追記 一ノ瀬アンズ

 真夏の夜。


 学校の屋上で、死を呼ぶために銃を撃つ。


 空に向かって、何度も何度も。


 私の言う死は、ゾンビだ。


 それが溢れて世界は変わった。


 もう嫌だ。


 何もかもが嫌だ。


 人は、人の本性は、どこまでも腐っている。


 ルールがなくなるとモラルもなくなった。


 人間は所詮、ルールがないと人としては生きられない。


 ルールがなければケダモノに成り下がる。


 全員が全員、自分のことしか考えない。


 誰かが傷つくとか。


 嫌がるとか。


 そんなのはどうでもいいらしい。


 やっと安心出来ると思ったのに。


 やっと大丈夫だと思ったのに。


 高い塀も、大量の槍も、大量の矢も。


 どれだけ安全を作っても、中にいる人間が腐ってたんじゃなんの意味もない。


 なんの価値もない。


 人間は腐っている、そんなものを安全に護ってなんになるんだ。


 誰かのために何かをする人間は人間の中にはいない。


 ルールだからやってただけ。


 周りがやってるからやってただけ。


 それだけ。


 人間なんてみんな死ねばいいんだ。


 空に向かい。


 引鉄を引く。


 引いては弾を込め。


 弾を込めては引鉄を引く。


 乾いた銃声はパンと響いてどこまでも届く。


 パパは言った。


「アンズ、銃はゾンビ相手には意味が無いから使うな、使うのは人間だ」


 そうだ、コレは人間を殺すための道具だ。


 でも、わざわざ人間に向かって撃たなくてもいい。


 このどこまでも響く音が、死を運んでくれる。


 人間は残酷な魔物だ。


 生きたまま喰われればいい。


 苦しんで苦しんで死ねばいいんだ。


 1歩、足を動かすとバケツが足にあたった。


 私は何事かを叫びながら、煩わしいソレを思い切り蹴飛ばした。


 気に入らない。


 全部全部気に入らない。


「アンズ、これからここは無法地帯になる。 いいか、お前はそんな中でも人のために動くんだ。 そして、そんな中でも人の為に動ける人間がいたら、その人について行きなさい。 無法地帯でも人の事を想える人間なら、それは凄いことだ。 いいね、ゴメンな。パパが護ってあげたかったけど、ゴメンなぁ」


 パパ。


 そんな人間いないよ。


 どこにもいない。


 わたしも


 そんなニンゲンじゃないんだ


 ニンゲンらしいニンゲンはいない


 いるのはケダモノだけ


 バタンと扉が開いた。


 銃を向けるとそこにはルパンさんと、タケシ君がいた。


 そうだ、この世界に人間がいるとしたら。


 主人公がいるとしたら。


 それは彼だ。


 初めて見た時も、そう思った。



 ==========




 走り込んだ非常階段のドアを閉める、が、間一髪間に合わない。


 私を追いかけていたゾンビの手が挟まって閉まらない。


「最悪」


 押し返そうとするが、自分を追いかけていたゾンビの数は3人。


 すぐに扉は押し返された。


「くっそ!」


 非常階段を駆け上がる、扉から手を離した拍子にゾンビが私を追って入ってくる。


 非常階段内がゾンビのうるさいギャアギャアという喚き声でいっぱいになる。


 途中の扉に入るか?


 このまま屋上まで行っても袋のネズミだ。


 1階分、階段を駆け上がって見つけた扉のドアノブを回して引っ張るがビクともしない。


 その次も。


 そのまた次も。


 後ろから迫るゾンビ、次の扉が開かなかったら、後は屋上に出る扉しか残っていない。


 絶望感が押し寄せる。


 最悪だ。


 こんな薄暗い、どこかもわかんないようなビルの非常階段でなんか死にたくない。


 懐の拳銃は弾を込めないと使えない。


 そんな事をしている間に私は喰われる。


 ガチャン


 無常にも扉は開かない。


 残るは屋上の扉だけ。


 階段を駆け上がりながら、半ばもうダメだと思いながら。


 最後の扉に手をかける。


(お願いお願いお願いお願い、開いてっ!)


