人があんな目に遭ったのか、不思議に思っているんだろう・・・?」

「あ、いや・・・」

「・・・まあ、皆まで聴けってば。・・・あんさんの、している事は・・・このアッシには・・・」

「・・・何のことでしょう・・・?」

私はトボけたのだが・・・彼は構わず続け、

「・・・いいかね? まず初めに大統領が死んじまうと・・・その遺産は、夫人へと行って・・・次に夫人が死ぬと・・・あのお方は外国の出身だ。・・・何でも、スウィースだかどこかに、遠い親戚だかいとこがいるらしい。・・・その人に全財産が全部行っちまうのさ。・・・分かったかね?」

私がまだ、よく分からずにポカンとしていると、

「・・・こういう話は苦手か? ・・・潜入や射撃は得意なのに。・・・つまりは、もし今大統領がお亡くなりになられたら・・・遺産は全て、あの、強欲な、愛人の物、ってワケさ・・・。欲の深い連中だろ?・・・分かったかね?」

「ああ・・・なるほど・・・。」

私はやっと、納得をし・・・しかしこの人物は、意外と物知りであるなと・・・私が、射撃の名人である事も・・・え!? ・・・どういう事だ・・・? 一体・・・!

するとまた、セージはいつの間にやら木の上に登っていて・・・

「・・・おい! ・・・ちょっとノコギリを取ってくれ・・・」

私はノコギリを渡しつつ・・・一体この人物は、何者かと・・・しかし、その途端、またしても執事のキャラウェイに呼ばれて・・・

「おーい、マサマラさん・・・! ・・・こっちへ、来てくれー!」

私は、

「・・・っタク・・・」

と、愚痴りながら大急ぎで向かうと・・・木の上で、セージがゲラゲラと腹を抱えながら笑っているのであった・・・。


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 ・・・ここで唐突ではあるのだが・・・クミンの親友の、ローリーの、日記、を挟ませて貰う事とする。その理由は・・・後ほど・・・しかし、この私では分からない、伺い知れない・・・このお屋敷特有の、事柄というものも・・・有ったりするのだ・・・。

『ローリーの日記 6月12日 天気 晴れのち曇り

・・・昨日は、レナ夫人が亡くなられて・・・私やクミンは、悲嘆にくれていたのですが・・・しかし、相も変わらず・・・あの人たちは・・・特に、あの、アンナとモルヒとは・・・もはや、人目をはばかる事なく・・・堂々と・・・。

昨日の晩など、夫人が亡くなられたばかりだと言うのに・・・二人で同じ部屋で会っていて・・・私は・・・涙が溢れ落ちるほど悲しかったと同時に、悔しかったのですが・・・しかしながら、この様な事は、今に始まった事ではなく・・・次はおそらく・・・このお屋敷の、持ち主である・・・。

・・・私はしかし、その様な最悪な事態は何としても避けようと・・・クミンと策を練ったのですが・・・生憎、彼女意外に、頼りになってくれそうな人物は見当たらず・・・キャラウェイさんは、とてもいい人なのですが、自分の仕事で手一杯で・・・ハルマンさんなどもっての他、オルガという、新しいメイドも、一体何を考えているのやら・・・かと言って・・・あの、頼り無さげな、新しい使用人の人は、全くと言っていい程、役には立ちそうには無いので・・・。

・・・あ! また、誰かが、廊下の外に・・・。最近、誰かは分からないのですが・・・辺りをウロウロと・・・探っている様な気がして・・・。

・・・明日は大統領は地方にお出掛けという事なので・・・朝早くお発ちになるそうで・・・私も、もう、寝なくては・・・。』


12


 ・・・翌日の朝・・・大統領にしては珍しい事に、早目に朝食を取る為に、警護兵がいるだけの、だだっ広い部屋に、ただ一人、座っていて・・・朝食が来るのを、今か今かと、待っているところなのであった・・・。

そしてその日も・・・私はまた、配膳に駆り出され・・・マッタク、もう一人メイドを雇えばいいではないか・・・などと、文句一つ言わず、私は、食堂の方に・・・。

すると、そこには・・・先日処刑されたシェフに代わる、新しい料理人がもう来ていて・・・クミンとローリーもいたのであった・・・。

クミンが、その料理の内の一つに、それが何なのかは良くは分からぬのだが・・・特殊なスパイスを・・・それは黄金に眩しく輝く、スパイスボトルだか、シェイカーとでも言うのだろうか・・・? ・・・とにかく、それを、熱々のグラタンと生ハムサラダの載ったトレイの上に一緒に載せて、大統領の元へと、運ぼうとしていたのであったが・・・

「・・・クミンちゃん・・・! それは私が・・・行くわ・・・!」

・・・と、ローリーが代わりを願い出て・・・そのトレイを、運んで行ったのであった・・・。


すると・・・その僅か二、三分程後の事・・・ガラガラガッシャーン・・・! という大きな音が聴こえ・・・それは大統領のいる、部屋からなのであった・・・皆一同、大急ぎで、慌てて、急行すると・・・どうやらローリーが、その料理をトレイごと、ひっくり返してしまった様なのであった・・・。

キャラウェイが急いで片付けに入り、ローリーはひたすら、

「申し訳ありません・・・申し訳ありません・・・」

と、謝っていたのだが・・・なぜか執事のキャラウェイではなく、愛人のアンナが、エラくご立腹の様子なのであった・・・。

私も・・・その片付けに加わり・・・床にこぼれた、スパイスの粉を拾おうと・・・そこでなぜか、スパイス、ではなく、スパイ、としての嗅覚というか・・・勘、の様なものが突然働いて・・・そのスパイスの粉を、誰にも見られぬ様、こっそりと、上着の内ポケットの中に、ほんのひとつまみ、入れたのだった・・・。

大統領とはいうと・・・その料理と、スパイスは、大の好物だったらしく、かなりご機嫌斜めのご様子なのであったが・・・生憎、出発の時刻となった様で・・・ハルマンとモルヒ少佐とともに、食べかけの朝食はテーブルに残したまま、名残り惜しそうに・・・ヘリコプターに乗り込むのであった・・・。


・・・一方、片付けは一通り終わり・・・食堂には疲れ切った様子の、メイドたちと料理人と私とが・・・ローリーはというと・・・隣の部屋で、執事とともに、アンナからおそらく大変キツく、お叱りを受けているところなのであった・・・。

クミンが、青ざめながら・・・

「私が・・・ローリーに・・・代わりさえしなければ・・・」

すぐ横に立っていた私は、あくまでも紳士的に、

「・・・キミのせいじゃないさ・・・あまり自分を、責めない方がいいよ。」

・・・と、慰めたのであったが、クミンの表情は晴れず・・・

・・・やがて食堂からは、オルガと料理人も出て行き、私とクミンの二人だけになったのを・・・見計らって、私が小声で・・・

「・・・実は後で話がある。・・・例の、セージさんの小屋で会おう。・・・ローリーにも関係する事だ。」

と言って・・・彼女は呆然としていて、果たして今の言葉が、耳に入っていたのかどうかは確信は無かったのだが・・・とにかく、私はひとまず、そこからは出て、自分の部屋へと、向かったのであった・・・。


