第20話 談笑

「それじゃあ、ここを出てなにかあてがあるの?」


 一ノ瀬さんは部室の顧問がいつも座っていた椅子に座った。


「いえ、なんにも。 ただ」


「ただ?」


「釣りが趣味なんで、どっかの釣具屋で高級釣具をガッサリ手に入れて釣り三昧でもしようかな。 とか」


 それくらいしか思いつかない。


「えー、なにそれ」


 ふふっと笑った、アレだ、この人、あんまり笑わないせいで笑った顔がギャップ萌えですげー可愛く見える。


 これが恋か。


 なんつって。


「一ノ瀬さんは? なにかしたい事とかないんですか?」


「したい事か、まさかそんな質問がくるなんてね」


 確かに。


「そうだな、コスプレしてゾンビ殺しまくるとか?」


 ・・・


 は?


「はははっ! マジっすか!? なんのコスプレで?」


 病んでんのかな。


「アメコミ映画が好きなんだよね、なんにしよう。 キャットウーマンとか、最近ならブラック・ウィドウかな、アベンジャーズの。 でも、どうせコスプレするなら顔も隠したいし。 それならアイアンマンの奥さんが着てたスーツとかかな、金属製だからゾンビ相手でも安心だしね」


 意外に実用的だ。


「アイアンマンって、手から火を出して飛ぶやつですよね?」


「そうそれ、あんまり見ないの? 映画」


「あー、あんまり見ないですね」


 最後に観た映画ってなんだろう?


 ジブリ映画だった気がするな。


「そっか」


 なんか、そんな残念そうな顔しなくてもいいのにな。


「今度オススメ教えて下さいよ」


「教えてもどうやって見んのよ?」


「ほら、ポータブルプレイヤーとか」


「絶対に教えても見ないやつじゃん」


「はははっ、見ますって。 時間はいくらでもあるんだし、一緒にコスプレしてゾンビ殺しまくりましょうよ」


 この世界の遊び方としては悪くない気がする。


「マジで! コスプレ探さないとね!」


 おぉ、スゲー乗り気だな。


「さっきの僕のことイカレてるって言ってたけど、一ノ瀬さんも中々イカレてるじゃないですか」


「そうかもね」


 目の前で快活に笑う一ノ瀬さんを見ていると、今日の昼に人を1人殺しているとは思えない。


 彼女のパーカーの腹ポケットには今も銃が入っている。


「どしたの?」


 やべ、そんな事を考えてたせいで顔が引きつってた。


「いや、その銃ってどこで見つけたんですか? やっぱり警察のゾンビとかから?」


「あぁ、これ?」


 無造作にポケットから銃を取り出した。


「違うよ、パパの銃。 刑事だったんだ」


「そうなんすか」


 銃を手の中で弄りながら、物憂げな表情をする一ノ瀬さん。


「お父さんは、死に目には会えたんですか?」


「うん、暴徒鎮圧に向かって、暴徒って言ってもゾンビだけど。 そこで感染して高熱出して。 その時にはパパはもう日本もダメだって思ってたみたい。 そりゃそうだよね、中国がゾンビウイルス発生から1か月もしない内に崩壊したんだから。 でも、あの頃は信じられなかったな」


 中国からゾンビウイルスが入ってきた時、ヤバいとは思いつつも、誰も日本が、世界が終わるとは思いもしなかった。


 世界はゾンビウイルスの発生から3ヶ月で、たったの3ヶ月で全ての国が、国としての機能を失った。


 感染すれば99.9%の人間がゾンビになる。


 潜伏期間は2日から1週間。


 それを過ぎれば高熱が症状として現れ、熱が出てからは半日もしない内にゾンビになる。


 99.9%の政治家がゾンビになると国家としての機能は簡単に終わった。


 無能だお飾りだと言われていた連中でも、いなくなったら国は立ち行かなくらしい。


「銃を渡された時にお父さんに「ゾンビ相手には意味が無いから使うな、使うのは人間だ」って言われたんだけど、最初はなんのことか分からなかった。 でも、意味はすぐに分かった」


 表情が途端に暗くなる、話題を失敗したな・・・


「避難先の体育館の中で、夜にトイレに行った時に乱暴されそうになって、まさかそんな事になるとか思わないから持ってなくてさ。 その時は居合わせた人に助けてもらったんだけどね」


 カチっ


 スライドして見えたリボルバーの弾倉には3発の弾が見えた。


 使ったのは2発か、替えはあるのかな?


