第24話 再・銃口

 夕食が済み、立ち上がると相田ハヤトに風呂に誘われた。


 風呂を告げられた時は気分がめちゃくちゃ上がった、喜ぶ俺をルパンさんが


「お喜びのところを申し訳ないんやけど、タケシの想像してる"風呂"とは違うで」


 という言葉に相田ハヤトが説明してくれたところ。


 バケツに半分程のお湯を張って全身を洗って流すというものだった。


 確かに、飲水にも困っているこのご時世に湯を張った風呂に浸れるワケもない。


 そのバケツ半分のお湯も1人につき3日に1度あるかないかの風呂らしい。


 多少っていうか、大分ガッカリはしたものの。


 それでも、今まではタオルを湿らせて拭くくらいしかしていなかったから全裸になって石鹸で体を洗い、お湯で流すとめちゃくちゃサッパリした。


 久しぶりに温かい米を食い、味噌汁を飲んで身体を清めると人間に戻った気がした。


「ふう」


 風呂場は校舎の1階、もう既にかなり暗い。


 頭をタオルで拭きながら狭い隙間から外を覗くととっぷりと日が暮れていた。


 時刻は8時くらいか?


 1階の窓が打ち付けられた廊下はぎりぎり視界が確保される程度の不気味な暗さだ。


 外にゾンビが溢れていても、夜の学校の気持ち悪さは変わらない。


 夜か。


 昨日の夜にルパンさんに会ってからまだ24時間も経ってないのか。


 体が重いな、今すぐに横になって眠りたい。


「タケシ君、僕の寝床で話さないか? 僕の部屋には今日タケシ君が揉めたメンバーはいないしちょうどいいと思うんだけど」


 暗い廊下で隣を歩く相田ハヤト。


「あー、そうしましょうか。 その前にちょっと部室に寄ってきます、一緒に来た人が気になるんで」


 さっき廊下で池田アカネに会った時に


「一ノ瀬さんも一緒に寝ようって誘ったんだけど断られちゃった」


 と言っていた。


「そうか、それじゃあ部屋は4階の3-3だから。 僕は先に行ってタケシ君の布団を用意しとくよ」


「すみません、ありがとうございます」


 相田ハヤト、良い奴だ。


 最初は"どうでも良い奴"と思っていたが"良い奴"に格上げしておこう。


 どっちでもいいか。


 ダラダラと歩きながら階段を上がる、シャワールームは1階の端の2部屋があてがわれていた。


 ゾンビの返り血を1階で流す為だとか、本当にルパンさんは色々と考えている。


 あの人はこの終末世界を生きる為に生まれてきたんじゃなかろうか?


 1階の玄関から出て部室へ向かった方が早いがなんとなく3階の渡り廊下を通りたくなったので階段を上がる。


 俺ってあの渡り廊下が好きなんだな。


 ふと、そんなことに気づいた。


 階段を一段一段上りながら"こう"なる前の日常を思い出していた。


 大して楽しいと思えなかった学生時代、たった1年前なのに遠い昔に感じる。


 父さんが死んで、母さんが憔悴仕切っているのを目の当たりにして。


 これ以上、馬鹿はやってられないと思って自分なりに真面目になった。


 受験勉強をして近場で1番マシな高校を選んで入学して、ここに通い初めてすぐに父さんの


「そんなに血が余ってるなら格闘技をやれ」


 という言葉を思い出してボクシングを始めた。


 遺言って訳でもない、散々反発してたのに、死んでから言うこと聞くなんてな。


 生きてる間に聞いときゃいいのに。


 父さんの言うことはいつも、いや、大抵あたっていた。


 事実、格闘技は俺のしょうに合っている。


 ボクシングも、自分で選んだような顔をしているが父さんによく勧められていた。


 実際、始めたらのめり込んだ。


 負けるのが嫌で、周りの人間の10倍は練習した。


 インターハイの決勝戦でも、対戦相手は自分より才能があると感じたが負ける気はしなかった。


 考えたらここじゃあ部活ばっかりやってたな。


 友達らしい友達もいなかった気がする、自分が必死になって生きてる気がして、能天気に音楽やらテレビドラマの話をしてる同級生がアホに見えてた。


 学生時代にちょいちょいと絡まれた理由も、今日、食堂でオッサンに絡まれた理由も一緒なんだろう。


 なんだ、俺ってあの頃から成長してないんだな。


 妙に感傷的になってるのは学校にいるせいだろうか?


 渡り廊下の扉を開いて外に出る。


 風が心地いい。


 ダラダラと時間をかけて歩いたせいかとっぷりと日が暮れていた。


 少し欠けた九分月が雲の輪郭を照らしている。


 月明かりがこんなに明るいのは街灯が消えて初めて知った。


 今じゃ月が欠けていくのに不安を感じるほどだ。


 時間にしたら1分くらいだろうか、月を眺めていると耳に小さな悲鳴が聞こえた。


 方向は体育館のある方からだ。


 そこには部室がある。


 部室には一ノ瀬アンズがいる。


 嫌な胸騒ぎを覚えて駆け出した。


 渡り廊下の扉を引っ張り開けて階段を飛び降りるように駆け下りた。


 校舎の端まで走り、扉を開こうとするが開かない!


 外と内を繋ぐ硬い鉄製の扉は蹴ってもビクともしない。


「くそっ」


 悪態をついて逆方向に走り、別の扉を開けようとするが開かない。


 夜は戸締りをしてるらしい、窓から出ようにも全て板が打ち付けられている。


 もう一度悪態をついて3階へ階段を駆け上がる!


 渡り廊下を渡っていると下卑た笑い声が微かに聞こえた。


 頭に血が音をたてて上っていくのを感じる。


 引きちぎりそうな勢いで扉を開き、手前の階段を飛び降りる!


 1階まで駆け下りて玄関の扉を押し開く!


 中庭を駆け抜け、走りに走って部室の扉が見える。


 ドアノブに手をかけるまでに近ずいた所で中から「んーんー」という女性の悲鳴と


「うわっ! くっせぇ! この女生理中じゃねぇか!」


 クソみたいに汚い声が聞こえた。


 ドアノブを引っ掴んで回すが開かない。


 中から


「誰だよ?」


 という声が聞こえる。


 部室のドアの上半分の磨りガラスに人のシルエットが動く。


 磨りガラスを肘で叩き割り、中に手を伸ばして鍵を開けて扉を乱暴に開いた。


 男が3人。


 1人は一ノ瀬さんの手を押さえ、1人が上に覆いかぶさってズボンを下ろしかけていた。


 もう1人は拳銃を手に俺と男2人の間に立っている。


 男の持っている拳銃の銃口が俺の方を向いた。

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