13


 ・・・セージ氏の小屋の前で待つ事、1時間、いや、そこまでは経ってはいなかったろう・・・? せいぜい50分・・・しかしかなり待たされて・・・前歯の一本抜けたオヤジは、終始ニヤニヤとしながら、呑気にパイプを吹かしていたのであった・・・。

そして・・・ようやく彼女、クミンが現れて・・・しかしながら、一体全体何の事かは分からないらしく・・・まあ、無理もないのだが・・・

「あの・・・一体何のご用事でしょうか・・・? 話なら・・・お屋敷でも・・・」

私は先程の、内ポケットに入れた、スパイスをほんの数粒、取り出して見せ、

「・・・これ、何だと思います・・・?」

クミンは、キョトンとした表情のまま、

「もしかして・・・先程の・・・スパイスでは? それ、大統領の大好物なんです。魔法の、スパイスとかで・・・」

と、彼女が思わず、手を伸ばして、舐めようとしたので、私は慌てて、

「・・・ダメだっ! これは・・・」

私が突然大声を上げたので、彼女は泣きそうな程に、怯えてしまったのだが・・・

「ごめんごめん・・・キミがいきなり、口に入れようとするから・・・この猛毒を。」

「エ?」

彼女はそこで、固まってしまい・・・すると突然、セージ氏が愉快そうに笑い出して・・・

「・・・ガハハハ・・・さすがだのぅ・・・有能な、エージェントはやはり、ちょっと違うもんだな。」

「・・・エ、エージェント!?」

しかしクミンにはさっぱり分からないらしく・・・まあ、最もな事なのだが・・・

私は、

「まあ・・・詳しく分析してみない事には、ハッキリとは断定は出来ないのだが・・・おそらく、リシン辺りか、もしくは青酸の一種じゃないかと・・・ほんの二、三粒舐めただけで・・・あの世へのファーストクラスのチケットを、ゲットした様なものだよ。」

「あなた・・・一体・・・誰なんですか・・・?」

私は、このクミンという女性は信頼しても大丈夫であると、確信したので、おおよそのあらましを・・・無論の事、彼女はとても驚いていたのだが・・・。

「・・・どうりで。・・・動きが素人っぽいと思いました。」

「ガハハハハ・・・」

その一言で、あの歯抜けのオヤジは大爆笑をしたのであった・・・。

「そんな事より・・・ローリーは今どうしてるね? 彼女が危ない・・・!」

「ローリーは・・・今は多分・・・お仕置き部屋の中で・・・ひたすら正座を・・・」

「おそらく・・・彼女はこのスパイスが猛毒にすり替えられた事を知って・・・ワザとトレイをひっくり返したんだろう。そして・・・すり替えたのはもちろん、あのアンナという女だ。・・・ワザとやったと知れれば、ローリーの命が・・・」

クミンはようやくそこで、事態の状況と、深刻さを理解し・・・慌てて屋敷に戻ろうとしたのだが・・・

「まだ続きがある・・・! ・・・不幸中の幸いというか・・・モルヒもハルマンも今は留守だ。おそらく・・・また策を練り直す事だろう。・・・戻って来るまでに、ローリーを救出して、私と一緒に脱出するかね? それとも・・・」

クミンは・・・少し考えていたのだが・・・

「それは・・・ローリーにも・・・聞いてみない事には・・・」

「あまり時間はないよ?」

しかしクミンは今度は、はっきりと、

「分かっています! でも・・・他の人たちも・・・置いて私たちだけ逃げるのは・・・!」

私は、ここは仕方なく、作戦を変える事とし・・・

「・・・分かったよ。でも、決して、この事は・・・誰にも悟られない様にね。・・・特にあの例の三人には。」

「・・・ハイ。分かりました。・・・ありがとうございます。いろいろと・・・教えていただいて・・・」

そう言うと・・・クミンはクルリと背中を向けて・・・お屋敷の方へと・・・戻って行ったのだった・・・。

私が頭を掻いていると・・・セージじいさんのニヤけ顔が目に入ったので・・・

「何がおかしい・・・?」

「いや何・・・アンタ、スパイのくせに・・・人間の感情を持っとるんだな?」

私は・・・その様な事を言われて・・・照れ臭いと言うよりは・・・自分の事がもどかしくなって、

「・・・そんな事より。・・・アンタは誰からの差し金だ? ・・・長官が寄越したのか?」

しかし、セージはあくまでもとぼけて、

「いや何・・・アンタの・・・古い友人、てトコかな?」

・・・などと、訳の分からない事を言って、自分の小屋へと引っ込んでしまったのであった・・・。


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『ローリーの日記 6月14日 天気 曇り(私の心の中はザーザー降り)

・・・私は一日中、あのお仕置き部屋とかいう・・・何も無い、冷たい床の真っ暗な部屋で・・・正座をさせられて・・・でも夕方になってようやく、アンナさんからお赦しが出て・・・けど・・・私は立ち聞きしちゃったのよ? あの・・・アンナとモルヒとが・・・スパイスの中に猛毒を入れる、っていう話を・・・。

・・・レナ夫人があんな事になったばかりだというのに・・・今度は大統領まで・・・だから私は、わざとトレイを・・・でもお陰でアンナやキャラウェイさんからはこっぴどく叱られるし、もう・・・散々だわ・・・! 

・・・でも、私がお仕置き部屋から解放された後、クミンちゃんが私の部屋に来て・・・励ましてくれて・・・しかも、まさか、あの、一番頼りになりそうにない、新しい使用人が、腕利きのエージェントだったなんて・・・私にはまだイマイチ納得は行かないのだけど・・・でも、毒の事は見抜いていた様だし・・・けどもしかしたら、あの三人の仲間、って事もあり得るわ。大体・・・誰が味方で、誰が敵なのか・・・もう分からなくなってきちゃったわ。それに・・・。

・・・逃げるだなんて、私には考えられない。考えられないわ。そんなの・・・酷い事が起きようとしているのが分かっているのに・・・皆を見捨てて・・・私には出来ない・・・!

あ・・・! また、誰かが・・・すぐ表の廊下に・・・一体誰なのかしら・・・?

