第29話 続・逃避
音を立てないように暗い廊下を歩く。
つま先から足を下ろしてゆっくりと、出来るだけ速く。
姿勢を低くして窓の外から見えないように。
ゾンビ共は中央の校舎に意識が集中している、たまに窓から外を見てもこの校舎の壁に取り付いているゾンビはいない。
それでも、姿勢を低くして息を殺して足音を消して歩く。
あんな量のゾンビに気取られたら脱出は不可能になる。
校舎の端まで歩き、階段を降りる。
手摺のあいだから下を覗く、外からはうるさいくらいにゾンビの呻き声が聞こえるのに中は静かなもんだ。
1階に着いてから今更思い出した。
扉が全部施錠されてるんだった、内側も外側も鍵がないと開けれない。
窓も1階部分は全て板が打ち付けられている。
どうするか・・・
窓の板なんか外してたら音でここに人間がいますって言ってるようなもんだ。
2階からゆっくり降りるしかないな。
くっそ、鍵の場所を聞きに戻るわけにもいかねーし。
ん、待てよ。
鍵の場所、もしもを考えたら扉の近くに置いてるんじゃ?
引き返しかけた足を戻して扉へ向かう。
真っ暗だな、見つけられるか?
扉の前まできて、扉の周りを見渡す。
パッと見どこにも鍵をかけておくような場所はない。
さらに1歩下がって扉の周りをぐるりと見るが見当たらない。
無いか・・・
ゆっくりと扉を見ながら後ろ向きに階段へ戻りかけた時、目についた消火栓の扉を開いた。
ぐるぐると巻かれたホースの脇に鍵がぶら下がっている。
してやったり顔で鍵を手に取り、鍵を鍵穴に差し込むと抵抗なくスっと入った。
ロックを外す前に扉に耳を当てて外の様子を探る。
扉の前に気配はない。
ような気がする。
分かんねーな。
音も聞こえる。
扉からは離れた感じはすんだけど。
面倒だけど、真上にある2階の窓から様子を見てからにするか。
鍵を差しっぱなしで2階へ上がる。
1階の外への扉の真上にあたる窓は開いていた。
ゆっくり窓から下を見る、扉の前にはゾンビはいない。
だが。
「うぁ、くそ」
体育館脇、ボクシング部の部室棟にゾンビが大量にいる。
100近い数だ。
そういや部室の中には新鮮な死体が3つもあるんだ、当たり前か。
「忘れてたな」
どうするか。
他の出入り口は本校舎に近い分、そっちの方が危ないだろう。
やっぱり、この真下の出口からそっと出るしかないか。
気づかれたらダッシュ、結局これしかないか・・・
死にたくないなら走る、生きたいなら走る。
死は生き生きとそこら中に蔓延っている。
死を引き離すのに走り、隠れる。
頭が冴えていくのを感じる。
今、俺は生きたいと感じている。
なのに、死ぬのが怖いとは思わない。
単純に感覚が麻痺しているのか、頭がオカしくなったのか。
鉄扉のドアノブをそっと回した、キリリと金属の擦れる感覚が手に伝わる。
ふわりと空気の抵抗を感じるくらいの速さで扉を押し開ける。
右に部室、そこには上から見たゾンビが今も死体のある部室棟にたかっていた。
俺には見向きもしない、俺はドアノブから手を放し、流れるように校庭に向かって走る。
暗がりに体を滑り込ませ、足元に注意を払いながらも前方を見据えて走る。
正門近くの乗用車まで、グラウンドの塀伝いに進めば5〜600mくらいはあるだろうか。
グラウンドの端に植えられた木の側まで来ると落ち葉が地面いっぱいに落ちている。
ザクザクと足音をたてながら進んでも校舎に群がるゾンビは気づきそうにない。
距離と、自分達の呻き声で俺の足音なんて聞こえないんだろう。
トヨタ自動車のマークが見えるほどに車に接近した。
周りにゾンビはいない。
足並みを落とすことなく車に近ずき、ドアノブに手をかけて引っ張る。
開かない。
マジかよ。
咄嗟に左右を見るがそんな所で鍵が見つかるはずもない。
車の中を覗き込むと助手席の窓が開いていた。
なるほど。
我ながらテンパってるな。
ほっと息をつき、助手席側に回ってダッシュボードを開けるとスマートキーが入っている。
ボタンを押す。
ピィーッ!
電子音が鳴った、心臓がギュッと掴まれたような心地がする。
ルパンさん、やたら頭が回るアンタがなんんでここで音の鳴る車をチョイスしてんだよ・・・
ゆっくりと振り返ればゾンビと目が合った。
何千というゾンビと。
一瞬の間。
俺よりもゾンビの動く方が早かった。
唸り声をあげて俺に殺到するゾンビを見てやっと体が動いた。
運転席側に回り、ドアを開けて乗り込んだところでゾンビに車をぐるりと囲まれた。
パワースイッチを押すがエンジンがかからない。
助手席側の開いた窓からゾンビが腕を伸ばしてくる。
何人ものゾンビが押し寄せていっせいに手を突っ込んでくれたおかげでどいつもこいつも体を窓に入れる事が出来ずに手を懸命に伸ばしている。
中に入られるのはまさに時間の問題だ。
軽いパニックになりながら何度もパワースイッチを押すがうんともすんとも言わない。
窓からさらに手が伸びてくる。
その手から逃れるように体をよじらせる。
足がブレーキペダルを踏み込んだ。
瞬間、ブレーキペダルを踏みながらパワースイッチを押すと焦っている俺とは裏腹に静かにモーターが動き出した。
アクセルを踏み込むと俺の気持ちに応えるようにエンジンが唸りを上げて群がるゾンビ達をものともせずに力強く発進した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます