第21話 別・談笑

「ほい、入って」


 通されたのは家庭科室、そこには男女合わせて20人弱が椅子に座っていた。


 もう既に食事は進んでいる。


「ほら、そこ座り」


 指さされた先に座っていたのは池田姉妹と男が5人。


 知ってる顔は屋上にいたオッサンと塀の作業をしていた相田ハヤト。


 後の3人は知らない顔だ。


「あれ? アンズちゃんは?」


 俺の顔を見た池田ミカンが首を傾げて聞いた。


「食欲が無いって、せっかくやからお風呂だけ案内しといた」


 ルパンさんが答える。


「そうなんだ、残念」


「なぁ兄ちゃん、あの姉ちゃんは彼女なんか?」


 屋上で会ったオッサンがウザイ顔全開で聞いてきた。


 なんだろう、殴りたくなる顔をしてるな。


「そんなんじゃないです、会ったのも昨日の夜が初めてですよ」


「そうなんか、それじゃ俺頑張って口説いてみよっかな」


 オッサン共が汚い顔でキャッキャウフフと笑っている。


 終末世界になってから久しぶりの殺意だ。


「もう、桂さんは女の子は皆口説くんだから」


「だってミカンちゃんもアカネちゃんも相手してくれへんやん、オイちゃん溜まってんのにー」


 ・・・


 ・・・・・・


 一ノ瀬さんが来なくてよかった。


 目の前でオッサン共がべらべらと下品な話題で盛り上がっている、内容はあまり入ってこない。


 うぜぇ。


「ほいさ、お待たせタケシちゃん。召し上がれ」


 前に置かれた盆に載っていたのは味噌汁にお米に漬物、そして。


「野菜炒め!」


 肉の入った野菜炒め!


 立ち上る湯気と香しく素晴らしい匂い!


 こんなに食欲を掻き立てられたのは何ヶ月ぶりだろうか!


 オッサン共へのイライラが一瞬で吹っ飛んだ。


「おー、いい反応やな。 タケシには俺も命救われたようなもんやからな、遠慮せんと食べてや」


 遠慮なく、手を合わせてがっついた。


 新鮮な野菜と肉の旨み。


 軽く咀嚼してから米を口に運ぶ。


 飲み込んだら味噌汁を啜り、キュウリの漬物を口に放り込む。


 パリパリと食感を楽しんでまた米を食べて野菜炒めを口に入れる。


 美味いとか言う暇がないくらい美味い。


 最高だ。


 まともな食事自体がかなり久しぶりな事を思い出した。


「美味そうに食うな」


 向かいに座ったルパンさんが若干の呆れ顔で言う。


 味噌汁で口いっぱいの物を飲み下す。


「はぁ、美味いっすね! 味噌汁に炊きたてご飯なんて、こんなに美味かったのかって、感動モノっすね」


「そんだけ褒めてもらったらご馳走した甲斐が有るな」


「冗談抜きで涙出そうですね、こんなマトモな飯食うの何年ぶりかな」


「今まで何食べてたの?」


 俺の大袈裟な感想に会話に入りたそうにずっとこちらを見ていた相田ハヤトが話を振ってきた。


「匂いが出るのは食べれないですからね、缶詰かおやつとかでしたね。 最初はよかったけど、すぐに食うのが嫌になってどんどん痩せたなぁ」


 やたら塩っけばっかり口に残るんだよな。


「外は大変だね、匂いって、どれくらいで駄目なの?」


 マジか、俺はまるで良いとこのボンボンを見るような目で相田ハヤトを見る。


「相田さんってほとんどここで生活してたんですか?」


「うん、避難所に逃げ遅れて2ヶ月くらい職場に篭ってたかな。 職場は学校とかに給食を作って送る所だったんだけど、そこに物資を盗りに来たルパンさんに助けられたんだ」


 なるほど、ボンボンだな。


 終末ボンボンだ、新語だな。


「匂いはそうですね、米を炊くくらいなら大丈夫ですけど、カップラーメンとかだったら匂いで寄ってきますね。 それで1回酷い目にあったな」


「どんな?」


「家でカップラーメンを作ったんですけど、食べてる最中に家の周りにゾンビが10体以上集まって、まず、家から脱出するのでひと苦労でしたよ。 カレーヌードルがまずかったんだろうな」