この家も、国も、人びとも・・・みんなおかしくなっているんだわ・・・!』


15


・・・一方私は・・・真夜中になった頃、私の部屋へとやって来た、メグと会っていて・・・今後の策を練っていたのだが・・・メグはなぜだか、浮かぬ表情で・・・どうやら・・・彼女の話によると、我々にとっての最大の敵、その名も『ポイズナス・スパイダー』に・・・これは、我が国に敵対する勢力が、あらゆる手を使い、世界中から、腕利きのスパイやら、スナイパーやらハッカーやら・・・とにかく、そういった危険な連中をあの手この手で集めて・・・特に金に糸目はつけなかった・・・そうして世界中に築き上げた、スパイ網なのであった・・・。

彼女は・・・メグは、最近、どうもつけられているというか、見張られている様な気がすると言い・・・しかしながら、私は初めて知った事なのだが・・・実は彼女はこの国で生まれて、小さい頃に、私の国へと逃がれて来て・・・なので、この国には特別の思い入れがあり・・・自分の手で、国の体制を少しでも、良いものへと・・・変えたいと・・・なのでこの国を去る事など、微塵も考えてはいない様なのであった・・・。

彼女は、その晩は、特に憂いを帯びた表情で・・・

「・・・私・・・この国を何とかしたいんです・・・少しでも・・・だから・・・あんな強欲な連中に、支配させるつもりは・・・」

私は、正直なところ、諜報活動に、私情は禁物であると思ったのだが・・・彼女の気持ちも、痛い程分かったので・・・

「まあ・・・いずれにせよ、あの独裁者には、権力の座からは、下りてもらわないとね。・・・話はそれからだよ。」

彼女は、メグは、ほんのちょっとだけ考えていたのだが・・・

「・・・ええ! そうですね! まずは・・・そこから・・・」

・・・と、少し明るい表情に、戻ったのだった。

そして、

「これからの方針は・・・また考えましょ? 今日のところは・・・」

「・・・ああ。だがもし・・・」

「もし・・・? なんです・・・?」

私はその時、何でその続きを口にしなかったのかと・・・後々まで、とても後悔したのであったが・・・。

ともかくも、メグはその晩は、来た時と同じ様に、屋根を伝って・・・去って行ったのであった・・・。


・・・しかしながら・・・彼女が私の部屋を出た、ほんの一、二分後・・・突然、ドスッという、鈍い音が聴こえて・・・誰かが地面に落ちた様なのであった・・・。

私はとても嫌な予感がして、慌てて窓の外へと出ると・・・私の耳元を、銃弾の様なものが、ヒュン!と、掠めて・・・。

私は咄嗟に拳銃を取り出して、構えて物陰に隠れ・・・弾の飛んで来た方向を注意深く見ると・・・一人の暗視スコープを付けた、ライフルを構えた男が・・・奴こそが、『ポイズナス・スパイダー』の中でも、一番とも言われる、腕利きスナイパーである、ストリキラーで間違いはないのであった・・・。

奴とは以前にも、対決した事があり・・・奴は執拗に、ライフルで私の事を数発、狙撃してきたのであった・・・。

私は・・・不利である事には違いはなかったのだが・・・サイレンサー付きの拳銃で・・・応戦し・・・しかしながら、やがて・・・長期戦になるのは得策でないと悟ったのか・・・素早く、何処へと去って行ったのであった・・・。


 ・・・私はそこで、先程の、鈍い音を思い出し・・・ハッとなって・・・慌てて屋根から降りると・・・地面の上では、メグが・・・横たわっていて・・・私は急いで抱きかかえたのだが・・・もうすでに、息は絶え絶え・・・というか、殆んど虫の息で・・・彼女自身も、自らの最後を悟ったのか・・・ただ、一言だけ・・・

「・・・どうか・・・この国を・・・よろしく・・・お願い・・・」

・・・彼女は・・・メグは・・・そこで・・・還らぬ人と、なってしまったのであった・・・。


16


・・・私には、悲しんでいる間など無かった・・・実際、なかったのである・・・。


翌日は・・・朝からお屋敷の中じゅう、バタバタとしていた・・・。

・・・私はまた、いつもの様に、床の片隅を磨いていたのだが・・・執事のキャラウェイなどは、私の目の前を・・・私が数え切れただけでも・・・22回は、右へ左へ右へ左へ・・・と・・・行ったり・・・来たり・・・。

・・・しかしおそらく、23回目に遂に、キャラウェイは立ち止まり、私の方をまじまじと見て・・・

「・・・おいキミ・・・! ええと・・・」

「・・・マサムラです。」

「・・・ああそうだった・・・ちょっと・・・お使いを頼まれてはくれないかね・・・? とても・・・重要な、使いなんだ・・・」

しかし私には、全く何の事かは見当は付かなかったので・・・

「ああ・・・いいですよ。」

・・・と、気安く・・・後になって考えてみれば・・・半分は後悔する様な・・・しかし残りの半分は・・・まるで予測もしていなかった事が・・・。


私が執事に言われがままに、その、城門のような入り口から外へと出ると・・・一台のジープが止まっていて・・・何と、運転席には・・・あの、セージが陣取り、もうすでに、ハンドルを握っていたのであった・・・。

私は・・・無論の事、この様な男に、運転をさせるのはとても不安であったのだが・・・彼はどうやら運転席を譲る気など、これっぽっちも無いらしく・・・

「・・・アッシに任せなせぃ・・・! こう見えても・・・このジープにはもうかれこれ・・・15年は乗ってるんでさぁ・・・!」

・・・すると、いつの間にやら、後部座席には、クミンも乗り込んできて・・・

「・・・アレ? ・・・キミも行くのかい・・・?」

と、私が聞くと、

「・・・ええ。だって・・・あなたはその、薬局の場所はおろか・・・薬剤師さんの顔も知らないでしょ・・・?」

「ああ・・まあ・・・薬局!? ・・・一体・・・どういう事なんだい・・・?」

・・・などと私が話している間に・・・セージは突然ジープのアクセルを思い切り踏んだらしく・・・私は危うく、舌を噛んで、あの世へ急発進しそうになり・・・

「誰か・・・急病人かい・・・?」

私が聞くと、クミンは呆れた様に、

「・・・聞いてなかったんですか・・・? ・・・あの屋敷にいながら。」

・・・だって私は・・・ただ執事のキャラウェイの言われるがままに・・・動いていていただけなので・・・

「・・・エージェント失格ですよ? ・・・大統領の容態が・・・今朝になって急に・・・」

私は無論の事、とても驚いたのであるが・・・そこで一つ疑問が湧いてきて・・・

「ところで・・・それと、これには・・・どんな関係が・・・?」

「前からの・・・持病なんです・・・。最近は・・・治まっていらっしゃったのですが・・・多分、夫人が亡くなられた事で、そのショックで・・・心の負担が・・・」

「・・・ああ、なるほどね。」

私はそこで、腕利きの諜報員の如く、考え事を巡らせようとしたのであるが・・・その様な事には全くお構いなしに・・・セージはジープをまるで、暴れ馬か何かの様に・・・運転する、というよりは、これ以上暴れようとするのを、必死に手綱でさばくかの様に・・・実際、彼は、

「・・・ドゥ、ドゥ・・・」

・・・などと、口に出していたのであった・・・。

「おいおい・・・馬じゃないんだから・・・。・・・すると、その大統領の件は・・・決してあの、愛人たちの陰謀とかでは・・・」

クミンはやや呆れたかの様な表情で、

「・・・違うに決まってるじゃないですか。・・・マッタク、それで本当に、スパイだとか何とかが・・・務まるんですか・・・?」

若いそれもシロウトの女性に、その様な事を言われて・・・私は正直、少しだけ、ほんの少しだけ、傷付いたのであるが・・・あくまでも、ほんの少し、なのだが・・・。

・・・そうこうしているうちに・・・その薬局、とやらに着いた模様で・・・そこは、金持ちというよりは、貧しい、一般庶民の集まる、バザールの様な所で・・・その一角に、その小ぢんまりとした、かなり古ぼけた造りの、古式ゆかしき薬局はあって・・・クミンは、大急ぎで、ダッシュで店内へと、入って行ったのであった・・・。

