追記 ルパン

 終わった。


 いとも簡単に終わった。


 1年近くもかけて作ったのに、終わる時はこうもあっけないもんか。


 なんで誰も俺の言う通りにせぇへんねん?


 そこらじゅうに自分を喰い殺そうとしてるゾンビがいるんを忘れてんのか?


 どうしたらそこまで能天気になれるんや?


 屋上で、地上を見下ろしながらため息を漏らす。


 1年以上をかけて作り上げた要塞は、たった数発の銃声で消え去った。


 確かに、ゾンビはとんでもない数が集まった。


 せやけど、それを跳ね返せるくらいの備えをしてきたつもりやった。


 あとはその備えさえ、上手いこと動かせてたら大丈夫やったんや。


 せめて校舎内にゾンビが入んのさえ押し止められてたら違ったんやけどな。


 なんで1階に誰もおらんねん。


 門の前には常に2人は見張り置いとけって散々言ってんのに、今日帰ってきた時にもだーれもおらんかった。


 やっぱり危機意識か?


 俺がここに連れてきた人間は、1人も死んでない。


 1年以上、俺は誰も死なせずにこの王国を作った。


 それがあかんかったんか?


 全員、どんどん危機感がなくなっていった。


 最初は一緒にせっせと作ってた防護策もいつの間にかダラダラダラダラしかせんくなった。


 文句ばっかり、アレさせろコレさせろ。


 コレ持ってこいアレ持ってこい。


 ・・・


 ・・・・・・


 アカン。


 愚痴ばっかり言っててもしゃあない。


 とりあえずこっから逃げんと。


 タケシ君は上手いことやってくれるやろう。


 アイツはとんでもないガキや、俺でもビビるゾンビの群れに平気で飛び込んでいきよる。


 今も。


 あんなうじゃうじゃのゾンビの中に平気で行きよった。


 いっその事、俺も一緒にアイツと逃げたかったな。


 その方が面白そうや。


「ま、そういう訳にもいかんか」


 アンズちゃんも上手いこと逃げれとったらええけど。


 あの子には悪いことしたなぁ・・・


 桂の奴、クズやとは思っとったけどまさかあそこまでクズとは思わんかった。


 アンズちゃんが余計な重荷背負わんように、ここに残った人間を助けんのが俺の仕事やな。


 タケシ君のファインプレーを俺が繋がんとな。


 いや、あれは驚いたな。


 火事場のクソ力ってやつか、まさに飛ぶように走ったもんな。


 あの距離で、まさか手を空中キャッチしよるとはな。


 シビレたで。


 ここにいる誰も、あんな事は出来んやろ。


 人のためにクソ力出せるような奴はおらん。


 ましてや、昨日今日会ったばっかりやのにな。


 かっこええなぁ。


 これっきり、会えへんかもしらんと思ったらホンマに残念やな。


 やっぱり今からでも追いかけよかな。


 いやいや、なんぼなんでもこのままここを丸投げにして行く訳にもいかんか。


 悪い奴ばっかりでもないしな。


 グラウンドから目を離し、塔屋の方へと向き直る。


 ゆっくりと塔屋の扉を開く、中はゾンビの呻きと雄叫びで耳を塞ぎたくなるほどやかましい。


 手すりから下を覗いた、まだバリケードでどうにかもってんのか。


「おーい、バリケード崩して上がってこい! 脱出するぞー」


 ・・・


 返事はない。


 おいおい、まさか死んでへんやろな。


 隙間から1体づつ上がってくるゾンビを槍で殺すだけの簡単なお仕事やぞ。


「おーい」


 諦めかけた時、階段をダッシュで上がってくる音が聞こえた。


「ハヤト! バリケードは崩したんか?」


 一瞬ゾンビかと思ったのは相田ハヤトだった。


「ダメですルパンさん! 突破されました!」


 なんでやねん!


 その言葉を皮切りに、相田ハヤトの後ろから人が走ってくる。


 人影はたったの4人。


 ハヤト、キクノ、柳、四嶋。


 その後ろからはぞろぞろとゾンビがついてくる。


 4人を屋上に上げて扉を閉めた。


「他の連中はどないしてん!」


「散り散りになった! 仕方ないだろ! パニックだったんだ!」


 柳が叫ぶ。


「アホぬかせっ! こういう時の対処はさんざん話してきたやろが!」


 ピィーッ!