 扉は小気味よくキィっと開いた。


 屋上へ出て扉を背中で勢いよく閉める。


 今度はゾンビの手を挟むことも無く閉まった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息をつくとすぐに


 ガンッガンッガンッ


「あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁっっ」


 ゾンビが到着したらしい、扉をガンガン叩いて雄叫びを上げる。


「残念でした、おあずけよ」


 ゾンビを相手に皮肉を言った自分にふふっと笑う。


 扉を背に座り込む。


 危なかった、今回は本当に死にかけた。


 息を整えて、パーカーのポケットから拳銃を取り出す。


 カーゴパンツのポケットから銃弾を取り出して補充する。


 どうしよう、扉を開いて撃ち殺そうか?


 いや、屋上でそんな事したらそこら中からゾンビが集まってそれこそここから動けなくなる。


 ゾンビが諦めて水場へ戻るのを待つしかないか。


「はぁ」


 どこまで来たんだろう。


 1週間前、ホームセンターに入って目に付いた小さなラジオ。


 もしかしたら、なにか新しい情報でも聞けないかと電池を詰めて電源を入れた。


 いくら局番を変えながら流しても、ザーザーという電子音は変わらない。


 諦めかけた時、ラジオから声が聞こえた。


「どうも、今日は7月の○○日。 天気はー、晴れ。 ようやっと梅雨明けかな。 はじめましての人もそうじゃない人もこんにちは。 川西市西山高校にバリケード作って暮らしてます。 ただいまの居住者は23人、完璧な安全は保証出来ひんかもやけど。 皆で頑張って、協力して、ルールを護って、素敵な安全を作ってます、もし良かったら歓迎しますのでいつでもどうぞ。 あ、略奪者諸君は来てもいいけどしっかり返り討ちにしますんで悪しからず。では、良かったら一緒に終末世界でのんびりスローライフ送りましょう。 んー、あんまりのんびりは出来ひんかも・・・ それじゃ」


 後はずっと同じ内容だった、録音したものを繰り返し流しているようだ。


 私はそれを何度も聞いた。


 悩んで悩んで、結局、行くことに決めた。


 私は弱い人間だ、1人じゃ生きていけない。


 そんな自己嫌悪に苛まれながら、コンビニで地図を手に入れて場所を調べた。


 川西市西山高校。


 場所は市内から随分と山の方に入っていった場所の住宅街の中だった。


 距離にしたら100km近くはありそうだったが、行くしかない。


 そう思って向かい始めて、1週間。


 路地を選んで歩いていたら曲がり角でばったりゾンビに出くわして、あちこち逃げていたらいつの間にかビルの上だ。


 リュックから地図とペンライトを取り出し、現在地を調べる。


 国道と、さっき前を通ったガソリンスタンドの位置から大体はこの辺か。


 目的の学校まではまだかなりある、迷わずに行けば明日には着けるかもしれない。


 地図をしまい、ポケットに手を突っ込むと指先に銃弾があたった。


 ポケットから取り出して銃弾を手で弄ぶ。


 世界がゾンビで埋め尽くされた。


 最初は頼もしく思えた銃だったけど、ゾンビ相手にはあんまり使えないとすぐにわかった。


 1体、ゾンビを撃ち殺せば、その音を聞きつけてとんでもない数のゾンビが押し寄せてくる。


 パパが私に銃を渡す時に言っていた。


「アンズ、銃はゾンビ相手には意味が無いから使うな、使うのは人間だ」


 その意味が分かったのは、銃でゾンビを殺して、銃を人間に向けてからわかった。


 ゾンビは銃を向けられても止まらないが、人間は銃を向ければ止まる。


 ゾンビよりも、悪意のある人間と戦う為にパパは私に銃を渡したんだ。


 パパはよく言っていた、人間の本性は醜いものだって。


 刑事をしていると、たまに人間を信じられなくなる時があるって。


 人間は、人の為よりも自分の欲望に忠実に動く。


「アンズ、これからここは無法地帯になる。 いいか、そんな中でも人の為に動ける人間がいたら、その人について行きなさい。 無法地帯でも人の事を想える人間なら、それは凄いことだ。 いいね、ゴメンな。パパが護ってあげたかったけど、ゴメンなぁ」