私は・・・セージの乱暴な運転のせいで、腰が少し痛くなり、ゆっくりとジープを下りたのであるが・・・その私に向かって、セージがまるで、と言うより、ほとんど嫌味たっぷりに、

「・・・アンタの役目は・・・分かっちゃぁいるだろうが・・・あの、クミンちゃんの、ボディガード、みたいなもんだからねぇ・・・誰もアンタには、それ以上のことは・・・期待しちゃいないのさ・・・ガハハ・・・」

・・・と、歯抜けの口を開けて、言いやがったのであった・・・。

クミンは・・・そうこうしている内に店から出てきて・・・

「・・・行きましょ・・・! 早くしないと・・・大統領が・・・!」

しかしながら・・・そのバザールの中は・・・大勢の人でごった返しており・・・ジープは再び、走り出したはいいが・・・身動きが取れなくなってしまったのであった・・・。

すると・・・どこの誰かは知らないが・・・そのジープに刻印された、大統領府の紋章、の様な物を目ざとく見付けた者がいて・・・

「・・・おい! あれは・・・宮殿から来たんじゃないのか・・・?」

「・・・そうだ! ・・・あれは・・・独裁者の、使い走りじゃないのか・・・?」

「・・・そうだ! ・・・独裁者の・・・犬め・・・!」

・・・などと、口々に叫びながら、気が付くと・・・ジープの周りは群集で、すっかり取り囲まれてしまったのであった・・・。

クミンとセージとが、必死に群集をなだめたり、否定したりするのだが・・・よほどあの、独裁者、は貧しい人々には嫌われているらしく・・・彼らにしてみれば・・・その屋敷で働く者は、例え同郷人と言えど、敵も同然なのであった・・・。

・・・これには、さすがの私も、そしてセージにもクミンにもどうする事も出来ず・・・薬を持ち帰るどころか・・・もしかしたらここで、リンチにでもされて、ミンチにでもさせられてしまうのではないか・・・? ・・・などと、おそらく二人は思ったのかもしれないのだが・・・この百戦錬磨の私にとっては・・・このぐらいの事では・・・しかしながら・・・もう少し時間が・・・考える時間が・・・欲しかったのだが・・・群衆の数は見る見るうちに増していき・・・。


17


・・・万策尽きたか?・・・などと、私を含め三人が諦めかけた時・・・二人の男が、急ぎ足で歩いてこちらにやって来て・・・一人はまだ若く、しかしながら精悍な顔立ちをしていて・・・もう一人は・・・アレ?・・・以前どこかで見た様な気もしたのだが・・・真っ黒いサングラスを掛け・・・その時の私には・・・それは決してパニックになりかけていたとか、そういった事では無いのだが・・・決して・・・。

・・・その若い男の方は、我々のジープのボンネットの上に飛び乗ると、群衆に向かって大声で・・・

「・・・皆さん・・! 彼らは確かに、あの独裁者の、屋敷で働く者たちだが・・・」

私はふと、なぜ、この若い男が、その事を知っているのかと・・・

「・・・しかしながら、彼らは味方である・・・! ・・・実を言うと・・・我々が送り込んだ・・・スパイというか、中の様子を伺っていて・・・いざ、という時に、合図をして・・・我々を導いてくれる者たちなのだ・・・! ・・・分かったか・・・? 皆の衆・・・! ・・・もしこの私、シモンを心から信頼してくれるのならば・・・今はひとまずここを立ち去って・・・もう少し様子を伺い・・・そして然るべき時には・・・! ・・・皆で一緒に、立ち上がろうではないか・・・!」

その演説の様な、言葉を聴くと群衆からは、一斉に、どよめきと、拍手と、驚きの様な、まるで彼に対して、驚嘆するかの様な声があちこちで上がって・・・そうしてようやく、ジープはノロノロとだが、前へと進み出したのであった・・・。

そして・・・その若者と、もう一人の、真っ黒いサングラスをかけた男も、ジープへと乗り込み、ゆっくりとバザールを抜けて・・・。


18


・・・町からは少し外れた、遠くの方まではるか見通せる、崖の上でジープは止まり・・・そしてまず、そのシモンとかいう若い男が・・・我々三人に向かって、なぜだかは知らぬのだが・・・詫びるのであった・・・。

「・・・申し訳ありません・・・民衆というモノは・・・人々は、一旦火がつくと、手に負えなくなってしまうので・・・」

「・・・いいえ。気にしてはおりませんわ・・・?」

・・・と、そこはなぜかクミンが答えたのだが・・・

「・・・お三方が・・・あの、大統領の屋敷で働きつつも・・・独裁というものに、反感を抱いていることは・・・承知しておりましたので・・・まさかあの様な事になるとは・・・」

・・・この若者は・・・いったい何者なのだろう・・・? ・・・我々の事を、全て知っているとでも言うのだろうか・・・?

・・・と、そこで、もう一人のサングラスを掛けた男が、私の肩をそっと叩いて・・・

「・・・よ、久し振りだな?」

・・・などと言い、ジープを下りて一人、歩いて行くので・・・私にはいったい何の事かはよく分からなかったのであるが・・・その男について行き・・・しかしながら、その声だけは、いつかどこかで聴いた事がある様な・・・。

「・・・エフェドリンよ。・・・キミは相変わらずだなぁ・・・」

「・・・キミはいったい・・・誰・・・?」

「・・・おいおい・・・俺だよ。・・・かつての仲間の、ロベリン様を、忘れちまったのかい・・・?」

私は驚愕し、

「・・・しかし・・・ロベリンは・・・死んだ筈じゃ・・・爆発に、巻き込まれて・・・」

その男が、サングラスを取ると・・・確かにその笑顔は・・・かつての工作員の同僚であり友人でもあった・・・ロベリンその人なのであった・・・ただ、両眼のまぶたに、まるで焼けただれたかの様な跡がついて、閉じてしまっている以外は・・・。

彼は苦笑いをしつつ、

「・・・危険な任務を終えた後に・・・長官の提案で・・・爆死して存在を消し去ってしまって・・・しばらく身を潜めていようかと思ったんだが・・・想定外で、爆風が強すぎたようで・・・このザマさ。」

彼はもうすでに吹っ切れているのか・・・フッと、鼻で笑うのであった・・・。

「・・・『ムスカゾン』・・・を知っているかね・・・?」

「・・・ああ。ネットに存在するとかいう・・・無政府主義者たちの集まりというか・・・世界中の独裁的、全体主義的な国家や組織に・・・攻撃を仕掛けているとかいないとか・・・」

