第19話 イカれた2人

「じゃあ、僕は久しぶりに部室とかでも見に行きましょうかね」


 校門に戻った所で待っていた池田ミカンと一ノ瀬さんにそう言った。


 ぶっちゃけ、勝手知ったる母校でこれ以上案内されても必要性を感じない。


「そう? じゃあ、行こうか」


 先に立って池田ミカンが歩き出す、俺の1人で行きたいという空気はスルーされた。


「いえ、場所は分かりますから」


 池田ミカンの"あざとい"も食傷気味になってきた。


「そっか、学校の敷地内はゾンビが入れないようになってるけど、その部室って校舎の中じゃなくて外だから気をつけてね」


「はい」


 ボクシング部の部室は体育館のそばだ。


「大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」


 結構気を使うんだな。


「アンズちゃんは?」


「私もタケシ君と一緒に見に行こうかな、校舎の周りも見ておきたいし」


 おぉ、ついてくるのか。


 意外だ。


「そっか、それじゃあ私は作業に戻るね」


「はい、ありがとうございました」


 池田ミカンと別れた。


 なんとなく、校舎の中を通って行くことにした。


 教室から部活に行く時の決まったルートをなぞるように。


 様変わりしているが、間取りが変わった訳では無い。


 校舎に入って階段を上がり、渡り廊下を通って職員室へ向かう。


 渡り廊下に出る扉の脇にはここにもスリングショットが4個と矢が大量に置いてあった。


 渡り廊下の扉の鍵がかかっていないか少し不安だったが開いていた。


 扉は普通に開いたが、扉に俺がいた時には無かった閂をかけられるフックが取り付けられていた。


 見慣れていた扉が、それだけ見たら見覚えのない物に変わっている。


 不思議な感覚だな。


 渡り廊下を通り、2階の職員室へ行くのにまた階段を降りる。


 こっちの校舎は全くと言っていいほど人気がない。


 あからさまな遠回りにも一ノ瀬さんは何も言わない。


 職員室の中はほとんどの机が無くなっていて窓際に椅子が置いてある。


 窓枠に矢筒が取り付けてあってスリングショットがかけてある。


 いったいどんだけスリングショット作ったんだ?


 壁の鍵入れを開けるとちゃんと部室の鍵がぶら下がっていた、が、他のほとんどの鍵は無くなっている。


 とりあえず部室の鍵があってよかった。


 鍵を手に取り廊下に出る。


 後は階段を降りて校舎の端の扉を開けたら部室棟は目の前だ。


 一ノ瀬アンズと2人、無言で校舎を歩く。


 ついてくるからなんか喋ってくれんのかと思ったけどそうでもないらしい・・・


 居心地が悪いわけじゃないけど、なんでついてきたんだろうか・・・


「ねぇ、本当はどこに行くの?」


「え? 本当も何も、部室に行くんですけど」


 ドンピシャのタイミングで話しかけられて「え?」の声が裏返った。


 なんか恥ずい・・・


「本当に部室に行くんだ?」


「え、あぁ、はい。 少し思いついた事もあったんで」


 どこに行くと思ったんだ?


 部室に確かオープンフィンガーのグローブがあったはずだ、それなら怪我を気にせずにゾンビをぶん殴れんじゃないか。


「ねぇ、ここの人達どう思う?」


 単刀直入ですね。


「うーん・・・ アレですね、僕はここにいる気にはならないですかね」


 それが聞きたいんだろう、そう思ってこちらも単刀直入に答える。


「そっか、でも、一応安全じゃない? ルパンさんの安全策スゴいし」


「確かに、それは凄いと思いますけど。 どっちにしても近いうちにダメになるんじゃないですか?」


「なんで?」


「他の人はどうか分からないですけど、とりあえずあった人はみんな危機意識が異常に低い気がします。 あれじゃ、その内誰かが適当なことしてゾンビが入ってくるんじゃないですかね」


 緩みってのは伝染する、人間は楽な方に流されるもんだ。


 そうだな、例えば匂いでおびき寄せたり音でおびき寄せたり。


 カレー作っただけでゾンビが集まる。


 緊張感のない人間は「これくらい大丈夫」とか言ってやるもんだ。


 気の緩みでドアを開けっ放しにしたりしそうだし・・・


「ふーん」


 一ノ瀬アンズがじっとこっちを見てくる。


「なんですか?」


「外ではお母さんとずっと一緒だったんだよね? 物資の調達とかはどうしてたの?」


「走るの得意なんで全部調達は僕がしてましたね」


「なるほどね、流石、1年以上を外で過ごしてただけあってよく分かってるね」


「じゃあ、一ノ瀬さんもそう思います?」


「そうだね、危機管理が人任せだなっては思ったけど、今のところはそれ以上にルパンさんの安全策が上回ってるかなって感じ」


「そうですね、でも」


「でも?」


「ぶっちゃけ、ここの連中が好きになれそうにないんで僕はここで暮らす気はないですかね」


 会って話したのはしょうみ5人だけだが、1人は苦手、1人はちょい苦手、2人は嫌いだった。


 もう1人はなんかどうでもいい人って感じ。


 今のところ第一印象が悪すぎる。


「タケシ君と同意見でなんか安心したわ」


 俺も一ノ瀬さんと同意見なようで安心した。


「一ノ瀬さんはどうするんですか?」


「そうだな、でも、1人で外にいるのも疲れたんだよね」


 ゾンビが溢れるこの世界、一人を気楽でいい、そう言える猛者は中々いないだろう。


 喋りながら歩いているうちに部室に着いた。


「凄いね、別で建物があるんだ」


 ボクシング部の部室棟、部室棟と言ってもプレハブ程度の大きさだけど。


「はい、強豪校だったんで」


 西西高ボクシング部、全国に名を轟かせる強豪だ。


 部室の扉を開ける前に一応、扉に耳をあてて中の様子を探る。


 コンコンと扉を叩く。


 物音はしない。


 扉を開くと1年前と変わらない光景だった。


「初めてリング見た、結構狭いんだね」


 一ノ瀬さんが部室に入るなりリングに上がった。


「好きじゃない限り見る機会ないっちゃないですもんね、そんなの」


 俺もボクシングを始めるまではリングなんて見たこと無かった。


「タケシ君は好きだったの? 格闘技」


「あー、父さんが好きでしたね。 小中学校の頃は空手やらされてました」


「ふーん、タケシ君はそんなに好きじゃなかったの?」


「空手はそうでもなかったですね」


「じゃあボクシングは?」


「・・・」


 好きかって聞かれると微妙だな、あってるとは思ってたけど。


「どうしたの?」


「いや、好きって言うより、なんだろ。 これしかないって感じでやってましたね」


「どうして?」


「んー、父さんがね、高一の時に死んだんですよ。 交通事故で」


「へ?」


「僕ね、むちゃくちゃ荒れてたんですよ。 中学3年の頃くらいから荒れまくって、傷害で少年院入ったりとか」


「はあ」


 なんか一ノ瀬さんが呆れたような顔に見える。


 うーん、確かに武勇伝喋ってるみたいで痛いな・・・


「父さんって正論で攻めてくる感じで、それがウザくて中学の時は凄い嫌だったんですよ、あー、何言いたいか分かんなくなってきたな。 なんせ、父さんが死んで、死ぬ前も喧嘩した記憶しかなくて、母さんが父さん死んでめちゃくちゃ落ち込んでたんですよ。 それ見たら、なんか罪悪感でいっぱいになって」


「うん」


 今度は表情が呆れから真剣な表情に変わった。


「父さんに言われてたのが、そんなに血が余ってんだったら格闘技やっとけ、だったんですよ。 確か事故に会う前に喧嘩した時言われたのがそれだったんですよね。 父さんが死んだ後、飯食える格闘技だったらボクシングかなって思って。 それで始めたんです」


「ふーん、それでインターハイ2連覇か、凄いね。 天才ってやつ?」


 池田アカネとかと喋っていた話は聞いてたのか。


「どうですかね」


 天才ではない気がする。


「私は陸上やってたんだ、結構頑張ったんだけど県大会の2位が最終成績」


「県大会ですか、県大会じゃ僕は負けたことないですね」


 ニヤリと笑ってみせた。


「うわぁ、突然嫌味が飛び出した」


「へへへ」


 オープンフィンガーのグローブが見つかった、扉付きの棚の中にあったからそんなに埃は被っていない。


「それでゾンビを殴るつもりなの?」


 また呆れた顔になった。


「いや、ゾンビ相手なら蹴った方が効果的ですね、アイツら避けたりしないんで」


「屋上でも見てたけど、タケシ君、ゾンビ怖くないの?」


「怖いですよ、臭いし。でも」


 コレは、また武勇伝みたいでなんか嫌だな・・・


「でも?」


「アイツらと殺り合ってたらなんか"生きてる"って感じがするんですよね。 無茶やってた頃の感覚に似てるかな」


 それを反省してボクシングを始めたのに、自分でもアホかと思う。


「それはアレだね、イカレてるね」


 そう言って一ノ瀬さんは笑った。


 ノータイムで人間を撃ち殺せる彼女もイカレてるっちゃイカレてる。


 この世界はイカレてる人間じゃないと生き残れないのかもしれない。


 ある意味、ここの危機感の低い住民は終末世界以前の日本人らしい。


 そんな人達を見て居心地悪く感じる俺たちはイカレてるんだろうな。


 俺は一ノ瀬さんと一緒になって笑った。

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