第30話 崩壊
校庭をゾンビをなぎ倒しながら進む。
チェーンで繋がれた門がガラガラとけたたましい音をあげながら付いてくる。
ゾンビはぎゃあぎゃあと雄叫びをあげながら追いかけてくる。
バックミラーもサイドミラーもゾンビでいっぱいだ。
いや、それどころか四方八方。
どこを見てもゾンビまみれだ。
日本で最も売れているハイブリッド車、ネットじゃミサイルという不名誉な異名をつけられていた。
今はミサイルどころか戦車のように何もかもを轢きまくっている。
人間の山を踏み越えながら横転しないことを祈ってアクセルを踏む。
バキンッ!
何かにぶつかったようにつんのめった。
門が車に轢き殺されたゾンビの死体に引っかかってチェーンが切れたらしい。
重りを外した車はさらに勢いよくゾンビを轢き殺して進む。
轢き殺し、死体の上を通るたびに車がガタガタと揺れる。
意外だ。
車でも、踏んだ物の感触があるんだな。
人間を踏み越えた時、ムニッとしたなんとも言えない感触がタイヤからフレームを通ってシートからケツに伝わる。
ピーピーというシートベルトの着用を求める警告音がうるさい。
こんな時にシートベルトなんかしてられるか!
ゾンビの集団を一時振り切り、校庭を大きく回って屋上を見る。
暗くていまいち分からない。
屋上から、あの縄ばしごを使って全員が地上に降りるならどれくらい時間がかかる?
10分で足りるか?
むしろこのまま外へ出て行った方が時間は稼げるのか?
そんなに長い間ここでゾンビと追いかけっこはごめんだ。
ゾンビの死体を乗り上げて途中で車が横転するのは目に見えている。
今もグラウンドにはゾンビの死体が凄まじい勢いで増えている。
ゾンビと付かず離れずの距離で校庭をもう一周回る。
上から見たらゾンビ共が車に向かってピクミンみたいについてきてんのかな?
そう思うと無性におかしくなってきた。
「ふふ、ふふふふっ」
口の中で笑った。
窓を開けてクラクションを馬鹿みたいに鳴らした。
「どうしたゾンビどもぉっ!! もっと気合い入れて走んねーとメシにありつけねーぞぉ!!」
窓から顔を出して後ろを振り返り、血眼になって追いかけてくるゾンビに向かって叫んだ。
吹っ切れたように大声で笑う。
3周目。
屋上をもう一度見ると俺の間抜けな笑い顔が凍りついた。
屋上がゾンビで溢れかえっている。
遠目だから見間違いかもしれない。
そんな考えが一瞬よぎったが、生存者はどう考えても屋上がいっぱいになるほどはいない。
「マジかよ」
校庭をまた廻る。
死んだ。
みんな死んだ。
大事な人も。
嫌いな人も。
どうでもいい人も。
知ってる人も。
知らない人も。
みんなだ。
バックミラーにはおびただしいゾンビの群れが俺の事も殺そうと追い続けている。
校庭を廻る。
さっきまで何故か浮ついていた気持ちが一瞬で消えた。
なんで俺は浮かれていたんだろう。
車に乗っただけで死から逃れられると思ったのか?
確かに、あの一瞬は俺だけは死からつかの間逃げられた。
追い回されているのには変わりはないが、間近に迫った死から逃れて浮かれた。
ウザイな。
その瞬間、俺がここにいる人間が好きになれなかった理由がわかった気がした。
ここにいる連中の、死から逃げ仰せたと思って浮かれている顔が気に入らなかったんだ。
死を他人に押し付けて浮かれている顔がウザかったんだ。
それはきっと一ノ瀬さんも一緒だったんだろう。
悲しみと憎しみで心がいっぱいになっている時にあんなウザイ顔が目の前にあったら皆殺しにしたくもなる。
考えすぎか。
そんなこともないだろう?
人間は感情の生き物だ。
悲しみと憎しみに支配されたら、引き金くらい簡単に引ける。
まぁ、引かれた方はたまったもんじゃないだろうけど。
にしても、なんでゾンビはこんなに集まったんだ?
確かに銃声は遠くまで響くって言うけど、いくらなんでも集まりすぎじゃないか?
校舎に群がっていたゾンビもどんどん校庭に降りてくる。
このままじゃ校庭もゾンビでいっぱいになりそうだ。
もう一度、屋上を見る。
ちらほらと落ちるゾンビがいる。
悲鳴も何も聞こえない。
校庭を回るのをやめて校門を目指した。
アクセルを踏む、出来るだけゾンビから距離を取りたい。
バックミラーにもサイドミラーにも写りきらないほどにゾンビが写っている。
なぜか唐突に、頭にカッと血が上った。
ミラーに写っているゾンビ全てを轢き殺したい衝動にかられた。
ギアをバックに入れてアクセルを床まで踏み込む。
ゾンビが3mも5mも高くはね飛ばされるところが見たい。
どうだろう?
かなりスカッとするんじゃないか?
バックミラーに映るゾンビがどんどん大きくなる。
ゾンビを吹っ飛ばしたい衝動は、湧き上がった時と同じように引く時も一瞬で消えた。
踏み込んでいたアクセルから足を上げ、ブレーキを踏み込んだ。
ミラーに小さな女の子のゾンビが見えた。
身長は周りのゾンビの胸くらいの高さ、紺のワイドパンツに白いパーカー。
ばさばさの髪の毛が肩にかかり、愛らしかっただろう顔は狂気に歪んでいる。
何故か、その少女のゾンビだけがくっきりと見えた。
「ちっ」
舌打ちをしてギアをドライブに戻す、アクセルを踏んでまた校門に向かう。
もう、バックミラーもサイドミラーも見なかった。
校門を出て、トラックで道が塞がれている場所に着いた。
ゾンビがいるかと思っていたが、妙に静かだ。
2台のトラックが止まっていた場所には1台しかトラックがない。
特に疑問に思うことも無く、俺はトラックが無くなってスペースの空いた道をアクセルを踏んで走り抜けた。
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