「・・・俺は今はそこのメンバーなんだ。」

私は少し驚きつつも、

「・・・いいのか? 表に出て来てしまっても。・・・どこかの部屋の中で、キーボードでも叩いていた方が・・・」

「・・・いいのかい? ・・・そんな事を言って・・・。あの・・・セージを長官の指示で、お前の元へと・・・手配したのは俺なんだぞ・・・?」

「そいつはどうも。・・・つまりは、まだ俺の所属する組織とは、完全に手が切れてはいない、ってコトだな?」

「・・・長官には貸しがあるが・・・借りもあるもんでね・・・」

「まあ・・・あまり出歩かない方が・・・身の為だけどな・・・」

「お前こそ・・・例の、スパイダー、に・・・」

「・・・ああ、うちの工作員が殺られた・・・例によって、あの、ストリキラーの奴にだよ。」

「・・・あの女性工作員は・・・あそこにいる、シモンの実の姉なんだ。」

「・・・エッ!?」

私は思わず声を上げ・・・何しろ・・・驚く事の連続なのであった・・・。

そしてまるで、そのタイミングを待っていたかの様に・・・シモンが、ジープを下りて、ゆっくりと近付いて来て・・・

「・・・私の姉が・・・大変お世話になりました・・・最後を看取って頂き・・・ありがとうございます・・・姉は・・・何か最後に・・・」

私は正直、言葉も出なかったのだが、

「・・・いや、特には・・・ただ、この国をよろしくと・・・」

「・・・そうですか・・・」

そう言って、それまではあれだけ自信に満ち溢れていたその青年は・・・首を垂れて頷くのであった・・・。

するとクミンが、大声で、

「もう行かないと・・・! 大統領が・・・!」

私は先程から比べると、やや覇気が無くなりつつあった二人に、

「・・・済まんな。今はこれが・・・俺たちの仕事なんだ。」

そして私もまたジープに乗り込むと・・・セージはエンジンを思い切りふかして・・・

すると、シモンが・・・

「・・・きっと・・・その内絶好の機会がやって来ます・・・! 我々は、その時の為に・・・実力を蓄えて・・・」

しかしそれに答える間もなく・・・セージの運転する、暴れ馬、であるジープは物凄い勢いで・・・再び走り出したのであった・・・。


19


・・・私たち三人が大統領宮殿に着くと・・・執事のキャラウェイが、待ちきれずに、すっかり痺れを切らせたというふうに・・・早口で捲し立てるのであった・・・。

「・・・マッタク、何をやっていたのかね・・・? ・・・牛に乗って行ったわけじゃあるまいし・・・」

クミンとキャラウェイとは・・・その、薬、を持って・・・大統領の寝室へと・・・駆け上がって行ったのであった・・・。


・・・そして・・・その夜の事・・・もうそろそろ、終わり、が近付いているのではなかろうかと・・・それはあくまでも、プロとしての勘、だったのだが・・・思い切って、要人たちの住まいの方へと・・・幸いな事に・・・屋敷中がバタバタとしていたせいで・・・警護兵たちも浮き足立っており・・・私は容易に、そこへと、侵入することができたのであった・・・。


・・・そして・・・そこは、大統領の愛人であるアンナと、モルヒと、そしてハルマンの部屋も・・・ほぼ隣り合う様に・・・仲良く並んで、一つのフロアの、廊下に連なっているのであった・・・。


・・・突然、私は人の気配を察して・・・咄嗟に身を隠したのだが・・・おそらくそれはモルヒの部屋らしかったのだが・・・一人の女が出て来て・・・しかしそれはアンナではなく・・・あの、オルガなのであった・・・。

その様子からして・・・中で何が行われていたのかは・・・一目瞭然なのであった・・・。

そしてもう一人・・・その光景を密かに目撃する者が・・・それは、ヘルマンなのであった・・・。


翌朝・・・メイドたちの人目もはばからず・・・口汚く罵り合う、アンナとモルヒの姿が・・・屋敷のあちらこちらで・・・。

おそらく・・・ハルマンがアンナに報告、というか、密告したに違いはないのだが・・・それは要するに、ハルマンにも当然の事ながら、欲、というモノが出て来て・・・ライバルを一人でも、蹴落とす事は、彼の理に適っていたのである・・・。

しかしながら・・・どういう訳か、ハルマンはそのモルヒの相手の名前は言わなかったらしく・・・口に出していれば、オルガはアンナに処罰されていた筈であった・・・そこで私は・・・。


・・・例の、掃除用具置き場、へと・・・無論の事、匿名で、モルヒとの事をアンナに話すぞ?・・・と、カマをかけて・・・すると案の定、オルガは一人でやって来たのであった・・・。

そして・・・これは私の読み通りであったのだが・・・オルガは、懐から小さいが本物の、拳銃を取り出して・・・構えながらその部屋の中を、注意深く、その自分を呼び出した人物、を探していたのであるが・・・私はそれら一連の動きが良く見える場所から、タイミングを伺っていて・・・そうしてその瞬間が到来すると・・・飛びかかって・・・彼女の拳銃を取り上げ・・・身動きを取れなくしてから・・・

「・・・どこの組織の者だ?」

・・・と、だけ、訊いたのであったが・・・彼女は黙ったままだったので・・・私は威嚇のため、一発だけ、すぐ近くにあった、マットレスのような物に向けて発砲し・・・そうしてもう一度、同じ事を訊いたのであった・・・。

彼女はようやく観念したのか、

「・・・スパイダー・・・ポイズナス・スパイダー、という・・・」

「・・・やっぱりそうか・・・」

私はようやく確信をしたのであった。

しかしオルガは、まるで捨てゼリフのように・・・

「・・・あなたが・・・まさかねえ・・・へぇ、なかなかヤルもんだわ? ・・・ケド。この国からは決して、生きては出られないわよ?」

「・・・ストリキラーには、俺はやられはしないぞ・・・?」

しかしオルガは、フッ、と笑い・・・

「・・・それだけなら・・・アンタはむしろラッキーだわ・・・?」

この敵工作員は・・・一体何を言っているのだろう・・・? ・・・などと、私がふと、ほんの一瞬、物思いにふける、というか・・・考え込んでいると・・・彼女は突然、苦しみ出して・・・唇の端からは、一筋の、赤いモノが、ツゥーッ・・・と・・・。

どうやら彼女は・・・自ら、奥歯の中にでも仕込んでおいたのだろう・・・?・・・毒をあおって・・・ほどなく・・・息絶えたのであった・・・。

・・・すると・・・その女性工作員、が、パタリと倒れたのと、まるで呼応するかのように・・・。


20


・・・突然、お屋敷の、メインルームというか、そちらの方向から・・・屋敷内の人々、メイドや、使用人や、警護兵やら・・・彼らが一斉に騒ぎ声を上げ・・・そして・・・どうやら、大統領宮殿の、塀のすぐ外には、数多くの群衆が押し寄せて来ていて・・・皆で、フェンスを掴んで、揺さぶったりしているのであった・・・。

これはおそらく・・・この国の古い体制の終わり、を端的に現わしていて・・・そうしてまるで、それを象徴するかのように・・・執事であるキャラウェイが、首を何度も振りながら・・・「もうダメだ、もうおしまいだ」と、呟いているのだった・・・大統領の寝室から出て来て・・・どうやら、この国の最大の権力者である、パパベリン大統領が・・・死去した模様なのであった・・・。


 ・・・すると・・・いつの間に誰が用意したのか・・・例の庭には、芝生の上に、例のヘリコプターが待機していて・・・我先にと・・・急ぐように・・・アンナとモルヒとハルマンとが・・・乗り込もうとしていたのだが・・・アンナとモルヒとは、相変わらずお互いに、罵り合っていて・・・しかしながら・・・突然の、まるで宙を切り裂くかのような・・・一発の、銃声が・・・そして・・・。

