第31話 疲労

 学校の惨劇とは打って変わって街中は静かだった。


 ヘッドライトを頼りにゆっくりと車を走らせていれば住民が寝静まったあとのベッドタウンにしか思えない。


 暗闇が、家の外壁についた血を隠し、散乱した白骨を隠し。


 割れた窓を隠し、電柱に突き刺さった車を隠し。


 起こった惨劇の痕跡を覆い隠して俺に何もなかったんだと嘘をつこうとしているみたいだ。


「結構、参ってんのかな」


 呟いた後に「はぁ」とため息をついた。


 昼間、ルパンさんと一ノ瀬さんが立てこもってゾンビを殺した場所にさしかかった。


「あれだけの屍肉の山だ、もしかしたらゾンビが結構いるかもな」


 角を曲がると屍肉の山に動く影が見えた。


 多くはない。


 ヘッドライトに照らされたソレは子供のゾンビが3人、死肉を漁っていた。


 子供のゾンビは大人のゾンビの中にはあまり混ざらない。


 腹が空けば奴らは群れの中から弱い者から順に喰う、子供は真っ先に喰われる。


 大人のゾンビと生きた人間、コイツらはどっちからも姿を隠しながら生きてるんだろうな。


 死肉は異様に広範囲に渡って散乱している、


 俺が車で横を通ると夜中に道で出会った猫のように3人のゾンビはじっとこっちを見ていた。


 俺はそれをじっと見つめ返した。


 バックミラーから夜の闇に溶けて見えなくなるまでずっと。


 なんでか目が離せなかった。


 ガタンッ


 バックミラーを見ていたらなにかを踏んじまった、少し走ると右側の前タイヤがパンクしたらしくまっすぐ走れない。


「くそっ」


 車を降りてタイヤを見るが暗くて分からない、見えたところで修理のしようもないか・・・


 車を諦めて歩き始める。


 結局、手ぶらで歩くハメになった。


 今は雲が月を隠しているせいで暗い。


 せっかくの九分月なのに。


 体が重いな、今日は疲れた。


 昨日の夜から走ってばっかりだ。


 今日はもう走りたくねぇな、頼むからゾンビは出てくれるなよ。


 願いが通じたのか、市街の中道から片側2車線の国道に出るまでゾンビは見なかった。


 広い道路に出てからも周りをキョロキョロを見ていたがゾンビはいない。


 本当に、ここら一帯のゾンビが学校に集まっていたらしい。


「はぁ、今日はもう寝たいな。 なんにもしたくない」


 1年以上ずっと入りっぱなしになってたゾンビサバイバルスイッチがoffになった。


 そんな感じだ。


 周りにゾンビの気配がないせいか。


 助けようとした人間が呆気なく死んだせいか。


 どっちもかな。


 むしろ無理な話だったんだよ。


 安全な場所を作るなんて。


 人間の99%がゾンビになったんだろ?


 世界中に70億もゾンビがいんのに、日本だけでも1億超えだ。


 しかも、ゾンビは人間がいる方にどんどん集まってくる。


 どうしても人間を根絶やしにしたい1億のゾンビから狭い日本のどこに隠れて安全を作るんだよ。


 ムリムリ、逃げ回って逃げ回るしかない。


 死にたくなきゃ走るしかねーんだよ、逃げ道がなくなんねーように走るしか。


 自分で自分を囲いこんだら袋のネズミだ。


 走るんだ。


 疲れたら死ぬだけ。


 気を抜いたら死ぬだけ。


 そうだ、むしろここは安全と思って気を抜く方が危ない。


 あそこの連中は俺からすればそれで死んだようなもんだ。


 安全な場所にいると思って警戒を怠って、ゾンビへの対策をダラダラとやっていたせいで張っていた防御網は何一つ機能しなかった。


 ルパンさんなら、常に見張りを置いておいたはずだ。


 正門だけじゃなく、校舎の屋上から見える位置にある家にも見張りを置いただろう。


 状況は確かに突発的だったし、ゾンビの数もとんでもなかったけど、ルパンさんが全ての指揮を取れていたらあんな一瞬で崩壊する事はなかった。


 逃げる時間も作れたはずだ。


 あの崩壊は自分たちが招いたもんだろう。


 自業自得だ。


 死んだ人間を悪く言うのはやめろって散々父さんに言われて育ったけど、最後の印象が悪すぎる。


 悪い人間ばかりじゃないかもしれないけど、あそこの人間は死んだところで心は痛まないな。


「はぁ、疲れたな」


 寝たい。


 目の前にちょうど昼に入ったコンビニが見えてきた。


 あそこで水を飲んで今日は寝よう。


 開きっぱなしの自動ドアを抜ける、ガラス越しに店内を覗いたがゾンビの気配は感じなかった。


 寝るならスタッフルームか、流石に丸腰で扉を開けんのはまずいな。


 店内をざっと見るが武器になりそうなものは無い、カウンター内を見ると揚げ物をする場所の横に小ぶりな消化器が置いてあった。


 それを持ち上げて構えつつスタッフルームの扉の前に立った。


 扉を2回ノックする。


 こんっこんっ


 ・・・


 ・・・・・・


 何も聞こえない。


 ゆっくり開ける。


 暗闇。


 何も動く気配はない。


 床の上に消化器を置いて中に入って鍵をかける、スタッフルームは縦長で畳を2枚縦に並べたくらいのスペースしかなかった。


 ほとんど見えない中を手探りに調べる。


 ロッカーと小さな机にノートパソコン、ハンガーラックが床に倒れている。


 鍵を閉めてハンガーラックにかかっていた冬物のコートを布団代わりに横になった。


 なんかくせぇな、ま、いっか。


 贅沢は言ってらんねぇ。


 窓がないから室内は真っ黒に暗い。


 まぶたを閉じているのか開いているのかも分からない。


 ここじゃ虫の鳴き声も聞こえない、家にいた頃は嫌ってほどコオロギの鳴き声を聴きながら寝てたな。


 ・・・


 ・・・・・・


 母さんは家にいるかな?


 玄関の鍵は閉めたし、1階の窓は板で補強してあるし雨戸は開かないようにしてる。


 2階のベランダから飛び降りてないか、誰かが入らない限りは家にいるだろう。


 まずは家に帰ろう。


 母さんを父さんの墓に入れてあげよう。


 その後にどうするかはそれから決めればいい。


 逃げるのに疲れたら死のう。


 母さんも、許してくれるだろ、多分。


 父さんは許してくれないかもな。


 きっと父さんならこんな世界でもやりたい事を見つけてなんかやってるんだろう。


 こんな世界でも言うはずだ、「1回こっきりの人生なんやからとにかくなんかやれ、面白いと思ったら見え方変わるまでやってみろ。 見え方変わるの意味はもう分かるやろ?」。


 この世界で何やりゃいいんだろうな。


 どうしたらいいんだ。


 教えてくれよ、父さん。

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