 パパが死ぬ前に言っていた。


 人の為に動ける人間。


 そんな人間、いるわけない。


 避難所で物資が少なくなってきた時、全員が自分の物を主張した。


 外へ食料を取りに行かないといけない時も、なすり合いしか無かった。


 小学生の子供まで入れてくじ引きをした。


 俺が行く


 私が行く


 そんな事を言う人間は1人もいなかった。


 人間は腐ってる。


 自分も含めて。


 人間は、なにをしてもよくなったら、自分の事しかしない。


 いや、自分の事を誰かにさせようとまでする。


 なんだこれ。


 人間ってこんなに醜くて汚かったのか。


 自分の膝に顔を埋める。


 ドカンドカンと背中の扉を叩かれる。


 お前も醜い人間だ。


 だからせめて、考えるのを辞めてケダモノになれ。


 お前もこっちへこい。


 そんなふうに聞こえる。


 手の中の拳銃をギュッと握る。


 あんなふうになりたくない。


 人間を食べるバケモノなんかになりたくない。


 私は、人間のまま死にたい。


 遠くから、またゾンビの叫び声が聞こえる。


 かなりの数だ、屋上から顔を出して見てみようにも、背中を離せばゾンビが入ってきそうでそれも出来ない。


 ゾンビの人間を見つけた時特有のうるさい雄叫び。


 その中に生きた人間の声も混ざって聞こえる。


 男の、笑い声?


 近ずいて来た声はこのビルへ入ってきたらしい、背中の、ずっと扉を叩いていたゾンビの気配がなくなった。


 どうやら下の獲物に切り替えたらしい。


 大丈夫だろうか、追っているゾンビと挟み撃ちになればおしまいだ。


 扉を開いて、ゾンビを撃ち殺しておくべきだった。


「う"わ"あ"ぁ!!」


 ひっくり返ったような悲鳴が聞こえた、下の扉を開けた拍子にゾンビに出くわしたのか、自分のせいだ。


 大丈夫か、今からでも助けに行こうか。


 また下から声が聞こえる、どんどん上がってくる、こんな一瞬でゾンビを倒したのか?


 途中の扉は全て閉まっているから、逃げている人間はここまで来る。


 追われているのは男のようだ、男にはもう嫌なイメージしかない。


 ドアノブを押さえて入って来れないようにするか?


 そんな事をしたら間違いなく死ぬ。


 それは出来ない。


 どんどん声が近くなる、ゾンビのぎゃあぎゃあ言う声がどんどん大きくなる。


 もうすぐそこまで迫っている。


 立ち上がり、どうすることも出来ずに塔屋の裏に回り込む。


 なにもいい考えが浮かばず、私はただただ傍観することに決めた。


 バタンッ


 すぐに扉が開いて人が入ってきた、覗き見ると男が2人。


 2人は何故か、死地的状況なのに笑っている。


 冗談まで言っているように聞こえる。


 カウント?


 ゆっくりと気づかれないように顔を出して見ていると、坊主頭の男がフェンスに向かって走る。


 そしてビルからビルへと飛び移った、暗くて気づかなかったがフェンスの一部が大きく切り開かれている。


 坊主頭の男が飛んだと同時に扉を抑えていた男が走り出した。


 フェンスの穴から飛んだ。


 私はここから逃げるタイミングを失った。


 男を追いかけて屋上に大量のゾンビが押し寄せる。


 最悪だ。


 拳銃を取り出して、銃口をこめかみに押し当てる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ゾンビに見つかったら、引き金を引こう。