・・・バタッと、モルヒ少佐はあっさりと倒れ・・・ハルマンの放った銃弾によって・・・。

・・・そうしてアンナと、ハルマンの乗ったヘリコプターは・・・パタパタと・・・飛び立って・・・行ったのであったが・・・。


・・・そうこうしている間にも、人びとが今にもフェンスや塀を壊して・・・屋敷の中へと、入るのはもはや時間の問題なのであった・・・。

私は、クミン、ローリー、キャラウェイの三人に・・・

「・・・今すぐここから逃げ出さないと・・・大統領の仲間と見なされますよ・・・? もし・・・そうなれば・・・」

クミンは、

「・・・早く逃げましょ・・・? ・・・ネ?」

・・・と、私の意見に賛同してくれたのだが・・・ローリーと、キャラウェイは・・・キャラウェイなどは、長年支えて来た、主人、が亡くなった事がショックだったのか・・・あるいは、全く別の理由によるものからなのか・・・その場に、ただ呆然と、座り込んでいて・・・

「・・・私の事はほっといて・・・早く他の人たちは・・・」

・・・などと、放心状態だったのだが・・・ローリーの方は、むしろそれとは正反対で、

「・・・私は・・・ここに残って、皆と、貧しい国民たちと・・・闘います・・・!」

・・・などと言うのであったが・・・私は、いずれにせよ、ここに留まっていれば、必ずや巻き添えを喰らうと・・・考えたので・・・

「・・・仕方ない・・・ローリーさん。君の気持ちは十分分かるが・・・今ここにいるのはまずい。・・・大統領の、一味だと思われてしまう・・・」

クミンも、親友に向かって、

「そうよ・・・! この人の言う通りだわ・・・! 今はとりあえず、この場は離れて・・・」

ローリーは少し戸惑っていて、

「でも・・・一体、どこへ行ったらいいのか・・・」

すると突然、またしてもジープに乗った、セージがまるで、おいしい所を全てかっさらうかの様に、現れ・・・私は、

「・・・よし・・・! ・・・ホラ、ローリーも、キャラウェイさんも・・・とりあえずこの場からは・・・」

そしてローリーには、

「・・・私が良い所へ案内してあげるよ。・・・シモンという・・・民衆たちのリーダーだ。そこで思う存分・・・闘うなり、何なり・・・すればいいさ。・・・思う存分にね。」

そこでようやく、ローリーはジープへと乗り込み、そしてまだその場にへたり込んでいるキャラウェイに向かって、

「・・・キャラウェイさんも・・・行きましょ? きっと・・・そこで・・・新しい仕事なら・・・いくらでもあるわ・・・!」

・・・と、ローリーが力強く言うので、ようやく・・・立ち上がってジープに乗り込むのであった・・・。

・・・すると・・・その瞬間、一斉にもはや暴徒と化した、群衆が、敷地の中にまで、雪崩れ込んで来て・・・ジープの前を塞がれてしまったのだが・・・何を思ったのか、セージが運転席から下りると・・・しかも杖はついてはおらず、さらには姿勢もシャン、としていたのだった・・・。

・・・そして、つかない代わりに、杖を武器のように振り回して・・・軽く二、三人・・・いや、四、五人は、殴り倒したのであった・・・。・・・そして、再び、ジープへと乗り込むと・・・またしてもその、暴れ馬、のアクセルを思い切り・・・まるで御者が鞭で馬の尻を引っぱたくかの様に・・・生憎私は今度は・・・舌の隅っこを軽く、噛んでしまったのであった・・・。


21


・・・ジープは再び・・・例のバザールへと・・・しかし何事にも抜かりの無いセージは・・・今度は大統領の紋章は外しておいたらしく・・・そのせいなのか・・・バザールの中は相変わらずというか、先日程よりもさらに、人々でごった返していたのだが・・・しかし今回は特に妨害はされずに、ノロノロと進み・・・しかし実のところ、シモンやロベリンの正確な居所は不明だったのだが・・・一台の、トラックが、ジープの前に出て来て・・・そこには、いつかネットで見た事のあった、『ムスカゾン』のシンボルマークが書かれた旗が、翻っていて・・・

「・・・あのトラックに・・・ついて行くんだ・・・!」

・・・と、私が言うと、セージは、

「・・・ヘイヘイ、分かりやんした・・・」

・・・と、まるで自分の方が、何でも知っているかの様な、適当な返事で・・・しかし次の瞬間、鋭い痛みが私の頬に走って・・・手で触れると・・・ほんの僅かではあるが・・・血がついていて・・・私は咄嗟に、後方を振り返り・・・そして再び前方の運転席のセージに、

「・・・すまん。皆は先に行ってくれ・・・私は・・・やり残した事がある・・・」

・・・と言って・・・ジープを下り・・・どうやらしつこく『スパイダー・・・』の連中につけ回されているらしく・・・またしてもストリキラーに、狙撃された様なのであった・・・。

このままでは・・・他の者たちも巻き込んでしまうので・・・どうやら私一人で、ケリをつけるしか、方法は無い様なのであった・・・。


 ・・・私がジープから下りて・・・尻尾を巻いて逃げるフリをして、石造りの歩道橋の様なものの真下で、隠れて待ち構えていると・・・やはりライフル銃を持った、ストリキラーが・・・しかしながら、今は生憎、夜ではなく・・・奴の‘得意技’である暗闇の中での、暗視スコープ、などは役に立つはずもなく・・・そして私は・・・拳銃の撃鉄を起こした時の、音を聴かれて、気付かれてしまう事を警戒して・・・懐に忍ばせていたナイフをそっと、取り出して・・・近付いて来た奴の手元へと・・・それは無論の事、的確に突き刺さり・・・その、組織No. 1、の殺し屋も・・・武器であるライフル銃を地面に落として、しかも利き腕にナイフが刺さったままで、拾い上げる事が出来ないとあっては・・・いくら銃の技量では劣る私であったとしても・・・。

・・・私は奴の、ライフル銃を拾い上げると・・・その額へと・・・突き付けたのであった・・・。

「・・・残念だったな・・・メグの仇は、取らせてもらうよ・・・?」

・・・奴はどうやら・・・さすがに百戦錬磨の殺し屋、と言っても、丸腰とあっては、所詮は・・・。

・・・しかし驚いた事に・・・次の瞬間、今度は別の方向から、私に向かって、別の銃弾が、飛んできたのであった・・・。

私は咄嗟に地面に倒れ込みながら、身体を回転させつつ・・・ライフル銃を放って・・・ストリキラーは仕留めた様なのであったが・・・次の敵の銃弾が・・・私の手を掠め・・・私はライフル銃を落としてしまい・・・そうしている所へ現れたのは・・・なんと驚いた事に・・・『ポイズナス・スパイダー』の・・・トップに君臨する・・・セロトーその人なのであった・・・。


22


・・・セロトーは、私の顔の眼前に、拳銃を突き付けながら・・・その表情は・・・半分はせせら笑う様に、半分は苦虫を噛み潰したような・・・そんな複雑な表情を浮かべつつ・・・

