第33話 待ち人

 学校から出て大分距離を移動した。


 しばらく見なかったゾンビもだんだんと見かけるようになってきた。


 多分、銃声の届いていた範囲から出たんだろう。


 それと、歩きながら暇つぶしにしていた推測だが。


 昨日の昼間に撃った一ノ瀬さんの銃声と、籠城していた場所に出来たゾンビの死体の山。


 昼間に籠城していた家にあったゾンビの死体が異様に広範囲に散乱していたのは多分、かなりの数のゾンビがあそこに集まっていたんだろう。


 その大量に集まっていたゾンビが、一ノ瀬さんの銃声でいっせいに集まった。


 って感じじゃないだろうか。


 でないと、一ノ瀬さんが屋上で銃を撃った時にあんなに速くゾンビが集まるはずもない。


 だからなんだって話だけどな。


 今は学校から離れるほどにゾンビの数は徐々に増えていっている。


 何度かゾンビと追いかけっこをし、何体かのゾンビの頭を踏み潰して。


 目的地に着いたのは西の空が紅く染まりだした頃だった。


 嗅ぎなれたほどに嗅いだ腐った肉の臭い。


 2つのビルの間に死体が山と積まれている。


 ゾンビもこの量の死体は喰いきれなかったのか。


 いくら慣れたと言っても、100を超える死体の臭いは凄まじい悪臭を放っていた。


 死後2日、炎天下の中に放置されたせいで死体はあっという間にぐずぐずに腐っている。


 集っているのは虫だけだ。


 流石にゾンビどころか猫も野良犬も、カラスもネズミさえ喰いに来ていない。


 いくらゾンビや野生動物でもコレ喰ったら腹壊すんだろうな。


「ははっ」


 まさか死体の山の前で笑うとか、俺ってマジでイカレてんのかもしれないな。


 こんな場所を待ち合わせに指定したのは失敗だったな。


 死体を踏まないように気をつけてデカいトラックの横を通りガラス扉を押し開いて中に入り、目の前の螺旋階段を登る。


 3階分上がると階段が途切れる、屋上へ行くには奥の非常階段からだ。


 奥へと続くリノリウムの廊下を歩いて非常階段へと続く金属製の重い扉の前にはルパンさんと始末した死体が3つ。


 こっちの死体もかなり食い荒らされていてほとんど原型は留めていない。


 室内のせいで腐臭が充満している。


 死体を踏まないように扉に近ずき、扉を開ける前にコンコンとノックして耳をすませる。


 前回はこの扉を開けて目の前にゾンビが現れてビビらされた。


 扉の中に気配はない。


 ゆっくり扉を開いた、金属の擦れる甲高い音が空間に響く。


 真っ暗だ、手すりを頼りに階段を登る、足音が反響して落ち着かない。


 閉鎖空間で自分だけが音を出しているとそこら中からゾンビが集まってきそうな嫌な想像が頭によぎる。


「はぁ」


 屋上への扉の前に着いた時、思わずため息が漏れた、扉を押し開くと西陽に顔を顰める。


 目の前、西陽を背負った人影があった。


 一瞬身構えたがすぐに緊張を解いた。


 ゾンビじゃない。


 じゃないけど、俺の思う待ち人ではなかった。


 相手が誰かに気づいてまた緊張した、なんでここに居るんだ?


「遅かったな、タケシ君」


 相変わらず気軽い声で話しかけてくる。


「・・・ よく生きてましたね、ルパンさん」


 西陽を背負って立っていたのはルパンさんだった。


「ギリギリやったわ」


 ギリギリか、俺から見た感じは完全にアウトに見えたんだけど。


 屋上は俺が車で2周する前にゾンビでいっぱいになっていた、多分、逃げ始める前に扉を破って入ってきただろう。


 そこから生還したとは驚きだな。


「タケシ、車はどないしてん?」


 下を見ながらルパンさんが言う。


「人骨踏んでパンクしました」


 なんとなく空気が悪い、別に俺が見捨てて逃げた訳でもないのに。


 ルパンさんの俺を見る目が冷たいというか、攻撃的と言ってもいいくらいに鋭い。


「そうか、そらしゃあないな」


 ルパンさんはいつも通りを取り繕うように話している。


 初めて会ったのはほんの2日前、その時に感じた親近感は吹いて消えた様にどこにもない。


 まぁ、ここにいるって事は用事は俺にじゃないだろう。


 いや、俺にも用事はあるのかもしれないな。


 俺は何食わぬ顔で隣のビルの屋上を見る、そこには西陽で塔屋から異常に長い影が伸びているだけで人影は見当たらない。


「車が無くなったにしても来るん遅かったな、どこで居眠りしとってん?」


「コンビニですよ、学校の近くの。 昨日は散々走りましたからね、横になったらすぐにぐっすりでしたよ」


「随分のんきやな、こっちは死にかけたのに」


 むしろ死んだと思ってたけど。


「いや、悪い。 文句言うのは筋違いやな、タケシのおかげで俺が生き残れたんは間違いないで、礼は言うても責めんのはお門違いか」


 なんだ、冷静だな。


 ここにルパンさんしかいないって事は、他のみんなは死んだんだろう。


 1年以上を一緒に過ごした人がみんな死んだのに、それだけ人の死に慣れてるのか。


 それとも、俺に内心を悟られないようにしてるのか。


 どう考えても内心は穏やかじゃないはずだ。


 この状況はよろしくないな。


 どうする、なんでルパンさんはここに来たんだ?


 来たってことはあの時の俺の声は聞こえてたのか、くそ、めんどくさい事になったな・・・


「えらいソワソワしてんなタケシ、いつもの余裕がないがな」


 からかうような嫌味な笑みを浮かべている、明らかに昨日一昨日のルパンさんとは雰囲気が違う。


 ピリピリしてると言うよりは、冷たい空気を纏っている。


「いや、いると思ってなかったから驚いてるだけですよ」


 俺の取り繕うような言葉も、ルパンさんは鼻で笑うような顔で見るだけだ。


 ルパンさんが腕時計を見る、G-SHOCKだ。


 あの時計は今も電波を受信してるんだろうか?


 そんなしょうもない事を考えていると


「私をお待ちですか?」


 頭の上から声が聞こえてきた、屋上の階段の扉の上。


 塔屋の上から、聞こえた声は俺が待ち合わせをした相手。


 ほとんど沈み切った西陽を受けながら顔を出していたのは一ノ瀬さんだった。

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