 全身に寒気が走る。


 大丈夫、大丈夫だ。


 一瞬で終わる。


 アイツらに生きたまま喰われるくらいなら、頭を撃ち抜いた方がマシだ・・・


 ゾンビがぎゃあぎゃあ騒ぎながらどんどん地面へ落下していく。


 そのたびに


 ダアァァァァァンッ


 ダアァァァァァンッ


 っと、破裂音とも打撃音とも言えそうな嫌な音が響く。


 どれくらい経っただろうか、こめかみに銃口を押し当ててうずくまっているとけたたましく鳴り続けていた嫌な音が緩慢になっている。


 ゾンビはほとんど地面に落ちていったのか?


 こめかみに押し当てていた銃口をどけて、引き金にかけていた人差し指を抜こうとすると余程力が入っていたのか指の関節が固まったようにぎこちなく動いた。


 そっと物陰から覗くと屋上のゾンビは僅か3人になっていた。


 ホッと胸をなでおろした。


 これなら助かりそうだ。


 そう思って見ていると、ゾンビはフェンスから距離をとった。


 咄嗟に銃を構える、こっちに来るのか?


 いや、ゾンビは相変わらずフェンスの穴から対岸のビルを睨むように見ている。


 そして、助走をつけて向こう側のビルへと飛び移った。


 まさかゾンビがあんな行動をとるなんて、知性の残っているゾンビもいるのか?