「・・・キミか。いつも我々のジャマばかりするヤツは。」

「それは・・・お互い様じゃ・・・ないですかね?」

「・・・だが、それも今日まで。それも・・・今この瞬間で終わりだよ。」

私は、ピクリとも動かない、ストリキラーを見て、

「しかしあなたも、あなた方も、貴重な人材を失って・・・ダメージを受けたのではないですか・・・?」

しかしセロトーは、余裕の笑みを浮かべて、

「なあに・・・私の組織には・・・オリンピックの射撃競技で、メダルを取れそうな連中が、何人もいるモンでね。」

「へぇ・・・そいつは羨ましい・・・」

私は・・・話を引き伸ばそうとした。・・・と、いうのも、私の正面のかなり遠く・・・つまりはセロトーの背後からは・・・見慣れた人物が徐々に近付いて来ていて・・・射程距離に入るまで・・・

「・・・一つ、聞いてもいいですか?」

「なんだね・・・? まあ、遺言代わりに、聞いてやろう。」

「あなたの築いた・・・その、網、の広さは・・・一体どれぐらいなんですか・・・?」

すると彼は、不敵な笑みを浮かべて、

「・・・まあ・・・世界中・・・この星の上、あまねく、ってトコかね?」

・・・次の瞬間、私は大声を上げながら、身体を地面に伏せ、

「ロベリン・・・! ここだ・・・!」

するとロベリンは、手にしていた、軽機関銃を、タタタタタ・・・という乾いた音をさせて、撃ちまくり・・・。

私は地面の上をゴロゴロと回転しながら、脇へとよけたのだが・・・セロトーには・・・弾が命中したのかは、定かではなかったのだが・・・しかし、その場から逃走したのは、確かなのであった・・・。

私はロベリンに、感謝の言葉を述べ、

「まさか・・・キミが来てくれるとは・・・」

「ヤツがボス、ってワケか。・・・最も、今の私には、その姿を拝む事は出来ないんだが・・・」

「感謝するよ。」

「キミには・・・借りがあったが・・・貸しも出来たな。」

「まあ・・・その内に・・・メシでも奢るよ。」

しかしロベリンはそれには答えず、

「あの例の四人だが・・・セージはもちろん、我々の仲間なのでここに残るが・・・あの執事と、メイドのうちの一人が、この国に残りたいと・・・」

「そうか・・・分かった。・・・後は俺に任せてくれ。」

そうして・・・この国の、反政府組織のある場所へと・・・それは機密上、詳しい場所は言えないのだが・・・。


23


・・・私はローリーとキャラウェイは、そこに残して・・・シモンに、後を託したのであった・・・。

「・・・二人をよろしく頼みます・・・何かと・・・役に立つでしょう。あと・・・幸運を祈るよ。」

シモンは、すっかりリーダーの顔付きというか・・・オーラの様なものすら感じられて・・・

「ありがとうございます・・・あなたも。お気をつけて。」

私はクミンだけを連れて・・・その場からは立ち去り・・・クミンは、親友であるローリーと、最後の抱擁を交わし・・・お互いの目からは大粒の涙が・・・。


私たちはまた、セージの運転するジープで・・・トーメリック副長官から指定された場所へと向かいつつ・・・私はクミンに、

「・・・本当にいいのかい? この国に・・・残らなくても・・・。」

すると、クミンは、後悔はないらしく、

「・・・ええ。私は元々は・・・この国の生まれでは・・・悔いはありません。ローリーと・・・離れ離れになってしまうのは・・・寂しいけど・・・けど、いつかその内・・・この国が、平和になったら・・・」

ジープを限界ギリギリで爆走させていたセージが、突然笑い出して、

「ガハハハ・・・ダンナァ・・・まあ、これが、人生、ってヤツですって・・・」

私は苦笑しながら、頭を掻きつつ・・・

「キミは・・・黙って前を見て、運転してくれたまえ・・・」

「・・・ヘイヘイ・・・分りやんした・・・」

セージは愉快そうに笑いながら・・・目的地へと・・・。


おおよそ20分程後の事・・・国境沿いの、山の上に・・・一機のかなり型の古いプロペラ機が停まっていて・・・その前には、昔の飛行機乗りが着る様な、レトロなファッションでフル武装した一人の男が・・・立っていて・・・私は、

「・・・キミが・・・ケッパー中尉かね?」

・・・と、尋ねると、

「そうです・・・! エフェドリン氏ですか?」

「そうだ・・・! よろしく頼むよ・・・?」

するとケッパー中尉は、ゴーグル、の様な物を付けると、操縦室へと入って行き・・・私とクミンは、後方の、客室というか、その中へと・・・。

・・・そして、ニヤニヤと笑うセージに、

「もう背中を丸める、演技、はやらなくてもいいんだぞ・・・?」

しかしセージは、ますますニヤけて、

「つい癖というか・・・習慣になっていやしてね。」

次の瞬間、クミンが涙を浮かべながら・・・そのセージに抱きつくのであった・・・無論の事、というか・・・ヤツはますますニヤついていたのだが・・・プロペラはとっくのとうに、回り始めていて・・・私とクミンとは、今度こそは、その旧式の飛行機へと、乗り込むのであった・・・。

そして・・・その山の上は、飛び立つには最適だったらしく・・・セージの運転とは対照的に・・・とてもスムーズに・・・宙へと・・・飛び立ったのであった・・・。


 ・・・徐々に・・・地上の、セージの姿が小さくなっていき・・・飛行機は、ゆっくりと旋回しながら・・・しだいに・・・その・・・『・・・かつての独裁国家』からは、離れつつ・・・すると、突然、真下の荒野のど真ん中に・・・無残に壊れ、黒焦げになった、ヘリコプターの残骸が・・・そしてそれには、大統領の紋章が入っていた・・・おそらく、数時間前に飛び立った、アンナとヘルマンとを乗せた、ヘリの様なのであったが・・・完全に大破しており・・・おそらく生存者など、いなかったであろう・・・そしてまだ僅かに、所々から、煙が燻っているのであった・・・。


