第32話 夏の魔物
目が覚めた。
いつの間にか眠ってたらしい、真っ暗だな、どこだここ?
あぁ、コンビニのバックルームか。
「んしょ、うおぉ」
硬い床で寝たせいで背中が痛い。
今何時だ?
時計もないし窓も無いからさっぱり分からない。
立ち上がってそっと扉を開ける、異常なし。
コンビニの店内はうっすらと明かりがさしている。
「うおぉっ!」
後ろを見ると、扉の隙間から差し込んだ光でバックルームの奥にうずくまった死体があった。
なんか臭いなと思った正体はこれか。
一晩中、死体と一緒に寝てたとは・・・
「寝覚め最悪だな」
ため息をついてバックルームを出る。
夜明け間近、今は8月の初めくらいだからまだ時間は5時前後かな。
店内に入って壁を見ると時計があった、時刻は5時10分をさしている。
商品棚をあさって水とカップうどん、サトウのご飯、ガスボンベとカセットコンロを拝借して食事にした。
人類があっという間に死に絶えたおかげでどこに行っても食料に困ることは今のところない。
サトウのご飯を湯煎したお湯をそのままカップうどんの中に注ぐ、手持ち無沙汰に周りを見ると商品棚に梅干しを見つけたので取る。
梅干しが1粒だけパッケージされた物だ。
「こんなもん食うの初めてだな」
値札には100円とある、梅干し1個で100円とか贅沢だな。
開けるとデカい梅干しが入っている、一応匂いをかいでからかじる。
「すっぱ!」
唾液腺がきゅっとなって痛いくらいだ、流石は保存食だな、全く問題ない。
てゆーかうめぇ。
朝飯をかっこんで歯を磨いた、歯医者がいないから結構ハミガキには気を使っている。
っていうか、母さんと2人で暮らしてる時によく言われた。
「医者にかかれないんだから手洗いうがいと歯磨きはしっかりやりなさい、3食しっかり食べて睡眠もきっちり取るのよ。 それだけしてたら人間そんなに病気にならないんだから」
病気で人類がほぼ滅んだ世界で母さんは真面目にそう言ってたな。
いま考えてみりゃすげー自虐ネタだ、人類規模の自虐ネタ。
宇宙人がいたら聞いてもらいたい、「お前ら病気で滅んどるやないかーい」って突っ込んでくれるだろうか。
身支度を終えて、バックルームにあったショルダーバッグに水とカロリーメイトを入れて外に出た。
外に出るとすぐにボロボロの服の破片が張り付いた亡骸が目に入った。
どこに行っても死体ばっかだ。
近くの壁は血の跡。
放置された車。
異様に伸びた雑草。
昨日の夜の暗闇が隠してくれていた事実がありありと浮かんでいる。
荒廃した街の中を重い足取りで進む。
目的地は決まっている、とりあえず今はすることをしよう。
待っているかは分からないけど、会えたらいいな。
きっちり待ち合わせを決めてるわけじゃない、いなかったらそん時はそん時だ。
早朝の1番涼しい時間帯でも暑いな、歩いてるだけでじんわりと汗をかく。
あと2〜3時間もしたらアスファルトの上は陽炎が出るだろう。
ネットで見た、人類が滅んだら温暖化は解消されるってのは嘘だったんだろうか?
見上げると太陽を反射したビルが輝いて見える。
夏の朝日に照らされていく街は異様に静かで、何かが始まるような予感がする。
1晩寝てスッキリしたせいか?
久々に頭がプラス思考になってる。
いい感じだ。
プラス要素なんてなんにもないのにな。
とうとう頭がおかしくなったのか?
それはそれでいいかもしれない、人間が生きていくにはキツい状況だ。
ちょっとくらい頭がイってる方が生きやすいだろう。
逆にこの世界でマトモなやつの方がおかしいか、どんな精神してたらマトモでいられるんだ?
世界中のほとんどの人間が自我を失って、自我を保ったのは0.03%だっけか?
日本の人口が適当に1億人として、0.03%だから、日本に残ってんのは300万人か。
そのうち、ゾンビに食い殺された数を引いたら何人残るんだ?
人類滅亡待ったナシだな。
なんで俺は生き残ってんだ?
大人は宝くじに当たんねーのに余計なもんに当たるとかってよく言ってたけど、あの気持ちが今更ながら分かる。
しょっぱい気分だ。
ゾンビはどれくらいいるんだろうな、1億人のゾンビのうち、何体くらいが残ってんだろう。
アレから1年。
最初は家の周りにもうじゃうじゃいて外に出るなんて無理だったな。
それが1ヵ月もしたら大分減った印象だった、共食いか、病気か。
俺の体感じゃ、半分以上は減ったように思う。
もっとか、下手すりゃ100分の1くらいには減ってるかもな。
100分の1でも100万人のゾンビか。
かたや生き残った人間はせいぜいが1万人くらいかもな。
数字で考えたら実感として人類が、とりあえず日本人が滅ぶのは間違いないって思えてくるな。
感慨っていうか、日本人が滅ぶって思ってもなんにも感じないのは俺が薄情だからだろうか?
人間は群れなきゃ生きれないってよく言われたけど、そうでもない。
自分の群れが滅ぶってなっても感慨も湧かないんじゃ、現代日本の人間はそこまで支え合ってなかったのかもな。
社会に出てもなかった俺が言っても何言ってんだって感じか。
「暑っついな」
下らないことばかり考えながら歩いていたらいつの間にか太陽は随分と高い位置まで上がっている。
額から汗がつたう。
道路のアスファルトは太陽でジリジリと焼けて前も後ろも陽炎が立ち上る。
ずっと先、陽炎の中に数人の人影が見える。
間違いなくゾンビだろう。
ぼーっとつったって、揺らぎながらこちらへ歩いてくるゾンビをじっと見つめる。
夜に群れを見た時は百鬼夜行を連想した。
じゃあ今、陽炎の中で蠢くようにこちらに向かってくるゾンビ達は夏の魔物か。
陽炎の中に潜む夏の魔物。
コイツらも人間同様に滅ぶんだろう。
群れの中の子供を喰い、老人を喰い、女を喰い。
大抵残っているのは男ばかり。
ゾンビに種を残すなんて生き物らしい考えは無い。
頭の中のナニかに操られてする事は喰うことと噛み付くこと。
自分が生きる為に喰い。
ナニかを増やすために、移すために噛み付く。
アイツらが群れてる理由はなんだろうか。
獲物を捕まえやすくする為か?
人間を1人捕まえればゾンビの20〜30人は腹いっぱいにできる。
群れてるけど、考え方は完全に個で考えてる。
ゾンビになっても人間は孤独なのか。
どこまでいっても皮肉めいて見えるな。
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