第27話 人として。

 ルパンさんが屋上の縁に立って下を見る。


 濃い闇の中、ゾンビの呻き声と雄叫び。


「・・・ はぁ」


 疲れ切ったようなため息をこぼした。


 バンっと扉が開く、池田アカネだ。


「ルパンさんっ! バリケードまでゾンビがっ!」


 血相を変えて池田アカネが叫ぶ。


「ルパンさんっ、どうしますか!?」


「ハヤトは下行ってバリケードでゾンビ止めといてくれ、訓練通りな」


 相田ハヤトは「はい」と血の気の失せた顔で頷いて走っていった。


 後に屋上にいた人間も続いて降りていく。


 ルパンさんは俺の隣に立って屋上の縁から下を見下ろしながらゆっくり歩いていった。


 俺は一ノ瀬さんが落ちていった場所に座ったままルパンさんをぼんやりと見ていた。


 母さんの言葉を一ノ瀬さんに言って、1つだけやる事を思いついた。


 やらなくちゃと思いつつ、目を背けていた問題。


 母さんを、家に置いてきた母さんを父さんと一緒の墓に入れてやろう。


 とりあえず、俺が生きている間にしなきゃいけないのはそれくらいしか思い浮かばない。


「タケシ、手伝ってくれるか?」


 立ち上がろうと膝に手を置いたところでルパンさんに声をかけられた。


「・・・ 何をですか?」


 気乗りしませんという表情で答える。


「なにをて、こっから逃げるんをやがな」


 まじかよこの人、この状況でそんな方法があるのか。


 全員は無理だ、大勢で動いたら確実に見つかる。


 逃げるなら俺1人の方が都合がいい。


「どうやって?」


「そこ、下見てみ」


 指さしたのはグラウンドとは反対方向、校舎の裏側。


 見てみたものの、真っ暗で何も見えない。


「外壁まで柵で囲った道があんねんけど、見えへんな」


 そんな物があるのか。


 凄いな、何処までも準備のいい人だ。


「縄で降りたら逃げれると思うんやけど、とんでもない数がおるからな。 さっき校門が簡単に倒されたん見たら、ちょっとまずいな」


 そうだ、余程頑丈な柵でない限りは押し寄せたゾンビの重みで潰される。


「それで?」


「あっちに、校門の近くなんやけど。 車があんねんけどな、アレでグラウンドの方をちょちょいと走り回ってゾンビを引き付けて欲しいねん」


 簡単に言ってくれるな。


「・・・ どうやってあの車まで行けと?」


 どこもかしこもゾンビで溢れかえってる。


 津波なら時間が経てば引いてくれるが、ゾンビは引くことを知らずにどんどん今も数を増やしている。


「それを考えんとな」


「あんまり気乗りしないですね」


「流石のタケシ君も躊躇うか」


 煽ってんのか?


 流石に今は挑発にのるような元気はない。


「てゆーか、ここの人達の為に命かける気にならないですね」


「そうか」


「なんで、ルパンさんはかけれるんですか?」


 自分の命を護る為の防護策ですら嫌々やってる奴。


 助けてもらおうと浅ましく媚びを売る奴。


 自分の思考を停止させて人に頼りきる奴。


 危ない橋を人に渡らせて、安全な場所から文句しか言わない奴。


 俺がここで見た人間はざっとこんな感じだ。


 そんな人間を命懸けで助けようとは思わない。


「俺はな、アンズちゃんみたいなエグい目にあう人間が出来んように」


「よく言いますね、一ノ瀬さんがあんな目にあった後に」


 何言ってんだ?


「ま、そうなるか」


 ルパンさんは、懐からタバコを取り出して火をつけた。


 大きく吸い込んで、「フー」っと大きく吐き出す。


「俺、嫁と息子おってんけどな」


 俺の方は見ずに喋る。


「俺がちょっと目を離してる間に死んだわ。 アンズちゃんみたいに酷い目にあわされた挙句に、ソイツらは嫁も息子も殺していきよった」


 タバコを咥えてまた吸い込んだ。


 ちりちりと焼ける音と共に先端が赤く光る。


「勿論、犯人見つけ出してぶっ殺したけどな」


 ・・・


 なんの話だ?


「タケシ君、なんで法律があるか分かるか?」


「・・・ 悪い事した人間に罰を与えるためでしょう?」


「違うタケシ、法律っちゅうんわコレをしたら罰があるっちゅう戒めやない。 こんな事をしたら嫌がる人間がおる、悲しむ人間がおる、だからしないで欲しいっちゅう想いがこもっとんねん」


 マジでなんの話だ?


「・・・ それは、凄い理想論ですね」


 ここでそんな話に付き合ってるほど、俺の心に余裕はない。


「理想や、当たり前やろ。 それが分からんアホな人間がリターンとペナルティを天秤にかけて法を犯しよる。 一時の感情に負けて犯罪犯すのは人間が感情の動物である以上仕方ない所はある。 だから罰にも振れ幅がある訳や。 俺はな、俺みたいな目に合う人間が出んように平和なコミュニティを作りたいんや」


 コレっぽっちも出来てねぇじゃねーか。


「タケシ、こんなクソみたいな現状で他の人間なんかどうでもいいって言っとったら人間はおしまいや。 こんな時こそ、誰かの為に動かなアカンやろ?」


「それが法律となんの関係が?」


「法律はどう考えても、他人を思いやるところからスタートしてるからや。 自分の事しか考えん身勝手な人間に罰があるように俺は思う。 だから俺は人の為に自分の命を使うつもりや」


 ・・・


 ・・・・・・


 すげぇな。


 この人も相当イカれてる。


「分かりましたよ、時間が無い。 今はそんな説教してる場合じゃないでしょう。 手を貸しますよ、ただし、1回だけ。 俺にもやりたいことが出来たから、無理だと思ったら逃げますよ。 それでも良いですか?」


「かまへん、どっちにしても今はタケシに頼るしかない。 ここの連中にこんな危ない橋渡る度胸のある人間おらんからな」


 そんな人間をなんで命賭けて護らなくちゃならないんだ?


 ああ、そうか。


 先ずは自分が動かないとな。


 今、少しわかった気がするよ。


「ええか、作戦は」


 俺の想いをよそに、ルパンさんが話し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る