・・・私はふと、心配になったので、操縦席のケッパー中尉に、

「・・・大丈夫なのかね・・・?」

ケッパーは、プロペラの音で、よく聴こえなかったのか・・・私はもう一度、

「・・・こんな古い飛行機で・・・遠くまで行けるのかね・・・?」

と、訊くと、

「・・・古い・・・? ・・・とんでもない・・・!」

と、言いつつ、自分の膝の辺りにある、スイッチを押すと、プロペラが畳まれるのと同じタイミングで・・・ジェットエンジンが姿を現し・・・

ケッパーは、

「・・・ダンナぁ・・・こいつはねぇ・・・こう見えても、最新鋭の、ステルス機能を備えた、高速偵察機を改良した物で・・・つまりは・・・」

「・・・レーダーには、全く映らない、ってコトかね?」

「ま・・・そういうこってす。」

・・・私はそれを聞いて、ようやく安心をし・・・ふと、目の前のクミンを見ると・・・やはり疲労が溜まっていたのか・・・すっかり熟睡している様なのであった・・・。


 ・・・しばらくすると・・・クミンはようやく目を覚まして・・・窓の外は・・・すっかり暗くなりかけているのであった・・・。

私は、

「・・・ところで・・・どこかに、身寄りだとか、親戚だとかは・・・いるのかい?」

するとクミンは、

「・・・ええ。・・・ルッコラ、という町に・・・従兄弟が・・・おりますわ・・・?」

「・・・よし。キミはひとまず・・・おぉい、ケッパーくん・・・!」

その、最新鋭の、ジェット機は、若干向きを変えて・・・


・・・そして、その、ルッコラ、のすぐ近くの、空港に降り立った我々三人は・・・なぜかケッパーは、何枚もパスポートやらビザを持っていて・・・

私はクミンと、別れの挨拶をするのであった・・・。

「・・・大変お世話になりました・・・まさか、この様な身分の方とは知らず、大変ご無礼を・・・」

私は逆に、えらく恐縮してしまい、

「・・・イヤイヤ、これが仕事だから・・・私の。」

「・・・大変なんですね。」

「・・・あ、まぁ・・・ところで、これからどうするんだい・・・?」

「うぅん・・・まずは・・・仕事を探して・・・それからです。何とか・・・やってみます。・・・あんな国でも・・・何とかやれてましたから。・・・あ。あんな国だなんて・・・!」

私とクミンとは、思わず笑い、そして・・・

「・・・じゃ。お元気で。ローリーや、キャラウェイとも・・・いずれ会える日が来るよ。」

「ハイ・・・! ありがとうございます・・・!」

彼女は深々とお辞儀をし・・・。

・・・すると、ケッパーが紙コップに入ったコーヒーか何かを飲みながら、どこからか戻って来て・・・

「・・・諜報員のダンナ・・・ええと・・・」

「・・・なんだね?」

「給油が終わったモノでして・・・」

「・・・よし。」

と、私は再び飛行機に乗り込み、クミンに、

「・・・お元気で!」

と、手を振ると、クミンも、

「・・・さようなら・・・!」

と、いつまでも手を振っているのであった・・・いつまでも・・・その姿が、まるで砂粒の様に、小さくなるまで・・・。

私がまた、後方の席に着くと、ケッパーは、

「・・・さぁ。これからは・・・首都までひとっ飛びですぜ・・・!」

・・・気が付くと私は・・・深い眠りに・・・落ちていた様なのであった・・・。


24


 ・・・「・・・とある民主主義国家」へと、戻って来ると・・・私は殆んど休む間もなく・・・翌日には、例の、ホテルの様な建物、へと行き・・・早速長官へと・・・報告を・・・しかし長官室には、生憎誰かが訪れているらしく・・・私は、タイムさんが黙々とタイプを打つ中・・・その、ただ広いだけの・・・待合室、で待っていたのであった・・・。

部屋の中では・・・タイプライターの・・・トンッ、トンッ・・・という音だけが響いていて・・・。


・・・するとようやく、中からは、客人、が出て来たのだが・・・それは何と、トーメリック副長官なのであった・・・。

副長官は、私を見ると、

「・・・よぅ。」

・・・などと、気軽に挨拶をしたのであるが・・・私は・・・

「・・・よぅ、じゃないですよ・・・マッタク、副長官は・・・あのあと何が起こるか・・・大体予測がついていたのではありませんか・・・? なのに・・・まるで逃げる様に・・・」

すると副長官は、少しも悪びれるふうでも無く、

「・・・情報局の副長官が・・・他国の、クーデター騒ぎに巻き込まれでもしたら・・・それこそマズいだろ・・・? キミとは・・・仕事の、種類、が違うのだよ。」

「ああ・・・なるほど・・・」

私は思わず・・・納得してしまったのであるが・・・すると、タイム女史が、

「・・・次の方、どうぞ・・・」

・・・などと、まるで病院の待合室の様な感じで・・・私に告げるのであった・・・。


・・・私がおずおずと・・・長官室へと入って行くと・・・またしても長官は・・・的外れな事を・・・もしかしてなのだが・・・これはエージェントの、資質を確かめる為の・・・いやいや、その様な事を、考えるのはよそう・・・一旦、その様に考え出し始めると・・・。

「・・・やあ、エフェドリンくん・・・まあ、掛けたまえ。ところで・・・サーフィンは十分楽しめたかね・・・?」

「・・・長官・・・私の行った国には・・・海はありませんよ・・・?」

「・・・そうかね。」

「そんな事より、今そこで、副長官と会いました。・・・私の行った国、でもです。」

「ホゥ・・・つまりは・・・何が言いたいのかね・・・?」

「・・・あと、ロベリンにも。」

「・・・彼は・・・元気だったかね・・・?」

「・・・ええ。一応は。・・・両眼は見えなくなっていましたがね。」

すると長官は、またいつもの様に・・・ソファへと移ると・・・葉巻に火をつけ・・・

「・・・長官は・・・あの国の体制が・・・崩壊しそうであった事は・・・織り込み済みだったのでは・・・?」

長官は・・・ゆっくりと、煙を吐き出し・・・

「・・・まぁ・・・いろいろと想像やら、空想やらは、思い浮かぶだろうが・・・」

そこでまた、葉巻を咥えてから・・・煙を吐いた後、

「・・・キミの・・・取り越し苦労、っていう事もある・・・まあ、あまりそういった事は・・・気にしない方が・・・それが長く続ける、コツ、みたいなもんだよ。」

私はこれ以上追求しても無駄、というより、却って藪蛇であると感じたので・・・話題を変え、

「・・・長官。」

「・・・なんだね?」

「・・・首都の桜は・・・キレイでしたよ・・? 長官は・・・見には行かれなかったので・・・?」

すると長官は、ソファから立ち上がると・・・また自分の、執務席、へと戻り・・・、煙を吐き・・・

「ここから・・・見えるモンでね。・・・それで・・・十分だとは、思わないかね・・・?」


「・・・では失礼します・・・」

・・・と、私は長官室を出ると、タイムさんにも、

「ご機嫌よう・・・」

と、軽く挨拶をしてから・・・部屋を出ようと・・・タイムさんは、そのタイプした文面を、無線で飛ばし・・・その待合室、の反対側の壁にある、暖炉、の様なイミテーションの内側に内蔵してある、ハードディスクの中へと・・・そして、その暖炉、からは・・・ギギィィ・・・と、音を立てて・・・最後にスルッと・・・一枚のプリントされた文書が・・・。

・・・しかしながら私は・・・その頃には、もうすでに高速エレベーターで、地上一階へと着いており・・・そうして駐車場に停めてある、自分の車に乗り込むと、ゆっくりと走らせ・・・そこでふと、あの、「・・・とある独裁国家」で出会った人々の顔が・・・目の前をよぎったのだが・・・しかしながら、おそらく・・・すぐにでもまた、次の仕事が・・・とても危険な任務であるにも関わらず・・・機械的に巡って来て・・・そうして以前に起こった事などは・・・いつの間にやら、記憶の、遥か片隅へと追いやられてしまい・・・。


・・・気が付くと・・・もうすぐそばまで、夏がやって来ていて・・・まもなくセミの鳴く季節だと思うと・・・それだけで・・・なぜだか少しだけ、奇妙な汗をかいている様な・・・そんな気分に、なるのであった・・・。



終わり


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スパイダーのスパイスのスパイ 福田 吹太朗 @fukutarro

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