 呻き声の中に電子音が響く、グラウンドを見るとチカッチカッと車のランプが光るのが見えた。


「もうええ、そっちから下りるぞ! 訓練どおりな!」


 柱に括りつけたロープを地上まで投げる。


「レディファーストで行こか」


 キクノさんが、恐怖のあまりガタガタと震えている。


 言葉もマトモに出てこない。


「キクノさん大丈夫か」


 目の焦点が定まっていない。


「アカン、柳さん、ハヤト、四嶋さんも先いって」


 言う前に柳はロープを掴んで降りていた、薄情な奴だ。


 ハヤトと四嶋もすぐ後に続く。


「キクノさん!」


 ガチャンッ


 塔屋の扉が開いた。


 扉からゾンビが溢れるように現れる。


「いやあぁぁぁっ!」


 キクノさんが発狂しながら俺の手を振りほどいて走り出した、逃げ場のない屋上の端へ。


「キクノさんっ!」


 そのまま何も無い虚空に駆け込み消えた。


「くそっ!」


 ゾンビが迫る。


 一瞬も考える暇はない。


 ロープを掴んでほとんど飛ぶように屋上から逃げる、緩くブレーキをかけながら降りていく自分をゾンビが落下して追い抜いていく。


 ぶつかったら終わりだ。


 背筋に冷たい汗が伝う。


 3階まで降りたあたりで落ちてきたゾンビが肩にあたった。


 瞬間的にギュッとロープを握ってなんとか耐える。


 安心したのもつかの間、今度はモロに首筋から背中にかけてゾンビがぶち当たり、ゾンビに服を掴まれた。


 無情にも手からロープが引き剥がされ、空を見上げる形で落ちていく。


 ゆっくりに感じると思ったつかの間、背中に衝撃を受けた。


「げっほ!」


 むせながら空を見るとまだまだゾンビが落ちてくる。


 ゴロンと転がって壁際に行くとさっきまでいた位置にゾンビが落ちてきた。


「あっぶねぇ・・」


 ゾンビを下敷きにしたお陰でなんとか助かったが、首が千切れそうに痛い。


 ガシャンッガシャンッ


「あ"あ"ぁぁぁぁっ」


 俺を見つけたゾンビがフェンスを掴んで叫ぶ。


 ちゃんとフェンスの間に落ちれてよかった。


 そう思った瞬間、落ちてきたゾンビがフェンスに直撃してフェンスが大きく傾いた。


「ええ加減にしてくれよ」


 痛む体に鞭打って立ち上がる、傾いたフェンスの隙間を通って走る。


 さらに落ちてきたゾンビによってフェンスは用をなさなくなった。


 昨日の夜に怪我をした脇腹に激痛が走る。


 塀に取り付いて中ほどまで這い上がったところでゾンビに足を掴まれた。


「離せボケがっ!」


 後ろ足で蹴りつけると塀の反対側へ頭から落ちた。


 後頭部を強かに打ち付けて目の前に星が飛ぶ。


 なんて日だ・・・


 痛みが引くまでうずくまっていたいところだがゾンビが塀を越えようともがいている。


 フラフラと立ち上がって走る。


 学校の敷地を回るように走り、ゾンビが追ってきていないのを確かめてから近くの家に入る。


 玄関を閉めると奥から人影が現れた。


 暗闇の中に人影が3つ。


 この家は緊急事態時の避難場所だ、そういう事は覚えていたらしい。


「おい、キクノさんはどうしたんだ」


 人影の1つ、四嶋が喋った。


「アカンかった、発狂して屋上から飛び降りてもうた」


「てめぇ、なにやってんだよ!」


 四嶋が胸ぐらを掴む。


 そう言うならお前が屋上に残ったらよかったやろ。


 そう思ったが、揺さぶられたせいでまた頭がクラクラして何も言えない。


「ルパンさん、どうするんですか? こんな事になったのはあなたの責任ですよ」


「そういう事だ、散々安全だなんだと言っといてこのザマじゃねぇか」


 その言葉にうんざりした、もう付き合ってられん。


「はぁ、ほんならアレやな。 俺は消えるわ、後は自分らで好きなようにしてくれ」


 アホらしい。


「ルパンさん、それはおかしいでしょう。 責任をとってもらわないと」


 柳の頭を鉄パイプでどつきたくなってきた、そうすりゃ、この頭痛もスッキリしそうだ。


「アホか。 お前らはどこに目ぇ付けて何を見とんねん。 ゾンビが溢れかえっとんねんぞ、人に責任どうこう言ってる時点でおかしいねん。 こんな世界、自己責任に決まってるやろ」


 頭がぐわんぐわんと痛む。


 この期に及んでなんでこんな言い争いをせにゃならんのだ。


「お前が安全だからって俺達は来たんだぞ! 人を呼んどいて自己責任って舐めてんのかてめぇ!」


「舐めてんのはお前やろ、俺は正門には常に見張りを置いとけって言ったはずや。 アカン、もうええ。 こんな話になんの意味も無いわ」


 立ち上がって玄関へ向かう。


 ここにいてもゾンビに包囲されるのを待つだけだ。


「どこに行くんですか?」


「自己責任や、もうお前らの面倒は見てられん。 達者でな」


 玄関のドアを開けて外へ出る。


 湿り気を帯びた嫌な空気だが、肩の荷を下ろした気分の俺には酷く清々しい。


「ルパンさん」


 後ろを振り返るとハヤトがいた。


 こんな時でも“いたんですか“とツッコミたくなる奴だ。


「どないしてん」


 不安そうな顔で近ずいてくる、タケシ君くらいとまでは言わんけど、もうちょっと覇気をまとえんもんやろか。


「俺、ルパンさんについて行ってもいいですか?」


 どうしたもんか。


 いや、この際やな。


「悪いな、ちょっと1人になりたいからお供はなしや」


 ハヤトは目に見えてうなだれた。


 こうやって懐かれて、悪い気はしやんけどコイツはちいと冒険した方がええやろ。


「ハヤト、お前もちょっと1人になってこの世界歩いてみ。 こんな修羅場くぐったんや、もうちょい頑張ったらええ男なれんで。 もし機会があったらそん時会おうや」


 ちょっと臭すぎたか、恥ずかしくなってきたな。


 ハヤトから視線を外して、肩越しに手を振って歩く。


 コイツもこれでついてきたらカッコ悪すぎるやろ。


 ま、せめて"いたんですか"って言われん程度の男になってくれ。


 足早に家から離れる。


 頭と脇腹が痛いな。


 はよ行かな、タケシ君とアンズちゃんの待ち合わせ場所に間に合わんかったらおもんないし。


 せっかく二人っきりの所にお邪魔すんのは気が引けるけど。


 どう考えても、この先の計画にはタケシ君の戦力が必須や。


 上手いことあの二人を仲間に出来たら、今度は島1つ要塞にしたろやないか。


 構想はできとる。


 目指すはポートアイランド。


 神戸に浮かぶゴミの島。


 あそこのゾンビを一掃して、橋を塞いだらユートピアの出来上がりや。


 絶対、ユートピア作ったる。


 諦めへん。


 諦めへんで。。。

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