「余計な事、聞いちゃいましたね」


「そうね、気分最悪」


 表情は笑っている。


「すいません」


「今日までに2人殺した、どう? ひいた?」


「・・・ 1人は知ってたし、初めて会った時に撃ったことありそうって思ったんで。 今更ですかね」


 肩をすくめる。


 驚きはしない、むしろ、経験人数を言われた方が凹みそうだ。


 何考えてんだ俺。


「そっか。 タケシ君は? 人殺した?」


「そんな、犬派か猫派かみたいに気軽に聞きます? それ」


 笑って見せたが、一ノ瀬さんは笑わなかった。


「・・・ まだ、殺してないですね」


 なんだ、この、敗北感? は。


 敗北感なのか?


 一ノ瀬さんの目が、少し、落胆したような気がしたからか?


「まだ、か。 なんで"まだ"なの?」


「遅かれ早かれ、その内殺すんじゃないかと思って。 思うだけですけど」


「・・・ そう」


 重い、沈黙。


 一ノ瀬さんは、人を殺した事を気にしてるのか。


 こんな世界だ、その内、物の取り合いでも殺し合いになるかもしれない。


 そんなに気にする事もないと思うんだけどな。


 人の命が紙屑みたいになったんだ。


 俺もゾンビはもう何体殺したか分からない。


 あぁ、そういえば。


 ゾンビを初めて殺した時は吐いた上に夢にまでうなされたっけ。


 手が震えて、罪悪感もスゲーあったな。


 遠い昔みたいな気分だけど、アレから1年くらいしか経ってないのか。


 人間を殺したらあれ以上にきついものがあるのか。


 殺ってみなきゃ分かんねーな。


 もし、なんとも思わないなら俺は本気でイカレてんだろうな。


 ガラッ


 唐突に開いた部室の扉にビクッとなった。


 戸口に立っていたのはルパンさん。


「お邪魔、塀の作業中に助けてくれたんやってな。 ハヤトが見事なおてまえやったって騒いでたわ、ん、どした?」


 微妙に重い空気を察したルパンさん。


「いや、なんでもないです」


「・・・ そうか、飯の時間やで。 柳に手伝ってもろたんやからご馳走してもバチ当たらんやろて押し通したから一緒に食べよう。 行こうで」


 親指で校舎を指した。


「あー、じゃあ、ご馳走になりましょうかね」


 椅子から立ち上がる。


「私はいいです、食欲無いですし」


 一ノ瀬さんは首を横に振った、俺が余計な話をしたせいだろうか・・・


「そうか、無理にとは言わんけど」


「それじゃあ、コレ、良かったら食べてください」


 リュックを一ノ瀬さんに差し出した。


「今日コンビニで盗ってきたヤツです、カップ麺とカセットコンロと、缶詰とか」


「いや、いいよ。 私も持ってるし」


 一ノ瀬さんは自分のリュックをぽんと叩いた。


「んー、じゃあ、ここに置いていきますから、良かったらどうぞ」


 俺は自分の座っていた椅子の上にリュックを置いた。


「気が向いたら食べてください」


「ありがとう、気が向いたらもらうわ」


「じゃあ、行こか。 あ、アンズちゃん、良かったら風呂だけでも使って。 まぁ、風呂っちゅうほどええもんでもないけど」


 途端に一ノ瀬さんが笑顔になった。


「お風呂あるんですか!」


 弾んだ声、女子に風呂は偉大だな。


「いや、ホンマに期待せんといてや」


「いえ、ぜひ使わせてもらいます」


「ほんじゃついといで」


 部室から出ると少し日が陰り始めていた、わりと話し込んでたんだな。


 校舎までの道を3人で無言で歩いた。

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