オカマと蜘蛛女、続
オカマと蜘蛛女、続
*
小雪舞い散る三月の空。奏(かなで)は小さく溜め息を吐き出した。ユラユラと煙草の煙が寒空の下、吸い込まれていく。…名残雪、なんていうけど。この“高校生活”に、大した名残惜しさなんて───。
「─!」
「こんな場所で黄昏れて…。どうしたのかしら?」
突然、背後から伸びてきた手に煙草を攫われ。奏は振り返るなり相手を睨めつけた。
「らしくないじゃないの」
「ただ一服してただけ。ハジメ、返しな!」
「イヤよ」
奏の手を躱して、千葉は取り上げた煙草をそのまま銜えた。
「あー! もう、アンタって奴は…!」
顔を顰めて悔しがる奏をクスクスと笑って。千葉は深く吸い込み、紫煙を吐き出す。不貞腐れたように隣へと柵に凭れ掛かった奏に、千葉は微かに目を細めた。
「……………」
「ふふ、何かしら?」
顔を埋めた手胡座の中から奏は千葉をジッと見つめる。
「アンタのすっぴん…、久々に見たなと思ってさぁ~」
「あら」
千葉は煙草を押し消す。
「アタシに見惚れてた?」
「はっ、よく言うわね。んな訳ないでしょー?」
ケラケラと笑って。千葉の制服姿を頭から足の先まで眺めてまた一人、噴き出す。
「そんなにおかしいかしら?」
「いや、似合ってるけどさー。…今日限りで見納めか~。あーあ」
胸元で風に揺れるリボンの付いた花。それに触れ、溜め息を吐き出すと共に奏から笑顔がゆっくりと消える。
「卒業したら就活すんの?」
「まぁね。この町を出ようと思うわ」
「……、そっか…」
「カナちゃん、寂しい?」
「べーつにぃ~??」
「ふふ…」
チャイムの音が遠く響く。
「悲しんで欲しかった?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、隣の彼を仰ぐ。
「…アンタなら、何処行っても大丈夫よ。何だかんだ器用なんだからさ」
「………」
「下手したら、アタシより女子力あるじゃん。どうとでもなるわよ」
「ありがと、カナちゃん」
暫しの沈黙が二人の間に流れた。
「たまには帰ってきなさいよ? 初任給で美味しいものたくさん奢って貰うんだか、ら……」
奏が語尾を途切れさせたのは、いきなり───千葉に抱き締められたから。
「………。こ、こんなノリが許されるのも…、きょ、今日で最後なんだかんね……!」
流石の奏もちょっぴり涙腺にきて、千葉の突然の抱擁も素直に受け入れる。──彼との関係は十八年間ずっと続いた、女友達にも近い悪友だ。幼友達。腐れ縁。…それに今、終わりが訪れようとしている。
奏は一つ鼻を啜って千葉の制服に顔を埋めた。奏の身体を抱く千葉の腕にも僅かに力がこもる。
「───カナちゃん。ごめん……」
奏は、目を見開いた。
──バシーンッ…!!
*
「んもぅ! 顔はやめてって、いつも言ってるじゃないの、カナちゃんっ…!!」
「うるさいっ! 最後の最後に、とんだ裏切りよ! アンタ、自分のしでかした事、分かってるの?!!」
「み、み、未遂じゃないのよぅ…!! そんなに怒らなくたって……!!」
奏は顔を覆って、今度こそ大きく溜め息を吐き出した。──正直、吃驚したのだ。だって相手はあの“ハジメ”で、今まで一度たりともこんな事になったりなんてしなかったから。
「ねぇ、カナちゃん。アタシだって男よ? 忘れてないわよね?」
奏は思わず後退った。───こんな筈ではない。あり得ない。だって相手は、あの“ハジメ”で……彼にとっての自分は、だって。だって…。
「アンタ、ふざけるのも大概にしなさいよ…?!」
「ふざけてなんかないわ」
「………!! に、躙り寄ってくるな! 馬鹿ハジメ…!!」
それは小雪舞う、三月のこと──…。
『オカマと蜘蛛女、続』
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