第25話 再々・銃口

「なんや、お前かい」


 くしゃくしゃの泣き顔をした一ノ瀬さんと目を合わせていると、食堂で絡んできたオッサンのイラついた声がした。


 当然か、オッサンはズボンを下ろして一ノ瀬さんに跨っているのだ。


「助けにきたん? 動いたら撃ち殺すで、自慢のボクシングでやってみるか?」


 一ノ瀬さんの拳銃を奪ったんだろう、拳銃を持ったオッサンが得意気に銃口を俺に向ける。


 俺は未だに涙で顔をボロボロにした一ノ瀬さんから目を外せない。


 なんでだ?


 なんであんなになっている人間にそんな酷いことが出来るんだ?


 欲望を満たすためにそこまで残酷になれるのか?


 吐き気がする。


 なんだコレ?


「かはっ、おえぇ」


 吐き気が堪えられずにその場で吐いた。


「吐きよったで!」


「なんや汚ったないなお前!」


 オッサン共が笑う。


 下卑た笑い声だ。


 余計に吐き気が込み上げてくる。


「ビビりすぎやろっ! なんやお前っ!」


 拳銃を持ったオッサンが俺の横腹を蹴飛ばしてきた!


 壁まで飛ばされて膝をつく。


 吐き気を堪えて唾を飲み込んだ。


 視線を上げてオッサンの目を見る。


「なに睨んでんねん! 弾いたろかコラッ!」


 オッサンが銃口を向けて凄む。


 無理だな。


 その目、お前に引き金を引く度胸は無い。


 立ち上がりながら右足で踏み込む。


 どんなアウトボクサーでも追い詰めた踏み込みだ。


 吐いて頭が嫌に冴えた。


 最高にクレバーだ。


 向けられた銃口を左手で手首ごと持ち上げる。


 息つく間もなく、殺すつもりで右手をフック気味にオッサンの首に打ち込んだ。


 パンっ。


 銃声が響いた少し後にドサッとオッサンが崩れ落ちた。


 天井に小さな穴が空いた。


「か、かっ!」


 息が出来ずに首を押さえて身悶える。


 床に転げるオッサンの頭を思い切り踏み抜いた。


 いつもの頭蓋が砕ける感触が足の裏に伝わる。


 なんだ、こんなもんか。


 ゾンビじゃなく、人間を初めて殺した感想だった。


 ズボンを上げる事もせずに尻もちをついて後ずさり、オッサンが何事かを喚いている。


 一ノ瀬さんの手を抑えていた男も立ち上がり、同じ様に何事かを喚いている。


 わかんねぇな。


 お前らの言葉は俺にはわかんねぇ。


 自由になった一ノ瀬さんは転がっていた銃を拾い上げると2人のオッサンに向けた。


 パンッパンッ


 あっという間にオッサン2人が静かになる。


 2度と誰かをイラつかせることも。


 誰かを欲に任せて傷つけることも無い。


 無害な人間になった。


 死んだら誰でも仏だ。


 血の臭いが部室内に充満した。


 俺の通い慣れた部室が、地獄に変わった。


 3人の男が地獄に落ちたと言った方がいいか。


 こんな光景は最近じゃ見飽きるほど見てる。


 腐った肉も


 剥き出しの骨も


 こぼれた脳髄も


 飛び散った血も


 ぐちゃぐちゃの内蔵も


 最近じゃ当たり前の光景だ。


 地獄は罪人の行くところだ。


 罪人が罰せられる場所の筈だ。


 罪人が好き勝手暴れる場所じゃない。


 だからこの光景は地獄じゃない。


 ただ、人間が死んだってだけの事だ。


 地獄の入口かもしれないが、地獄じゃないんじゃないか?


「おい」


 転がった3つの死体を見下ろす。


 こいつらがたったこれだけで罪が、罰が終わるなんてことは無いだろう?


 地獄で鬼にいたぶられて貰わないと釣り合わない。


「おいって!」


 肩を乱暴に揺すられた。


 目の前に突然ルパンさんが現れる。


「どうしたっ!? 何があったんや! なんやこの」


 ルパンさんが言葉に詰まり、周りに目を向けて息を飲む。


 俺も周りを見た、一ノ瀬さんは消えていた。


「アレですよ、クズが足を滑らせて地獄に落ちたんですよ」


 アレってなんだ?


 言って自分でふふっと笑った。


「何言っとんねん? 銃声が聞こえた気がしたけど、アンズちゃんは何処や?」


 ルパンさんこそ何を言ってんだ?


「ズボンを下ろしたオッサンがそこで死んでるんだ、アンタだって皆まで言わなくても何があったかなんて分かってるだろ?」


 ルパンさんがじっと俺の目を見つめる。


 一体、何が見えているのやら。


「・・・ それで? アンズちゃんはどうしたんや?」


 もう一度周りを見る。


 どこにもいない。


「さぁ、どこに行ったんですかね?」


 俺はどれだけ呆けていたんだろう?


「おまっ」


 パンッパンッ


 ルパンさんが言いかけた時、銃声が響いた。


 俺の胸ぐらを掴んだままルパンさんが上を見る。


 俺も釣られて上を見た。


 そこには部室の天井があるだけだ。


 点のような穴が空いた天井、そこから月明かりが突くように入ってくる。


 銃声は上から聞こえた。


 ルパンさんが俺を放して部室の扉から駆け出した。


 俺も気を取り戻して後を追って走る。


 走っているとまた


 パンッパンッパンッパンッパンッ


 今度は続けて5回、銃声が響く。


 叫び声。


 走る、走る。


 突然目の前になにかが落ちてきた。


 バケツだ。


 校舎の玄関を潜り、階段を駆け上がる。


 パンッパンッパンッパンッパンッ


 また銃声。


 叫び声。


 死ね。


 死ね。


 みんな死ね。


 そう聞こえる。


 2階。


 3階。


 パンッパンッパンッパンッパンッ


 また銃声。


 4階。


 屋上への階段。


 ルパンさんが屋上の扉を開ける。


 目に飛び込んで来たのは散乱したバケツと銃に弾を込める一ノ瀬さん。


 俺達を見た一ノ瀬さんは銃口をこっちに向けた。

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