 また背筋が寒くなる。


 残っていたゾンビが全て向こう側のビルに飛び移った後、向こう側のビルを見ていると人を庇うように誰かがゾンビと戦っている。


 暗闇の中で、シルエットだけで見えるソレは華麗だった。


 ゾンビの動きを翻弄するように動き、まるで赤子の手を捻るように倒していく。


 その光景はまるで大好きなアメコミのヒーローが戦っているようだ。


 大切な人を庇いながら戦う。


 映像の中の英雄に見えた。




 ==========



 あの屋上と同じように、また私はタケシ君に銃を向けている。


 だけど、向けられている彼は最初に向けた時とは全く違う顔をしている。


 真っ直ぐに私の顔を見て。


 イカれた私に、タケシ君は言った。


 生きてくれって。


 俺と一緒に、生きてくれって。


 そうだ


 彼は


 人のために動ける人だ。


 初めて会った時、いや、見た時。


 彼はルパンさんを背に庇いながらゾンビと戦っていた。


 武器も持たずに立ち向かった。


 暗闇の中、対岸のビルで月明かりに照らされたソレを見た時は全身があわだった。


 黒いシルエットで見えた、彼が戦う姿はまるで大好きなアメコミのヒーローのようだった。


 避難所ではみんな、誰かのために危険を犯す人間はいなかった。


 全員が全員、誰かに押し付けようとした。


 食料がなくなれば、小学生の子供にさえ危険をおかして食料を取りに行かせた。


 俺が行く、私が行く。


 そんな事を言う人間は1人もいなかった。


 自分の身を護るのにだけ必死になった。


 だけど彼は、私とルパンさんのために簡単にその身を危険の中に放り込んだ。


 群がるゾンビの中へと入っていき、囮になって逃がしてくれた。


 軽口を叩きながらゾンビを率いて走っていく彼は、私には輝きを放っているように見えた。


 銃を向けた私なんかのために。


 そうだ。


 彼がパパの言った、誰かのために動ける人なんだ。


 私は、そんなふうにはできない。


 彼が自分が囮になると言った時に、私はホッとしてしまった。


 取り繕うように、自分が行こうかと言っても、じゃあそうしてくれと言われたらどうしようとそればかり考えていた。


 かっこ悪い。


 自分は人間だと取り繕うとした自分が、浅ましくて仕方ない。


 彼は人で


 私はケダモノだ。


 雄叫びが聞こえる。


 死がやってきた。


 とてつもない数だ。


 学校をぐるりと取り囲んで、それでもまだまだやってくる。


 次から次へと。


 あっという間に学校の敷地内は死で溢れかえった。


 もうお終いだ。


 私がゆっくりと後ずさると、彼も距離を詰めた。


 私を助けようとしてくれる。


 こんなケダモノの私を。


 後ずさり、後ずさり。


 とうとう後ろがなくなった。


 私はもう、生きる事はできない。


 取り返しのつかない事をしてしまった。


 学校は、夥しい数のゾンビで埋め尽くされている。


 ここにいる人間はみんな死んでしまうだろう。


 タケシ君も。


 私が1番最初に死ぬべきだ。


 私が1番最初に喰われるべきだ。


 地上からは、唄うように死が私を呼んでいる。


 私が呼んだ死が、私を待っている。


 さようなら。


 私は屋上の淵から足をおろした。


 ゆっくりと重力が私を引っ張る。


 私は屋上に向かってめいいっぱい手を伸ばした。


 走ってくるタケシ君に向かって。


 浅ましい、まだ私は、生きたいと思ってしまっている。


 ここまで来て、命を惜しんで手を伸ばしている。


 何度も何度も諦めて。


 それでもいつも諦めきれない。


 でももう遅い、1秒もすれば私は地獄で生きたまま喰われて死ぬ。


 薄汚いケダモノの死にふさわしい。


 走馬灯のような一瞬の後、私は屋上から1mも落ちずに虚空で止まった。


 めいいっぱい伸ばした私の右手を、ヒーローが掴んでいた。


 信じられなかった。


 彼は私の手を掴んでいたのだ。


 堕ちる私を重力よりも速く捕まえた。


「一緒に行きましょう、俺も1人は疲れた。 先に飛んで待っててください、死体の山の上で会いましょう」


 心臓が、ドクンと動いた。


 まるでずっと凍りついていたかのようにドクンと。


 タケシ君は私の体を地上ではなく、渡り廊下の屋根に降ろしてくれた。


 ケダモノの私に、一緒に生きてほしいと言ってくれた。


 彼と一緒なら、私も人に戻れるかもしれない。


 屋根から渡り廊下に下りて、振り返った。


 彼の顔を見つめて、私は扉を開いて校舎に入った。


 涙が流れた。


 生きていいんだ。


 もう少し、生きてみよう。


 胸がジワジワと熱を帯びる。


 泣き叫びたい衝動を堪えて、静かに暗い廊下を歩く。


 2階の窓から外に出て、走った。


 走って、走って、後ろからゾンビが追いかけてきても気にせず走った。


 まだ補強されていない塀に手をかけて飛び越えた。


 体が軽い。


 塀を越えた先にもゾンビがいた。


 また走った。


 路地に入っても、通りに出ても。


 どこもかしこもゾンビだらけだ。


 当然か、彼らは私が呼んだんだ。


 呼んだ癖に大人しく喰われない私を彼らはどこまでも追いかけた。


 私はどこまでも逃げられる気がした。


 走って走って。


 とうとう追い詰められた。


 トラックが道を塞いだ場所で、トラックの間から次から次へと湧いてくるゾンビと後ろから追いかけてくるゾンビに挟まれた。


 どうしようもなくなって、私はトラックに乗り込んだ。


 こんな所に入ってなんになるんだ。


 周りは完全に囲まれている。


 無理だ、助からない。


 せっかくタケシ君が助けてくれたのに、人間に戻れると思ったのに。


 生きたい、行きたい、タケシ君との約束の場所へ。


 まだ死にたくない。


 ハンドルの脇に、刺さったキーが見えた。


 そんなバカな。


 そんな都合のいい話はない。


 恐る恐る、キーを回すとビクッとなるくらい力強い大きな音をたてて10tトラックの巨大なエンジンが動き出した。


 ギアを動かして、アクセルペダルを踏む。


 巨大なトラックはゾンビを轢き殺しながら、私を乗せて動き出した。


 生きていいんだ。


 私は生きていいんだ。


 暗闇の中、トラックを走らせる。


 彼との待ち合わせの、死体の山に向かって。


 初めて会った、あのビルの屋上へ・・・

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