 カレーって結構遠くまで匂うもんな。


「どうやって出たの?」


「まず屋根に上がって瓦を落としてゾンビを殺そうとしたんですけど、何体か殺すまではよかったんですけどね。 瓦を落とした音で余計にゾンビが集まっちゃって」


 アレは中々の絶望感だった。


「それで一体どうやって脱出したの?」


 同じ質問を繰り返される、まるで俺が焦らしてるみたいだ。


「隣の家のベランダに飛び移ったんですけど、もちろん普通にゾンビもついてこられる訳なんだけど。 何回か飛び移ってとりあえず母親のいる家から離そうとしてたら飛び移った家の窓からゾンビが出てきて余計ピンチになって」


 アレは口から心臓が飛び出そうなくらいビクッたなぁ。


「どうやって倒したんですか?」


 今度は池田ミカンが輝くような瞳で聞いてくる。


「咄嗟の右フックでKOしました」


「ぎゃははははっ、兄ちゃんそれは盛りすぎやろー!」


 一緒に話を聞いていた桂のオッサンが手を叩いて笑った。


「いやいや、あながち盛ったとは思えへんで。 タケシが素手でゾンビと喧嘩してんの俺は見たからな」


 ルパンさんが苦笑いで答える。


 なんか俺も話してて武勇伝喋ってるみたいで嫌になってきたな、俺の中で俺強ぇ話してる奴は途方もなくダサいイメージしかない。


 まぁ、この際仕方ないか。


「確かに、増田ってボクシングでインターハイ2連覇してるんですよ」


 池田アカネの補足が入る。


「マジか、凄いなタケシ」


「ははは」


「でもボクシングか、俺が見たのは大抵蹴って倒してたよな? 見事な前蹴りやったけど」


「小学校中学校と空手やってました」


 ゾンビ相手だと基本的に手よりも先に足が出る、拳を痛めたくないのが理由だ。


「戦闘マシーンやな」


「ははは、父親が好きだったんですよ、格闘技」


 空手は嫌々やってたな。


「それで、ゾンビに囲まれてベランダでKOしてその後は?」


 相田ハヤトが話の先を急かす。


「このまんまじゃラチがあかないと思ったんで、その家のベランダにロープを括って下に飛び降りれるようにしてから玄関の扉を開けました」


 アレは中々の閃きだった。


「えぇ!? それで?」


「上の部屋に駆け上がって扉を閉めてゾンビが家に集まったかなってタイミングで窓からロープで飛び降りたんですよ、ほとんどのゾンビが家に入ったお陰でなんとか降りれました。 そっからはひたすらダッシュですね」


「なるほど、賢いなタケシ」


「すごいねタケシ君!」


 ルパンさんと池田ミカンからお褒めの言葉を貰った。


「ほーん、それで、集まったゾンビはどうしたん?」


 桂のオッサンが微妙に上から目線なのがうぜぇ。


「だから、走って逃げましたよ」


 言っただろ。


「なんや殺さんかったんや」


 できるかボケ。


「出来るわけないじゃないですか、逃げる頃には100体くらい集まってましたからね」


 愛想笑いで返す。


「最後は逃げて終わんのがちょっとかっこ悪い武勇伝やったなー」


「ははは、確かにそうですね」


 この手のオッサンは相手しないのが1番いいな、相手しても損しかない。


「んなわけないじゃん! 凄いよタケシ君!」


 ありがとう池田ミカン。


 あざといが食傷気味とか言ってごめんね。


「そうやな、そんだけ囲まれて絶望的な状況でよう思考停止せんかったな」


「いやいや、人一倍生き汚いだけですよ」


「いや凄いよ、僕なら死んでるな」


 相田ハヤトが感心しきりだ。


「そしたらココがゾンビに囲まれたら兄ちゃんに全部始末してもらおーか、俺らもあんな柵作らんでいいやん。 頼むわ!」


 悪意のある顔でオッサンが冷やかしてくる、いちいちイライラするオッサンだな。


 うっぜえな、いい加減にしろよ喧嘩売ってんのかオッサン。


「なんやとお前!?」


 ガタンっと桂のオッサンが椅子を蹴って立ち上がる。


 しまった、心で言ったつもりが声に出てた。

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